第20話 条件のいい仕事

 唐突にライラさんから話があると呼び出された。

 僕は酒場にはいってすぐ、ライラさんがいつもいる一角に向かう。


「なんですか?」


「ああ、アレイフか。ずいぶん早かったな。」


「ええ、ミアが呼びに来たので…。」


 いつもは昼前ぐらいにここに来て、依頼を受けるんだけど、今日は朝から来ている。

 というのも、朝っぱらからミアが園まで迎えに来たからだ…。


 園に団長達が来てからだいぶ経つけど、ミアとララはたまに園に顔を出して、幼年組の相手をしてくれている。そして団長はなぜか2日に1回ぐらいのペースで顔を出すようになった。

 いろいろとお土産を持ってきてくれるし、小さい子の相手もしてくれるからいいんだけど。

 たぶん、というか絶対に狙いはローラ姉さんだ。

 でも、ブッチさんが最近団長が長期の依頼を受けなくなったとボヤいていたから、仕事にも影響をきたしているのは間違いない…大丈夫なんだろうか、この傭兵団…。


「いや、用というか、依頼の誘いなんだが、少し長期のものなんだ。君らのパーティに義務はないんだが、賃金がいいからどうかと思って。」


「どんな内容なんですか?」


 園の事情を知ったからか、ライラさんはよく割のいい仕事を僕等のパーティにまわしてくれるようになった。他にも少し上の方の依頼もライラさん同伴で受けさせてくれている。

 さりげない気使いが嬉しい。

 ライラさんが、テーブルに紙を広げて、僕に見るよう促した。


「討伐任務なんだけどね。国軍からの依頼でちょっと規模が大きいんだ。私のところと、ブッチのところ、チルとルガンナのところが共同で当たることになっている。」


「討伐任務?盗賊かなにかですか?」


「いや、魔族だね。魔軍ってきいたことない?」


「…魔軍?魔族の軍団…ですか?」


「間違ってはいないけれど、少し違うな。ここからずっと南の方に魔族の国があるのは知っているかな?」


南の方…?僕が真っ先に思い当たったのは森に住むゴブリンだった。それなら何度か討伐任務に出てるからわかるけど、ライラさんが国という言葉を使ったのが気になった。ゴブリンとかならどれだけ集まっても群れっていうのが正しい気がする。


「森…の中ですか?」


「森…いつも行くやつかな?それよりももっと南だね。…もしかして魔族って聞いてゴブリンとかを想像してない?それは魔物だよ。」


森より南…というか、ゴブリンは魔族ではなく魔物?


「魔族って魔物とは違うんですか?」


「あ、そうか、そこからか。」


 ライラさんが指を差す。

 指の先を見ると、討伐任務を終えたのか、魔物の死骸を持ち帰っている傭兵団の人がいた。

 ライラさんの指は傭兵団の人が担いでいるでっかいトカゲみたいなもので止まった。


「あれが、魔物。」


 そういうと、ライラさんは指を動かす。

 釣られて指を目で追うと、机にうっぷしている女性のところで止まった。

 たしか…名前はナットさんだ。

 ふんわりとした紫の髪に、いつも左目に眼帯をしている美女だ。スタイルは抜群で見た目はいいのに、ものすごい酒好きで、ほとんど飲んでるか寝ているという、いったいいつ仕事してるんだろうって人だ。


「たしか…ナットさん?」


「そうそう、あれが魔族。」


「…へ?」


 いきなりの言葉に間抜けな声を上げてしまった。


「知らなかったのか?ナットは魔族。心は広い方だ思うけど、さすがに、あそこに吊るされているでっかいトカゲと同類なんて言われたら怒るとおもうな。」


「…もしかして、人族とか獣人族とかエルフ族とかと同じ括りですか?魔族って。となると、家畜とか野生の動物なんかと同じ括りに魔物が?」


「あーそうそう。そういう感じ。」


「なるほど。」


 僕は言葉の響きからか、魔族と魔物を一緒にしてしまっていた。人間と犬や猫ぐらい差があるものみたい。

 ナットさんが寝ててよかった。


「で、だ。ずっと南の方に魔族の国があって、そこの国が人族を目の敵にしている。」


「魔族と人族って仲悪いんですか?」


 僕はもう一度ナットさんの方をみた。

 机にうっぷしたまま動かない…。たぶん酔いつぶれてるんだと思う。


「一口に魔族といってもいろんな部族がいるらしいんだ。で、中には人族を嫌ってる部族もいる。あ、ナットは違うらしいから安心して。」


「はい。で、国同士で戦争してるんですか?」


「んーちょっと違うな。人族を嫌う魔族の国が南の森の先にあるらしくて、どの国とか関係なしに攻めてくるんだよ。今回も南のほうで国軍と小競り合いがあって、なんとか打ち負かしたんだけど、残党が領内に逃げ込んだらしいんだ。それの討伐の依頼がきたったわけ。」


