第13話 コスプレ・デイ

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 美原のお気に入りの子を指名するのだから、今度は一人で行くしかない。一人で行くことには抵抗がある。店を出るとき、ボーイにしつこく「お客さん、延長どうですか?」とせまられると断ることができなさそうだ。そして美原母もさすがに延長分の料金までは払ってくれなさそうだ。


 今回はお酒も飲みたい気分なので電車で行くことにした。少し早めに晩飯を食べ、駅に向かった。途中でATMによって銀行の通帳を記帳してみた。よし、美原の母から前回の六千円がちゃんと振り込まれている。


 六時過ぎに電車に乗った。繁華街に向かう電車は空いていて、ちょっとした優越感が味わえた。反対側の電車は仕事帰りのサラリーマンたちで混んでいる様子。これから一日を閉じる彼らと、これから一日が始まる俺。カメラが追いかけたいのは俺の行動のほうだろう。

 そんな俺の機嫌を損ねたのは、乗ってきた若いカップルだった。席はガラガラだったので座ればよいものをドアの近くに立って、いちゃついているのだ。

 たがいの頬や耳を触れあって、笑いながら身をのけぞらせたりしている。そんな彼らにムカつきながらも、これから行くオッパイパブのペッティングを連想し軽く勃起してしまったので、フジテレビの軽部の顔を思い出し、なんとか鎮静させた。


 俺や美原にはどうして彼女がいないのだろう……。


 履歴書に、学歴、職歴以外に彼女歴を記入する欄がなくて本当によかったと思う。たとえばオッパブ嬢に恋人の有無を尋ねられたら、どう答えよう。セオリー的には彼女はいないと答えるのがベターな気はするが、重いと思われないだろうか? 耳かき店の女の子が熱烈な客に殺される事件もあったことだし、彼女がいないイコール、ストーカー予備軍みたいに思われないだろうか? それに恋人がいない人はコミュニケーション力が弱いとか、ネットの記事で見たことがある。逆に彼女がいる、もしくは結婚していると答えたほうが、カジュアルな印象をあたえて女のほうも気楽なんじゃないだろうか? 少なくとも殺されるとは思わないはず。だけど、やはり誠実さに欠けるので真面目な交際をするのは難しくなるかもしれない。


 ……なんなんだ、お前は? 俺はオッパイパブで気晴らしすることを求めているのか? それとも彼女を作りたいと思っているのか?

 あぶないあぶない、そのどちらでもない。美原のことが完全に頭から抜けていた。俺の目的は美原を更生させることだったはず。

 もし、彼女がいるのか聞かれたら「三日前にふられた」と答えよう。これなら浮気をしているわけでもなく、失恋を長く引きずるような重い人間に見られず、カジュアルさを演出できる。彼女と別れて、たった三日でオッパイパブに来るくらいだから、頭の切り替えが早くて合理的、明朗な男性像を思い描いてもらえるだろう。


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 どうやら店はコスプレデー。もうすぐ八月も終わるせいか、浴衣姿の女の子がやけに多い。失敗した。一日ずらしておけばよかった。浴衣姿だとどう考えても膝の上にまたがりにくいはず。正直、うなじがエロいとかよくわからん。浴衣以外にナースやスチュワーデスのコスチュームも見たりするが、偏った趣味嗜好はないのであまりピンとこない。正直、ふだんのドレス姿のほうがよっぽどエロいと思える。

 一人で座っていると、なんだか落ち着かない。冷えたおしぼりで顔を拭く。意味もなく何度も拭いてしまう。


 と、女の子が近づいてきた。前金を払う時に指名しているので、彼女がユウナだろう。ユウナは黒ベースのミニのメイド服に、黒のオーバーニーソックス。そして頭には黒い猫耳カチューシャと、黒で統一していた。

 ユウナは俺の前で膝を落とし、首を斜めにかたむけると、こぶしを丸めて一言。

「にゃん!」

 と言った。なんだこいつ?

 俺の隣に座ると手を握ってきた。美女という印象ではなく、どちらかというと『かわいい』と評したほうが的確な、幼いルックスだ。こんな店で会わなければ十六才と言われても信じてしまいそうだ。ロリ好きにはたまらないのかもしれない。

「今日はご指名ありがとうニャン! えっとご主人たまは……」

 彼女は記憶を掘り起こそうとしているようだが、初対面の俺の記憶など出てくるわけはない。

「大助でええよ。一ヶ月前に一回相手してもらっただけやから、覚えてなくって当然やって」

「え〜とぉ……あ、そうそう、郵便局で働いてるとか言うてへんかった?」

「あははは、誰やろ、それ。ま、ええやん。思い出はこれから作ってこうやん」

 ほんの少しの後ろめたさを感じる。

 オッパイパブは二回めなので、俺はもう緊張しない。キスもそこそこに乳を吸う。巨乳好きの美原が指名しているくらいだから、爆乳かと思ったが、そんなことはなく、Cカップ程度の適度に形のよいオッパイだった。リアクションも平均的なオッパブ嬢のそれで、特別ななにかを持っているとも思えない。

「あ、ごめん。呼ばれたからちょっと行ってくるね〜」

 膝から降りたユウナは猫耳カチューシャを外し、それを俺の頭につけた。

「もどってくるまで絶対に外したらあかんで〜」

 小悪魔っぽい笑みを浮かべ、ディープキスをし、俺の頭をポンポンと優しく叩くと、ユウナは去った。俺は茫然としていた。


 これは……この猫耳は……つけていて恥ずかしい! 次の女の子が来た時に恥ずかしい!

