第45話 赤獅子
馬車の中でウキエさんと打ち合わせをする。
「これから向かう赤獅子ってどういう傭兵団なんです?面識は?」
「残念ながら私は面識ありませんね。特徴は銀鷹とは違って魔法や連携より腕っ節の強さが自慢の傭兵団という感じですかね。悪い言い方をすれば野蛮です。」
「評判は?」
「良し悪しが半々ですね。ならず者みたいな者や暴力事件を起こして拘束されるものもたまにいるそうですから…。」
「規模は?」
「かなり大きいですね。銀鷹は少数精鋭ですが、赤獅子は人数も多いです。実力もピンキリのようですが、傭兵団長以外に副団長が2名います。」
「規模が大きいのに副団長が2名だけなんですか?」
「ええ、傭兵団長のワンマンですね。集団戦はあまり得意ではないようです。」
「うまくいきますかね?」
「正直、五分五分だと思いますが、私に考えがあります。交渉は任せてもらえますか?」
ウキエさんが交渉の流れを説明していく。
相手の出方によって何パターンか考えてきたようだ。
基本的にはどの作戦もウキエさんが基本的に話をし、俺は黙ってることになる。
せっかくなので、交渉のやり方というやつを勉強させてもらおうと思う。
馬車が着いたのは倉庫のような建物だ。
入口にはガラの悪い大男が2人並んで立っている。
「ここですね。行きましょう。」
「あぁ、イチ、ここで待っててくれるか?」
「護衛が待ってたらダメじゃねぇか?」
近衛として一人ついてきていたイチが不満げな顔をする。
「…それもそうだけど、念の為に馬車の近くで待機しておいてくれ。御者もいるし。何かあったら呼ぶからそれまでは馬車と御者を頼む。」
「わかった。大声で叫んだら聞こえるからなっ!」
イチがぐっと親指を立てる。
…入るのがどんな建物かわからないのに聞こえるとは限らないと思うが、あえてそれは言わない。クインやユリウスじゃなくてよかった。たぶんあの2人ならこんな言い訳に納得したりせずついてくるはずだ。だがウキエさんが中心の交渉では邪魔になると思う。
なんといっても近衛はウキエさんじゃなく俺を守る。
相手からしたらどっちが目上かひと目でバレてしまう。
「すいません。赤獅子傭兵団長に会う約束をしている、国軍第四師団副官のウキエ・サワです。取り次いでもらえないでしょうか?」
ウキエさんが早くも門番らしき大男に要件を告げていた。
急いでウキエの後ろに並ぶ。
「話は聞いている。馬車はそのままで、こちらから入られよ。」
扉から奥に通される。
ウキエがまず入り、後ろについていくと、なぜか怪訝な顔をされた。
なんで子供が?という顔だ。だが特に止められなかった。
中にはかなりの人数が酒を飲んだりしながら騒いでいた。
どこの傭兵団でもたまり場は酒屋みたいになるんだろうか。
本当の酒場じゃないみたいだけど、酒の匂いがプンプンする。
「そこの階段を下に。団長は地下で待ってる。」
やっぱり叫んでも外のイチには聞こえなさそうだ。
案内されるまま、地下への階段を降りる。
下まで行くと大きな扉があり、また大男が2人立っていた。
ウキエさんが事情を話すとすぐに中に通してくれる。
中には大きなソファーに座り、隣に女性を侍らしている大男がいた。
鎧などはつけていないが、筋肉隆々で服が盛り上がっている。
カシムさんよりはかなり年上に見えるが、無精髭を生やしているせいだろうか?
そして右手にはジョッキ。どうやら飲んでいるようだ。
「よう、あんたが第四師団の使者さんか?」
「はい、私は、」
「あぁ、さっき聞いたからいい。ウキエさんだろ?要件もわかってる。とりあえず座りな。」
そう言うと対面のソファを指差す。
ウキエさんが相手の正面に座り、なんとなく俺は隣に腰掛ける。
にしても、案内や前を歩く人物はいなかった。どうやってウキエさんの名を知ったのだろう。
「チレット、飲み物でも出してやりな。」
隣に座っていた女性はその言葉を聞くとすっと立ち上がり、部屋の奥へ消えていった。
そしてすぐに戻ってきて、チレットさんがウキエさんの前にお茶を、そして俺の前になぜかミルクを置いていった。
しかも、笑顔で微笑んでいる…馬鹿にされてるんだろうか?
