第5話:試験対策?
見学を終え王城に戻ると、ユウトとミロはフィアの部屋に呼ばれたので、夕食後にお邪魔する事になった。
「それで勇者様、学園の見学はどうでしたか?」
「見学と呼べるほど詳しく見たわけじゃないけど、外から見る限りではとても過ごしやすそうだったな」
「そうですか、それなら良かったです」
フィアが本当に安心したようにほっと胸を撫で下ろす。
「それで、場所の確認はできたんだけど、入学試験っていつあるんだ?試験対策のために計画を練りたいんだ」
「えと、明後日です」
「は?」
「ですから、試験開始は明後日です…」
「あさって?」
「はい、明後日です」
「………」
「………」
「おい、フィア?」
「はい」
「何故それを先に言わなかった?」
「聞かれ、なかったので……」
「じ……」
「じ?」
「冗談じゃねぇよ!あと丸々一日だけで勉強できるわけないだろ!」
「す、すみません!!すっかり伝えるのを忘れてしまっていて!!」
「忘れたで済むかよ!どうすんだよ!試験に何が出るかも知らないんだぞ!?」
「そ、それなら大丈夫です!今年の筆記試験の試験内容なら既に発表されています!」
そう言ってフィアは自室の机の引き出しから一枚の紙を取り出しユウトに手渡した。
「なになに…?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
メルデンス王歴二十年度
王立ミスリナ学園入学試験
日程:メルデンス王歴二十年三月二十二日
試験場:王立ミスリナ学園
試験開始:午前八時三十分
試験内容:
筆記試験、実技試験による二部構成
試験詳細:
【筆記試験】
四則演算を含む計算問題、証明問題等
【実技試験】
試験監督の前での魔法行使による検定試験
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「筆記試験は……四則演算?」
四則演算と言ったらあれだよな?
小学校の算数で習う和(+)差(-)積(×)商(÷)の事だよな?
「フィア、筆記試験は計算問題が出るのか?」
「はい。アスタリカ王国の筆記試験では、戦場にて物資運搬や兵をまとめるために計算ができるよう、四則演算に関しては完璧に理解していることが入学の最低条件となっています」
「ああ、なるほど…」
実はこの世界では、日本の義務教育の様に全ての子供が等しく教育を受けることができる制度は整っていない。
よって貴族などを除いた一般市民の識字率は国全体でも四割を切っている。
これは大半の子供が学び舎に行かずに親の仕事(農業など)を手伝う事になり、そのまま成人になる事が原因となっている。
そして四則演算に関しても然り。
元々勉強する場のない子供にとっては、簡単な足し算や引き算は出来るが、繰り上がり繰り下がりや、掛け算割り算となるともう訳がわからない。
成人でも四則演算を完璧にこなしているのは金銭の計算を頻繁に行う商人の家系の者ぐらい、と言うのが現状なのだ。
故に子供が四則演算を使いこなせるだけで民衆からは「神童」ともてはやされる始末。
それも小学生低学年レベルの計算能力でだ。
文化や制度が日本とは全く違うため仕方ない事であり、こちらの世界の人々を馬鹿にするわけではないが、正直言ってこの世界の数学はユウトにとってレベルが低すぎるのだ。
(良い意味で)予想外の試験内容にユウトが安心していると、
「勇者様、まさか四則演算なんて簡単だ、なんて思ってないですよね?」
「え?思ってるけど…違うのか?」
「確か勇者様はニホンという世界の学び舎で数学を学んでいたそうですが、それはあくまで子供が学ぶレベルの数学なんですよね?」
「まあ、俺の世界ではそうだな」
「しかし、王立ミスリナ学園の筆記試験を舐めてはいけません!実は学園の筆記試験における計算問題は、アスタリカ王国の中でも特に優れた数学者達によって作られた超難問となっているんです!」
「へえ。超難問、ねぇ…」
「その試験内容の難易度は凄まじく、全ての試験者の得点の平均は毎年三割程度、最高得点でも六割ほどだと言われています」
「ちなみにフィアはやった事はあるのか?」
「はい、一度だけ興味本位で過去問を解いてみた事があるのですが…」
「結果は?」
「惨敗でした。お恥ずかしながら平均点の三割にも満たない悲惨な結果に…」
「そ、そうか。なんか悪いな」
あからさまに落ち込んで肩を下ろすフィアを慰める。
「ですから!いくら高度な教育を受けてきたと自負しておられる勇者様でも、決して油断は禁物なのです!」
「じゃあさ、その過去問、俺にも解かせてくれよ」
「過去問を、ですか?」
「そう。どっかに残ってたりしないか?去年のとか」
「はい、それでしたら王城内の書庫の方に過去十年分の試験問題が載っている参考書があるのですが」
「それ、持ってきてくれ。今から解くわ」
「今からですか!?もう夜になりますし、明日にした方が…」
「まあ、難しかったら見るだけでもいいから」
