第19話 保護者?懇談

 食堂におかしな空気が流れている。


 僕の横にはローラ姉さん、そしてその隣にはイレーゼ...が座るはずだったけど、今はお茶をいれにいっている。

 それに対して向かい側に、団長、ライラさん、ワッカーさんが座り、少し離れたところにミアとララが座って、周りをキョロキョロ見回していた。

 2人ともフードはかぶったままだ。


「えっと、アレイフのお知り合いなんですよね?」


 ローラ姉さんが団長の方へ笑顔で声をかけた。


「あ、ハイ、私わたくし、カシム・ドレイブといいます。以後よろし」


「団長、それさっき言ってた。」


 僕が団長の言葉を遮る。


「で、いきなり何しにきたんですか?」


 僕は団長の方を睨みつけた。自然と声音も不機嫌なものになる。


「こら、アレイフ。そんな喧嘩腰に!」


 怒られてしまった...。イレーゼもだけど、ローラ姉さんも言葉遣いにはうるさい方だ。

 そんな僕をニヤニヤと見ているミアとララがムカつく。


「いやぁな、そういやーお前のことをほとんど知らなかったなとおもって。」


「普通に聞いてくれれば済む話じゃないですか。それとも団長はそんなに暇なんですか?」


 横目でチラチラとローラ姉さんを見る団長。この視線、誰かに似てると思ったら、ゼフだ。ゼフが綺麗な女性を目の前にしたときの反応に似てる...。

 ...なんなんだいったい。何しに来たんだ、この人は。


 そこへお茶を持ってきたイレーゼが合流した。


「みなさん、アレイフがお世話になっています。私はイレーゼといいます。」


「こりゃ、ご丁寧にどうも。」


 団長をはじめとしてライラさんやワッカーさんが自己紹介していく。

 イレーゼはそれをニコニコ顔で聞きながらも、フードをかぶった2人、ミアとララに注意を向けているのがわかった。


「ところで、そちらのお2人は?そのフード。お二人のうちどちらの方かわかりませんが、園の近くによくいらしてましたよね?」


 ビクっと震えたのはララだ。

 それに対してミアは小首をかしげる。


「し、知らないの。」


「うにゃ?あちしは来たの初めてだにゃ。」


「そうですか、私はイレーゼ。アレイフとは幼馴染になります。よろしくお願いします。」


「よろしくにゃ!」


「よ、よろしくなの。」


 なぜだろう...空気が冷たい気がする。イレーゼもニコニコしているようで、目が笑っていないように見える。

 ...とりあえず、話題を戻そう。


「で、本当に何しに来たんです?」


 僕は普通の態度で問い直した。


「いや、だからお前がどういうところに住んでるのか知らなかったからな。あと...ほら、なんていうか。」


「...なんです?」


「いや...親御さんがいるなら挨拶を...とな。」


 気まずそうにする団長。そりゃそうだ。ここは孤児院、僕がここで生活してるということは親がいないと思うのが普通だ。聞いてはいけないことかわからず、困っているようなので、僕は団長に笑いかけた。


