第2話:勇者召喚は突然に
『異世界』
勇者が元々いた日本とは全く違った非科学的な世界。
あくまでファンタジーとして描かれる想像上の場所である。
そう思っていた。
三年前までは。
【三年前:日比谷悠人・十六歳】
勇者こと日比谷悠人(ひびやゆうと)はごくごく一般的な、ピッカピカの高校一年生だった。
中学卒業と同時期に親の仕事の事情で転勤が決定し、多くの友達を地元に残したまま県外の高校に転入した。
そこまで頭がよかったわけではなかった悠人は、引越し先の地域では中の上レベルぐらいの県立高校に通うことになった。
これは日本全国どこの地域でも言える事だと思うのだが、そこそこのレベルの高校だと、入学しても中学の友達が多く残っているため、入学初期から既に友達グループが出来上がっている状況が多い。
悠人は少々人見知りを拗らせていたため、そのグループのうちどれかに入ろうとしたものの上手くいかず、最初の一ヶ月は友達らしい友達は数人しかできなかった。
別にいじめられていたわけではなかったのだが、寂しいものは寂しかった。
入学して一ヶ月経ったある日、悠人は昼休みに屋上でぼっち飯をしていた。
その日は珍しく、屋上で昼飯を食べてい るのは悠人一人だけだった。
「はぁ……いつまで続くんだろうか。こんな生活は」
ため息を吐きながら空を見上げる。
今日はテレビで言っていた通り、雲ひとつない晴天だ。
暖かな春の太陽の日差しが気持ちよく、数匹の鳥が自由自在に空を飛び回り、不思議な模様をした巨大な紫色の円盤が学校上空を覆う様に空中に浮いている。
ん………?
「紫色の円盤!?」
悠人は弁当を傍らに置き、立ち上がって再度空を見上げる。
彼の知っている言葉で表現するなら『魔法陣』とも呼べる様な謎の円盤は、その大きさを縮小させながら屋上に近づいていく。
非現実的な光景に悠人が言葉を失っていると、魔法陣は悠人を中心に屋上の床の上で静止した。
「え、なにこれ?何が起きてんの!?」
悠人がそう言ったのと同時に、足元に黒い穴がぽっかりと空く。
「え…?うおあああぁぁぁ!」
地面の支えを失った悠人の体は、重力に逆らう事なく穴の中に落ちていった。
そうして悠人は異世界に召喚されることとなった。
最初に着いたのは神殿と呼ばれる場所で、そこには国王メルデンスと名乗る豪華な装飾の服を着た男と、フィアと名乗る姫がいた。
悠人はまず始めに、自分が呼ばれた場所がアスタリカ王国という異世界であることを知らされ、用件として「人間に害を及ぼす魔王を討伐してほしい」と言われた。
何処かで聞いたことのあるようなラノベ展開だ。
最初は慌てたが、日本でアニメやラノベを見まくっていたせいか順応は早かった。
そしてライデン騎士長をはじめとした様々な人と出会い、己を鍛えながら魔物との戦いの日々を送った。
もちろん出会いだけでなく、別れも多かった。仲間の死にも直面した事もあった。
それでも悠人は諦めずに魔物を屠り続け、ついに三年の月日を経てようやく魔王討伐に成功したのである。
魔王を討伐した勇者は、勇者としての力はそのままで元の世界に送還されるのが決まりであり、悠人もそれに従い日本に帰る予定だったはずなのだが…
・・・・
・・・
・・
・
「ゆ、勇者様…?」
「あ、あれ?」
(ここは日本か?いやそんな訳はない。だって日本ならフィアがいないはずだ。っていうかここはアスタリカの神殿じゃないか…)
ユウトは自分のいる場所を再確認する様に周囲を見渡す。
「勇者殿?日本なる世界に帰ったのではないのか?」
フィアと同じく別れを告げたはずのライデンが、おずおずとユウトに近づく。
「いや、俺としてはそういうつもりだったんですけど…メルデンス国王!これはどうなっているんですか!?」
「すまぬ、この様な事は初めてでな…まさか勇者の逆召喚が失敗するなど…魔法道具(マジックアイテム)の魔法術式に問題があったのか?」
ユウトが日本に帰るための「ゲート」は、アスタリカ王国の国王直属の宮廷魔術師達が総力を挙げて作り上げた「魔法道具(マジックアイテム)」によって生み出されたものだ。
もし原因あるとすれば、製作段階で何らかの問題が生じていたのだと考えられる。
「国王…まさかこのまま帰れない、なんて事はないですよね…まさかね…」
「わからぬが、今は原因を突き止めねばならぬ。フィア、ライデン、そして勇者殿よ、これから急遽、魔法道具を魔導研究所へ持っていくぞ!」
「はい!お父様!」
「御意!」
「まじかよ…」
三年間分の思いを込めた感動の別れは一変、「勇者逆召喚失敗」の大惨事となった。
・・・・
・・・
・・
・
「なに!?原因がわからないだと!?」
「も!申し訳ありません!国王様!」
「謝るなら私ではなく勇者殿に謝るのだ!それよりも、原因がわからないとはどういう事だ!?」
場所は移り、アスタリカ王国の王城内にある魔導研究所。そこの研究室長である初老の男性は、四方五センチメートル程の立方体の魔法道具を片手に途方に暮れていた。
「魔法構成論理式及び術式、出力魔力量、蓄積魔力量、いずれも問題ありませんでした。過去の勇者召喚についての文献を見る限りでは、どこにも不備はないはずでございます…」
「しかし、現に勇者殿はここにいるのだ!不備がないというのであればその魔法道具をもう一度発動させよ!何としてでも勇者殿の逆召喚を成功させるのだ!」
「し、しかし国王様…」
「なんだ!何か問題があるのか!?」
「はい、実は勇者逆召喚に使われたこの魔法道具は、使うために消費分の魔力を蓄積させる必要があるのです。故に、今すぐ発動させるのは不可能でございます…」
「…それならば仕方あるまい。では、いつまでに蓄積が完了する?」
「それは…」
そう言って男は言い淀(よど)む。
「いつまでと聞いているのだ!」
「…さ、三十年でございます…」
「さんじゅうねん………?」
先程まで鬼の形相をしていた国王の顔が一気に真顔になる。
ってか待て…いまなんつった!?
三十年だと!?
三十秒の間違いじゃないのか!?
聞き間違いか!?
「三十年だと!?嘘だろ!?なぁ!どうなってんだ!なんとか言えよ!」
動揺したユウトは研究室長の両肩を掴み、大きく揺らしながら叫ぶ。
「落ち着いてくだされ…まずは話を、話をぉぉおぉぉぉぅぉぅぉぅ」
「勇者様、ここは一旦話を聞きましょう!落ち着いてください、勇者様!」
「はぁっ、はぁっ…ごめんフィア…あまりにも衝撃的で取り乱した…」
フィアの制止でなんとか冷静さを取り戻したユウトは詳細を聞く事にした。
「勇者逆召喚は勇者召喚と同じく『時空転送』と呼ばれる種の魔法です。そして転送先が異世界ともなると、その消費魔力量は莫大なものとなります。転送に使われる魔法道具にはすでに蓄積してあった魔力は使い切られており、それが再装填されるまでにはおそらく三十年程の時間がかかるのです」
「そんな…じゃあ俺は向こう三十年間は、日本に帰れないって事になるのか?」
「そういう事になります…」
「あ、ぁぁぁあぁ……」
パタリ(床に倒れる音)
「ゆ、勇者様ぁぁぁぁぁ!お気を確かにぃ!」
ごめん、父さん母さん。
俺、また三十年間、帰れなくなりました。
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