第35話 再会 下
子供達の中を駆け抜け、トリッシュ王女やマイン王子の間を縫うようにして、ミアが目的の人物に抱きつく。
「アレイフにゃ!」
抱きつかれた人物は、観念したように、ため息をついた。
「はぁ…やっぱり無理か。」
ミアがゴロゴロと喉を鳴らしながら頬ずりをする。
一方、その展開についていけず、唖然としていたのはイレーゼとトリッシュ王女、マイン王子。
そして、「あーあ。」と、アフがため息をつく。
ミアが抱きついたのは、ずっと声を出さず、後ろに控えていたレイだった。
「これは…どういうことかしら?」
展開についていけないトリッシュ王女がアフに尋ねる。
「だから、僕じゃないっていったんだ。」
アフはヤレヤレと手のひらを上に向けた。
ミアになすがままにされているレイにトリッシュ王女が疑問を向ける。
「レイ、あなたはここの出身なの?」
「…はい。」
「では、アレイフという名前は。」
「…本名になります。」
「なぜ黙っていたの?」
「…それは…。」
「機密?それとも指示?」
「いえ、そういうわけではないのですが…。」
レイが言いよどむ。
「殿下、ダメだよ。その理由は機密に触れるから言えないんだ。レイも隠したくて隠してたんじゃなくて、言い訳ができないから言えなかったんだよ。」
アフがフォローする。
「え、ちょっとまって。」
そこで再び思考が動き出したのはイレーゼだ。
「あなたがアレイフ?」
「…あぁ。」
レイが答える。
「声は…仮面のせい?背も全然違うけど…。」
「声は…そうだな。仮面のせいもあるけど、少し変わったかも。声変わりってやつかな。。背は…いや、人族なんだから成長するだろ?アフの背格好だと、2年前のままじゃないか。」
「えっと、じゃあこっちの人は。」
「だから違うっていったじゃないか。」
イレーゼの質問に、レイとアフが答える。
「足を怪我した姉さんの名前は?」
「…ん?」
「答えて!」
「ローラ姉さん。」
イレーゼがレイに質問をぶつける。
「私達のもう1人の幼馴染は?」
「ゼフ。」
「じゃあ、その子の名前は?」
イレーゼが挨拶に来た少年の方を指す。
「マシュ。」
「じゃ、じゃあ…。」
イレーゼの瞳に涙が溜まっていく。
「本人だよ、レーゼ。黙っててごめんね。」
懐かしい自分の呼び名と口調に、イレーゼはミアのようにレイの懐に飛び込んだ。
顔をうずめながら、泣き喚く。
周りの好奇の目を気にせず、いつの間にか背後に周り、ニヤニヤ笑っているミアの目も気にせず、イレーゼは久しぶりに大粒の涙をいくつも流した。
イレーゼが泣き止むのを待って、一行は食堂に移動した。
他の子供たちも来たがったが、そこは年長組がうまくやってくれた。
今食堂にいるのは、トリッシュ王女、マイン王子、イレーゼ、ミア、ララ、そしてアフとレイだ。
トリッシュ王女は視察そっちのけで、事情に耳を傾けていた。
「では、レイ…いえ、アレイフはこの孤児院のために国軍に?」
「レイで結構です。そうなりますね。ウキエさんから提示された条件がよかったので。」
「契約者はウキエなの?」
「…言えません。」
「なるほど。お父様が関わっているのね?」
「…。」
アフとレイは何も言わないが、トリッシュ王女は確信を持った口調で続ける。
「あなた達は第四師団長候補。しかも王直属の部隊よ?ウキエが独断で創設できるものではないわ。」
「んー僕らは言動も縛られてるから答えられないことも多いんだ。それにもしここに来るのがわかってたら、レイじゃなく他の人が付いてきたはずだよ。サイが急にこれなくなったからってのもあるけどね。」
アフが王女に答える。
「では仮面を外せないのも?」
「…えっと、そうだね。それも契約かな。限られた人数の中でなら外すのは大丈夫なんだけど…特にレイはダメだね。」
「契約内容も少しちがうのですか?どちらにしてもレイはここで仮面を外せないんですね?」
「はい。」
トリッシュ王女は少し考える仕草をとると、イレーゼの前に立った。
「もう視察はおわりましたので、帰路につかねばなりません。…が、私はお腹が空きました。お菓子か何かと紅茶でも頂こうと思います。といっても、こちらで準備してもらうわけにはいかないので、誰かを使いにやろうと思います。それまでこの場所で待たせてもらってもよろしいですか?」
「え!?か、かまいませんけど…。」
そして、アフの方を向く。
「では、使いを出しましょう。そうですね。その間はアフ、私とマインの警護を頼みます。」
「はーい。」
続いて目線だけをレイに移動し、芝居かかった考えるような仕草をとった。
「となると、レイは必要ありませんね。どうですか?後学のために少しあなたも見学させてもらっては?」
「…見学ですか?」
「あなたは真面目ですからね、警備に集中して、見学はできてないでしょう?聞きたいこともろくに聞けていないんじゃないですか?時間もできましたし、そちらのイレーゼさんにもう一度案内してもらいなさい。」
