第47話 テレス砦の初陣
結論から言おう。
森は全く問題がなかった。
むしろ何もなさすぎて昼前にテレス砦が見える位置まで着いてしまったぐらいだ。
人狼族の索敵がよかったのか、敵がテレス砦に籠っているのか、森を進む道すがら現れたのは数体の魔物だけだったという。そるも一瞬で排除したため、本隊は比較的安全にテレス砦まで来ることができた。もちろん兵の欠損もなく、スムーズに砦が見える位置に陣を構えることに成功した。
見た限り、オークどもがテレス砦から
出てくる気配はない。
相手からすれば突如として現れたこちらの部隊に驚いているのだろうか?
ただ、砦を奪い取り、そのまま拠点として使っているらしく。
砦自体にはオークの影が複数見えたと斥候から報告を受けている。
俺はとりあえず、国王と第三師団に伝令を飛ばし、現状を報告すると、ウキエさんや傭兵団長達と共に簡単な軍議を開く。砦に篭られると厄介だと思いつつ、暗くなる前に攻め込まなければこちらが不利になる。そこで俺達は一気に進軍することに決めた。
元々の予定通り、俺の率いる国軍が先陣を切り、折をみて、銀鷹と赤獅子の傭兵団が後詰として加わる。
先陣は魚鱗と呼ばれる陣形、簡単にいえば三角形。
この1ヶ月この陣形でのみ演習を行い、それなりに形となった陣形だ。
普通と少し違うのは大将にあたる俺が、陣形に加わらず、前にでていること。
ようするに魚鱗の陣形の中心は作戦を指示するウキエと兵に指示を出すシドで、俺と近衛は前に突っ立っている。
斥候の話では、こちらが陣形を組んだ辺りで砦の門が開いたそうだ。そろそろオークどもがわらわらと出てくるだろう。
俺はウキエさんと共に考えていたセリフを届けるため、風の魔法で自分の声を遠くまで飛ばせるように準備した。
<Kasim>
先陣を組む国軍から離れたところで傭兵団の面々も集まっていた。
少し高いところにいるので国軍の陣形がよく見える。
あれは確か魚鱗だ。
正面突破する場合に有効な陣形…突き崩すつもりなのだろう。
「さて、おてなみ拝見だな。」
隣から急に声がして驚いた。
横にはいつの間にかガレスが立っていた。目線は俺と同じように国軍を見ている。
「いいのか?傭兵団の団長がこんなところで油を売ってて。」
「問題ねぇよ。オメェのとこと違って、そもそも集団戦は苦手なんだ。合図だけかけりゃーみんな上手くやるさ。」
「なるほどな。で、何か用か?」
「いやな…ちっと気になることがあってよ。オメェ、あの新しい第四師団長と仲いいんだろ?」
「まぁ…もともと俺の傭兵団にいたからな。」
「ちっと話きかせろや。」
ガレスが興味をもつなんて珍しい。喧嘩をふっかけてこないところをみると本当に知りたいってことか。
俺は自分の知ってるアレイフのことをガレスにかいつまんで話した。
ところどころ質問があった程度で、珍しく大人しくきいてたが、途中でアレイフの声が届く。
「我が第四師団の勇士達よ!」
俺もガレスも国軍の方を見る。
綺麗な魚鱗の陣形の前に、青いローブを着た姿が見える。
…なぜ魚鱗の先頭に大将がいる?普通一番奥の深いところにいるのが定石だ。
あれじゃあ、陣の外じゃねぇか。
俺の疑問はガレスも同じだったようで、顔を見合わせることになった。
「我らは第四師団!民のための部隊である!」
青いローブの少年は歌うように続けた。
目の前の砦からはオークがゾロゾロと出ており、遠目にもこちらに進んで来るのが見える。
「敵の数は多く、我らは少数だ。だが、恐れることはない。我らには風の加護がある。汝らはただ前に進み、目の前の敵をなぎ払い、隣の友を守るだけでいい!」
魔力の流れを感じて自分の手をみる。
これは…付与魔法だ。
まさかと思いながらも周りを見る。
俺だけじゃなく、傭兵団にも付与魔法がかかってる。
確かにライラから、アレイフは付与魔法も使うときいていたが…これはそんなもんじゃねぇ。
「おい、これは…。」
隣のガレスも驚いている。
