第44話 銀鷹への依頼
師団長就任からしばらく経ち、仕事を覚えてきたこともあってだいぶ落ち着いてきた。
もう徹夜はしなくてもいい。
といっても相変わらずほとんど書類仕事に追われる毎日になっている。
…そろそろ文官を雇い入れてほしいものだが、ウキエさんの方が忙しいのはわかっているので、急かすのも気が引ける…。
早く目覚めたので朝から仕事をさっさと終わらせ、次の予定まで時間があるので、街を散歩する。普段フードを被っているせいで、ほとんど顔がばれてないから気軽に歩きまわれるのは良いことだ。
本来なら第四師団で治安維持活動をしなければいけないのだが、兵が足りないため、第三師団にまかせきりになっている。
巡回する第三師団の兵士を横目に兵舎近くの通りを歩く。
馬車越しに屋台が並んでいるのを何度か見ていて、そのうち来てみたいと思っていた場所だ。
いろんな屋台から、それぞれいい匂いが漂っている。
ふと、串焼きの店の前で足が止まった。
いい匂いだ…それに大きな肉の塊。
南区ではよく見る肉串だが、この匂いは覚えがあった。
懐かしい香りについつい見とれる。
「お、にぃちゃん。どうだい?焼きたて美味しい肉串だ!秘伝のタレに漬け込んであるからなっ!うめーぞ!」
「じゃあとりあえず1本…いや、10本ちょうだい。」
「そんなに食うのかい?」
「できたら持ち帰りやすくしてくれると嬉しいんだけど。」
「お使いか。よっしゃ!これからにぃちゃんにはお得意様になってもらえるよう1本サービスだ!食いながら帰りなっ!」
どうやらお使いと勘違いされたみたいだ。
ウキエさんが貴族になったんだから、1人で外に出ると騒ぎになるといってたけど、全然そんなことはない。これもフードの恩恵か、そんなつもりじゃなかったんだけど、これからもなるべく被るようにしよう。
気前のいいおっちゃんに代金を渡し、肉串を受け取って、1本をかじりながら弊社の方に歩き出す。
…うん、やっぱり懐かしい味だ。
店の場所を変えたのか、それとも元からいくつも店舗があるのかわからないけど、昔皆で食べた味と同じだった。
あの頃はゼフやリュッカ姉さんもいた。
あの2人は無事に旅を続けているんだろうか…。
昔のことを考えて歩いていると、あっという間に兵舎についた。
門を開けて入っていくと、庭の手入れをしていたメイドがこちらジッと見ている。
…なんだろう?眉を寄せて、まるで不審者でも見るかのようだ。
とりあえず見返しながら「どうした?」と聞くと、はっとした顔で頭を下げた。
……?なんだ、その反応は。
玄関を開けると、ちょうどそこにグリがいた。
狼人族でクインに従っていた三兄弟の三男だ。
こちらの顔をじっと見て、ゆっくり頭を傾けていく。
仕草が子供っぽい。
「グリ、どうした?」
こちらから声をかけると、あっ!と何かに気づいたように寄ってきた。
「主様!どこいってたの?ユリ姉が探してたよ?」
「そうなのか?何だろう…。」
「ていうか、なんでそんな格好してるの?すぐにわからなかったよ。」
「そうか?」
「うん、全然雰囲気が違う。普通の人みたい。」
…俺は普段、普通の人じゃないのか?
悪気はないんだろうが…もしかして庭でメイドがじっと見ていたのも声を聞くまで気づかなかったとか?
…まさかな。
そこでグリは何かに気づいたのかクンクンと鼻を動かす。
「何かいい匂いがする!」
「あぁ、お土産だ。みんなで分けてくれるか?」
そういうと、肉串の袋をグリに渡した。
「わぁ!お肉だ!やった!」
グリが頭の上に袋を抱えてはしゃぐ。
なんだろう…年齢同じぐらいのはずなんだけど、狼人族は寿命が長い分、まだ幼い年齢なんだろうか。
「おい、グリうるさいぞ!っと…誰だ?そいつ。」
騒ぐグリを注意しに登場したのはリンだ。グリの兄で三兄弟の次男。髪型がやけにオシャレに決まってる。
…にしても、おまえもか。
「何言ってんだよ!主様だよっ!」
「へ…あ、あぁ確かに主様じゃねぇか、なんだ?その格好。なんか普通だぞ?」
…どうやらこの兄弟の認識では俺の普段着は普通じゃないらしい。
たしかに王宮へ行くこともあるからフード付きのローブを着ていることも多いが、執務中は一応、正装している。ウキエさんが貴族はこういう服を着るものだといって用意してきた服装だ。あれを見慣れているからか?
