第46話 行軍

 第四師団の進軍は早朝に開始した。

 普段は調練に使う広場から隊列を作り、街中を行軍しながら門に向かう。

 その数は100名に満たない。


 前もって発表があったこともあり、その道には国民が姿を見ようと道の脇に詰めかけていた。

 国民に情報を伝達する媒体、新聞とよばれるものには「無謀な挑戦」、「神格者のおごり」などとまとめられることも多く、どちらかというと否定的だ。それもあって今回の進軍は、いろんな意味で注目されていた。


 先頭を歩くのは青いローブをまとった小柄な人物だ。

 後ろにはそれぞれまちまちの鎧をつけた数名の集団が続いており、その後に統一された鎧の兵士達が続く。

 皆若く、しかしその顔には自身が満ち溢れていた。


 大きな帝都の門をでて街道を進みながら行軍して行く。

 第三師団や国王直下の伝達員が合流し、街道を進んでいく。

 今回の進軍は第三師団と連携する。また国王には細かく情報を伝達することになっている。

 連携といっても一緒に戦うわけではない、砦を落とし、周りの危険を取り払ったあと、しばらく駐留してもらうためだ。

 本来は第四師団が駐留し、更に進軍していくのが当たり前だが、今回はそうもいかない。

 兵力が足りないのだ。

 とりあえず武勲を上げ、新生第四師団としての初陣を飾った後、臨時徴兵などをかけ、兵力を確保するという話になっていた。


 行軍は滞りなく進み、すぐに現在帝国管理の国民が住む最南端の村を抜けた。

 そして何度も小休止をいれながら、最南端の砦、ヒアに辿りついたのは夕方を過ぎ、夜を迎える頃になっていた。

 予定通り、明日の朝から森を抜け、テレスの砦付近まで移動して陣を張る。

 森に入った時点で敵の陣地となるため、安全なのはこのヒアの砦までだ。




<Areif>

 ヒアの砦は小さな砦で、今回の行軍の兵と傭兵団がすべて入るのは難しい。

 なので、砦のそばで野営準備を進めていた。

 そこにはすでに銀鷹や赤獅子の傭兵団が陣取っていた。


 銀鷹は100人を超えるほぼ全員が来たのではないかと思われる数。それに比べて赤獅子は50人程度だった。

 顔見知りも多い銀鷹とは違い、信用がまだない赤獅子だからしかたはないが、それでも50人は中々集まった方なんじゃないかと思う。あとは質がいい傭兵達であることを祈るばかりだ。


 野営準備を兵士に任せながら、俺とウキエさんはそれぞれの傭兵団長と会うため、ヒアの砦のものが用意した大きな天幕に足を向けた。


「おう!やっときたか!」


「おいアレイフ。何とかいってやってくれや。赤獅子のやつら、俺らより傭兵の人数多いくせにたったの54人だけだぜ?びびったのかってなっ!」


「てめぇ、なんてこと言いやがる!銀鷹こそほぼ全員じゃねぇか?そんなけいなけりゃ何もできねぇんだろ?俺たちは数は半分でもお前らより1人1人が優秀なんだよ!」


「あぁ?何言ってやがる野蛮人どもがっ!」


「女子供だらけのおめーらに言われたくねぇなっ!なんだ?ハーレム気取りか!?」


 だんだんとヒートアップしていく両傭兵団長。

 顔見知りだと聞いていたので、てっきり仲がいいのかと思っていたが、そういうわけじゃないらしい。


「あの、言い合いはそのへんで。まずはご助力頂き、ありがとうございます。」


 俺がウキエさんとともに頭を下げると両傭兵団長は言い合いをやめてこちらを向き直った。


「ちゃんとその分の金はもらってるんだ、そう畏まらんでください。」


「俺とアレイフの仲だろ?水臭せぇこというなよ。」


「おい、さっきからお前、なんでそんなに馴れ馴れしいんだ?相手はお貴族様だぞ。こら?」


「あぁ!?いいんだよ!アレイフと俺は義兄弟みてぇなもんになる予定なんだよっ!」


 …また言い合いが始まった。

 カシムさんが言ってる義兄弟って…カシムさんとローラ姉さんが一緒になったらってことだろうか?