「……わかりました。それではミロに持って来てもらいましょう。ミロ?お願いできますか?」
「了解ニャ」
ドアの前にずっと立っていたミロに要件を伝えると、十分もしないうちにその参考書とやらを持ってきた。
「ご主人様、これがミスリナ学園の過去十年分の試験問題だニャ」
「ありがとう」
その参考書は、見た所三十ページほどしかない薄い本であった。
ユウトはその本を手に取り、ペラっと表紙をめくる。
「あ、いけるわ」
「勇者様?何がですか?」
「フィア、ペンとか持ってるか?」
「はい、羽ペンならここに…」
「それ貸してくれ。それと机も借りていいか?」
「え、まさか、ここで解く気ですか!?」
「そのつもりだが…」
「無理ですよ!こんな高難易度の計算問題、なんの対策も無しに解けるはずありません!」
うーむ。この雰囲気は解かせてくれなさそうだな…それなら、
「確かになんの対策もしてないが、むしろしてないからこそ、今の自分の実力がどれほどなのか理解できるだろ?そのために解いてみようと思うんだ」
取り敢えずそれっぽい事を言ってフィアの説得を試みる。
「……確かに、その意見には一理ありますね。わかりました。では去年の過去問を解いてみてください。試験時間は六十分です」
フィアの許しが出たユウトは、部屋の机に座り羽ペンを握った。
「それでは六十分間、模擬試験、開始します」
フィアの掛け声とともに、模擬試験が始まった。
・・・・
・・・
・・
・
____六十分後。
「はい、終わりです」
「ふぅ、ギリギリ終わったぁ」
深いため息とともに、ユウトは椅子に深く腰掛ける。
「え!?終わったんですか!?」
「ああ、なんとか制限時間内に解ききれたよ」
「本当ですか!?去年の問題は、例年と比べてもさらに難易度が上がっていたらしく、全ての大門に手がつくことすら難しいはずなんですが」
「そうか?俺は過去十年分、全部解き終わったぞ?」
「え…………?」
フィアの表情が驚きから驚愕に変わる。
「な、ななな何を言っているんですか?ゆゆゆ勇者様?十年分って、まさか…」
「じゃあ、答えあわせして見てくれよ」
そう言ってユウトは参考書をフィアに手渡す。
それを受け取ったフィアは参考書のページをペラペラとめくり、
「全部のページの問題の答えが出ている…そんな…でも全部あっているなんて事は…」
そう言いながらフィアはユウトと机を交代し、俺の答えと模範解答を照らし合わせる。
「正解、正解、正解、正解、正解、え…嘘、ですよね…正解、正解、正解…」
そしてしばらく経ったのち、答えあわせが終了した。
「結果、出ました…」
「どうだった?」
「過去十年分の試験問題、全て、満点です…」
うん。知ってた。
「あ、あの、勇者様」
「なんだ?」
「一体、どうやってカンニングしたんですか!?」
「え!いきなりその質問!?失礼すぎないか!?」
予想外すぎて腰が抜けそうになったぞ。
「だって!不可能ですよ!!!このレベルの計算問題となると、問題を作った数学者達ですら一年分の過去問を解き切るのに三十分はかかる程の難易度なんですよ!?」
「ええ!?まじか!嘘だろ?」
このレベルの問題を三十分かかって解くような人間がこの世界では数学者と呼ばれているのか!?
「嘘ではありません!!!数学者が三十分かかる問題を勇者様は十分で解いた事になるんです!流石に信じられないですよ…」
俺はむしろこの問題に三十分かかる事の方が信じられないのだが…
「姫様、ご主人様」
すると突然、落ち着きを失ったフィアとユウトに割り込むようにミロがが口を挟んだ。
「ミロが参考書を姫様の部屋にお持ちして模擬試験を開始してから、不正の無いようずっとご主人様を見ていたけど、ご主人様がカンニングをしたような素振りは一切見られなかったニャ。ミロとしても、その、信じがたいけど、おそらくその点数はご主人様の実力じゃニャいかと…」
「そんな…」
「姫様が気づかないぐらいの早業でカンニングしたとしてもミロが気づくニャ」
「じゃあ本当に勇者様はこの試験問題を全て実力で解き切ったという事なんですね。武術や魔術だけでなく知性にも恵まれているなんて…やっぱり勇者様は凄いです…」
フィアがキラキラ輝いた目で見つめてくる。
「いやいやそんな、大した事ないよ」
「大した物ですよ!あ、でもこれで筆記試験が問題ないことがわかったので、勇者様の入試試験合格はもう決まったようなものですね」
「そうだな、後は試験日を待つだけだ」
「はい。それでは夜も遅くなってきましたし、今日はここでお開きといたしましょう。ミロ、勇者様を寝室へ案内して下さい」
「了解ニャ。ご主人様、ミロについてくるニャ」
「はいよ。それじゃフィア、おやすみ」
「勇者様、ミロ、おやすみなさい」
フィアの部屋から退出したユウトは、ミロに案内されるや否やベッドに寝転び、そのまますぐに眠りにつくのだった。
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