第36話 儀式のはじまり

 園から戻って何度目かの朝、そして昨日、ついに最後の儀式が3日後に行われると連絡があった。

 つまり明後日には儀式がはじまる。


 それから2日間は儀式のために休暇が与えられた。

 といっても、俺達は皆もう家族との別れは済ませてきている。それに限られたスペースからでることもできないため、できることと言えば運命を共にする友人に会うぐらいだ。

 もう起きてるかなと、部屋の扉を叩く。


 返事はない。


 だけど部屋の中でガサガサという音が聞こえたので遠慮なく中に入った。


「サイ、起きてるか?」


「レイ!?ちょっとまて!」


 サイは机に座って何かしてた。

 そして今、俺の目から何かを隠した。


「何してたんだ?」


 気になったので聞いてみる。

 サイは焦ったように背中に何かを隠し、苦笑いを浮かべた。


「いや、なんでもねぇよ?それよりどうしたんだ?飯か?」


 わかりやすい。そして話をそらすのが下手だ。

頭にある耳がペタンと倒れている。ミアも確かなにかを隠すときあんな耳の動きをしていたはずだ。種族は違えど似たような動きをするもんなんだろうか。


「まぁそんなとこだけど、何隠してるんだ?」


「なんも隠してねぇよ?ほら、すぐ行くから先行ってろよ。」


 ふーん。といいながら後ろに回ろうとする俺に合わせてサイも背中を見せないように回る。

 ちょうど立ち位置が入れ替わったところで、サイの後ろから声が響いた。


「これ、魔結晶?いや、ちがうな…あ、そうか、記録石だ!けっこう大きいけど、何に使うの?」


 驚いてサイと一緒に扉の方を見ると、アフがいた。

 完全にサイが隠していたものを覗き込んでいる。


「おまっ!いつの間に。」


 いそいでサイが背中に隠していたものをアフと俺に見えないように隠しなおす。


「遅いよ…。何か記録してたんでしょ?なに?日記?」


「アフ、記録石って?」


「あれ?レイは見たことない?」


 アフによると、記録石とは限られた時間、石に映像を記録することができる使い捨てのアイテムらしい。

 記録に使えるのは1度だけ、魔力を込めると、周りの映像を記録する。魔力を込め続けている間の出来事をそのまま映像として記録し、魔力を流し終えると記録が終わる。

 だいたい石から半径3メートルぐらいを記録するらしい。ちょうどこの部屋の範囲ぐらいだ。

 そして、一度記録したら次に魔力を込めた時、記録した映像を何度でも再生できるそうだ。

 なんでも、記録した映像をそのまま映し出すらしく、触れることはできないが実際に人が居るかのように見えるらしい。

 幻覚魔法みたいなものだろうか?