「あんだ?義兄弟って。貴族と平民が義兄弟なんてありえるかっ!」


「ありえるんだよ!ていうかそんなんなくてもな、アレイフは元々うちの傭兵団にいたんだから旧知なんだよ!仲いいんだよっ!」


「そんなん知らねぇよ!なんで俺が丁寧に話して、オメーがタメ口なんだよ。お前もお貴族様には丁寧に話せよっ!」


「アレイフはそんなん気にするやつじゃねぇんだよ。ビビって丁寧に話してるのか?肝っ玉が小せぇなっ!」


「あぁん?礼儀だろうがっ!もういい!俺もそのまま話すからなっ!」


「勝手にしろや!ていうかオメーのなりで礼儀だと?寝言は寝て言えやっ!」


 だんだんヒートアップしていく2人。

 とりあえずウキエさんの方を見るが、目を逸らされた。


「あのぉ…とりあえず行軍の予定だけ…いいですかね?」


 恐る恐る2人の間に入る。

 2人はお互いにもう一度にらみ合ってから顔を逸らして用意されていた椅子にドカっと座った。

 ウキエさんに目で合図をし、行軍の説明をしてもらう。


 行軍は簡単だ、国軍が先頭で森に入り、砦を目指す。

 砦につけば陣を敷く。

 最悪、夜に襲われる危険もあるので可能であれば暗くなる前に攻撃を仕掛けてしまいたい。

 野営で襲われるのと、砦で襲われるのとでは全く違うからだ。


 元から説明してあったこともあり、特に異は唱えられなかったが、行軍で国軍の次にどちらが来るかでまた喧嘩がはじまったので、列を組み、並んできてもらうことにした。


 前の師団長はいったいどうやってこの2人をまとめてたんだろうか…仲が悪すぎる。

 打ち合わせを終えて、天幕を出ると、後ろから襲撃を受けた。


「アレイフ~!」


 いきなり抱きつかれる。

 誰かと思い後ろを見ると、そこには猫耳…。


「…おっと…ミア?」


「久しぶりだにゃ!」


 嬉しそうにゴロゴロ言うところは相変わらずだけど…なんていうか、本当に2年前から考えると見た目が変わりすぎている。

 園で会ったときも思ったけど、簡単にいえば成長が早い。たった2年で、ライラさんと同じぐらいの体格になってる。

 俺もかなり成長したけど、ミアは俺より背も高いし、大人っぽい。

 声や行動はそのままだけど、普通にしてたら別人みたいだ。

 亜人ってこんなに成長が早いのだろうか?


