第2話 魔法と精霊

 アレイフがゼフやイレーゼに混じって魔法を習いはじめて1ヶ月ほどになる。

 はじめはアレイフに魔力がないのかと思ったがそれはワシの杞憂だったようだ。

 それどころか、風の初歩魔法はあっさりと習得してみせた。

 どうやら風属性との相性がいいらしい。逆に他の属性とは相性が悪すぎるのか、ほんとうに何もできない。これでは風は起こせても、他属性に関連する例えば、火の属性を介する温風などは起こせそうにない。

 本人も他属性にあまり興味がなさそうなので、風に特化させるのもいいかもしれん。

 ダンジョン探索などでは役に立つ。

 ……まぁ本人が冒険者になりたいと思うとは限らんが。


 そういえば、本人には言わなかったが気になることがある。アレイフの回りには精霊がやけに集まっている。

 体質かと思い、早めに魔法を教えることにしたが、あれだけ精霊が集まっていてなぜ風しかあつかえんのか。てっきり魔法に適正があるのかと思ったが、ワシの勘違いのようだ。



 元魔法師の園長が行う魔法の授業。

 その生徒は今日も3人だ。

 もともと長くとも1年程度で基礎を教えきることを目的としているので、できたら終わり。というスタンスの授業になっている。


 最初は魔力を増やすための座禅を組ながら瞑想し、次に座学で魔方陣について学び、最後に実技でものにしていく。これを毎日属性ごとに課題をもうけて学習していく。

 もちろん才能と努力による差はうまれる。

 現にゼフは細かな計算などがいる魔方陣は苦手だが、実技の魔法は得意。イレーゼはその逆というように、得て不得手がある。

 とはいっても二人ともここ数年では類をみないほど、かなり優秀な部類で、もう1ヶ月もしたら教わることはなくなるだろうと園長は考えている。


 更に異端児もいる。

 風以外の魔法が一切使えないアレイフだ。

 最初は園長も他属性を操る方法を模索したが、最近では諦めて風属性に限定して教えている。

 なので、教わることは他の4分の1。

 本人の努力もあいまって、かなりの速度で風の魔法を習得していた。


「むー納得いかない。」


 フィーが腕を組んで唸っている。

 そう。腕を組んでいるのだ。

 今のフィーは小さな人形。童話に出てくるような妖精の姿をしている。空を飛ぶのに関係ないらしいが、羽もついている。

 相変わらず光を放つシルエットだけの存在なので、服や表情まではわからない。

 ただ手足があるだけで、かなり表現力が増えたと思う。元々そうなのかはわからないけど、フィーは身体で感情を表現するのがうまい。単に動きが大げさなだけかもしれないけど。

 一応、形から見ると女性型らしい。声からしてそうだと思ってたけどちょっと安心した。


「何が納得いかないの?」


 手のひらに魔力を集めながらアレイフが聞き返す。

 ここは裏庭。

 アレイフがはじめて風の魔法を使った場所だ。

 時間は深夜。

 初めて魔法を使った日から、夜中に起き出して魔法の訓練を行うのが日課になっている。フィーに進められての秘密特訓だ。

 魔力を増やす特訓や、風の魔法に関してフィーの知識はかなり広い。そして教えるのもうまいので、どんどん魔法が上達する。

 アレイフも魔法には興味があったので、毎日フィーにいわれるがまま、訓練を続けていた。


「だってさ。あの爺さん、精霊の知識はあるのにボクを否定するんだよ?」


 フィーが怒っているのは今日の授業のことだ。爺さんとは園長のことだろう。少し老けているが、実際にはまだ爺さんと呼ばれるには早いはずだ。

 今日の授業の中で園長は精霊のことについて少し触れた。その内容にフィーはご立腹のようだ。


「魔法は魔力を代償に精霊を使役して結果を得るものだ。精霊に関しては、人の魔力に引き付けられる火や水に変換される外部の魔力のことをさす。この引き付ける力が相性となる。」


