第3話:帰れないなら日常が欲しいです
「…ま!…しゃさま!お…てください!勇者様!」
「う、うーん」
誰かが俺の体を揺すっている。
誰なんだ?
俺は眠いんだ。
起きたくないんだ。
現実を見たくないんだ。
「勇者様!目を覚ましてください!」
「うぉ!」
誰かに耳元で大声で叫ばれ、一気に意識が覚醒する。
「あ、あれ…ここは…」
いつの間にかユウトは豪華な装飾がなされたベッドに横になっていた。
その隣ではフィアが椅子に座っている。
「フィア?俺は一体…?」
「その、勇者様は気絶なさったのです。そして私の従者(じゅうしゃ)に王城内のお客様用の寝室へ運んでもらい、ベッドに寝かせました。気絶する前の出来事を覚えていますか?」
「気絶?あぁそうか…俺、帰れなくなったんだよな…」
ユウトは気絶する前の記憶を思い起こす。
三年間の死闘を終え、ようやく日本に帰ろうというところで逆召喚に失敗。
魔導研究所に寄って見たところ、失敗の原因は不明、さらに再度逆召喚を行うためには三十年間も待たなければならないと告げられた。
そのあまりのショックにユウトは意識を失ってしまったのだ。
「三十年、まじか…やっと帰れると思ったのに…」
再度その事を自覚すると、目の前が真っ暗になりそうになる。
「すみません!本当にすみません!折角勇者様に世界を救って頂いたのに、ろくなお礼もできず、更には逆召喚にまで失敗してしまうなんて…なんとお詫びを申し上げればいいのか…」
隣に座るフィアは、涙を流しながら「すみません、すみません」と謝り続ける。
フィアの様な清楚系金髪美少女とも呼べる女の子が、こうも涙ながらに謝罪を述べている姿を見ていると、なんだかこちらが悪い事をしてしまった様な気がしてしまう。
「…確かに帰れないのは事実らしいけど、何もフィアに全ての責任がある訳じゃない。謝罪の気持ちは十分に分かったから、とりあえずもう謝らないでくれ」
「…………」
「フィア?」
「もう、こうなってしまったら、これしか…これしか…」
そう呟きながらフィアは自分の服に手をかける。
「お、おい、何をする気だ…って脱ぐな脱ぐな!何やってんだ!」
「もうこれしかないんです!勇者様に私の全てを捧げるしか方法が思いつかないんです!なんなら奴隷にしてしまっても構いません!貴方だけの奴隷に!」
「待て待て待て!一国の姫が奴隷になるなんて言うな!いいから脱ぐな!服を着てくれ!」
美少女の痴態を必死に押しとどめる男という不思議な構図が部屋の中で繰り広げられる。
…すまん、前言撤回だ。清楚系は間違いだった様だ。
・・・・
・・・
・・
・
「落ち着いたか?」
「は、はい…」
五分程の押し問答の後ようやく理性を取り戻したフィアは、赤くなった顔を背けながら椅子の上で小さくなっていた。
「ま、まぁなんだ、今のは一時の気の迷いって事で見なかった事にするよ」
「ありがとうございます…」
「…………」
「…………」
…気まずい。こんな状況で何か気の利きいた事を喋れる程俺は話は上手くない。
一言目に何を話すか迷っていると、ユウトよりも先にフィアが口を開いた。
「あの、勇者様」
「な、なんだ?」
「…私の事は別として、それでも私は勇者様に何かお礼をしたいんです。貴方を元の世界に返す事がお礼となるはずだったのに、今はそれができない状態となってしまいました。勇者様が望むものでしたら、王国の権力が届く範囲で何でもご用意させてもらいます。土地でも、爵位でも、その…もしお求めでしたら、私でも…ポッ」
おいおい、だから何故また赤くなる。
てか「ポッ」て何だよ。「ポッ」って。
フィアの事は別とするんじゃなかったのかよ。
でも…
「そうか、俺の望むものか…」
改めて欲しいものを考えてみると、以外と思いつくものがこれと言って無かった。
フィアが提示した土地と爵位だが、元々日本という別の世界から来たユウトにとってはそこまで価値のあるものとは思えない。
そしてお金に関して言えば、ユウト自身が持つ莫大な魔力を使えば仕事はいくらでもあるため簡単に稼げる。だから一人暮らしをするにしても問題は無い。
詰まるところ差し当たって望むものは特に無い、というのが正直な意見なのだが…
「勇者様!本当に何でも仰ってください!王国の総力を挙げてご用意致(よういいた)しますから!」
それではここまで言うフィアの気が晴れることは無いだろう。
どうしたものか…元の世界に帰って、平和な日常を過ごしたいと言うのが俺の望みだったと言うのに。
…ん?待てよ?
