第6話:ミスリナ学園入学試験〜前編〜

ユウトが筆記試験の試験対策を行ってから一日開けて、ついに試験当日の朝となった。


「勇者様、筆記具は持ちましたか?受験票は?受験費用の金貨は忘れてませんか?」


「大丈夫だって、そんな心配しなくても。母親じゃないんだからさ」


ミスリナ学園の入学試験に向けて出発する前に、王城の正門前でフィアから持ち物チェックをされていた。


「しかしこの服、着なくちゃいけないのはわかるけど落ち着かないんだよなぁ」


今ユウトが来ている服はアスタリカでは正装として見なされている、黒いズボンに白いワイシャツとネクタイ、そして長さは踝(くるぶし)まで届く紺色のロングローブを羽織っている、というものだ。

前の世界のとある映画で見た、魔法使いの格好のイメージそのままである。


ヒラヒラした足元が何とも邪魔で落ち着かない。


「この世界ではこれが正装なんです。入学試験には一般生だけでなく貴族の方々も来られるんですから、きちんとした格好で望まなくては周りに失礼ですよ」


「まあ、気に入らないって訳じゃないから何とか我慢するよ」


「是非そうしてください。ではそろそろいい時間ですので、ミロ、しっかり勇者様をご案内してくださいね」


「任せるニャ」


「本当のところは馬車でお送りしたかったのですが…」


「そんな事したら王族関係者と思われるじゃないか」


「はい、勇者様の考えは分かっています。それではお二人とも、お気をつけて」


「「「「行ってらっしゃいませ!ユウト様!」」」」


フィアに続けて、門に集まった王城中の執事やメイドが一斉に礼をしながら見送りの挨拶をする。


「い、行って来ます…」


その気迫に少々押されながらも、ミロと共に学園へと出発するのだった。


・・・・


・・・


・・



「うわぁ…凄い人の数だな」


ミロに再度案内されてミスリナ学園に向かうと、見学した時とは全く違い、そこには受験生と思われる人々が所狭しと集まり賑わっていた。

中には正門前で豪華な装飾がなされた馬車から降りている者もいる。おそらく彼らは貴族なのだろう。


フィアから聞いた話によると、毎年春の試験で入学できるのは二百人ほどで、それに対して受験者数が多くて千五百人にも上るらしい。つまり倍率で言えば七.五倍の狭き門である。

だからここまで人が多いのも頷ける。


そして学園の門をくぐるとすぐに『一般受験生受付』と書かれた看板を掲げるブースを見つけた。


「お、あそこで受付を済ませればいいのか。じゃあミロ、付き添いはここまででいいよ」


「分かったニャ。試験頑張ってくるニャ」


「おう。ところで、俺が試験を受けている間ミロは暇だろ?どうするんだ?」


「ミロはちょっと行くところがあるから大丈夫ニャ」


「そうか、じゃあ試験終了の時間になったらまた正門前で集合な」


「了解ニャ」


そうしてミロと別れて一人になったユウトは、受付の女性のところへと赴(おもむ)いた。


「すみません、受験の受付をしたいんですけど」


「受験生の方ですね。受験票の提示をお願いできますか?」


「どうぞ」


受験票を受け取った受付の女性は、机の上にある紙からユウトの名前を探し出す。


「確認できました。受験番号一五八番、ユウト=ヒビヤ様ですね。それでは受験料の金貨一枚をお支払いください」


バッグの中から金貨を取り出し、受付に渡す。


ちなみに金貨一枚で日本円でいうと十万円ぐらいの価値がある。

これを受験料として払わせるのは、日本の私立大学受験を凌ぐ程の高額だ。


そしてユウトは金貨の代わりに受付から一枚の紙を受け取る。


「ここには学園の見取り図が書いてあります。ヒビヤ様の受験番号が一五八番ですので、一五一番から二〇〇番までの受験生が入る、一階の教室で筆記試験を受けて頂くこととなります。その後の試験に関しては、試験監督の指示に従ってください」