「魔力には二種類あるんですか?」


「その通り。イレーゼの身体の中にある魔力と世界、それこそこの部屋にだって魔力は漂っている。この漂っている魔力を精霊と呼ぶのだ。」


「精霊って童話とかにでてくるやつだろ?それ意思があったりすんのかよ?」


「ゼフの言うとおり、精霊は昔から物語によく登場している。しかし、意思があるかについては魔法師の中でも意見が割れていてな。よくわからないというのが実際のところだ。ワシは意思などないとおもっておるがな。」


「それはなぜ?」


「アレイフは意思があると思うのか?空間にそれこそ無数に漂う粒一つ一つに…と。お前たちには見えなかったな。魔法という学問は突き詰めていくと、空間にある精霊を見ることもできるようになる。いいものではないぞ?魔力の濃いところでは、キラキラ光る砂ぼこりが舞っているように見えるだけで邪魔でしかない。だからワシにはそのすべてに意思があるとは到底思えない。」


 もちろんこれはワシ個人の意見ではあるが。と園長は締め括った。

 自分達より優秀な魔法師である園長がそういうのだからこの場での結論は決まったといってもいい。特に3人とも反論することなく、授業は続いた。


 それがフィーには納得いかないらしい。


「これだから人族は。昔は精霊と対話だってしてきたくせに。だから、順位が下がるんだよ。」


「順位って?」


 フィーの言葉に引っ掛かるものがあり、アレイフはいつもの調子で聞いてみる。


「精霊にも優先する順位があるんだ。極端な話、二人の人が同じ力で同じ属性、同じ魔法でお互いを攻撃したとするよね。どうなるとおもう?」


「同じ属性?…相殺する?」


「ブー!ハズレ~」


 フィーがわざわざ顔の前に来て、腕を交差してバツを作る。


「答えは、精霊が好きな方を勝たせる!でーす。」


 なぜかフィーは得意気だ。


「……気分で?」


「違うよ。さすがにそこまで適当じゃないかな。でもそうだね。まぁ、さっきのは極端な例だからね。そこまで積極的に精霊がどちらかの味方をすることはないよ。」


「ていうか、フィーって精霊だよね。それも風の精霊。」


「んーまぁね。その通りだよ。さすがに気づくよね。要するにキミは風の精霊に愛されているのさ。光栄に思いたまえよ?ほら、顔を赤くして照れてくれてもいいんだよ?」


「他の属性が使えないのもフィーのせいだよね?」


「うっ…だって、必要ないだろう?風だけで十分じゃないか。君が望むならすべての風魔法を習得することだってできるんだよ。それにキミは風の魔法で傷つくことはない。すごくない?人間でこの特権持ってる人は歴史的にもひと握りだよ?」


「傷つかない?それはどういうこと?」


「キミに害意ある風の魔法は全部無効化されるってこと。当然だよね。」


 フィーはここで偉そうなポーズをとる。

 さっき自分でいったことをもう忘れているんだろうか。


「さっき特定の、どっちかを優遇することはないっていってなかった?」


「例外はあるよ?例えば人族が作る風の魔法はエルフ族には効かないし。他は土属性だとドワーフ族とか、火属性だと竜族やナーガ族が例外に当たるね。どの属性の精霊にも例外はあるんだよ。」


