第15問 最後まで傍にいてくれるのは?
きつい! やばい! もう無理!
僕は顔を歪めて、呼吸の度に女々しい声を出しながら走っていた。
野球部の罰走ではない。
今は学校行事であるロードレース大会の最中だ。
僕の学校では11月の中旬に、学校から歩いて2キロくらいのところにある市民公園でロードレース――つまり、持久走大会をやる。
女子は3000m、男子は3350mを走るのだ。
体育授業中にも本番に備えて何本か走っていて、そのときの僕のタイムは男子の中で18位だった。
20位以内に入れれば、後日廊下に張り出される結果表に名前が載る! 「菱沼勇気」って名前が載る!
練習のときから真面目に走ったから体育評定「5」を確実にできるはずだ!
でも、何も僕は成績のためだけに必死こいて走ってるわけじゃない。
やるからには手を抜きたくない。
自分の近くを走ってる相手に負けたくない!
ショータに負けたくない!
そう、今僕は野球部の副部長であるショータと熱戦を繰り広げていた。
ショータは昨年のこのレースで見事17位に入り、僕たちの代で1位だった。因みに僕は76位で部内ワースト3位。走るの苦手、嫌い。
閑話休題。
レース中、ゴールまで残り500mを切ったところで、僕はスプリント体勢に入った。
まだフィニッシュまで距離はあるけど、ここで一気に突き放して追走するショータの心を圧し折るのが狙いだ。
レースの途中から金魚の糞みたいにくっ付いてからに!
僕にばっか前を引かせてずっこい!
ショータも僕の前に出て、風避けになれよ!
でも、それも今更だ。
だってここで!
ショータ、お前は千切れるんやから!
しかし――
なん、だと……!?
勝負を決めるためにダッシュした僕に、ショータはぴったりと付いてきた。
ば、馬鹿なまだそんな余力があるのか!?
もうこっちは息も、脚も……もう、無理ぃ~。
僕の限界を見抜いたのか。
ここで遂にショータが僕を抜き去り、前に出る。ショータの背中は、どんどん遠のいていった。
千切れたのは僕の方だったか、とほほ。
結局この後、心が折れた僕は抜かれまくって29位でゴールした。
そして後日、僕は廊下に張り出されたロードレースの結果表を見て愕然とする。
なんと、レース中僕と競っていたショータは16位で、僕より30秒速いゴールタイムだったのだ。
ゴールまで残り500mくらいまで一緒に走ってたのに。あそこからこんなに差を付けられるとは……。
ショータが僕より体力があったから、というのは当然だろうけど、この差は心が折れた僕にも原因がある。
気持ちが大事、とか非科学的だと思ってたけど……。
一概にそうとも言えないのかも。
まさかこんな学校行事で教訓を得るとは。
ちょっと笑ってしまう。
人生いつ何が起こるか分からない。
悔しいけど、今回はショータの圧勝だ。
くっ、ショータには勉強でも負けてるんだよなぁ。
さあ、気持ちを切り替えて2学期、期末テストの勉強だ!
10位以内入るぞ!
* * *
――この授業で、いい点取れるんですか?
僕がそうサナミ先生に直接言ってから、ロードレースが終わり、少し時間が経って。
2学期、期末テストの日がやってきた。
期末テスト1日の目の朝4時、自宅にて。
早起きした僕はリビングで最後の確認をする。
今日がテストの科目の出題範囲を総ざらいし、できることを確認する作業だ。
しかし、その作業中。
手が震え出す。心臓がバクバクする。なんだかお腹まで痛くなってきて、トイレに駆け込む。
僕はいつになく緊張していた。
というか、学校のテストでこんなに緊張するのは初めてだ。
10位以内に入る。
それを本気で狙って、今日までやってきたからだろうか?
「大丈夫?」
「うん……」
母が、心配そうに僕の背中を擦る。
今日も僕に付き合ってこんなに早くから起こしてくれたし、感謝してもしきれない。
そして6時になる少し前。
朝食を食べ終えた僕が母の車に乗せられて向かった先は――駅前のテントリ。
そう、この学習塾はテスト期間中になると、朝4、5時から開いているのだ。
通称“朝からテントリ”。
せ、先生たち何時起きしてるんだ?
もしかして徹夜!?
しかし狐塚塾長、勇気先生、拓基先生、栗原先生たちは疲れた様子など全く見せず――
「栗原先生、目据わってますよ!?」
「ふいいいいいい~! え、なに? 全然余裕だけど?」
「あははははは!」「なに今の奇声!」「切り替えの速さがすごい!」
ってことはないけど、その疲れすら生徒を笑わせて落ち着かせるネタにして、僕たちを最後の最後まで手厚くサポートしてくれる。
あと軽食も買ってきてくれる。うまし。昆布うまし。
これは余所の塾じゃ、やってるところは少ないんじゃなかろうか。
「アツシ、~の公式は?」
「ええっと……~!」
「正解! やる~、もう完璧だな」
「まあね」
「なあ、俺とお前、友達?」
「おう!」
「ちげーよ! おらァ!」
「ぎぶぎぶっ」
「いいか、今日の数学のテスト、絶対~出るぞ!」
「押忍!」
「あれ、~ってどうやって解くんだっけ?」
「おいマジか、カズ! 此間やったじゃん! はい、見て見て、こうしてこうして……」
「ああ、はいはい! 思い出しました!」
テストが始まるギリギリまで指導は続いて、朝8時。
「よおし! もう終わり! 片付け~! 学校行け、学校!」
「行ってきま~す!」
「先生、~って~ですよね?」
「カズ、さっきの問題、どうやって解くんだっけ?」
「こうして、こうして、こうです!」
「よおし、行って来~い!」
「見直し忘れるなよ~!」
「シャー芯、切れてないか確認しとけよ!」
「あ、三角定規ないんだった!」
「え、それマジ!?」
「あ、でも友達から借りればいっか」
「ダメだろ、ちょっと待ってろ! コンビニで買って来てやる!」
そんな感じで最後まで賑やかだった。
明るい先生たちと元気な生徒たちによってすごく雰囲気がよくて、塾=勉強ばっかで嫌なところってイメージを塗り替えてくれる。
こんな朝早くから生徒のために頑張ってくれる大好きな先生たちが、最後まで見守ってくれたからだろうか。
朝、自宅にいたときの嫌な緊張感はいつの間にか消えていた。
震えも、動悸も治まった。
お腹もぐるぐる言わない。
戦闘準備、完了!
菱沼勇気、出る!
その後、ギリギリまでテントリで足掻いた僕は“朝からテントリ”ブーストの後押しもあってか、テスト本番でもいい手応えを掴んだ。
そして――
「ねえ、今度のテスト勝負しない?」
クラスメイトの武蔵と対戦することになるのだった――
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