「分かりました。説明ありがとうございます」


「いえいえ、これも仕事ですので。それではご健闘を祈っております」


ユウトは受付を後にし、見取り図に書いてある一階の教室へと向かう事にした。


・・・・


・・・


・・



「1-B、1-B…あった、この教室か」


目的地の教室のドアを開くと、そこには既にほとんどの受験生が席についていた。

彼らは教室に入ったユウトに一瞬反応するも、すぐに何事も無かったかのように勉強を再開した。

受験会場ならではのピリピリした空気が教室に充満している。


懐かしい感覚だと思いながら席に着き一息ついていると、すぐに試験監督がやってきた。四十代ぐらいの体格の良い男性だ。

彼は教室に着いてすぐ点呼を行い、全員出席していることを確認すると、


「よし、それではミスリナ学園入試試験、筆記試験を開始する。私は試験監督のラウザー=フェルモンドだ。今から前から順に試験問題を配布する」


試験問題が全ての受験生に行き渡った後、試験監督のラウザーの掛け声とともに試験が開始された。

試験時間は模試でやった時と同じ60分だった。


模試でやったのと似たような感じで余裕だな。これなら10分もかからなさそうだ。

と思ったのだが、最後の大問がなかなかの難易度で、結局18分かかってしまった。


そして20分で全ての問題に解答して見直しまで済ませた。


周りの生徒をチラッと見てみると、皆ペンを止めてウンウン唸っている。


(後40分か、暇だな…)


そんな事を考えていると、教室を巡回しているラウザーがユウトの方に近づき、ユウトの解答用紙を見る。

すると彼は一度見て素通りするかと思いきや、解答用紙を二度見し、


「な、なにっ!?」


静かな試験会場で一人大声をあげていた。

一気に受験生の注目を浴びたラウザーは軽く咳き込みながら教卓に戻っていった。


・・・・


・・・


・・



「試験終了だ。解答用紙を前に回せ」


試験終了の合図とともに解答が集められる。

試験が終わった後の教室の状態を一言で表現するなら、「死屍累々」だ。


一人机に突っ伏して、すんすん泣き出す女子。

「終わった、終わった、あはははは」と上の空で語り出す男子。

その他の殆どの生徒も落ち込んでいる様子で、教室の中には重苦しいムードが立ち込めていた。


なんなんだこの酷い空気……早く出たい。


そう思っていると、真横の席に着く一人の女子に目がいった。

鮮やかな水色の長い髪を後ろで束ねている彼女は、周りの生徒が落ち押し込む中でただ一人、何でもないように涼しい顔をしている。


彼女は試験が上手くいったのだろうか?と考えていると、ふとその子と目があった。

すると、


「……何か?」


と、ジロジロ見ていたユウトに怪訝な表情を返す。


「いやその、君一人だけ落ち込んでいる様子がないから、上手くいったのかなーと…」


「この程度の問題、なんて事ないわ」


そう言い残してユウトから視線を逸らした。


(なんて事ない、か。そんな事を言う受験生がいるとは正直驚きだ)


ユウトが少し感心していると、先程解答用紙を集めたラウザーが、


「受験生皆、静粛に。筆記試験が終了したため、次は実技試験に移る。受験番号一五一番から一六〇番までの生徒は私に着いてきなさい。ここから十人纏めで試験を行う」


(俺の番号は一五八だから、もう行かなくちゃいけないのか。早いな)