「聞いたことない名前がたくさん出てきたけど、とりあえず、種族ごとにだと優劣は普通にあるんだね。」


「そうそう。人族は彼らが種族的に耐性を持っているとか考えてるみたいだけどね。種族として属性に強いわけじゃなくて、実は精霊の仕業なのさ。」


「ほんとにフィーはよく知ってるね。」


「まぁ、自分達のことだからね。」


 フィーが照れたようなポーズをとる。

 本当に、感情表現が豊かになったものだ。


「精霊ってみんなフィーみたいな感じなの?」


「他の属性の精霊のことかい?性格は違うよ。」


「いや、風の精霊だよ。」


「風の精霊はボクだけだよ?」


 風の精霊はフィーだけ?なら目の前にフィーがいるということは、他の人は風の魔法を使えないのではないだろうか。

 いや、そんなわけない。


 難しい顔で悩んでいると、フィーも僕の勘違いに気づいたのか、説明してくれた。


「ボクはね。全にして個、個にして全なんだ。」


 難しくてわからない。

僕が頭をひねるとフィーにも伝わったのか追加で説明してくれた。


「ようするにね。今キミの隣にいるのもボクだけど、他の人が風の魔法を使った時に力を貸すのもボクなんだ。ようするにボクは世界中に存在してるんだよ。」


「例えばフィーは目の前にいるけど、隣の部屋にもいるってこと?」


「まぁ簡単にいえばそういうことだね。たがらボクはここで話をしながら、隣の部屋で何が起こっているのかもわかるんだよ。意識していればだけどね。」


「どこで何が起こってもフィーには筒抜けってこと?」


「ん~少し違うね。水の中や火の中は他の精霊の領分だから。風の吹き抜けるところだけだね。あ、でもボクの意識が君のそばにある以上、他のところで、誰かがボクと話をすることはできないよ。誰かがどこかで風の魔法をつかったとしても、ボクは無意識に応えるだけだからね。」


「誰でも話せるわけじゃないってこと?」


「そういうこと。今ここにボクが見える人がもう一人いれば、3人で話ができるけどね。まぁボクは誰にでも見えるわけじゃないけど。」


「風の通る場所なら常に他の場所のことがわかるの?例えば意識すれば隣の部屋のことも?」


 それは今この瞬間もいろんなところで起こっていることが、わかるということなんだろうか?

 情報が多すぎて目が回りそうだ。


「あー少し違うかな。キミは今ボクの方を向いてるよね?そのままの状態で、後ろの木から何枚の木の葉が落ちてるか数えられるかい?」


「それは…無理だよ。見ないとわからない。」


「それと同じ、ボクも知ろうとしなければわからないんだよ。そして、ボクが注意を向けて隣の部屋で起こったことを知るにも、それをキミ達に伝えるにも古の契約通り、魔力を対価としてもらわないといけないんだ。まぁボクに何かさせるには必ず相応の魔力がいるってことさ。」


 納得のいく答えだが、まだわからないことがある。

 今日のフィーはやけに饒舌なのでいろいろと聞いてしまおう。


「ボクはフィーに今無償で魔法を教わってるけど…これはいいの?」


「んーそれは…なんといえばいいか。例えばキミが果物屋でリンゴをお金を出して買うとする。」


「なぜリンゴ?」


「いいから黙って聞く。キミがお店の人にいう『リンゴ下さい』が魔法の詠唱。お金が魔力。得られるリンゴが魔法の結果と同じ。」


 これが風の魔法だとすると果物屋の店主がフィーということになる。わかりやすいけど、元からわかってたことを何故いまさら?

 困った顔をする僕にフィーが続ける。


「毎日買うと、店の人も顔を覚える。そしてキミこういうんだ。『リンゴもいいけど、ナシも美味しいよ?』ってね。それでキミは新しくナシという果物を覚える。」


「なるほど。そしてリンゴよりナシの方が高いんだね?」


なんとなくわかってきた。他の知識を教えるための、より多くの魔力を得るためにフィーは僕に魔法を教えてる?