 ちなみに、石の大きさで映像の質や記録時間の限界値が変わるらしい。

 同じ大きさの石なら、記録時間が短ければ、映像の質がよく。逆に長ければどんどん映像が劣化する。


「ったく、邪魔すんなよな。」


 サイは諦めたかのように石を見せる。

 すべてバラされて隠すのは無駄と諦めたらしい。


「で、何記録してたの?やっぱり日記?」


アフが意地悪な笑みを浮かべている。


「なわけねーだろ?…いや、なに。もう明後日には儀式だろ?万が一の場合だってあるだろ?」


「…遺言ってこと?」


アフが真顔になる。


「…いいだろ?別に。」


「暗いねぇ…。ていうか約束忘れたの?そんなのなくても大丈夫でしょ?」


「まぁ、そうなんだけどよ。うちのやつら、納得するか怪しいからな。」


「なるほど…。家族向けね。」


 空気が重くなったタイミングでマウが登場した。


「開けっ放しで何してるんだ?」


「あ、マウきいてよーサイのやつ、記録石つかって日記書いてるんだよ?意外と少女趣味じゃない?」


「な、何言ってやがる!」


 アフにサイが飛びかかろうとする。


「魔力途切れたらそこで記録終了なんじゃないのか?」


忘れていそうなので注意してあげた。


「おっと、あぶねぇ!」


「俺たち先に食堂行ってるから、サイは日記書き終わったら来いよ。」


あまり邪魔しすぎるのも可愛そうなのでこの変にしておこうと、他の二人に提案した。


「あぁ、日記を書き…って違うわ!レイお前もか!」


 焦るサイをからかいながら、マウやアフと一緒に部屋を出る。

 怒りでプルプル震えるサイだけが残された。

 あえて開けっぱなしにしたドアはそのままに、部屋から遠ざかる3人の足音が響く。


「何を食べるんだ?」


「あと2日しかないからな。それまでにマウに勝たないと…。」


「レイは意外と強情だよね…マウと大食いで勝てるわけないじゃん…。」


「今日は吐くなよ?」


呆れたように言ってくるアフと、自分の勝利を信じきっているマウ。そんな二人に俺は珍しく、自信満々に宣言してやった。


「ふふふ…上から目線のセリフも今日までだからなっ!マウ!それにアフ!やれば出きるってとこを見せてやるからなっ!」


珍しい俺の応えに驚いたような顔を見せる二人も、すぐに笑顔になってまた冗談を言い合う。


サイもすぐに来るだろう。

ふざけあいながら、それでも楽しい時間はすぐに過ぎていく。

叶うなら、この先も…儀式のあとも誰もかけることなく、こんな風に過ごしたい…。





 遠ざかる声に…サイは大きくため息を付き、記録石を見る。


「あれが、今の俺の親友だ。」


 そういって、机に座り直し、記録を続けた。





 儀式の前日。

 ベッドに横になる。

 どちらにしろ、この部屋で眠るのは明日が最後になるだろう。

 ほぼ2年間。愛着もある。


「感傷にひたってるのかい?」


 目の前にフィーが現れた。

 いつの間にかフィーの姿は完全な人型になっている。

 大きさは手のひらより少し大きいぐらい。

 後ろに蝶のような羽があり、御伽の妖精の姿をしている。

 ツインテールの髪を揺らしながらニコニコ笑っている。

 そう、フィーにはもう完全に表情があった。

 まだ幼い印象だけど、美人、いや美少女だと思う。

 性格は昔から変わらないけれど。


「まぁね。成功するか不安はあるよ。」


「君に失敗はありえないよ?」


「フィーはそういうけど、できたら全員成功してほしい。」


「あぁ、彼らね。正直可能性は高いと思うよ?成功のね。」


「本当か!?」


 驚いて起き上がる。

 フィーは鼻先で目を見ながら腕を組んだ。


「いや、神格者だっけ?たぶんこの国の定義で言うと失敗だけど、儀式は大丈夫だと思うよ?」


「どういうこと?」


「前にいったよね?この儀式は神格者。つまり僕等精霊からみた順位を上げる儀式だって。」


「うん。」


「例えば元々50位だった人を、40位にするための儀式だっていったの覚えてるかい?」


「それに魔力なんかも強化されるっていってたね。」


「そうそう。けどこの国での神格者ってたぶん30位内の人のことだと思うんだよね。だから国からすると30位内に入れないと失敗だろ?でも、儀式的には順位が上がってるから成功というわけさ。」


「順位が上がると?」


「もちろん、精霊との親密度が上がるわけだから魔力も上がるし、使える魔法の威力もあがる。それにこの儀式はたぶん身体的にも強化されるよ。」


「儀式が成功するっていうのには根拠があるの?」


「もちろんさ。」


 フィーは偉そうに胸を張る。


「この儀式はね。そもそも精霊の優先順位が元々高い人向けなんだ。だから優先度が高ければ高いほど成功率はあがる。君は1位だから失敗はないね。」


「3人とも高いの?」


「僕が見ただけでも3人とも何かしらの精霊の順位で100位内には入ってるよ。」


「100位内ってすごいの?」


「全人類、例えば火属性なら竜族なんかも含めた中での100位内ってかなりすごいことだと思わない?」


「あーそれは確かに。」


「だから儀式はそうそう失敗しないと思うんだ。きっとみんな成功するよ。」


「…よかった。」


 少し気が軽くなった。


「でも、この儀式、君にだけは本当は受けて欲しくなかったんだよね。」


「成功するのになんで?」


「この儀式はね。精霊との親密度以外にもいろいろあるんだよ。例えば無理矢理順位を上げるわけだから対価もある…寿命とか、耐性とか…何かしらのデメリットもあるからね。君の場合、そもそも1位だから、順位は上がらないのにデメリットだけ受ける事になるんだよ?」


「…だから止めてくれたんだね。」


「そうだよ。お金のためにオッケーしちゃったけど、本当にいいことなんてない儀式だからね。せいぜい魔力が上がる程度だし。」


 フィーが僕の周りを飛び回る。


「少し安心したよ。ありがとう、フィー。」


「それならもう少しボクを大事にしてほしいな。」


「大事に?」


「そうだな。とりあえず、僕がもっときちんと顕現できるように魔力を高めて。」


「もう十分ハッキリ見えてるよ?」


「そうじゃない。こんな小さい姿じゃ何もできないじゃないか。もっとこう。せめてあのララって子と同じぐらいの大きさには顕現させてほしいんだ。」


「フィーの姿は優先度第1位の人の魔力に比例するんだっけ?」


「そうだよ。つまり君の魔力だね。」


「わかった。がんばるよ。」


 そう言いながら、フィーの今の大きさとララの大きさを考えると、2倍や3倍の魔力量ではどうにもならない気がする。身長だけでも10倍はいるんじゃないだろうか…。

 …うん、無理だな。

 そんな俺の考えは露知らず、フィーは満足そうに頷いた。

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