「親はいませんが、家族はたくさんいるので大丈夫ですよ。」


「ここの責任者の方は?」


 ライラさんが僕に問いかけてきた。


「園長はいますが...今はちょっと...。」


「そうか、挨拶だけでもとおもったんだがな。」


「はい、なので、とりあえずお帰りください。」


 少しでも早く追い出そうとしたが、それはローラ姉さんに止められた。


「アレイフ、ダメでしょ。わざわざ来てくれたんだから。」


「でも、姉さん...。」


「何もありませんが、ゆっくりしてください。そうだ。アレイフはきちんと仕事できてますか?ご迷惑をおかけしていませんか?」


 いらないことを話さないように早く追い出したいのに。

 なかなかうまくいかない。


「え、あぁ...それはもう!アレイフ君がいると怪我も少なくてみんな喜んでます。」


「…怪我…ですか?」


「姉さん。あれだよ。僕、風の魔法得意だから、それで探知とかで事前に危ないところとかを…。」


 仕事に関して、団長とローラ姉さんの会話は成り立つはずがない。

 僕は園の人間には誰にも詳しく仕事のことを話していない。

 採集や荷物運びの仕事を主にしているとだけ伝えている。

 …ていうか、団長からの君付けって気味が悪い…。


「あぁ、なるほど。」


「何言ってんだ?」


 ローラ姉さんが納得すると、団長が納得しない。

 助け舟を出してくれたのはライラさんとワッカーさんだった。

 空気が読める人がいてよかった…。


「団長、ちょっとこっちに。」


「彼の探知魔法は本当に優秀です。」


 団長がライラさんに連れられ、部屋の隅に移動する。

 何か言われているようだが、これでゴマかす必要はなくなるかもしれない。

その間はワッカーさんが当たり障りない会話でつないでくれた。


「ねぇ、アレイフ。あの2人とは?」


 イレーゼがララとミアを指す。


「私達はアレイフとパーティを組んでるの。」


「そうにゃ。一緒に任務をやってるにゃ。」


 ララは控えめに、ミアはなぜか偉そうに答える。


「パーティ?…なんでフードをかぶってるの?」


「えっと、レーゼ、それは…事情があるからあまり…。」


 僕がフォローすると、イレーゼは少し納得いかない顔をしたが問い詰めるのをやめてくれた。

 だが、僕の受難はまだ続くみたいだ。


「客人か?」


 食堂の入口から園長の声が聞こえた。

 水でも飲みに来たのか、タイミングは最悪だ。

 声のした方をむくと、園長は寝癖もそのままに、だらしない格好で食堂に入ってくるところだった。


 きっと、寝起きだ。

 まだ、お酒も抜けていないのかもしれない。

 最近、園長は夜にお酒を飲んで帰ってくる。

 そして昼過ぎに起きてきて、どこかに出かけていく。


 もう食事もイレーゼが作っているし、園の子達に向けての授業もしていない。昔のように子供中心の生活ではなくなってしまっている。

 ゼフとリュッカ姉さんが出ていった頃からおかしくなってしまった。園のお金に手をつけているわけじゃなく、自分で稼いできて飲んでるんだから大丈夫。しばらくは好きにさせてあげようと、ローラ姉さんや、イレーゼはいってたけど、今のタイミングは最悪だった。


「失礼。あなたがここの代表ですか?」


 ライラさんが園長に声をかけた。

 団長を見ると、眉間にかなりシワが寄っている。


「そうだが…あなた方は?」


「私はアレイフの仕事上の上司に当たる、ライラ・サミーといいます。一度ご挨拶にと思い、急ではありますが尋ねさせて頂きました。が、やはりきちんと前触れを出したほうが良かったですね。」