 案の定、次の女の子が来た時に、じろじろと猫耳を見られていた。俺はどんな人間だと思われているんだろうか。と、女は納得したように

「あ〜、これって、ユウナにつけられたんやね〜」と言った。

 つまり、犬が電信柱に放尿するように、猫耳をつけられることでマーキングされてしまっていたのだ。

 とはいえ、俺は客。たとえユウナの指名客という刻印をつけられようとも、ヘルプの女たちともキスをする。乳を吸う。そして笑顔でバイバイする。

 余韻に浸り、梅サワーを口に含んでいると、ユウナがもどってきた。彼女はちょっとムクれた顔をしていた。


「あ、お帰り〜。淋しかったで」

 ユウナは席に着かず、立ったまま俺を睨み、口をアヒルみたいに尖らせている。

「さっき、なにしてたん?」

「え?」質問の意図がわからず、俺は戸惑う。

「さっき、他の人となにをしてたって聞いているの」

「え……いや、別に後ろめたいことはなにも……」

「キスしてたやろ〜。ちゃんと見えてたんやから〜」

「……してました」

「オッパイわぁっ!」思いっきり拗ねた声で言う。

「吸ってました」

 彼女は黙って俺の股間を指差す。

「あ、半勃ちしてた……かな」

 ユウナは隣に座ると、ぐぐっと顔を近づけ、目を覗き込んでくる。

「ごめんなさいは?」

「もう、しません、ごめんなさい」

「お手」

 ユウナは左手のひらを上にむけ、俺はその上にこぶしを丸めてちょこんと置く。

「仲直りのチュウね」

 そして彼女からのディープキス。

 なんだ? この一連の流れ?

 だが、Mっ気の強い俺には悪くない気分。いや、はっきり言ってこういうやりとりが好きだ。かなり好きだ。美原がハマってしまったのもうなづけた。

 そして今度は、俺のTシャツをまくりあげ、お腹をさすってくる。指に唾液をつけ、俺の乳首をいじってくる。

 ユウナは俺のTシャツを首元まで引き上げると

「ちょっとのあいだ、くわえててな。絶対に離したらあかんで」

 言われたとおりにTシャツの裾をくわえていると、彼女は俺の胸に頬ずりをし、そして乳首を舐めてきたのだ。

 オッパイを舐める店で、逆に舐められている。これはこれで嬉しい。そして気持ちいい。

 ついに俺は嗚咽をもらし、Tシャツを離してしまった。

「あ〜、離したらあかんてゆうたのに〜」

 他の子にはないユウナの遊び心にたいし、俺はすっかり夢中になっていた。

 ボディバランスもかなりのものだ。身長150に満たない小柄な体は膝の上にフィットした。身長のある子だとキスをするとき、女の子が背を丸めなければならないからフィット感が薄いのだ。美原には悪いが俺もリピーターになってしまいそうだ。次に来たときもぜひ指名したい。

 キスをしながら俺は目をあけていた。最初のうちは見つめあいながらキスしていたのだが、途中からユウナの黒目は右方向に泳いでいた。

「なに? なんかあるの?」

「うん……ガラスのところに虫がおるのが見えたしさ。うち、虫が苦手やから、はよどっか行かへんかなと思って」

 それを聞いた瞬間、少し興ざめた。俺がこんなにも夢中になってキスをしていたというのに、ユウナにとっては日常のまっただ中。単なる労働にすぎないのだ。


       ★


 時間がきた。従業員に延長を聞かれたが俺は断った。

 それでも店の入り口まで笑顔で見送ってくれるユウナに、俺は未練がましく手を降り続けていた。彼女が引っ込む姿をようやく確認し、俺は前を向いた。

 そこには怒りとも悲しみともつかない、微妙な顔をした美原がいた。

「なにも言うな。一発だけ殴らせろ。それでチャラにしてやる」

 美原は俺の胸倉をつかみ、こぶしを握りしめた。美原は血走った目で睨んでいる。と同時にその目が涙ぐんでいるのもわかった。

「あ、あのう……ここやと警察が来るかもしらんし、とりあえず河原に出て頭を冷やそう、な!」

 だいたいの状況はわかったものの、殴られるのは嫌。半泣きの美原が後ろからついてきているかチラチラと見やりながら、俺は鴨川の河原に降り立った。


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