そしてまたイレーゼに向き直る
「宜しいでしょうか?」
そのときのトリッシュ王女のニヤリとした会心の笑みをイレーゼは忘れないだろう。
<Araif>
園長室にイレーゼ、ミア、ララと一緒に移動する。
トリッシュ陛下の粋は計らいに感謝しつつも、何を話していいのかわからず、微妙な空気が流れている。
園長は留守だといっていた。
2年前とは違い、綺麗に片付いた園長室に少し驚いてしまう。
「驚いた?今の園長は昔みたいにちゃんと園の経営をやってるのよ?」
考えを見透かされた。
仮面で表情がわからないはずなのに、イレーゼはすごい。
「まだ最近だけどね。」
そういうとイレーゼが苦笑する。
「最近?」
「そう、アレイフの本当の契約書が届けられてから。」
「…ごめん。」
「園長、泣いてたわ。息子にこんな契約をさせてしまうなんて!って。」
「そっか。」
「それからお酒も辞めて、きちんと運営の仕事してくれてる。」
「それは…よかったのかな?」
「ローラ姉さんの治療も順調よ。おかげで、私にも学校へ行けって。」
イレーゼがまた苦笑する。
「本当にアレイフなの?」
遠慮がちに聞いてきたのはララだ。
過去の話をしたイレーゼや匂いで判断できるミアと違って、まだ半信半疑なんだろう。
「うん、この3人ならいいかな。」
仮面に手をかけ、外す。
視界がぱっと開けたが、3人は顔を見て驚いていた。
無理もない。
顔には額の少し右側を中心に、醜い魔法陣のような文字が浮き出ている。
殴り書かれたような文字から細かな文字まで、顔のほとんどを覆う刺青のように見えるだろう。
もちろん、刺青じゃない。これは儀式でついた魔法の印。
同じく儀式を受けた4人全員がついている。
サイは両足に、アフはお腹に、マウは両肩に。
魔力を高めるだけではなく、最後の儀式に必要なものらしい。
不定期にこの印は広がり、広がりきって安定してはじめて最後の儀式を行う準備ができるらしい。
「落書きされたにゃ?」
言い方がミアらしい。
懐かしくて少し笑ってしまう。
「落書きは酷いな。儀式に使う魔法陣だよ。これがあるから人前で仮面をとれないんだ。ララ、納得した?」
驚きながらも、じっとこちらを見ていたララが我に返る。
「間違いなくアレイフなの。」
ララも満足そうに笑ってくれた。
目は潤んでいる。
「なんで無事なのに言わなかったの?みんな心配してたのよ?」
「そうなの。」
「いや、イレーゼはむしろ怒ってたにゃ。」
確かに、サイ達と違って、身内や知り合いには何も伝えていない。
でもそれには理由があった。
「まだ儀式は終わってないんだ。」
「どういうこと?」
「今まで3回儀式があったけど、最初に集められたのは、全員で10人だった。」
思い出すだけで気が滅入る。
「最初の儀式で3人死んだ。次の儀式で1人、3回目の儀式で2人死んだ。」
「嘘でしょ?」
イレーゼが驚いている。
「嘘じゃないよ。最後の儀式まであと少し、全員生き残れるかもしれないし、全員生き残れないかもしれない。だから連絡しなかったんだ。」
「やめられないの?」
「無理かな。この魔法陣を刻んだ時点で、放って置くと命を落とすし。どちらにしても儀式を成功させるしか道はないんだ。」
「そんな…。」
イレーゼの顔が歪む。
「成功したら、帰ってくるよ。」
笑顔を向けたが、イレーゼは顔を下に向けてしまった。
「心配にゃいにゃい。」
「そうなの。いつ帰ってくるの?」
イレーゼに比べて2人は全く心配していないという顔をしている。
それはそれで少し複雑だ…。
「遅くても2ヶ月以内かな…。いつやるかは外部には漏らせないから。帰ってくるのを待ってて。」
なるべく明るく声をかけたけど、場の雰囲気は重い。
外を走る足音が聞こえてくるぐらいに。
急いで仮面を付け、扉の方を見るのと、扉が乱暴に開け放たれるのはほぼ同時だった。
そこには肩で息をする園長がいた。
「アレイフ…本当にアレイフか?」
園長の後ろにはカシムさんに肩を借りたローラ姉さんもいる。
扉が閉まるのを確認してから、仮面をもう一度外した。
顔を見てビックリされるかなとおもったけど、違う意味で驚かされた。
園長が飛びつくように抱きついてきたからだ。
「すまなかった。本当にすまなかった。こんなことになって…。」
園長が泣いている。
後ろのローラ姉さんとカシムさんも涙ぐんでいた。
久々に会った。友人や家族は。とても暖かかった。
園長が落ち着いてから、同じように説明し、いろんなことを話した。
楽しい時間は直ぐに終わり、アフが迎えに来た時にはずいぶん時間がたっていたようだ。
「もうお腹がちゃぷちゃぷです。」
と、お腹を触るトリッシュ王女に笑いながらお礼を言い、園を後にする。
次にこの門をくぐるのは、儀式の後生きていられればということになるだろう。
そして、儀式の日はちかい。
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