勇者様は帰れない!?

ジョージ和寛

第1話:勇者様は帰れない!?

「勇者様、本当にお帰りになられるのですか?」


「ああ、ごめんなフィア。でも、この世界に転生し魔王を倒した勇者は送還魔法によって元の世界に返される。これがこの世界での決まりだろう?」


「確かに、確かにそうですが…」


「俺の役目は終わったんだよ。もうこの世界に、俺がいる理由はないんだ」


「理由が無いなんて…そんな悲しいこと言わないでください!勇者様が来てくれたお陰で魔王は倒され、アスタリカの人々は魔王軍の恐怖から解放されました。勇者様が成してくださったことは、一生遊んで暮らせるほどの大金や上流貴族を凌ぐほどの広大な土地を謝礼として差し出しても足りない程で、私達はまだ貴方に何も返せていないのです!それなのに、魔王を倒したらすぐさよならだなんて、あまりにも…」


アスタリカとは、俺が異世界召喚で呼ばれた異世界の国の名前。

目の前で必死に涙を堪えながらも俺を引き留めようとする美少女はその一国の姫、フィアだ。


「ありがとうフィア。こんなに俺の事を思ってくれるなんて、俺は幸せ者だ。でも、元の世界には俺を待っている人がたくさんいるんだ」


父さん、母さん、兄弟、学校の友達、先生、それに元いた家の近所の人まで。

突然俺がいなくなって、心配したに違いない。

いくら警察に捜索届けを出しても見つからなくて、途方に暮れているに違いない。

もしかしたらもう死んだことになっているかもしれない。


「その人たちに、俺はちゃんと生きてるんだって安心させるためにも、俺は帰らなくちゃいけないんだ。解ってくれ」


「勇者様…勇者様!嫌です!行かないで下さい!」


「ごめんな、そうは言ってられないんだ。もう、時間がない。ゲートが閉じてしまう」


俺とフィア姫がいるのは、アスタリカで最も高地にある勇者召喚のために使われた神殿の中。

そしてその奥には、空中にぽっかり空いた直径2メートル程の真っ黒な穴がある。俺が日本に帰るための送還用のゲートだ。


俺を離すまいと泣きながら抱きついてくる姫をなぐさめようとしたその時、


「勇者殿!勇者殿はまだいるか!」


神殿の中に聞き覚えのある男の声が響き渡った。


「ライデン騎士長!」


「よかった、どうやら間に合ったようだ。今日お前さんが元の世界に帰る事になったと聞いて、軍務を抜けて駆けつけて来たんだ」


重厚な鎧と大剣を身にまとったこの大男はライデン騎士長。異世界に呼ばれ右も左もわからなかった俺に、この世界の常識や魔物のこと、そして何より剣の扱いを教えてもらった、俺の師匠であり第二の父親のような人だ。


「軍務を!?そんな事していいんですか!?」


「この際軍務も何もあるか。この世界を救った英雄に最後の別れの挨拶もせずにいたのでは、騎士長の名折れだ」


そしてライデンは視線を俺からフィア姫に切り替え、


「姫様、軍務を抜け出した罰は甘んじて受けます。ですが、せめて勇者殿の送還を見届けさせていただけないでしょうか」


「ライデンさんまで…ライデンさんは、勇者様にこの世界にこのままいて欲しいとは思わないのですか!?」


「恐れながら申し上げます。異世界から召喚されし勇者は、魔王を倒すという『役目』を果たせば元の世界に帰らなくてはならない、これがアスタリカ王国に古くから伝わる勇者召喚の絶対的な決まりなのです。たとえ姫様といえども、その決まりに反することは国法に反することだとご理解しておられるはずです」


「わかっています!そのくらいのこと!それでも、それでも何かあるかもしれないじゃないですか!何とかして勇者様をこの世界にとどめておける方法が!」


「勇者殿が、この世界に留まることを望んだのですか?」


「え…?」


「勇者殿自身が、この世界にとどまりたいと言ったのかと聞いているのです」


「……」


ライデンの言葉にフィアは言い返せなかった。ライデンはそれを否定と見なし、さらに言葉をつづける。


「おそらく姫様が勇者殿をこの世界に留めておきたいと思っているのは、魔王を倒した事に対するお返しを勇者殿に何かしてあげたいと考えての事だとお察しします。違いますか?」