「それより見てよ!お土産もらった~肉串だよ!肉!肉!」
「お、主様!さっすが!イチ兄とリザも向こういたからさっそく全員で分けようぜっ!」
そういうと嬉しそうに走り去っていく。
ちなみに、彼らの長男はイチという。
彼ら人狼は獲物を仲間で分け合う習性があるらしく、基本上下関係に関係なく平等に分け合う。
だから土産は少し余るぐらいの数を買って、狼人族の誰かに渡せば間違いない。
彼らが仲間の認識するものには全員に行き届く。
ちなみに今のところ彼らが仲間と認識しているのは近衛のメンバーと、すっかりメイドになった珀(はく)と翠(すい)だ。
俺は仲間じゃなく主なので含まれていないらしい。別にいいけど、ちょっと寂しい気がする。
嬉しそうに走り去る2人を見ながら、昼食を取ろうと、食堂に向かった。
そういえば、ユリウスが探しているそうだが…まぁそのうち合うだろう。
昼からは久しぶりに銀鷹の傭兵団のところに出向く。
ウキエさんとは現地集合の予定だから…そこでふと、足を止めた。
何も食堂で食べなくても、あそこで食べればいいじゃないかと。
<Ukie>
何人かの護衛を連れ、街を歩く。
このあたりは治安があまりよくないと聞いているので、兵士から何人か優秀なのを連れてきた。
兵の調練などの結果、実戦経験は少ないものの、それほど悪いものではないと判断し、1ヶ月後にテレスの砦に進行することにした。
そのため、銀鷹には今日、赤獅子には5日後、依頼を行う。
すでに先触れを出し、予定を調整してもらっているので、いきなり行って団長がいないということにはならない。
果たして、どれだけ協力してもらえるか…。銀鷹のカシム団長はドミニク園を訪れた時に見たことがある。それに師団長の古巣だから大丈夫だろう。問題は赤獅子だ。
もし、協力してもらえる兵力が少なければ、他の師団にも依頼することになるかもしれない。
第四師団の手柄としたい今回の進行では、できれば避けたいが…。
と、いろいろと考えているうちに、銀鷹がアジトにしている宿屋兼酒場に着いた。
朝から王城に向かう必要があったため、師団長とはここで待ち合わせにしたが…まだ来ていないのか、それともすでに中にいるのか。
とりあえず、護衛と共に中に入る。
中に入った瞬間、如何にも傭兵という身なりの男達がこちらを睨んできた。とりあえず、誰でもいいので取り次いでもらおうと私は声を上げた。
「いきなり失礼します。国軍第四師団副長のウキエ・サワと申します。カシム団長殿と会う約束をしていたのですが、取り次いで頂けるでしょうか?」
すると、1人の男が私に近づいてくる。
値踏みするように私と後ろの護衛を眺めると、「ちょっと待ってな。」といい、階段を上がっていった。
すでにこちらを見る視線はなくなり、他の傭兵達も元通り、仲間との会話を続けている。
しばらくそのまま待つと、2階からさっきの男に連れられて、カシム団長が顔を出した。
「待たせたな。ウキエ殿だったか?ちゃんと話すのは初めてだな。何か話があるってのは聞いてたけど、あんただけかい?」
カシム団長は私の周りをキョロキョロ見渡した。
たぶん、師団長を探しているんだろう。
「いえ、師団長ともここで待ち合わせしたんですが、まだ来ていないようですね。すぐに来るとおもいますが、先に話を進めますか?」
「…そうか、ならここはうるさいからな。2階に来てくれるか?」
少し残念そうな顔をして、カシム団長は私達を2階に促す。
私が2階への階段に足をかけた時、後ろのスイングドアが勢いよくあいた。
またもや酒場客の目線が私の後ろ、すなわち入口に集中する。
私もそちらを見ると、そこには息を切らせ肩で息をするユリウス殿がいた。
「い、いきなりどうしたのですか?ユリウス殿。」
とりあえず、私の知り合いだということを全員にわかるように大きめの声で問う。
警戒するような視線はそれでなくなった。
「す、すいません…。ずっと主様を…探していて…それで…ここに。」
「何か用が?」
「いえ…今日は私が護衛番だったのですが、いつの間にか見失ってしまいまして。」
そういえば、近衛隊は1名が順番に護衛として師団長についてまわっていた。
室内での仕事がほとんど…というか、今日まで外出は王城に行くぐらいだったので忘れていたが、ずっと1人はついていたはずだ。
その当番が今日は彼女だったらしい。
見失って、ここで待ち伏せする為に走ってきたのだろうか?