「で、だ。さっそくで悪ぃが、協力はできねぇな。」
「条件がご不満ですか?」
「いや、そうじゃねぇ。むしろ十分すぎるぐれぇだ。」
「じゃあどうしてでしょう?」
「今の第四師団は兵隊不足なんだろう?だからうちと銀鷹の傭兵を雇いたいと。」
「その通りです。」
「それで攻めるのは魔軍が巣食う砦だ。しかもそこにたどり着くまで悪路の、しかもどこから矢や魔法が飛んでくるかわからねぇ森の道を進むわけだ。」
「…そうなりますね。」
「あー遠まわしな言い回しは好きじゃねぇからハッキリ言うぜ?要するに俺ら傭兵に盾になれっていってるんだよな?危ねぇところを前線に立って、いいところだけ国軍が持ってく。なるべく兵力を消耗せずに成果がほしいってことだろ?」
「いえ、そこまでは。」
「隠すなよ。前の第四師団長はな。そんなことはしねぇ。最低でも同等のリスクを負っていた。だがな他の師団からの依頼は大抵俺たちを盾としか思ってねぇ。正直、前まで第四師団の依頼を受けてたのはあの師団長だったからだ。借りもあったし、信用もしてた。あの人がいねぇ今、もう国軍の依頼を受ける気はねぇ。」
それだけいうと、どかっとソファーに背を預け、もう話すことはないとばかりに葉巻に火を付ける。
「一応反論させて頂いても?」
「かまわねぇが、変わらねぇぜ?」
それではとウキエさんが咳払いをし、話を始めた。
「まず、今回の進軍ですが、我々国軍が傭兵団に求めるのは後詰です。これは銀鷹、赤獅子のどちらの傭兵団でも同じく後詰の兵をお願いしたい。」
「後詰だと?」
「はい、先ほどあなたが言ったように、我々は武勲がほしい。よって先陣は国軍がとります。もちろん森の中の行軍もです。各傭兵団は少し離れて付いてきてくれてかまいません。」
「本気か?」
うって変わって前のめりになってウキエさんの目を見る傭兵団長。
「もちろんです。ただ、砦や建物が健在であった場合、その中の探索には手を貸して頂きたい。もちろん国軍と一緒にです。」
「それは構わねぇが、そもそも野戦で勝てるのか?第四師団は100人程度だって噂だぜ?まさか先陣だけ切って、すぐに離脱するつもりじゃねぇだろうな。」
「そうなった場合、後詰をせず退却してもらってかまいません。契約書にそう明記する予定です。なんなら、相手の前線が崩れてからの行動でもいいですよ。」
「おいおい、たった100の兵力で勝てるとおもってんのか?敵がどれぐらいいるか知らねぇが、少なくとも同数以上は間違いなくいるぜ?」
「過去の記録から最大400匹はいるんじゃないかと予想しています。」
「…正気とは思えねぇな。今の第四師団は戦力分析もできねぇのか?オーク1匹倒すのに熟練の兵士が2人はいる。400匹ってことは800人の兵士がいてやっと釣り合う戦力だぜ?」
相手の言葉にウキエさんが笑っている。
交渉の場でウキエさんを見るのは初めてだが、堂々としたものだと感心してしまう。
「勝算はありますよ。」
「ほぉ。言ってみな。何か新しい兵器でも開発してんのか?」
「うちの師団長は神格者です。」
その言葉に相手が破顔した。
「おいおい、まさかそんな称号が勝算なんていわねぇよな?」
「いいますよ。」
「話にならねぇな。」
ウキエさんの言葉に相手は馬鹿にしたような目をウキエさんに向けた。
「何か勘違いしておられます。称号が先にあるのではなく、強さが先にあり、それに伴って称号が与えられたのです。実際、ここにいる傭兵全員より、師団長1人の方が強いですよ。」
「あぁ?なんだと?」
場の空気が変わる。
ウキエさんの目の前の傭兵団長だけでなく、後ろからも殺気を感じる。
他にも複数の場所からウキエさんに殺気が向く。
護衛か、警護か、何人かが部屋に潜んでいたらしい。
「これは事実です。私は貴方の知る第四師団よりも今の第四師団の方が強いと言いきれる。」
「はっ、いいのかい?言っていい冗談と悪い冗談があるぜ?俺はともかくウチには気の短い奴も多い。侮辱は命取りになるぜ?それにな…俺も死んだ恩人を貶める言葉は許せねぇ。」
相手は真顔だ。おそらく本気で言っている。
それに対してウキエさんはまだ余裕の笑みを浮かべながら更に挑発した。
「試してみますか?おそらく今でも私に指一本触れることはできませんよ?」
「おい、いい加減にしとけよ。その神格者様はともかく、今ここでお前1人に指一本触れられねぇってことはありえねぇぞ?今なら流してやるから帰んな。」
おそらく最後通告だろう。
だがウキエさんは笑みを浮かべたまま、どかっとソファーにもたれる。
「どうぞ、お試し下さい。」
「ちっ!馬鹿がっ!」
ウキエさんの態度に舌打ちした傭兵団長が同じくソファーに背をつける。
同時に、いくつかの気配がウキエさんに向かって動く。
