第7話:ミスリナ学園入学試験〜後編〜
「それではみなさんの適正属性を確認できたところで、実技の試験に移らせてもらいます〜」
アイシャのその掛け声と共に、数人の男性が実技場の中央にスタンドマイクの様な機材を配置した。
「これは『魔力出力数値化装置』と名付けられたものです〜。この機材に魔法を当てるとその威力を測定して、この端末に数値で示してくれるの〜」
アイシャは右手に持った端末を生徒に見せる。見た目的には元の世界にあったスマートフォンにそっくりだ。
「試験番号順に自分の一番得意な攻撃魔法を、この機材に向かって放ってもらいます〜。ちなみに、この機材は測定用にとてもとても頑丈に作られているので、ちょっとやそっとの魔法じゃ傷すらつかないから安心してね〜」
そうして二次試験、実力検査がスタートする。一番最初に試験を受けるのは、番号一五一の風属性適正の女の子だ。
測定機材から10メートル程離れた場所にその子を立たせ、魔法の詠唱を開始する。
「風の精よ、我が呼びかけに応えたまえ…」
前に突き出した両手に緑色の魔法陣が現れ、魔力が高まっていく。
余談だが、この世界の魔法は術者が脳内で「魔法理論式」というものを組み上げる事、つまり「詠唱」する事によって発動する。
その「魔法理論式」は、属性式・構成式の二つに大きく分けられる。
属性式は容易に想像ができるように、発動する魔法がどの属性を持つのかを決める式で、一つの魔法の理論式の一番初めに置かれる。
この世界には10種類の属性が存在するため、同様に属性式も10種類となっている。
構成式は、発動する魔法がどの様な形状・性質を取るのかを決める式である。
例えば初級炎属性魔法である「ファイア」と呼ばれる魔法は、発現させた火炎球を前方に打ち出す物である。
この魔法を発動させるためには魔法発現の順序として
「炎を生み出す」
↓
「炎を球状に収縮させる」
↓
「前方に打ち出す」
という意味を持った合計三つの構成式と、炎属性を現す属性式を含めた合計四つの魔法構成式が必要になり、これによって詠唱が可能となる。
強力な魔法であればあるほどその構成式は複雑になり、それに応じて詠唱にも時間がかかる様になる。
そして詠唱が始まってから十秒ほど経ったのち、
「…放て、【ウィンドブラスト】!」
彼女がそう叫ぶと、測定機に向かって風の衝撃波が発生し、砂を巻き上げながら衝突した。
砂埃が晴れて測定機を確認すると、見事に無傷であった。
「はい、測定できました〜。あなたの出力数値は115です〜。因みに測定値の指標に関してですが、この学園に入学できるレベルとしては、少なくとも100以上を目指してください。超えたら合格というわけではなく、あくまで目安として考えてね〜」
目標が100で、さっきの子が115ということは、彼女は最低ラインは超えたということか。
そして測定は続いていき、氷属性適正の水色の髪の子の番となった。
「それでは、試験番号一五四番の方、お願いします〜」
「わかりました」
彼女はそういうと、測定機に向かって右手を出し、詠唱を始めるかと思ったその時、
「凍り付け、【ブリザード】」
彼女はほぼ無詠唱とも思えるほどの速度で構成式を詠唱し終わり、測定機周りに半径約5メートル程の氷塊を出現させた。
受験生にしてはなかなか良くできているなと感心していると、
「測定値、出ました〜!なんとその値428です〜!受験でこの様な値は見たことありません!素晴らしいです〜!」
叩き出した測定値は、受験者合格ラインの四倍以上だった。
その値を出した当の本人は、「当たり前よ」とも言わんばかりに冷静な顔つきで自分の持ち場へと戻っていった。
そして順番が周り、俺の測定となる。
「確か炎と雷のダブルだそうですが、どちらの属性で測定しますか〜?」
「じゃあ、炎属性でお願いします」
「わかりました〜。それでは印のところに立ってください〜」
アイシャの指示に従い、測定機器から離れた場所に立つ。
さて、どんな魔法を使おうか。
勇者として世界最強の魔力保有量を誇る俺は、詠唱時間無制限であれば山一つ、いや山脈ごと地図から消せる程の爆発魔法を放つことができる。
だが、流石にそこまで強力な魔法をこんな場所で放つわけにもいかない。
少しは手加減するべきだろう。
そこでユウトが選択したのは、炎属性魔法では中級魔法と呼ばれている焼却魔法であった。
「【インフェルノ】」
測定機器の下に巨大な赤い魔法陣が現れ、ノータイムで高さ数十メートルにも上る火柱が発生する。
地面が揺れ、大気が震える。
実技場が凄まじい熱気に覆われ、それだけで顔を焼かれそうな温度に皆が手で顔を覆った。
炎が収束し、完全に消えた後に残ったのは、測定機器 だった部品の残骸と、巨大なクレーターだけだった。
ユウトの炎属性魔法のあまりの威力に騒然となる実技場。
そんな中最初に口を開いたのは、試験監督のアイシャだった。