「それで師団長を探していたんですか?確かにここにいればそのうち来ると思いますよ。」
私の言葉に、息を整えた彼女は訝しげな顔をした。
「いえ、もういるはずですが…。」
その言葉に私が首をかしげる。
「あ、いえ、実は見失ってから匂いを辿って追いかけてたんです。」
「ということは団長はもうここに来ていたと?」
私はカシム団長を見る。
カシム団長は知らないとばかりに首を横に振った。
「はい、そしてこの建物から出てません。えっと…。」
すると彼女はスンスンと空中の匂いを嗅ぐような仕草を取る。
「あっちにいるはずです。」
彼女が指したのは入口からは見えないずっと奥の方だった。
カシム団長と顔を見合わせて、一緒に奥の方に移動する。
すると、奥の方はかなりの人数がおり、盛り上がっているようだ。
「えーでは、久しぶりの再会と!大出世を祝して!再び!カンパーーーーイ!!!」
今…何か気になる言葉が聞こえた気がした。
私がカシム団長の方を見ると、同じ思いからか、顔に「嫌な予感がする。」と書いている。
「すまねぇ、ちょっと通してくれ。」
そういうと、カシム団長は人だかりをかき分けて、奥の席に向かっていく。
護衛を残して、私とユリウス殿もカシム団長に続いた。
奥の席では大盛り上がりで乾杯の音やにぎわう声が聞こえてくる。
その声がだんだん大きくなる。
予想外に奥は広かった。
そしてその中心のあたりに見知った顔を見つける。
隣に座るスタイルのいい美女に肩を組まれながら、逆サイドにはゴッツイ大男、そして彼を囲む人相の悪い傭兵団。
しかし、彼らはジョッキを持ち、嬉しそうに乾杯を繰り返している。
我らが第四師団長は両手でジョッキを持ちながら、引きつった笑いを浮かべていた。
「お、お前ら、なにしてやがる!?」
カシム団長が驚きの声を上げる?
「何って、お祝い?」
「アレイフが久々に顔出したんだ!飲むしかねぇだろ?」
「飲む!飲む!」
「ていうか、国軍のお偉いさんだろ?」
「大出世だぜ?」
「これは祝わねぇとなっ!」
「団長もほら、エールもって飲もーぜ!」
「料理と酒!ジャンジャンもってこいや~!」
すごい勢いで盛り上がり、酒を流し込んでいく傭兵団の面々。
カシム団長は頭を抱えながら…申し訳なさそうにこちらを振り向いた。
「すまねぇ…非常に申し訳ないんだが…細かい打ち合わせは後日にしてはもらえないだろうか…。先触れで聞いた内容で問題ねぇ。金額もまぁ普通より安くしとくぜ。どうだ?」
さすがの私も、この中に強引に入っていき、主役の師団長を連れ出す勇気はない。
ていうか、すでに師団長…飲んでませんか?
私は深いため息をつきながら、カシム団長に了承を告げ、帰ることにした。
ユリウスにも今日は帰っていいと伝えたのだが、彼女はこのまま護衛を続けるために残るらしい。
…真面目な人だ。
混ざっていけというカシム団長の誘いを丁寧に断り、私はこのあとにも予定があると告げ、酒場を後にする。
とりあえず、銀鷹との交渉はうまくいったと思って大丈夫だろう。
師団長の仕事が少し滞るが、少しぐらいは大丈夫だ。
最近仕事詰めだったこともあるし、羽を伸ばしてもらおうと、酒場を後にした。
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