6章 俺が夢見た青春
第21話 出入り禁止
出入り禁止になってしまった。
いい機会じゃないか。下半身も触れない『ぱふぱふ』でいつまでも金を落とすのは愚行ではないか……これを機にパブ通いをやめるのも正しい判断かもしれない。
マヒルには電話でしっかりと謝らないといけない。と、ここで重要なことを見落としていた。
俺はマヒルと電話番号すら交換していない。
ならばメールだ。
『直接、話して謝りたいので電話番号を教えて、電話が嫌ならせめてメールで弁解するチャンスをください』
俺はマヒルにメールを送った。
即座に返信が来た。
『ユーザーが見つかりません。@以前をご確認ください』
送信メールエラーだ。マヒルにメールアドレスを変えられたか、受信拒否にされてしまった。俺はそんなにひどいことをしたのか? それを知りたい。だが、マヒルとの繋がりは断たれてしまった。
どうしよう。いっそ店の外でマヒルが出てくるのを張り込むべきか? だめだ、世間ではそれをストーカー行為と呼んでいる。けして純愛だとは思ってくれないだろう。ましてや猥褻物陳列罪の前科が俺にはある。警察を呼ばれてもおかしくない。
ならどうする? 髪型を変える、眼鏡をかけるなど、変装して入店するか? だが相手は顔を覚えるのも仕事の一つだ。やすやすと誤魔化せるだろうか……それにやっぱりバレた時怖いし。
どうした? もうそれで終わりか? 踊るのをやめるのか? いいや、まだステップを踏み続けてみせる。俺をこの道に引きずり込んだもう一人の踊るアホウを思い出し、俺はそいつに電話をかけた。
美原は家にいた。大事な依頼なので車を飛ばし直接会いにいく。玄関でばったりと美原母に出くわした。
「あの子、最近まっすぐ帰りよるで。あんたのおかげやろ?」
美原母は笑顔をむけた。
「いや……俺は知らんよ。バイオリズム的なものちゃう?」
俺は階段を駆け上がる。ドアを開けるとヒゲが伸び放題の美原がいた。食品工場で働いているのに、このやさぐれ方はなんだ?
「直接の頼み事ってなに? 金なら貸さへんで」
俺の顔を興味無さげに見るなり、美原は人聞きの悪いことを言う。
「あほか、今バイトしてるよ」
「じゃあなに? 宗教もマルチ商法も俺はノーサンキューやで」
美原は警戒モードのようだ。俺は緊張を解くために『ぱふぱふ』での下半身露出事件、そして楽屋でデジカメ撮影をされたくだりを面白おかしく話した。美原のやつ、よほど刺激に飢えているのか目に涙を浮かべ、唇の端を泡立てて爆笑していやがる。しばきたいけど我慢我慢。
「な! わかってくれるか? お前には俺のキューピッド役になってほしいねん。俺の代わりに店に行って、マヒルと話をしてほしいねん。もちろん店の金は全額出すから」
「え〜、そんなん無理、無理、無理!」美原は笑った。
「なんで無理って言うねん! お前あれだけオッパイパブ好きやったやんけ! 行かへんようになったからって否定すんなよ!」
「違うって、たとえばその……マヒルやっけ? を指名してやで、万が一、ヘルプにユウナがついたら気まずいやんけ」
「たぶんユウナは出勤せえへん気がするな。俺の勘はよく当たるねん。知ってる? 小六のときに修学旅行のジャンケン大会で……」
「勘なんか頼りになるか。調べてみるわ」
美原はパソコンを立ち上げ『ぱふぱふ』のホームページを開いた。
「ほら、見てみろ。やっぱりユウナも出勤やんけ」
「でもほら、二十人以上出勤してるやん。ということはヘルプが二人つくとしても、ユウナが来るのは一割以下の確率やで。飛行機が墜落するようなもんやって」
「飛行機墜落は違うやろ。ユウナがおらん別の日に行ったるから、今日は勘弁してくれ」
「今日じゃないとあかんねん。お前、別の日にすると他人事やし絶対に忘れるやろ? それか、うやむやにするやろ? 俺は早く謝りたいねん。大丈夫、君のユウナは人気嬢やろ? こんなに出勤してたら、まず当たらへんよ」
「そ、そうかな。どうしてもって言うんなら、行ってやってもええよ。あ、もちろん料金は前払いな」
美原が意思の弱い男で助かった。そして俺は心の中でもう一度だけ美原母に謝っておいた。
美原の報告を待っているあいだ、俺はひたすら落ち着かなかった。テレビをつけると世界の大富豪たちの豪邸を紹介する番組をやっていた。青い海と空が見渡せるハワイの邸宅。でかいプール、ホームシアターにレコーディングスタジオ、そして地下には水族館ばりに巨大な水槽が置いてある。
これをどう受けとめていいのか俺にはわからなかった。これを見ている庶民がどう受けとめているのか俺にはわからなかった。憧れるのはわかるけれど、手に届かない暮らしぶりを見せられて辛くないのだろうか? そんな番組を見て楽しくなれるのだろうか?