「なるほど…ちなみに魔族って普通の人みたいな感じですか?」


 僕は無意識にナットさんの方を見る。


「んー基本はああいう感じらしい。ナットに聞いた話だと人族に敵対してるのは頭に角を持つオーガ族らしいけど…私も見たことないから。」


 僕がライラさんに視線を戻すと、ライラさんはあらためて依頼内容が書かれた紙を僕に見せる。


「これなんだけど、人数からすると…最低でもこれぐらいは…。」


 ライラさんから提示された額はかなりのものだった。

 3等分してもかなりの額になる。

 問題は3日間は仕事に拘束されるってことぐらい。

 僕は笑顔で受けることをライラさんに伝えた。

 もちろん、ミアとララが嫌がらなければという条件付きで。


「いやーよかった。実を言うと今回はちょっと事情があって、ぜひ来て欲しかったんだ。」


「事情ですか?割のいい仕事なので嬉しい限りですが…。」


 ライラさんは僕の耳に顔を近づける。


「実は、ブッチとチルの部隊から君を参加させてほしいと言われててね。」


「…?僕ですか?」


意外だった。確かに何度か一緒に仕事をしたことがあったけれど、毎回それほどすごい戦果は上がっていないはずだ。


「君は自覚がないのかな?」


 僕が不思議そうな顔をしていたからだろうか?ライラさんが訝しげな顔をする。


「前にチルやブッチの部隊の何人かと一緒に依頼を受けたことあるだろう?」


「はい、チルさんはありませんけど、部隊の人とはありますね。ブッチさんとはよく行かせてもらってます。」


「君がいると怪我人の数がグンと減るからね。それに今回は探索も必要だからミアやララの力も重要だ。そういうわけで、実はもし断られても、なんとか説得しようと思ってたんだ。」


「もしかして、ゴネた方が賃金あがりました?」


 僕がニヤっと笑うと、ライラさんも破顔した。


「勘弁してくれ。そんな交渉されたらますます子供だとは思えなくなる。」


「子供ですよ。」


「本当に、成人前なのが信じられないよ。」


 僕はライラさんの出した紙を受け取り、もう一度目を通す。


「僕らはライラさんの下で動けばいいんですか?」


「そのつもりだ。とりあえず、計画や打ち合わせが明日あるから、うちの部隊での打ち合わせは明後日の午前ぐらいにしようとおもってるんだが、参加できるか?」


「分かりました。明後日の午前ですね。」


「場所は…またミアかララに伝えておくよ。」


「了解です。じゃあ。っと、うわぁ。」


 僕がそういって椅子から立ち上がろうとしたところで、後ろから何かに覆いかぶされて、立ち上がるのに失敗した上、床に転がされる。


 何が起こったのかわからなかったが、誰かの腕が僕の首に巻かれていて、酒臭い息が耳元にはかれる。

 背中に柔らかな感触があたっていて…ダメだ。

 顔が赤くなるのを自分で感じた。


「だ~れ~が~ま~も~の~だってぇ~?」


 声を聞いてわかった…ナットさんだ。

 酔いつぶれて寝ていると思ったけど、どうやら起きていてこっちの話を聞いていたらしい。本気で怒ってるわけじゃないと思うけど、めちゃくちゃ酒臭いからあまり絡まれたくない…。


「い、いえ、そんなことは…。」


「そんな悪口ゆ~口はこれか~。」


 そう言いながらナットさんは僕を正面に向かせて、両手でほっぺを引っ張ってきた。


「いひゃいです…。」


「おぉ~ムニムニとよく伸びる~。」


 周りの目が集まっている気がする。

 なんとか振り払いたいけど…ガッチリと固められて全く動けない…。両手はほっぺにあるっていうのに、器用に足で僕を拘束していた。


「お、おい、ナット、それぐらいにしてやれって…。」


 ライラさんがなんとか止めに入ろうとしてくれたが、ナットさんは上機嫌?で僕のほっぺを伸ばしている。

 …絶対まだ酔ってるよこの人。


「らいら~今日、この子借りていい?」


「借りるって…おまえ、そんな飲んだ状態で何か依頼受ける気か!?」


「らいじょーぶ。こんなの飲んだうちにはいらにゃいって。」


 シラフのナットさんにあったことがない気がするけど、今日は一段と酔ってるみたいだ。

 なんといっても呂律が回ってない。


「いやいや、酔い過ぎだろう。ほら、アレイフも迷惑そうだから、そのへんで。」


「えーじゃあ、せめて連れてってい~い?抱きまくらぁ。」


「いいわけないだろ!?ほら放す!」


 ライラさんのおかげでやっと解放された僕は、真っ赤になったほっぺを撫でる。

 まだ暴れているナットさんをライラさんがどこかに引きずっていった。


 -災難だったな。

 -気に入られたな…運がいいのか悪いのか。

 -飲んでるときに近づいたら危ないぞ。


 などなど、その場にいた傭兵団の人たちからアドバイス?をもらい、一部の傭兵団の人からはうらやましいと変な目で見られながら、僕は酒場を後にした。

 今日の依頼はもう決まっていて、ミアとララを待たしてるからだ。


 気を取り直して僕は待ち合わせ場所に向かった。

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