「いえ…その通りです」


「でしたらそのお返しとして、勇者殿の願いを聞いてあげれば良いではありませんか。勇者殿の願いは、元の世界に帰る事、違いないだろう?」


ライデンは俺に問いかける。

いつもの威張ったような目は鳴りを潜めていた。

優しい目をしていた。


「はい。でもフィア、俺はここが嫌いになったから帰りたいんじゃない」


そうだ。俺はこの世界が大好きだ。

確かに勇者召喚があってすぐの頃は、ホームシックになったり、魔物と戦って傷ついたりした日々に嫌気が指し、「なんで俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだ」って、何度も元の世界に帰りたいと思ったものだ。しかし、


「俺はこの世界で魔物と戦う日々を過ごしたおかげで、掛け替えのない仲間たちと出会うことができた。心優しい人々に出会うことができた。元の世界じゃあ到底できないような凄まじい経験ができた。そして、フィアにも出会えた。ここで過ごした三年間は、辛いこともあったけど、俺にとっては最高の思い出だ。もう十分、お返しはもらったよ」


「勇者様…」


「だから泣かないでくれフィア。せめて君だけには、笑顔で送り出してもらいたいんだ」


フィアはしばらく下を向いていたが、着ていたドレスの袖でゴシゴシと涙を拭うと、意を決したように顔を上げた。


「わかりました、勇者様。もう、泣きません」


赤く腫れていたものの、その目にはもう涙は残っていなかった。


「よく言った。我が娘よ」


すると神殿の入り口からまた新たな声が聞こえてきた。


「こ、国王陛下!!!いらしていたのですか!?」


「勇者の送還の儀に、勇者を呼んだ張本人が出席しないでどうする。しかしライデン、軍務はどうした?王城の警備を任せていたはずだが?」


「い、いえその事なのですが、どうしても勇者殿を見送りたいと部隊に伝え、警備を残りの騎士団に任せ軍務を抜け出してきました。私を含め、騎士団一同、いかなる罰も甘んじて受ける所存でございます」


「ふむ…」


国王は彼の前に跪く騎士長を暫く眺めた後、


「表を上げよ、ライデン」


「はっ」


「確かに私の命令に背き、軍務を抜け出したのは懲罰に値する」


「はい」


「しかし、国務を抜け出してこの場に来たのは私も同じ。さらに状況が状況だ。今回のことは、大目に見てやろう。お咎めなしだ」


「はっ!ありがとうございます!」


「ライデンは私の護衛という事にしよう。そして勇者殿よ。やはり、帰ってしまうのだな、あちらの世界に」


「はい。向こうには俺を待ってる人たちがいるので」


「ああ、そうだろうな。私は別にそれを引き止めるつもりはない。いや、元より引き止める権利など私はもっていないのだ。勇者殿を異世界から理不尽にも勝手に召喚し、魔王討伐という重役を追わせてしまったのだからな」


国王は、何かを思い出すかのように目を閉じる。


「三年前、か。勇者殿をこの世界にこの場所で召喚したのは。時間が経つのは早いものだな」


「そうですね。とても充実した三年間でした」


「うむ。それでは勇者殿、そろそろ行かねばならんのではないか?ゲートの消滅時間が迫っておる」


「そうですね…」


神殿の奥に設置されたゲートは、少しずつ小さくなっていく。


「最後に勇者殿、向こうの世界には魔法は存在していないそうだな?」


「はい」


「お主がこの世界に召喚されたおかげで手に入れた強大な魔法の力は、送還先の世界でも無くなることはない。せめてもの謝礼として役立てて欲しい」


「ありがとうございます。日本でまともに使えるかどうかはわかりませんがね」


勇者は国王に一礼し、ゲートの前に立つ。

するとフィアが勇者の手を取り、


「勇者様、本当にありがとうございました。貴方の偉業はこの世界で永遠に語られることでしょう。だから私達は決して貴方のことを忘れません。ですから…」


「ああ、俺も、みんなの事を忘れない。アスタリカの他の奴らにも言っておいてくれ。俺はこの世界に来れて本当によかったって」


「はい、確かに。勇者様、それではお元気で!」

「勇者殿!向こうの世界でも、達者でな!」


そして俺はゲートを潜る。

初めて異世界に来た時と同じ、真っ黒な空間を飛んでいく。


「さあ、三年ぶりの日本だ。帰ったらまず母さん父さんに謝らないとな。それと、カレーが食べたいなぁ」


そんな事を考えていると、視線の先に小さい光が見えてくる。


「よし、あれが出口か!ただいま!日本!」


そしてまばゆい光が消え、地面に足がついている事を確認した彼はゆっくりと目を開く。


「ゆ、勇者様?」


「あれ?フィア?」


目の前にいるのは、先ほど俺を見送ってくれたはずのフィアを含める三人。

そして俺がいるのは神殿である。


「ん…?ここ、日本じゃ…ない…?」







これは魔王討伐が描かれた勇者録の、さらにその先の物語である。

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