第2話 機械仕掛けのアイドル

 太陽が銀色のビルに照り付ける都会では過激な広告看板が立ち並び、ポップな電子音楽があちこちで鳴り響いている。

 昼下がりの広場に浮かぶ巨大スクリーンには、ど派手な装飾の司会者がマイクを握り気さくな語りを広げていた。

「今日のゲストはネット空間から飛び出した機械仕掛けのアイドル、フレイヤちゃんです」

 フレイヤとは最近、巷で突如人気が出た謎の美少女アイドルである。

 司会者の紹介でその少女が人並み外れた華やかな雰囲気を身に纏い登場した。

 すると無関心そうに携帯電話を弄っていたサラリーマンが一斉に画面の方を向き、拍手喝采が起こった。


 フレイヤはひなげしのような純真爛漫にあどけない笑顔で手を振った。

「みんな、こんにちは。フレイヤだよ、よろしくね」

 バージンピンクの薔薇を咲かせたような衣装に伸びる程よい長さの手足、長いツインテールの特殊色素で染まったコットンホワイトの髪には白椿があちこち咲いていた。

 彼女を眺め気後れした司会者は頬を赤く染めて曲の紹介をした。

「待ちに待った新作、ピノキヲ症候群をどうぞ」

 唸る電子音に合わせて、彼女は天使のような柔らかな声で唄い、蝶々のように軽やかに飛び跳ね舞った。


 電気屋のテレビからビルの屋上の電光掲示板まで街中の画面にその映像が流れた。

そしてそれを目にして耳にした誰もが都会の殺伐とした砂漠に咲いたバラのような彼女に心癒され熱狂的な声援を送った。



 その景色をぬって二人を乗せた車は高速道路の軌道上を風のように走った。

 敦は不満そうに外の景色を眺めた。

「まったく、仮想食品で済ませばいいのになんでわざわざ店まで行かなきゃいけないんだ」

渚は鼻歌交じりで買い物メモを見ながら応えた。

「やっぱり買い物は実物を見てから買わなきゃね。それに仮想食品に頼ってちゃ体に悪いわよ」

目的地に着いた車は駐車場まで進み、きちんと停車した。二人は降りて大型スーパーの入り口までとぼとぼ歩いた。


 すると、入り口の前で小太りの中年女性が渚に声をかけた。二軒隣に住む小母さんだった。

「あら、小柳さん。若い甥っ子さんを連れて仲が良いわね。カップルと見間違えちゃったわ」

渚は照れ笑いして応えた。

「まあ、畑中の奥さん。ありがとう嬉しいわ。そういえば最近隣の自治会の古田さんがね、」

おしゃべりな二人はそのまま井戸端会議を続けた。

この調子じゃ話し終わるまでに日が暮れると悟った敦はその場をこっそり離れて、ゲーム売り場に向かった。


 向かう途中、メインフロアに男ばかりの人だかりができていた。

 いつもはこのような人だかりには関心を示さず通り過ぎるところだが、やたら活気に溢れていたので思わずその中に入ってみた。

「やあ、小柳君。夏休みにこんなところで会うとは奇遇だね」

 敦が声の方を向くと、隣のクラスの新沼 大智がすぐ後ろで嬉しそうに手を振っていた。

 察しの通り、彼は新沼の実の息子である。

「今から僕の父上が作ったフレイヤのライブなんだ。君も見るかい?」

 やはり大企業の社長の一族だけあって地元では有名な屋敷に住んでおり、育ちのせいか、やたら自慢めいた態度が何となく鼻につくため、敦は彼のことが苦手なのだ。

 敦は苦笑いをして後ずさりした。

「いや、やめておく。これから叔母さんと飯食いに行くから」

大智は逃げようする敦の目の前にビラを突き付けた。

「この人気ぶりを君も見ただろう。今見逃したら後悔するよ」

かなりの熱弁に敦はしどろもどろになった。

「だって俺、アイドルなんか興味ないし・・」

「いいから、みたらいいよ」


 すると会場が地響きするような歓声が湧き上がった。

「フレイちゃん、こっちみて」

茹ってしまいそうなほどに熱い声援に応えて美少女ロボットが軽やかに舞台上に現れ、大きく手を振った。

「みんな、私のために来てくれてありがとう。ライブ、始めちゃうよ」

さらに会場のボルテージが上がった。中にはペンライトを持ったまま失神する者もいた。

「すごく滑らかに喋るんだな。人工発声器なんかまだカクカクでしか喋れない印象だったのに。その上息継ぎまで人間そっくりだ」

「これが、バベル社の実力だよ」

フレイヤの人間と寸分違わぬ自然な挙動に感心する敦に大智は得意げに応えた。

「さてさて初めはおなじみの曲、こんにちは、新たな世界」

 観客が一斉に盛り上がり、フレイヤが口を開けて唄おうとしたその時、アンプからビゼーのカルメンが爆音で鳴り響いた。

 予定外のことで呆然とする観客、ステージのすぐ隣にいた二人は思わず耳を塞いだ。

「おい、そんな曲誰が入れた!」

スタッフが停止ボタンを押すもさらに大音量になった。

「どうしたらいいんだ」

「おい、あれを見ろ!」

 スタッフが指差す方にこの混乱する会場を見下ろしながら赤ん坊のように手を叩いてはしゃぐ小学校低学年くらいの少年が、三階の手すりに腰を掛けていた。

 彼はぶかぶかの迷彩色のつなぎを着、赤いニット帽を被り大きなゴーグルを装着していた。

「テクノ小僧だな、早く捕まえろ」

 テクノ小僧とはイベントの機材に悪戯をしては何かと警察の御用になっている愉快犯型ハッカーである。

 数十人の警備員が一斉に駆けつけた。それに気づいた彼は乱食い歯を見せてにやりと笑い、警備員を挑発した。

「やっと気が付いたか。このゴーグル端末で遠隔操作しておいたのさ。くやしかったらおいらを捕まえてみな」

音楽が流れる中、追いかけっこが始まった。

観客の中にはこの愉快犯があまりに快傑なのでわざと追いかける警備員の邪魔をする者もいた。


 テクノ小僧の登場で会場が混乱している中、フレイヤの付き人が何やら無線で話していた。

 不安になったフレイヤはおどおどして付き人に話しかけた。

「あの、私はどうしたら・・」

つり上がった目で彼女を睨むと手首を強く握った。

「奴は産業スパイかもしれない。さ、帰るよ。ライブは中止だ」

フレイヤは付き人に手を引かれステージを降りた。


 大智はこの想定外のどんちゃん騒ぎに舌打ちした。

「まったく、人騒がせな輩だな。とうとうフレイヤの出番がなくなってしまったじゃないか」

ふと時計型端末を見た敦は渚からのメールが数十件来ていたことに気づき青ざめた。

「とりあえず、俺は叔母さんのところに戻るからな」

ぶつぶつ不満を言っている大智を放って、おそらく勝手に居なくなって怒り心頭となっている渚がいる本屋に向かうことにした。

急いで人ごみから出ようと掻き分けていると人と肩がぶつかった。

「ごめんなさい。大丈夫ですか?」

か細い女性の声がしたので、彼はふと相手の顔を振り向いて見たら、紛れもなく夢の中の少女そのものだった。

「あの、君は」

思わず声をかけたがすでに遅く、彼女は人ごみに紛れて消えてしまった。

彼はあまりに一瞬のことだったので呆然とした。

「あの子は、本当にいるんだ」

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