平和な日常?
「そうだ!フィア!俺の望みが決まったぞ!」
「はい!了解致しました!」
「いやいや、俺はまだ何も言ってないんだが…」
「例えどの様な望みであったとしてもお断りは致しません。何がお望みなのですか?」
「それじゃあ言うぞ、俺の望みは…」
「はい」
「俺に、『日常』をくれないか?」
「え?に、日常ですか?」
「そうだ」
「日常を差し上げる…?すみません、一体どう言うことなのでしょうか?」
「この世界に呼ばれた時にフィアには話したと思うんだけど、俺は元々向こうの世界で『高等学校』っていう学び舎に通っていたんだ」
「はい、確かにその様なことを聞きましたが、それと日常にどんな関係があるのですか?」
「実はその高等学校で、俺は三年間の学園生活を送るはずだったんだけど、異世界転移のせいでたった一ヶ月しか通えなかった」
そうだ。
俺は『後悔』してるんだ。
本当だったら平和に学園生活を送れるはずだった三年間を全て、戦いの日々で消化してしまった事を。
だから、
「俺はもう一度学校に通いたい。学園生活というものを楽しみたい。だから、俺をこの世界の学園に入学させてくれないか?」
「学園に入学、ですか?でも勇者様は学園に通った所で、既に学ぶ事は無いのでは…」
「確かに俺はこの世界の常識に関してある程度学んで知っているし、剣術や魔術に関しても、学生という枠を大きく超える力を持っている」
当たり前だ。だって俺はこの世界に最大の災厄をもたらす魔王を倒した勇者なのだから。
「でも、それでもいいんだ。毎日朝早くに起きて、朝食を食べて、友達と一緒に登校して、授業を受けて、休み時間に友達と語らって、学校行事にも参加して、もし存在するなら部活にも入って活動して…そんななんて事ない日常が送りたい。ただ、それだけなんだ」
「勇者様…本当に、本当にそれだけでよろしいのですか?」
「ああ、もちろんだ。勇者に二言はない」
「…わかりました。それでは今すぐお父様に」
「ちょっと待て」
席を立ち、部屋を出ようとするフィアを手で静止する。
「どうしたのですか勇者様?」
「まさかお父様、つまり国王陛下に『勇者様を国王推薦で学園に入学させて欲しい』と頼もうとしてたんじゃないのか?」
「はい、その通りですが…何か問題があったでしょうか?」
違うんだフィア、そういう事じゃないんだ。
それじゃあダメなんだ。
「考えて見てくれフィア。もしも俺が国王推薦によって入試試験無しで学園に入学したとしよう。そしたら、正式に試験を受けて合格した生徒たちは俺の事をどう見る?」
「あ…」
どうやらフィアも気がついたらしい。
このアスタリカという国において、国王の影響力は絶大だ。
もしも俺がその国王推薦となれば、他の学生は間違いなく俺の事を色眼鏡をかけて見るに違いない。
そんな状況で平和な学園生活が送れるとは到底思えないのだ。
「だから、俺が望むのは学園の入学試験の受験資格と、その受講費用だ。その後の学費や生活費に関しては自分でなんとかするよ。特待生制度とかあれば便利だけど、そこは後で調べる事にしよう。とにかく俺は『普通の生徒』として入学したいんだ」
「それだけで、お返しになるのでしょうか?」
「なるさ。俺はそんなに多くを求めるつもりはないからな。あ、でも、元の世界に帰るための研究は全力で進めておいてくれ。まだ帰るのを諦めたわけじゃないからな」
「はい、それは重々承知しています。それではその旨をお父様に報告してきます。失礼します。どうか、お大事に」
フィアはベコっと一礼するとそそくさと部屋から退出した。
これで(確実だろうが)国王が許せば俺は晴れて学園生活を再会できることとなった。
学び舎は全く違うけど。
「…まあ、なるようになるだろう」
ユウトはそう呟くと毛布を被り、二度寝をかますのだった。
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