第6問 何かをできるようになるきっかけは?
国数英はテントリで教えってもらってるのに……。
社会では結果を出しながらも、一抹の不安を抱えたまま迎えた三学期。
一年生、最後のテスト。
社会は――84点。
点数は落ちたけど、この前の94点がマグレじゃないと証明できたような気がした。
てか、84点でめちゃくちゃ悔しい!
そう思った。
これくらいじゃ満足できない。
そして他の教科は――50点台。
英語に至っては41点……。
三学期の評定で英語の欄にはアヒルが泳いでいた。初めてのアヒルだ。
塾に通ってるのに、社会みたいに80点、90点代が取れない。
* * *
一年生最後のテストを終えた後。
テントリにて。
「勇気、テストどうだったの?」
教室前でぼけーっとしていた僕に声を掛けたのは、講師の栗原先生だ。
栗原先生、狐塚塾長より年上で塾長を影から支える参謀……という僕の勝手な脳内設定。
この人も塾長である狐塚先生と同じく、川高(かわたか)の卒業生だ。
眼鏡で、よくコーヒーを飲んでいて全体的に理知的なオーラが迸ってる。
眼鏡を取ると目力がすごくて恐く見えるけど、気さくに話しかけてくれるし、柔らかい雰囲気で話しやすい。
「いやー、その……」
もしかして落ち込んでるように見えたのかな。だから、話し掛けられたのか?
「社会は?」
「84でした」
「おめでとう」
ばっと、勢いよく手を伸ばして握手を求めてくる栗原先生。
……ぷっ、なんで真顔なんすか。顔恐いですよ。
栗原先生の大袈裟なリアクションが笑えて、少し心が晴れる。
自然と次の言葉が出ていた。
「社会はまあ、良かったんですけど……他があんまりで」
「合計点は?」
「307点です」
「おぉ! 300超えたんだ!」
「はい、まあ、一応……」
「いぇ~い!」
栗原先生がばっと右手を高々と掲げ、僕はジャンプしてハイタッチ。
って、なにこの絵面!?
塾だよ、ここ!?
見た目は理知的だけど、動きが面白いのが栗原先生の特長だ。
「勇気、まだ入ったばっかりなんだから焦ることないよ」
「っ!?」
「真面目にやってれば、これから絶対伸びるから」
「……はい」
……この先生は、ほんとに。
今の今まで馬鹿みたいなことやってたのに。
さらっと良いこと言うんだから。
ああもう! ラノベの主人公っすか、あなた!?
やってやる! このまま社会だけの男で終わってたまるか!
……って意気込むのは簡単だけど、現実は兎角儘ならない。
* * *
二年生になる前の春休み。
僕はテントリの春期講習に参加していた。
二年生に向けて、学校が休みのこの期間にスタートダッシュを決める――というのが春期講習の目的なんだろうけど……。
学校が休みでも部活はある!
これでも僕は野球部だ。
そして僕の所属する野球部は学内随一の練習量で知られている。
長期休暇に入る前、各部活動の活動予定が一覧表となって配布されるが、野球部の休日はほぼなく、他の生徒から「野球部やば!?」と声が上がる。
だよね、うちの監督、僕たちに練習させ過ぎだよ。週休二日くれ!
朝の7時半から短くても午後1時までは部活の練習。
夕方から夜の9、10時まで塾で授業……おえ。
部活から帰ったら塾の宿題をやるから、自由時間なんてほとんどない。
学生らしいスケジュールなんだろうけど、正直塾での勉強がおろそかになっていた。
だって眠たくて眠たくて。
「……どうせみんなやってこないだろ」
部活の練習から帰ってきた僕は、今日の英語の宿題である英単語の一覧表をぼーっと眺めていた。
「ごー、うぇんと、ごーん。ぎぶ、がべ、ぎぶん。いーと……えっとぉ、なんだっけ?」
いやー、一日で英単語百個近く覚えてこいとか無茶だよ。
そりゃ百個全部知らない単語ではないけど……無理だ、このまま続けたら英語以外の宿題に手が回らない。
非常につらいがここは引こう!
「なあ……お前ら、今日の宿題やった?」
そして、僕が英単語暗記から撤退してから数時間後のテントリにて。
僕のいる新二年生Bクラスの面々は気まずそうに顔を下に向けていた。
「なあ、勇気。やった?」
「……やってないです」
「だよな」
黙り込む他の生徒たちに、僕と同じ質問をする必要はなかった。
講師の勇気先生は溜息を付く。
勇気先生。
ワックスで髪を立ててやんちゃな感じの見た目だけど、僕たち生徒と真っ直ぐに向き合ってくれる熱い人だ。
狐塚塾長と同い年で、狐塚塾長や栗原先生と同じく、川高(かわたか)の卒業生。そして僕と同じ名前。
「部活があるのは分かってるよ。でも、今日のこの英単語、本気で覚えようとしたか?」
『…………』
勇気先生は教室中、いや塾全体に響き渡るくらい声を張り上げてそう言った。
勇気先生は僕らの暗記テストの点数が散々だったから怒ってるんじゃない。
僕らの目の前の問題に取り組む姿勢を指摘しているんだ。
本気で覚えようとしなかった。
なにしてるんだ、僕は……。
今までなにしてたんだ、僕はぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
部活で疲れてるからって、
時間的に無理だって、
途中から諦めてたんだ。
このままじゃダメだ。
今、勇気先生から叱られて身が引き締まった。
勇気先生は僕たちに本気だ。
その信頼に応えたい。
いい点を取りたい。
* * *
翌日、授業開始の三時間前。
塾の自習室にて。
僕は昨日から引き続き宿題として出された英単語を覚えていた。
こんなに早く塾に行くのは初めてだ。狐塚塾長や栗原先生も「おっ!?」って驚いた顔してた。
さあ、やるぞ~!
昨日、塾から帰ってから暗記を始めたが、まだ覚え切れてない……でも! 覚える! 今、ここで! 授業が始まるまでに!
「おっ、勇気……!? 自習しに来たの?」
他のクラスの授業で早めに塾に来た勇気先生が、自習室にいる僕に笑い掛けてくれる……ふひひ。
いやいや! 努力してるところを見て欲しかったわけじゃないけどね!
……なんか嬉しい。
そして迎えた春期講習、英語の授業。
僕は七、八割の正解率だった。
「って、満点じゃないのかよ!」
勇気先生は口ではそう言ったけど、嬉しそうな表情。
満点を狙っていたから結果は残念だったけど、でも、僕はこの出来事を境に自分のやる努力そのものに自信を持つことができるようになった気がする。
ここぞで頑張れる体験をできた気がする。
そして、中学2年生、最初のテスト。
僕は、そしてテントリはその名を学年中に轟かせるのだ――
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