そう思い立ち上がると、先ほどの女子も同じく立ち上がった。まとめて試験を行う為、ユウトの右側で番号が若い彼女も一緒なのだ。


そして教室を出て廊下でラウザーの前に受験番号順に並ぶと、十人は学園の敷地内に存在している実技場と呼ばれる場所に連れてこられた。


そこはまるで野球ドームのような作りになっており、中央にかなり広い実技スペースがあり、観客席がそれを囲むように大量に設置されている。


「ここはミスリナ学園の実技試験場となる実技場だ。ここからは試験監督が変わる。それではアイシャ先生、後は宜しくお願い致します」


「は〜い、分かりました〜」


ラウザーと変わって現れたのは、二十代ぐらいに見える若い女性だった。

ブロンドのロングヘアーの毛先に少々ウェーブがかかっている髪型だ。


「私が実技試験の試験監督をします、アイシャ=セラフィスです〜。よろしくね〜」


天然の様なふわふわした喋り方をする彼女は、受験生達の訝げな視線を物ともせず試験の詳細を語り続ける。


「私はこの学園で魔法道具専門の研究者兼教授をしています〜。今回皆にやってもらうのは、魔法道具を用いた実技測定です〜」


ここまで言い終えたアイシャがパチンと指を鳴らすと、数人の大人達が実技場の中央にマイクスタンドの様なものを設置する。


「あれは私達の研究所で作った魔法道具でね〜、あの棒に向かって魔法を放つと、先についたセンサーが反応して魔法の出力、つまり魔法の強さを数値化して教えてくれるの〜。その数値によって実技試験の結果を判断させてもらいます〜。まず試験を始める前に、皆の魔法属性の適正を聞いておこうかな〜?」



ん…?適正?



「それでは試験番号一五一番の方からどうぞ?」


「はい、私の適正は風属性です」



おいおいまてまて、属性の適正ってなんだ?そんなの聞いた事ないぞ?



「はーい。それでは次、一五二番〜」


試験監督であるアイシャは次々と適正属性とやらを聞いていく。

そして、例の水色の髪の子に順番が回る。


「次は一五四番の方、適正はなんですか〜?」


「はい、私の適正は氷属性です」


「はーい、氷ですね〜」


へぇ、あの子は氷なのか…ってそうじゃなくて!!!適正なんて調べてないぞ!?


そしてユウトの番。


「はーいそれでは試験番号一五六番の人〜?」


「あの、すみません」


「はい、なんでしょう〜」


「魔法の適正ってなんですか?」


俺の発言に大層驚いたのか、残りの九人の受験生が一斉にこちらを振り向く。


「え、えーとぉ、何、とは?」


「いえ、魔法適正というものを調べた事なくて…」


「あ〜魔法適正っていうのはね、自分が使える魔法の属性を言ってもらうだけでいいの〜」


おそらく魔法適正を言う、と言う行為は当たり前のことだった様だ。

その証拠にさっきまで朗らかな表情をしていたアイシャも流石に苦い顔をしている。

水色の髪の子に至っては可哀想な人を見る目をしていた。


やめてくれ。本当に知らなかっただけなんだ…


しかし、使える魔法の属性となると…


「あの、それって言うのは一つだけですか?」


「え、うん、普通は一つだけだけど、え、もしかして、君、ダブルだったりするのかな?」


「え、ダブル?」


まてまてまて、知らない単語がバンバン出てくるぞ!?

ダブルってなんだ!?

やめてくれ!これ以上俺を辱めないでくれ!


「えーと、知らないみたいだけど、普通の人が使える魔法の属性は一つに絞られていて、それが適正属性となっているの。そして本当に稀に、二つの属性の魔法を使える人がいて、そういう人をダブルっていうの〜」


「な、なるほど」


まさか試験会場で勉強することになるとは…


「そこで、もう一度質問するけど、君は『ダブル』なのかな〜?」


「えーと」


俺が使える魔法の属性を挙げてみよう。


炎、水、氷、土、雷、風、それと空間や時間を支配できる時空属性。


「あの、アイシャ先生」


「はい〜」


「七属性使える場合は、なんて言ったらいいんでしょうか…」


「え…」


場の空気が一気に凍る。

先程までかろうじてニコニコしていたアイシャも表情を強張らせている。


ここまで言って、自分の過ちに気がついた。


(しまった!!!七属性なんて普通の人は使えないのか!!!)


「す、すみません!言い間違えました!七じゃないです!二です!炎と雷です!!!」


ユウトは先ほどの発言を取り消すために、七属性の中でも特に得意な炎と雷属性を挙げた。


「そそそ、そうよね、七属性なんて…そんなに多くの属性を使えるわけないですよね〜。でも、炎と雷のダブルなんですね…素晴らしいです〜!」


本当だったら『ダブル』と言う事でびっくりされるはずだったのだろうが、間違いの発言が原因でなんとも言えない空気となってしまった。

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