第4話:学園見学に行こう
カニバルド大陸とギルバンド大陸。
前者はユウトが住むアスタリカ王国が存在する大陸の名であり、
後者はかつて全魔物の長である魔王が統治していた大陸の名である。
この二つを合わせて二大大陸と呼ぶ。
世界地図で見ると、この二つの大陸は東と西に海を挟んで分かれており、とある一点の場所のみで陸続きとなっている。
過去に魔王軍がカニバルド大陸に攻め入った時はこの陸続きの場所を通ってきたことから、そこは「地獄門(ヘル・ゲート)」と呼ばれていた。
現在人間という種族が住んでいる国の一つであるアスタリカ王国は、地獄門に隣接したカニバルド大陸の西の端に位置している。
不運にも対魔王戦線で最前線となったアスタリカ王国は、魔物から民を守るために国全体を巨大な円形の城壁で囲んだ、いわゆる城塞国家となった。
ユウトが勇者としてアスタリカに呼ばれたのも、最前線であったと言うのが大きな理由だった。
そして最も魔物の危険に晒される可能性の高いこの国を支える兵士を育てるために、アスタリカ王国は兵士の育成に大きく力を入れた。
そして作られたのが王国唯一の兵士育成のための学園、王立ミスリナ学園である。
円形の城壁内の中央に位置する王城から三キロ程離れた場所にあるミスリナ学園は、この世界で成人とみなされる十六歳から入学が認められ、武術や魔術、そして魔法道具などの戦闘に役立つあらゆる技術を学ぶことができる。
魔王が討伐された現在でも統率を失った魔物達が王国を襲うことがあるため、ミスリナ学園はそんな「はぐれ魔物」を討伐するための育成学園となった。
前述したようにこの学園の入学年齢は十六歳でありユウトは現在十九歳であるので、試験を受けるのであれば年齢を偽らなくてはならない。
「よって、入学試験の受験資格を得る際に、国王の力を使って年齢を偽装させてもらったのだ」
「ご主人様?一体誰に向かって話しかけているのかニャ?」
「気にしないでくれ、独り言だ」
「気になるニャ」
「気にするな」
「昔からご主人様は時々訳わからない事を突然口走るニャ。例えばミロと初めて会った時は、『ケモミミケモシッポメイドキタコレダイショウリーーー!』とか叫んでたし」
「…よくそんな昔の事を覚えてるな」
「案外こういう事は言った側より言われた側の方が鮮明に覚えているものニャ」
そう言いながら猫型の獣耳をピクピクさせているのは、この世界で猫人族(ケットシー)と呼ばれる種族の少女、ミロ=ネスラル。
俺が勇者としてこの世界で活動している時、俺のお世話役として配属されたメイドである。
今ユウトはミロと二人で王国直下の城下町の商店街区画を歩いている。
何故こうなっているかというと、「勇者様がミスリナ学園に入学したいと言っている」旨をフィアが国王に伝えたところ、国王が学園への見学のために馬車を出すと言ったためそれを拒否し、自分の足で向かう事にした為だ。ミロはその付き添いだ。
なんで馬車を拒否したかって?
国王が出す馬車は必然的に国王やフィアが使用するロイヤルな馬車となる。
そんなものが街中を通ろうものならソッコーで民衆の注目の的。
そこから俺が出てくれば、国王の関係者である事が一発でバレる。
敢えて歩いて向かうのは目立たないようにする為なのだ。
「それにしてもご主人様」
「なんだ?」
「ご主人様は勇者として魔王を倒し、世界を救った凄い人だニャ。なのにどうして街中を歩いていても誰もご主人様に注目しないのかニャ?」
「あーそれはな…」
ミロの言う通り、俺は世界を救った勇者である。
そしてカニバルド大陸全ての人々は魔王が勇者によって倒された事を知っており、英雄として認知している。
しかし、その中に勇者であるユウトの顔を実際に知るものは王族や国王直下の騎士団、一部の上流貴族を除いて殆どいない。
それはユウトが勇者活動の全てを魔物の大陸であるギルバンド大陸で行っていた為だ。
魔王討伐が成功した後に、功労者によるパレードが王国中央で行われたのだが、魔王との熾烈(しれつ)な戦いで極限まで衰弱したユウトは療養の為参加する事ができず、結局民衆に顔を見せる機会を失ってしまったのだ。
「せっかくご主人様が死ぬ気でこの世界を守ってくれたのに、民衆は冷たいニャ」
「知らないんだから仕方ないだろ」
「でも…」
「俺は正直このままでいいと思ってる。俺が勇者だと一般に知られていたら、こんな風にゆっくりと街中を歩くなんて到底できないだろうからね。隠居とまでは言わないけど、いい加減に静かで普通な生活がしたいんだよ」
「ご主人様に普通の生活は似合わないニャ。どうせ学園でもいろんな騒動に巻き込まれる未来が見えるニャ」
「変なフラグ建てないでくれ」
こう見えてミロの勘はよく当たる。
魔王討伐の際もこの勘には何度か助けられた事がある。
しかし今度ばかりは当たって欲しくないものだ。
「フラグ?旗なんてたててないニャ」
「………いいから行くぞ」
・・・・
・・・
・・
・
「到着ニャ。ここがアスタリカ王国唯一の学園、王立ミスリナ学園ニャ」
「おぉ、これまた立派な建物だこと」
王城から市街地を抜けて歩く事三十分、俺が入学試験を受けるミスリナ学園に到着した。
「門のデカさから察するに、学園自体は相当な広さだろうな」
「敷地面積としては王城よりも広いと言われているニャ」
「まじかよ!王城よりも広い土地に建てるとは…生徒育成はそれほど重要だったんだな」