こんな豪邸に招かれるシチュエーションすら、俺には想像できない。
電話が鳴った。美原からだった。
「どやった? 彼女、電話番号受け取ってくれた?」
「ううん、ことわられた。お前相手に電話代使うのバカらしいってよ」
「そっか、やっぱあかんよな。手間かけさせたな、ごめん」
俺は電話を切った。不思議と絶望はなかった。敗北することに慣れすぎていて、最初からマヒルのことを本気で欲しがっていなかったのかもしれない。俺はそう思った。そう思い込もうとした。
ふたたび電話が鳴った。また美原からだ。
「お前、話は最後まで聞けって」
「もうええよ、どうせ悪口なんやろ?」
「彼女から電話する気はないけど、お前から勝手に電話するぶんにはかまへんってさ。電話番号もらっておいたぞ」
「え、ほんま? 嘘やったらしばくけど、ほんま?」
「わざわざ電話かけ直してまで嘘つくかよ。感謝しろよ。それにしても悪い予感ってあたるもんやな。ユウナがついたわ」
「それはすまんな。指名変えしたって勘違いしてた? 怒ってた?」
「怒ってはいなかった」
「じゃあ、お前のことを完全に忘れていたとか?」
「そんなことはない。むしろひさびさに会えて嬉しいと上機嫌やった」
「じゃあ、なんでお前はそんなに不機嫌なんや?」
「しばらく離れている間に冷静になったんやろな。やっぱルックスは可愛いけど、会話がいまいち噛み合わへん。元気よく話しかけてくるのはいいけど、俺はユウナの友達グループの話とかどうでもええわけよ。ユニバーサルスタジオに行った興奮なんて、俺に伝えようとせんでええねん。で、きわめつけがな。話の流れは忘れたけど、ニコニコしながらやで『ムツゴロウさんって絶対に動物とヤッてるよね』なんて言いよるねん」
「な、なんて、レベルの低い会話なんや」俺は思わず笑ってしまった。
「なんか会話のセンスがいかにもDQNやろ。水商売はあかんわ。お前も出入り禁止になったのをラッキーやと思えよ。俺はカップリングパーティでも行って理想の女を探すよ」
「お前の理想の女ってどんなんやねん?」
「そやねぇ、女子アナみたいな雰囲気をしていて、ドトールで英字新聞を読んでるような知的な女性かな。じゃ、電車がきたから切るわ」
仕事のできそうな女性が美原のことを好きになるとは思えない。なんだかんだと美原はオッパイパブに舞い戻ってくるかもしれないな。
五分と経たずに美原からのメールが届く。マヒルの電話番号を入手した。すぐに電話をかけたくなったが、彼女はまだ仕事中だ。仕事姿を想像すると、少し悶々としたが、勃起はしなかった。
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