そりゃそうだ。ここにいる俺たちまで付与魔法を受けたってことは、目の前の国軍も付与魔法を受けていなはずがない。範囲による付与魔法だ。
聞いたことはあるが、これほどの長距離で、200人を超える部隊すべてに付与をかけた魔術師なんて見たことも聞いたこともねぇ。
驚いている俺たちの耳に、流れるような演説が入ってくる。
「さぁ、風の加護は届いたか?汝らは私が守ろう。そして汝らは民の安寧のため、勝利を掴み取れ。かつての英霊達に世代交代を共に告げようではないかっ!」
その言葉に国軍から気合の入った掛け声があがる。
「おい、カシムよ。」
「なんだ?」
「あれは…旦那の隠し子とかじゃねぇよな?」
「んなわけあるか。」
ガレスが旦那と呼ぶのは前第四師団長だけだ。
馬鹿げた質問だと思う。だが俺も少し思ってしまった。
あの流れるような演説。そして言い回し。
とても似ている…と。
そして、ついに先陣が動くと思いきや、俺とガレスはまた度肝を抜かれた。
すごい速度で青いローブを着た少年が敵陣に突っ込んでいくのだ。
周りにいた何人かも、あとに続くが全く追いつけていない。どんどん離されていく。
少し遅れて魚鱗の陣を組んだ国軍も前進を始めた。
「お…おい、ありゃなんだ…。単身で突っ込んでいくぞ?やばいんじゃねぇのか?」
「いや、俺に聞かれても…。」
どういうつもりだ?大将が先陣切るのはいいが、あれじゃあ単身突っ込む自滅行為だ。
<Areif>
ゾロゾロとただ横に広がるだけで陣ともいえないオークの群れに向かって走る。
ウキエさんと共に考えた演説を終えてすぐ、魔法で自分の移動速度を上げた。
旋駆せんくという魔法だ。この魔法は風の補助を受け、まさに旋風の如く駆けることができるようになる。具体的には風が常に後ろから後押しし、移動速度を強化する。
ようするに唱えると、身体は止まっていても、前に進もうと思うだけで、かなりの速度で勧めてしまう魔法だ。走る必要はない。だがその上で自分でも走ろうとすると更に速度が上乗せされる。
これを唱えるといくら狼人族でも追いつけないはずだ。
俺は誰も死なせるつもりはない、少しでも兵士の安全を勝ち取るために、オークの群れを混乱に陥れようと思う。
もともと先陣を切ると言っていたものの、これは予想外だったのか、後ろのほうで焦る声が聞こえる。
走りながら魔力回復薬を腕に打ち込む。
飲むものが一般的らしいが、腕に打ち込むタイプの方が効き目が早い。だから俺は打ち込むタイプの物しかもってきていない。
さっき少し無理をして風の加護を全員に与えたので一気に半分以上の魔力を使ってしまった。
オークの群れから魔法と矢が飛んでくる。
魔力を温存する為に、俺は詠唱を開始する。
「我、古の契約に基づき、我に向かいし災いを払わん。風斥ふうせき!」
遥か上空から吹き付ける風により、敵の放った魔法は打ち消され、矢は力をなくして下に落ちていく。
「風よ、その刃をもって、我が敵に災厄を。鼬風いたちかぜ!」
両手を振るうことにより発生した風の刃がだんだん広がりながらオークたちに迫る。
その風の刃と同じ速度で走り抜け、オーク達との距離が、10メートルを切ったぐらいのところで、鼬風いたちかぜがオークの前衛に激突する。
為すすべもなく切り刻まれ倒れていくオーク。
最前衛だけでなく、その後ろのオークもいくらか傷を負い、前への行軍が一瞬だけ止まる。
そして、旋駆せんくの魔法に、天駆てんくを重ねがけする。
この魔法はそのままだが宙を走ることが出来る。こちらの意思によって風の足場を作ることで天を駆けることができるようになる魔法だ。
そのまま混乱するオークの前衛の上を駆ける。オーク達の目がほとんど天を駆けるこちらに向く。
そして更に無視できなように魔法を唱える。
「風よ、我が意に沿って穿て!ウインドレイ!」
後ろの方に気流の渦が生まれ、そこからいくつもの風の矢が放たれる。
特に狙いをつけているわけではないのに無差別に、真下のオーク達を中心に放たれた。
1本でもまともに受ければ致命傷。オークの身体を貫通はしないものの、そるでも身体を深く穿つ一撃だ。
それが何本も何本も、俺が通る軌跡から無差別に放たれる。
オーク達の目は完全にこちらを向いている。
矢や魔法が放たれる。
魔法は風斥の魔法効果で掻き消えたが、矢は完全には防げない。
速度は落ち、直撃は避けられるものの、かするのは避けられない。
一度、槍が顔の横をかすめたため、少し焦った。
直撃したらただじゃ済まなかっただろう。
ほとんど奇襲のような攻撃を行ったので相手は混乱しているが、それが落ち着いたら危なそうだ。
2本目の魔力回復薬を腕に打ちながら、目的のものを見つけた。
そう、何も無意味に突撃したわけじゃない。
第三師団長のヘイミング卿に聞いていた通りだ。
オーク達はある程度の上下意識を持っており、それなりに統率されている。
ならば、統率者がいるはずだと。
そしてその統率者は大抵、陣の奥深くにいる。
明らかに厳重な守りの中で、更に頑丈そうな鎧をまとったオークを見つけた。
たぶんうちで言うところの俺と近衛兵にあたるオークだろう。
その前に降り立ち、オークどもが殺到する前に、近衛にあたるオークを風爪で切り倒す。
そして、一気に近づき、統率者らしきオークの首を落とした。
周りのオーク達から驚きの鳴き声が聞こえる。
だがそれだけではなく、いち早く近くのオークが槍を突き刺してきた。
さすがに囲まれた状態だと不利なので、また空に逃げる。
後ろからいくつもの矢や槍が飛んできた。
空中で立ち止まり、風毛の魔法を唱えて全てを弾く。
…魔力がそろそろやばい。
3本目の魔力回復薬を打ち込もうか迷ったところで、前線を見ると、ちょうど近衛が俺に続いて突っ込んできたらしく、オーク達の混乱に拍車がかかった。
うまくいったらしい。。
出鼻をくじかれ、宙空からの魔法射撃。そしてその相手が陣の奥にいる大将の方に移動していく。
急いで中心を固めようとした矢先に、鋭い爪と牙をもち、身体能力の高い狼人族と武芸に秀でた燐族が突っ込んできたのだ。
落ち着いていれば、人数が少ないのだから各個撃破すればいいだけの話。
ただ、オークはそこまで知能の高い魔族ではなかったようだ。
混乱が混乱を呼び、そこへ更に国軍が突撃をかけてきた。
そしてオーク達は更に困惑することになる。
本来なら通らないような剣の一撃が、オークの持つ手斧ごとすっぱりと身体を分断する。
本来なら簡単に殺せるはずの人間がなぜか手斧を振りかぶった一撃でも死なない。
国軍の勢いは止まらず、オーク達は総崩れになっていく。
すでに中衛にいたオークでさえ、我先にと敗走を始めていた。
だがそれが後方に控えていたオークとぶつかり、更なる混乱を生む。
<Kasim>
「おい…なんだあのデタラメな強さは…。」
「……。」
驚き以外の言葉はない。
単身で突っ込んで行ったかと思えば、オークの前衛を総崩れにし、宙に浮いて魔法で攻撃しながら相手の陣の奥深くに切り込んでいく。
更にアレイフに続いて行った兵達もすごかった。。
アレイフには追いつけないものの、国軍をグングンと突き放し、たった6人でオークに切り込んでいった。
「あの6人はたぶん亜人だな…強い。」
「いや、そこじゃねぇ…俺がいってるのは神格者がああもデタラメなのかってことだ。」
「…俺もはじめて見るからな…。」
俺とガレスだけではなく、傭兵団のほとんどがその特殊な戦争に見とれていた。
「…後詰…そろそろいかねぇとな。」
「すでに相手は敗走に入ってる気もするが…。」
そう言うと俺たちは後詰を行うべく、自分の率いる傭兵団に指示を出した。
あっけなくこの戦いが集結したのはそこから2時間後。
野戦自体が1時間もかからずオーク軍の敗走がはじまったことですぐに片付いたが、砦を制圧するのと、残党の掃討に時間を要した。
日が暮れる前に終わった第四師団の初陣は死者なし、けが人が数名だけと、驚異的な結果に終わった。
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