そもそもこのアスタリカ王国には王城よりも広い敷地面積で建物を建ててしまうと、王族への不敬罪となる法律が存在する。
これはもちろん王家の尊厳を保つための法律であるのだが、ミスリナ学園がそれを破ってなお存続しているのは、特例を認めるほどに重要な施設である事を示している。
「これからこの学園の入学試験を受けるのか…」
「ご主人様なら余裕で合格できるニャ」
「まあ、そうだろうな」
そう言いながらミロと二人で門を見上げていると、
「あれ、君たち二人、ミスリナ学園に何か用かい?」
突然学園の制服を着た、生徒と思われる男子に話しかけられた。
「いえ、用事と言うか、この学園の入学試験を受けるつもりなので、学園の下見に来たんです」
制服を着ている以上この人は先輩である事に違いはない為、きちんと敬語で対応する。
「ふむ、入学試験を受けるつもりと言う事は新入生か。私はレイオス=フレイドル。このミスリナ学園の副生徒会長をしている」
ん?フレイドルって確か…
「フレイドルとはもしかしてあのフレイドル家の方ですか!?」
「そうだ、しかしそこまで畏る必要はない。君が入学すれば、私と君は学園ではただの先輩と後輩だ。過剰な上下関係の意識は無駄な軋轢(あつれき)を生みかねないからね」
「わかりました。寛容な御心遣い、ありがとうございます」
ユウトはレイオスに一礼する。
フレイドル家とはアスタリカ王国における上流貴族のうちの一つで、フレイドル商会という国の商業を一手に担う組合を仕切る大財閥である。おそらくこのレイオスという人物はフレイドル一家の人間であろう。
ユウトは一般生徒としてこの学園に通う為、この様な目上の位の人には失礼があってはいけないため、遜(へりくだ)らなくてはならない。のだが…
「むむむぅ…」
(やっぱりな…)
ちらっと横目でミロを見ると、尻尾を左右に振りながら難しい顔をしている。
猫が尻尾を振るのは不快であったり機嫌が悪い証拠だ。
「うん?そちらのメイドは…」
「あ!ええと…この子はミロと言って自分のメイドをしています、何分(なにぶん)経験が浅いもので失礼を…」
「いやいや、別に構わないよ。それにしても亜人のケットシーをメイドにするなんて、君は珍しい趣味をしているね」
「ははは、そうですね…」
こんな事を言われては笑うしかない。
というかメイドに決めたのこの国の姫であるフィアだから、この時点で彼は不敬罪に問われてもおかしくないんだよな。ハハハ。
「しかし、それでもその子には育ちの良さを感じる。突然だが、君の名を聞いてもいいかな?」
「はい、自分はユウト=ヒビヤと言います」
「ヒビヤ?メイドを従えているからどこかの貴族かと思っていたのだが、ヒビヤという姓の貴族は聞き覚えがないな…もしかして他国からの留学生だったりするのかい?」
「いえ、そういうわけではないのですが、色々と事情がありまして」
「…そうか、難しい事情なら敢えて聞くまい。君の試験合格を祈っているよ」
そう言ってレイオスは右手を差し出す。
ユウトも同じく右手を出し握手をした。すると、
「ん?これは…」
突然レイオスが顔を顰めた。
「どうかなさったのですか?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
「わかりました。試験に合格できる様、全力を尽くすつもりです」
「そうか、でも君なら心配いらない。その実力なら確実に合格できるだろう」
「え…」
「ユウト=ヒビヤ…覚えておこう。入学式の日に再び会うのを楽しみにしているよ」
そう言い残してレイオスは二人の元から去っていった。
「君なら絶対に合格できるだろう、か。一瞬バレたのかと思ってビビったわ」
おそらくレイオスは握手の際にユウトの膨大な魔力の一部を感じ取ったのだろう。
「油断してると握手だけで勇者だとバレかねないのか…なかなか難しいな。ってミロ?どうした?」
ミロはユウトの隣でふくれっ面のまま微動だにしない。
「納得いかないニャ」
「…一応聞いておくよ、何が納得いかないんだ?」
「確かにフレイドル家は王国でトップレベルの貴族ニャ。ご主人様がペコペコしなくちゃいけない理由はわかるけど…それでもやっぱり見てると嫌ニャ」
「ミロ…」
なんだかんだ言って彼女は俺の事を慕ってくれているからな。
ご主人様である俺が下手に出る姿は見ていて面白くないのだろう。
「これも俺が平和に学園生活を過ごすのに大切な事なんだ。我慢してくれ」
そう言ってユウトはミロの頭にポンと手を乗せる。
耳を直接触られるのは好きではないので、触らないよう気をつけながら撫でる。
「ん…我慢…できないかもしれないけど頑張るニャ…ゴロゴロ」
ミロは気持ち良さそうに身をよじる。
「我慢できなくても襲ったりするなよ?」
「心外ニャ。それぐらいの分別はあるニャ」
「本当かぁ?」
「ほ、本当だニャ」
今はただのメイドという枠に収まっているが、実は彼女は元魔王討伐の勇者パーティの一人である。
武術による近接戦闘能力だけに関して言えば、勇者の俺と互角に渡り合える程だ。
そんな彼女に襲われては誰であろうとたまったものではないだろう。
「まあいいや、とりあえず下見も終わったし、王城に帰るか」
そうしてユウトとミロは王城への帰路に着くのだった。
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