 園長はライラさんをじっと見たあと、失礼といって食堂の奥へ消える。

 たぶん水を飲みにいったんだろう。

 しばらくして戻ってきた。

 目は覚めたのか、少しまともな表情に戻っていたが、漂う酒の臭いは消えていない。


「いやいや、こちらこそ、こんななりで申し訳ない。アレイフはよく働いていますか?」


 園長の問いにライラさんが笑顔を向ける。


「ええ、よくやってくれています。助かっていますよ。」


「そうですか。まだまだ小さいですからな。社会勉強にと仕事をさせているので、駄目なところは言ってやってください。」


 園長の言葉に、団長の眉間に刻まれるシワが増えていく…。

 まずい…。


「え、園長、今日もでかけるんでしょ?いつもより遅いけど大丈夫?」


「ん?そうか。寝過ごしたか…すいませんが用がありましてな。これにてお暇します。また時間があるときにでも。」


「いえ、突然すいませんでした。」


 なんとか園長を追い出すことに成功した僕は微妙な顔をしているライラさんと明らかにイライラしている団長に向き直る。


「なんなんだあの言い草は…子供を働かせておいて…。」


「団長、それは…。」


 目に見えてイライラする団長をライラさんがなだめる。


「すいません。私のせいなんです。」


 ローラ姉さんが申し訳なさそうに謝るが、団長もライラさんもキョトンとしている。

 そりゃそうだ。事情を知らないんだから。


「姉さん、そんな言い方しないで。」


 イレーゼがローラ姉さんに詰め寄った。


「あの、何か事情があるんですか?」


 控えめに聞いてきたのはライラさんだ。

 さっきまで機嫌の悪かった団長も真顔に戻っていた。

 そして、僕の方を見る。


「よかったら話してみねぇか?何か力になれることがあるかもしれねぇぜ。」


 僕はローラ姉さんの方を見る。

 自覚はないけど、たぶん、困った顔をしていたんだろう。

 姉さんは優しく諭すように答えてくれた。


「アレイフ、これからもお仕事を頂くならきちんとお話しておいたほうがいいんじゃないの?」


 そして、僕等は自分達の状況を話した。


 ローラ姉さんの怪我や足について。

 そのことがきっかけで僕とゼフが働きにでたこと。

 事件に巻き込まれて、年長者だったリュッカ姉さんとゼフが旅立ったこと。

 その頃から園長がお酒を飲むようになったこと。

 国からの援助も少なくなり園の経営がスレスレであること。僕をはじめとして仕事をしている子供は社会勉強というていをとっていること。


 最後まで話したあとは、少しスッキリしたけど、話の序盤。

 正確にはローラ姉さんの怪我のあたりから男泣きしている団長が見苦しい…。

 ライラさんからもらったタオルで、滂沱の涙と鼻水を拭っている。

 …こんなに泣く大人の人を初めて見たかもしれない。

 悪い気はしないけどさ…。


「それで、園の経営にあなたは稼いだお金を使っていると?」


「そういうことになります。」


「全部?」


「はい、経営はレーゼ…イレーゼとローラ姉さんにまかせてるので全部渡してます。」


 ライラさんがローラ姉さんとイレーゼの方を見る。


「そうですね。何かあったときのために少し蓄えてもいますけど、ほぼすべて園の経営につかってます。」


ローラ姉さんが、ライラさんの方を真っ直ぐ見ながら答えた。


「園長さんは?」


「園長はあまり経営が得意な人じゃないので、私がイレーゼに手伝ってもらってやりくりしてます。たぶん、私達が口の援助金だけでうまくやってると思ってるんじゃないでしょうか。」


「実際には援助金だけじゃ足りないってことね。相談しないの?園長さん、お酒も飲んでるみたいだけど。」


「それは…ゼフとリュッカがいなくなる時にいろいろとあって…園長も辛いんだと思います。私達のことを一番に考えてくれる人でしたから、しばらくは…もうしばらくは好きにさせてあげたいんです。」


「その辺りの事情はわからないからなんとも言えないけれど、お酒に逃げる前にすることがあるんじゃ…。」


 ライラさんがため息をつく。


「すいません。私の怪我も園の経営に影響を…。」


 ローラ姉さんが目を伏せたところで大声が響いた。


「そんなこたぁねぇ!」


 号泣していた団長がローラ姉さんの手を取る。


「団長、そのあたりで。」


 続けて何か言おうとした団長をワッカーさんが止めた。


「なんだ、ワッカーいきなり!」


「団長、部外者があまり立ち入っていい問題じゃない。気軽に慰めや同情を向けられても迷惑なだけだろう。」


「ありがとうございます。お気持ちだけ頂いておきますね。」


 ワッカーさんの言葉を受けてローラ姉さんが団長に向かってお礼を言う。

 団長はまだ泣きそうな顔をしたままローラ姉さんの手をはなす。


「実際のところ、私達にできることはアレイフに割りのいい仕事を紹介するぐらいかな。」


「そうして頂けると助かります。めいいっぱい稼いでもらわないといけないので。」


 ライラさんに答えたのは何故かイレーゼだった。

 さすがの僕も反論する。


「いや、結構頑張ってると思うんだけど…。」


「いやーもうちょいイケるでしょ?泊まり込みでもいいのよ?」


「そりゃないよ。」


 僕とイレーゼの掛け合いに、ローラ姉さんやライラさんが笑う。


「そういえば、アレイフの魔法は園で習うものなのか?」


「ええ、うちの園では基本的な魔術は園長が教えてくれてたんです。卒業しても使えると何かと役に立つからって。」


 ライラさんにローラ姉さんが答える。

 驚いたのは団長だ。


「何!?じゃああんな魔法を全員がつかえると!?」


「あーいや、なんていうか。僕は風の魔術しかつかえない代わりになんか風に関しては得意で。」


 僕はなんとなくフィーの存在を隠した。


「そうなんですよーアレイフってば、風だけしか使えないからって園長の魔術書読みあさってて。」


 事情を知っているイレーゼが話を合わせてくれる。

 アイコンタクトができる相手ってすばらしい。


「ほとんど独学ってことか?末恐ろしいな。」


「アレイフの魔法ってそんなにすごいんですか?」


 事情を知らないローラ姉さんは首をかしげている。

 園で習う魔法は大したことないから当然だ。

 僕とイレーゼでなんとか誤魔化し、その後、しばらく談笑した。

 ミアとララがフードをとって驚かれたり、団長がローラ姉さんを質問攻めにしようとして、ライラさんやワッカーさんが止めにはいったり、平和な午後だった。

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