「そういうこと。でも、この話には続きがある。キミは何度も何度もその果物屋を利用する。そして必ずリンゴだけは毎回購入するんだ。すると店の人はキミが来たらいわなくてもリンゴを用意するようになる。」


 ここで気づいた。フィーが話す続きの話とは高度な魔法の話だ。


「更に仲良くなると、店の人のほうから、オマケを入れてくれたり、たまにならリンゴぐらいタダでいいよともらえることもある。この話が何の例えかわかるかい?」


 フィーの声は真剣だ。これは僕に可能性を感じさせる。


「無詠唱の魔法と、自動発動の魔法?」


「正解!」


 おそらくは高度な魔法に分類される技術をフィーは僕に提示している。

 そして今提示するということは僕に教えるつもりだということだ。


「それは僕にもできるの?」


「キミが望むなら。」


 フィーは僕の前に移動して、腕を組んでいる。

 少し偉そうだ。


「自動発動は難しいけど、無詠唱ならすぐにでも出来るやつがあるよ。」


「ウィンドとか?」


 僕は園長に習った風の初歩魔法の名前を上げた。

 ただ単に風を送る魔法だ。強さは手で仰ぐ程度。

 ハッキリいって役に立つものではない。それなら団扇で仰いだほうがいい風がでるはずだ。


「そんなもの無詠唱にしてどうするのさ。」


 フィーが呆れたようなポーズをとる


「風牙とか風爪、風毛ぐらいじゃないと意味がないと思わないのかい?」


 風爪や風毛は初めて教えてもらった風牙の後に教えてもらった魔法だ。風爪ふうそうは風の斬撃を放つ魔法で、大きさや切れ味は込める魔力次第。言われるままに呪文を唱え、放ったときは人の腕ほどの木の枝をバッサリ切り落としてしまった。

 また風毛ふうもうは身体に風を纏う魔法で、魔法はもちろん、物理攻撃も弾くことができるらしい。こちらも込める魔力次第で防御力が上がり、持続時間も長くなるそうだ。

 両方とも間違いなく上級以上の威力がある魔法だ。


「あんな強力な魔法、使い道ないよ。風毛はともかく、他は相手が死んじゃうって。」


「そうかな?戦場では必要なはずだよ?」


「戦場って…でも、戦場では普通にあんな強力な魔法を無詠唱で使うんだね。」


「そんなわけないじゃないか。風どころか他の属性でもあれだけの威力を無詠唱でってなるとかなりの労力と対価が必要だよ?」


 フィーは腕を組んで偉そうに続ける。


「そもそも無詠唱はね。ボクら精霊に覚えてもらう必要があるのさ。」


「覚えてもらう?」


「ようするに、決まった呪文で魔法を使うのは精霊がその詠唱でどうしてほしいかわかるからなんだよ。さっき果物屋の例で説明しただろう?どんなお客さんにでもリンゴと言えばお金を対価にリンゴを渡すんだ。でも何度も来店すれば顔を覚えて言葉が要らなくなる。魔法の無詠唱はどうすればいいかわかったかい?」


「何度も使ってればそのうち無詠唱でもできるようになる?」


「せいかーい!」


 フィーが周りを飛び回る。


「正確には段々詠唱を省略できるようになって、最終的には名称だけで使えるようになるんだよ。」


「覚えてもらうってフィーにだよね?僕の場合も何度も使わないといけないの?」


「そんなことないよ?だってそもそも教えたのがボクなんだよ?普通に風牙!とかいってくれたら使わせてあげるよ?普通はボクと対話ないんてできないからね。何度も使わないといけないんだよ。どうだい?ボクと話すありがたみがわかったかな?」


 冗談ぽくフィーが斜め上で腕を組んでいるが、これはとても重大なことじゃないだろうか。


「僕の場合はフィーに直接頼めばいいの?」


「そうだね。キミは特別なのさ。」


「ねぇ、なんで僕はフィーと対話できるの?気まぐれ?」


「そんなわけないよ。でも、そうだね。約束があるから今は言えない。」


「古の契約ってやつ?」


「違うよ。契約じゃなくて約束。ボクにとって大事な約束さ。だからキミはボクと話せてラッキーだと思って、ボクを大事にするといいよ?」


 そういうとフィーは僕の肩に座る。

 契約や約束に忠実なのは精霊だからなのだろうか。


 その後も僕はフィーと魔法の訓練を続けた。

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