第5話 友の近況
二十一才の時、美原は勤めていた左官屋を唐突に辞めた。その時は俺もバイトをしていなかったので、毎日美原の家に行っていた。ある日、二階にある美原の部屋から、トイレに行こうと階段を降りたところで、美原の母とバッタリ顔をあわせた。そのとき、美原母は俺にこう言ったのだ。
「息子はしょっちゅう言うてたわ。小日向くんが羨ましいって。働かんでええから羨ましいって。言っとくけどな、お前のせいやで。あの子が働かんようになったのはお前のせいやで! もう二度とうちに来んといてほしいわあ!」
同級生の母親に、お前呼ばわりされるなんて、初めてのことだった。よほどの怒りだったんだろう。俺はショックだった。積極的に非行の道に引きずり込んだわけじゃないのに。
母親には二度と来んなと言われたものの、まったく行かなくなるのは不自然なので、行くのを週一ほどに激減させた。当初は渋い顔をしていた美原母も息子が再び働きだすようになると、俺にたいする敵意も自然消滅し、時おり菓子なども出してくれるようになった。
だらだらと交友を重ねていた俺と美原だったが、ここ一年ほどは、あまり会っていなかった。
職場を転々としていた美原だったが、ヨーグルト工場勤務はなぜか肌に合い、短期間で班長にまで出世。残業、夜勤は当たり前で、俺と遊んでいるヒマなどなくなってしまった。
仕事を辞めてみては? と、うながしたこともあるが、職場には女子がたくさんいて、恋もしているらしい。ノロける美原は醜かったが、生き生きとしていた。
すべてはうまく流れていたはず。なのに、この瞬間、美原母は鬼気せまった顔をして俺の目の前にいる。
美原母はバッグの中からA4サイズのクラフト封筒を取り出し、テーブルに置いた。
「百聞は一見にしかず。耳で聞くより、これを見たらわかるわ」
中を開けるようにうながされる。
封筒の中には大きく引き延ばされた数枚の写真があった。
暗くて見えにくいが、繁華街を歩く美原の姿が見える。他には黒服のボーイらしき男と話している美原の姿。自動ドアをまたぐ美原の後ろ姿。
「ごめん、オバちゃん。これだけやとぜんぜんわからへんわ」
「こっちの写真を見てみ」
美原母が指した別の写真、数枚。そこには飲食店、もしくは風俗店とおぼしき店の看板がアップで映し出されていた。そして店の名前は『ぱふぱふ』『ウルトラの乳』『ミルキーウェイ』などなど、ある種の統一性を備えていた。
「オバちゃん、もしかしてこれは」
「わかってくれたようやな、そや……息子は、うちが育てた息子は、どうやらオッパイパブとやらにハマってしまったようやねん」
美原母は唇をひきつらせ、皮肉めいた笑みを浮かべた。
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