後ろに居た男が2人、傭兵団長の斜め後ろに隠れていた男が1人、同時にウキエさんに刃物を向けて襲いかかった。
殺気はあるものの、さっきより弱い。
おそらく寸止めするつもりだろう。脅し目的のようだが、そういうことならこちらも優しくいこう。
まず後ろの2人に上から部分的な風圧で圧力をかけて倒れ込ませる。風牢という魔法だ。
「ぐあっ!」
「うおっ!」
そして前からウキエさんを襲おうとした1人をそのまま後ろに吹き飛ばした。
上手く着地できるように優しくしたつもりだが、着地に失敗して尻餅をつき転がる。
「なんだと!?」
突然の出来事に傭兵団長が目を見開いた。
とりあえず、打ち合わせしていた通り、ウキエさんに危害がおよびそうな場合、手加減して無力化するという役目は果たしたので、出されたミルクを飲む。
「お前も魔法使いか!?」
「…まぁ魔法は使えますけど、違いますよ?戦闘は専門外です。」
そういうとウキエさんの目線がこちらをむく。
そしてはじめて傭兵団長はこちらに目を向けた。
「いい加減に自己紹介してはどうですか?無視されているのをいいことに意地が悪いですよ?」
このシナリオを考えた張本人が俺を悪者扱いする。
だが仕方ない、ここは乗らないといけないのだろう。
飲んでいたミルクをおいて、傭兵団長に目を合わせる。
「第四師団長、アレイフ・シンサです。どうぞ宜しく。」
それだけ言うと、もう一度ミルクを飲んだ。
…なんだろう。意外と美味しい、このミルク。ミアが好きそうな味だ。何か隠し味でも入っているのだろうか。
「え…な…ウソだろ…。」
傭兵団長はしばらく口をパクパクさせ、こちらが貴族だということに気づいたのか立ち上がって姿勢を正した。
「…ほんとうに、第四師団長なのか?…いや、ですか?」
「ウソは言っていません。」
「じゃあこいつらが倒れたり吹き飛んだのは。」
「師団長の魔法ですね。」
驚きの様子でこちらを見る傭兵団長。
ミルクを飲み終わった。本当に美味しかった。おかわりはもらえないのだろうか…。
残念そうにカップを見るが、気をきかせて入れてきてはくれないようだ。
「師団長殿、2つ質問させて頂いても?」
「ん?」
傭兵団長がウキエさんではなくこちらに問いかけてきた。しかも。丁寧な言葉遣いで。
…違和感がすごい。
これは事前の打ち合わせになかった出来事だ。
こちらが相手を見返したのを肯定と捉えたのか、質問が始まる。
「先ほどの話、すべて事実ですか?」
「先ほどとは…どれのことでしょう?」
「全てです。こちらに求める働き、行軍、そして勝算。」
相手は真剣な顔で俺の目を見てくる。
「間違いありません。本当のことです。なんならウキエさんではなく、私が契約書にサインをしましょうか?必要なら他にも証人を立ててもらってもかまいません。」
「いえ…ではもう1つ。勝算の裏付けはあなたが強いからと言われました。それならあなた一人で先陣に立てばいいのでは?」
ごもっともだ。俺が一人で相手をすべて倒せるならわざわざ傭兵団を連れている必要はない。
少し考えたが、相手の意図が読めないので正直に答える。
「…相手が一列に並んで順番にかかってきてくれるならそれでもいいですが、そうもいかないでしょう?」
「順番なら何百匹でも相手にできると?」
「魔力的に永遠じゃないですけど、その条件なら今回は傭兵どころか国軍も必要ないですね。」
その答えに、相手はきょとんとした表情を浮かべたあと、いきなり大声で笑いだした。それを見て女性、チレットさんも驚いた顔をしている。
「これは愉快だ!なるほど、それが本当なら俺達は後詰だけでいいわけだ。」
「で、返答は?」
「いいでしょう。全員とはいかねぇが、希望者を募っておくとしましょう。少なくとも俺は参加しますぜ。」
そう言うと、相手は立ち上がった。
「俺は赤獅子傭兵団団長のガレス・ディン。ちなみにこっちは妻のチレット・ガガです。改めて宜しく頼みます。」
そういうとこちらに手を差し伸べてくる。
その手を掴み。固く握手をかわした。
<GALESS>
契約が終わり、去っていく第四師団の2人を見送りながら、ガレスは遠い過去を思い出す。
--------
「は?ならてめぇが一人で戦えばいいだろう?俺に手伝わせる意味はねぇ!」
「何をいっておる。敵が都合よく一列に並んでくれるものかっ!一列に並ぶならワシ一人すべて相手にしてやるわっ!」
--------
不意に笑いを浮かべた俺に、妻が首をかしげた。
「それにしてもよかったのか?断るつもりだったのだろう?」
「気がかわったんだよ。美味しい仕事だしな。」
偶然とはいえ、同じ答えを導き出した相手の戦い方を見てみたいとおもってしまったのだからしかたない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます