初めてのエール

 街中を散歩しながら目的の酒場の前に立つ。

 2年ぶり…何も変わった様子は見えない。

 時期的なものか、外の席は出ていない。

 昔は外にもテーブルと椅子があり、飲んでいる傭兵団のメンバーがいた。


 立場も見た目も変わったが、彼らは自分を迎え入れてくれるだろうか。期待半分、不安半分といった感覚で、立ち尽くす。


 なんて言って入ればいいのだろう。

 昔、自分はどうやってこの中に入っていたのか、よく覚えていない。

 自然と中に入れていた気がする。

 軽いはずのスイングドアがやけに重そうに見えた。


 勇気を出して、とりあえず中に入ろうと一歩を踏み出したとき、いきなり肩を組まれた。


「お、やっぱりアレイフじゃないかっ!」


「マジか!?でかくなったなぁ~つっても年齢にしたら小さいか?」


 いきなり左右から声がかかり、驚いて両方を順に見る。

 そこには満面の笑みのナットさんとブッチさんがいた。


「あ、その…お久しぶりで」


「あれだろ?アレイフって国軍の偉いさんになったんだろ?これは祝いをしないとなっ!」


「お、そうなのか?アレイフがねぇ。そりゃーめでてぇな!早速行くかっ!」


 こちらの話を全く聞かず、2人に引っ張られで、酒場に連れ込まれる。

 ナットさんは少し、国軍に入ったことを知っているみたいだったが、ブッチさんは知らなかったようだ。


「おーっし、飲むぞー!」


「おい、てめーらもこいや。」


 2人は何かの依頼を終えた後なのか、何人かの部下を連れていた。

 そして、奥にグイグイと連行しながら、知り合いにも声をかけていく。

 そして定位置とばかりに一番奥にでーんと陣取り、適当に酒と肴を注文する。


「おい、アレイフが顔出したってよ!」


「復帰すんのかな?」


「バカ、あいつは国軍に入ったらしいぞ?」


「なら飲みに来たのか?」


「あれだろ?出世したから飲みに来たんだろ?」


「にしても懐かしいなぁ。てか、でっかくなったなぁ!」


「おい、あいつらも呼んで来い!」


 どんどん人数が集まっていく。

 周りに集まってくるのは知っている顔ばかりだ。

 本当に懐かしい。


「さーどんどんエール頼めー!」


 ノリノリのナットさん。


「残念だけどよ、ミアとララはライラと一緒にダンジョンに潜ってんだ。数日は帰ってこねーから、また別の日に顔出してやってくれや。今日は俺らがもてなしてやるからよっ!」


 申し訳なさそうに気を使ってくれるブッチさん。


 本当に懐かしい。

 そして…暖かい。


「お、なんだ?涙ぐむのははえーぜ?とりあえず乾杯からだっ!全員もったか!?」


 ブッチさんがエールを渡してくる。

 横からぷはーっと、すでにエール1杯目を飲み干しているナットさん。


「って、いきなりかよ。まぁいいか。ほれ、今日は仲間の出世祝いだ!俺とナットが奢るからパーっと飲め!」


 ブッチさんはマイペースなナットさんにため息をつきながらも、きちんと音頭をとって乾杯!っと大きくジョッキを上に上げた。


 コン!コン!

 っと木製のジョッキが小気味いい音をあちこちで鳴る。


「あれ?アレイフ飲んでねぇじゃねぇか?ほれ、ぐいっといけっ!」


 ナットさんに進められて一口飲む。

 実は、エールなんて飲んだことがない。初体験だ。

 口の中になんともいえない酸っぱさと苦さが広がる。

 うえぇ…なんだこれ?なんでみんなこんなものを美味しそうに飲めるんだ?

 顔に出ていたのか周りの人たちがどっと笑った。


「アレイフ、もしかしてエールは初めてか?」


「ていうか飲み方がそうじゃねぇって。エールは喉で味わうんだ。」


「こう一気にクイっと流し込むんだよ。」


「ほら、隣のナット見てみろよ。」


 周りに笑われながら隣を見る。

 肩に手を回しながらも慣れた手つきでクイッとエールを傾けるナットさん。


 …え、いや、本当に流し込むように一息で半分以上いってる。

 ていうか、すでにナットさんの前にはジョッキが3つ並んでる…まさかこの短時間ですでに4杯目!?


 驚いていると視線に気づいたのか、ナットさんが「ほら、くいっと!」っと促してくる。

 周りの目を受けながら。もう1度エールを口に運ぶ。

 今度は思い切って一気に喉に流し込んだ。


 味はあとで酸っぱさと苦さが口に広がったけど、なんだろう。

 先に喉を通ったエールの刺激でそれほど不快じゃない。

 ていうか、喉越しがクセになりそうだ。


「おぉ!いい飲みっぷりじゃねぇか!よしどんどんいこーぜ!」


「負けちゃいられねぇ!もっとエール頼めー!」


 周りが盛り上がり、人もどんどん増えてくる。

 昔はこんな輪の中に入ることもなかった。

 外から見ていて、楽しそうだなぁと思っていたぐらいだ。


 ナットさんとブッチさんがどんどんエールを勧めてくる。

 流されるまま飲むと、なんだろう、顔が火照ってきた。

 それになぜか不思議と気分もいい。

 最近、仕事ばかりで毎日疲れていたけど、久々に楽しい。

 しばらく、昔話や、仕事の失敗話なんかで盛り上がった。

 どれぐらい時間がたっただろう。いつの間にかカシムさんが近くにいた。


「よう。楽しそうに飲んでるじゃねぇか。」


「はい。お久しぶりれす。」


 何か大事なことを忘れてる気がする…。

 じーっとカシムさんの顔を見る。しかしなぜか思い出せない。


「ろれつが…大丈夫か?」


 なぜか心配された。

 そうしている間にも、ナットさんが次のエールを渡してくる。


「お、おい、ナット、そろそろやめろよ?アレイフ、すでにろれつが回ってないぞ。」


「団長?おぉ!団長じゃないか。ほら誰か!団長にも早くエールを!」


「いや…そうじゃなくて…。まぁいいか。」


 カシムさんは何かを諦めたようにエールを受け取った。


「ほら、団長!かけつけ一杯だ!遅れた分取り戻さねぇとな!」


「いけいけ~!」


「ほら、次もうくるぞ!」


 カシムさんがブッチさん達に追い立てられるようにエールを飲まされている。


「あれ、ねぇちゃん誰だ?」


「うちにはいねぇよな?」


「なんだ?飲みてぇのか?」


「い、いえ、私は主様の護衛に…。」


「主様ぁ?おい!誰だ?こんな綺麗なねーちゃんを誑かしたのは!」


 カシムさんの向こうで聞き覚えのある声が聞こえた気がする。


「あ、こらお前らやめろ!その人はアレイフの…ん?ねぇちゃんアレイフとはどういう関係だっけか?」


 何か名前を呼ばれた気が。

 あれ?聞いたことある声だとおもったらユリウスだ。

 こんなところで何してるんだろう…。


「わ、私は主様の護衛で…。」


「あぁ、そうか、けどそんなんいらねぇぞ?ここは安全だからなっ!ほら、姉ちゃんも飲めって!誰かーエールこっちにも回してくれ。」


「え、いや、私は…。」


「いいから座りなって。」


 ユリウスが目の前に座る。

 手にはエールを持っている。

 なんでそんなに焦っているんだろう?こんなに楽しいのに。


「アレイフの知り合いか?まさかコレか?」


「これ?」


 ブッチさんが小指を立てる。

 …小指?

 どういう意味だろう。


「アレイフ!飲んでるか!?」


 そういうとナットさんはまた次のエールを渡してくる。

 さっきからそれしか言ってない気がする。


「よっしゃ!乾杯だ!」


 ブッチさんもさっきからそればっかりな気がする。

 乾杯してぐっと飲む。

 目の端で、ウエっと顔をしかめるユリウスが目に入った。

 近くに座っている人がユリウスに飲み方を教えている…あれは…なんて人だったっけ?


 あぁ…なんか頭がクラクラする。

 でも、なんかすごく楽しい。





「うん?」


 目を覚ますと、最近見慣れてきた天井がある。

 執務室隣のベッドに横になっているみたいだ。

 あれ?いつ帰ってきたっけ?ていうかどうやって帰ったんだろう。

 起き上がろうとして、頭に激痛が走った。


 頭が…痛い。


 そして全体的に身体が怠い…なんだ、熱でもあるのか?

 目だけそっと動かす。

 窓から差し込む光はそれほど多くはない。

 たぶん…明け方だ。


 昨日、銀鷹傭兵団のところに交渉にいって…いや、でも結局交渉できずに何か祝いだとか言われて…エールを飲んで。

 あれ?でも今ベッドの上にいる。

 戻ってきた記憶はない。

 …全部夢?いや、そんな馬鹿な…。


 とりあえず起きないと…喉が渇いた…水が飲みたい。

 頑張って上半身を起こす。

 頭が痛い上にボーッとする。身体がやっぱり怠い。


 そこにコンコンっとドアをノックする音が聞こえ、赤い髪の女性が入ってきた。

 部屋に入るとニコっと笑う。珀(はく)だ。


「起きたんですね。気分はどうですか?頭は痛くないですか?」


「気分…は最悪…。頭も痛い…。」


「二日酔いですね。とりあえずこれ飲んで寝ててください。昼までには治りますよ。」


「二日酔い?」


「お酒の飲みすぎです。外で動けないほど飲むのはダメですよ?」


「…記憶が曖昧なんだけど、どうやって帰ってきたんだろう?」


 手渡される薬を水で流し込みながら聞いてみる。

 ユリウスが一緒にいた気がするけど、彼女が運んでくれたんだろうか?


「翠(すい)ちゃんが連れ帰ってきたんですよ。ダメですよ?飲んでそのまま寝たら。」


「その…すいません。」


「あ、ユルウスさんもちゃんと連れ帰ってますから安心してください。まだ起きてないみたいですけど、彼女も二日酔いは確定でしょうね。」


 水を飲んだおかげか、少しマシになった気がする。

 まだ頭は痛いけど…。珀(はく)がカーテンと窓を締めてくれる。

 寝ておけということだろう。


「あの…翠(すい)が迎えにきてくれたんですか?でも一体どうやってここまで…。」


 よく考えると、翠(すい)は小柄だ。

 とても2人を運べるようには見えない。


「どうって、普通にレイ様をお姫様抱っこして、ユリウスさんをひきずっ…背負って帰ってきましたよ。」


「…本当に?」


「はい。」


 珀(はく)は笑顔を浮かべるが…信じがたい。

 本当だとしたら、翠(すい)は見かけによらず力持ちなんだろうか。

 彼女たちの種族特性?

 ていうか、そもそもあの場所を翠(すい)はどうやって探し当てたんだろう。

 疑問はたくさんあるけど、今は何も考えたくない…全部後回しにしたい気分だ。とりあえず今度何かお詫びをしようと決めて横になって目を閉じる。


「さぁ、少し眠ってください。昼頃に起こしにきますから。その頃には頭痛も怠さも治ってるはずですよ。」


「はい、お言葉に甘えます。」


「昼からウキエ様に怒られてくださいね。」


 苦笑いする俺に、珀(はく)が楽しそうにクスクスと笑っていた。

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