「そ、測定値、でました…うそでしょう…?こんなのって…」
あまりの驚き様に語尾を伸ばすのを忘れたアイシャは、その測定結果を恐る恐る述べた。
「測定結果、カウントストップ…999です…」
・・・・
・・・
・・
・
筆記試験、実技試験共に終了次第帰宅可能との事で、ユウトはそそくさと学園の校舎を出ようとしていた。
「やらかしてしまったな…」
合格確実とも言える結果にも関わらず、ユウトの足取りは重かった。
測定結果が前人未到の999オーバー、さらに測定器の故障(大破)という事もあって、試験場は大混乱。急遽スペアの測定器を使って、続きの試験を再開することとなった。
ユウトにとっては手加減したつもりだったのだが、それはあくまで『勇者基準の』手加減にすぎなかったのだ。
幸い勇者だと思われることは無かったが、魔力測定値で測定不能という結果を叩き出した平民ということで、ユウトのことが話題になるのは避けられないだろう。
「入学試験の時点で、もう俺の学園生活の雲行きが怪しくなってる…どうしたものか」
ちょっとため息が出る。
「ご主人様、試験お疲れ様ニャ!」
校舎から出てすぐ、ぼんやりと空を眺めながら歩いていたユウトは不意に話しかけられた。
視界に移ったのは、試験前に校舎前で別れたミロだった。
「あ、ああミロか。待っててくれたんだな、ありがとう」
「はいニャ。試験の方はどうだったのかニャ?」
「あーうん。多分、てか絶対合格してる」
「それにしては顔色が良くないニャ」
「ちょっと試験会場でやらかしてしまってな…軽く自己嫌悪に陥ってるところだ」
「やらかす?もしかしてさっき聞こえてきた爆音はご主人様のものだったりするのかニャ?」
「え!?外まで聞こえてたのか?」
「ミロがご主人様が試験を受けている最中も学園内にいたからニャ」
学園内?
確か別れる時に用事があるって言ってたが、学園に用事があったのだろうか。
「どうして学園にいたんだ?」
「ご主人様専属の使用人として学園に登録してもらうためだニャ」
「使用人?」
「ご主人様は知らないかもしれないけど、この学園の生徒は一人につき一人だけ、自分の家から使用人を連れてくることができるのニャ。そこで、ご主人様が学園に合格したら、学園生活のお手伝いをするために申請をしてきたのニャ」
「そんな制度聞いてないんだが…まあいいや。その申請は通ったのか?」
「実技試験で試験監督をねじ伏せたら一発合格だったニャ」
ねじ伏せって、使用人の実技試験で一体何をしたんだよ。
事件とか事故とかになってなければいいんだけど。
「その場合、俺が生徒になったらミロは生徒ではなく使用人、つまりメイドという立場になるのか?」
「それが、学園内では学生兼使用人という立場になるらしいのニャ。だから学園内にいるときはご主人様と同じ様に制服を着て、授業も受けられるみたいニャ」
ミロは尻尾をピンと立てて、耳を小刻みに動かしている。
「……嬉しそうだな」
「当たり前ニャ!学園でもご主人様と一緒にいられるのが嬉しくないメイドはいないニャ」
それはミロだけの価値観なのでは?と思ったが、水を差すのは野暮なので黙っておく。
「それなら、学園内では『ご主人様』呼びはちょっと勘弁してほしいな…」
「え…」
ピンと立てていたミロの尻尾と耳が力なく倒れる。
「そ、それって…学園内ではミロは用無しって、こと、なのかニャ…?」
ミロの目に涙が溜まっていく。
「まてまて!そういうことじゃない!!別にミロが用無しになったわけじゃないんだ!」
「それじゃあどういう…」
「なんか、こう、恥ずかしいんだよ、大勢の前で『ご主人様』って呼ばれるのが」
王宮にいるときはフィア姫や国王とかぐらいしかいないから大丈夫なのだが、もともと別の世界から来たユウトは「ご主人様呼び」にあまり慣れていないのだ。
「だから、メイドとして使えるのはいいけど、せめて呼び方だけでも変えてくれるといいなって」
「そ、そういうこと…良かったのニャ。それならどう呼べばいいのかニャ?」
「うーん、そうだなぁ…妥協点としては『ユウトさん』だな」
「それはだめニャ!」
落ち込んでいたかと思えば、今度は声を荒げて迫ってきた。
「どうしてだめなんだ?」
「ご主人様に対してメイドが『さん付け』なんて、メイドとして失格ニャ」
「えー、『ユウトさん』じゃダメか?」
「だめニャ」
どうやら『さん付け』はミロのメイドとしてのプライドが許さないらしい。
「はぁ、わかったよ。それなら『ユウト様』でどうだ?」
「それでいいニャ!ユウト様!」
学園からの帰り道、夕焼けに染まった商店街を二人で並んで歩く。
入学試験から色々やらかしてしまったが、合格すれば晴れて学園生活を送ることができる。
どうか、平和な日常が待ってます様に。
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