 そう思っていると、ミアの後ろに並ぶように、ララを見つけた。

 そして安心する。

 ララは変わってない。そう、見た目が2年前のままだ。


「久しぶりなの。」


「うん、ミアもララも久しぶり。元気だった?」


 3人で連れ立って歩きながら色んな話をする。

 国軍の野営地の近くにライラさんが待っていた。


「こら2人とも、急にいなくなったらダメだ。他の野営地に紛れ込んだら迷惑がかかるだろう?」


「大丈夫にゃ!」


「そんなミスしないの。」


「まったく…。」


 ため息をつくライラさんに声をかける。


「お久しぶりです。ライラさん。」


「はい、お久しぶりです。シンサ卿。ミアとララがご迷惑をおかけしました。」


「ライラどうしたにゃ?アレイフにゃ?」


「他人行儀なの。」


「バカっ!アレイフはもう貴族様なんだぞ?そんな言葉遣いじゃダメだ!」


 なんというか、そう言われると自分の立場が変わってしまったことを気づかされて少し寂しい気もする。


「今までどおりでお願いします、ライラさん。カシムさんや他の皆も昔みたいに話しかけてくれますし。その方が嬉しいです。」


「…あいつらが非常識すぎるのです。しかし、そう言ってもらえると嬉しいよ。アレイフ。」


 ライラさんが笑う。


「アレイフは大船に乗ったつもりでいるにゃ!背中はあちしが守ってやるからっ!」


「ミア、ライラの話きいてたの?」


「そうだぞ、今回の作戦で私達傭兵団は後詰だ。」


「後詰ってにゃんだ?」


 ミアが首を傾げる。


「後詰っていうのは後ろから攻め込む軍のことだ。それでアレイフの国軍は先陣を切る。」


 ライラさんが説明するが、ミアの首は傾げられたままだ。


「要するに、今回私達はアレイフとは別行動なの。」


「にゃんで?」


 意外だったらしい。


「いや…そういう役割だし。」


「そうなの。」


 ミアは納得しない。


「ミア、今回はうちの国軍の初陣なんだ。だからいいところをもらいたいんだよ。」


「獲物を譲って欲しいってことかにゃ?」


「まぁそういうことだね。」


「そういうことなら仕方にゃいけど、アレイフは一人で大丈夫かにゃ?」


「大丈夫だよ。でも危なくなったら呼ぶから宜しく。」


「まかせるにゃ!」


 ミアはビシっと了承のポーズをとる。見た目が変わってもこういうところ、要するに中身は全然変わってない。


「さすがだね。ミア使いがうまい。」


「本当にアレイフはかわらないの。」


 …ひどい言い方だ。まるで昔からミアをいいように使っていたみたいじゃないか。

 そんな話をある程度し、3人が自分達の野営地に帰っていったあと、自分の部隊の様子を見に行く。


 兵達は俺が近づくと緊張するらしく動きがぎこちなくなるので、あまり近づかないよう言われている。


「シド、どうだ?」


 元々の第四師団の中隊長で現在も中隊長ポジションのシドに声をかける。白髪混じりのオールバックに黒光りする肌が現場の指揮官という雰囲気を強くし、室内より野外がとてもよく似合う。

 ちなみに現第四師団に大隊長はいない。

 なので武官では一番上が彼になる。

 ウキエさんは副官だが、基本的に文官よりで補佐する動きをしてもらっているため、基本的な軍の命令や調練は彼が中心となっている。


「はい!滞りなく進んでおります。」


相変わらずだけど堅苦しい。最初年上ということもあり「さん」付けしたら止めるように懇願され、呼び捨てにしているが、どうも慣れない…。周りの兵士に舐められないためにも必要なことらしいけど…。


「問題は?」


「現在は特にありません!」


「そうか。ご苦労様、十分にとはいかないだろうが、休んでほしい。酒も許可する。ここを出るとしばらく飲めなくなるからな。」


「それはありがたい。皆喜びます。」


「ほどほどにな。」


「はっ!心得ております!」


 シドは嬉しそうに敬礼してから他の兵達のところに戻っていく。酒を配る準備でもするのだろう。

 続いて、近衛隊の方に歩いていく。

 そういえば近衛隊長っていないな…。

 そう思いながら、とりあえずクインに話しかけた。


「問題ないか?」


「ありませんね。早く戦いたくてウズウズしている奴らが多すぎますが…。」


 そういうと、後ろの三兄弟を見た。

 確かに、絵に書いたようにワクワクしている…ただ、戦いたいというよりは新しい玩具で遊びたいという様子にしか見えない。大丈夫だろうか。


「大丈夫ですよ。勝手はさせません。ところで明日の件なのですが…。」


「あぁ、頼りにしている。…本当に大丈夫なんだな?」


「はい、森は我々のホームのようなものです。特にこのあたりの森はよく知っています。」


 なんでも、このあたりの見回りをしていたので森にも詳しく、明日は狼人族の5人が索敵をすると申し出てきたのだ。


「護衛がリザだけになってしまいますが…。」


「問題ないさ。十分だろ?それに索敵してくれるなら危険もないだろうし。」


「はっ!お任せ下さい!」


 クインが敬礼する。

 一番近衛隊長にピッタリだと思うんだが、本人曰く、狼人族はまとめられるがそれは力でまとめているだけであって、自分に率いる才能はないという。

 ウキエさんとも相談したが、これから近衛隊が増える可能性も考慮して、隊長にある程度能力だけでなく統率力が必要だということで、現在近衛隊には隊長がいない状態になっていた。といってもリザ以外は全員狼人族なので、今はクインがほとんど隊長のようなものだ。


 ちなみに今回の行軍に珀(はく)と翠(すい)はついてきていない。当たり前だが、彼女達は近衛ではなく使用人だからというのが理由だ。

 若干…翠(すい)が影に入ったまま付いて来かけたけど、珀(はく)が見つけて止めてくれた。あれは危なかった。

 

 兵士と近衛の様子を見終えると、俺は自分のテントに向かった。

 さて、明日から本番だ。

 テントに入ってさっさと休むとしよう。


 そして、次の日、本当の意味での行軍が開始した。

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