第3話 先輩からの電話

 夜、風呂上がりにベランダで煙草を吸っていると、ベッドにおいた携帯が鳴っていた。

 電話の相手は俺がよく知っている相手、宮本くんだった。俺の数少ない親友……というよりも悪友といったほうが的確かもしれない。

「4チャンネルつけてみ! ええと、日テレ系列か、急げ、早くつけろ!」

「ちょっとちょっと、電話に出て早々、なに? 今つけるから待ってて。なんなの、いったい」

 俺はテレビをつけ、散らかった部屋でリモコンを探し出した。

「めっちゃ不細工な女子サッカーの選手がうつってんねん! いそげ!」

「ちょっと、そんなしょうもないことでかけてくんなよー」

 女子サッカーの選手はたしかに不細工だったけど、そのことよりもこんなことでいちいち電話をしてくる宮本くんに笑ってしまう。

「おまえ、最近どうしてるの? 変わったことあった?」

 宮本くんは中学のときの一つ上の先輩だ。お笑い芸人を志し、東京に上京した彼は夢破れてからも東京に残り、一人暮らしを続けている。就職や進学で隣の大阪にうつった知人は何人か知っているが、東京に出た知人は彼一人だけだ。

「言うほどのことはないけど……あ、そや、変な夢見たわ」

 俺は今朝見た戦国時代の夢を話した。宮本くんはじつに興味をしめしながら聞いてくれた。

「おまえ、死ぬ夢、しょっちゅう見るよな」

 働くのを辞めて以来、月に一度は必ずといっていいほど死ぬ夢を見る。

 ときには車に乗ったまま断崖絶壁から落ちたり、マシンガンの効かないクリーチャーに襲われたり、バイクで壁に激突したり、さまざまなレパートリーの死ぬ夢を見てきた。

「普通はさ、そんな頻度で死ぬ夢は見いひんやろ。何者かに呪術攻撃でも受けてるんちゃうん?」

「呪術とか、言わんといてよ。これはあれでしょ。俺の心の奥底の死にたい願望が露出してるんちゃうかな」

「いや、むしろ逆やと思うな」

「え? どういうことなん?」

「寝汗びっしょりかいていたというのはイコール死ぬのが怖かったということや。これはお前自身が死ぬのは怖いから死にたいなんて思ったらあかんよってサインを出してくれてるんと違うかな。つまりお前は今んところまだ健全やねん」

「その発想はなかったわ。目から鱗やわ」

「まぁ、そんな夢をまったく見ないで楽しく過ごせるやつが健全なんやろけどな。最近、家族以外の人間と会ってる? この際、出会い系でもいいから知らん人に会ってみたら? 恋が始まれば人生楽しくなるかもよ」

 そう言って宮本くんは電話を切った。

 ベッドに横になり、天井を見上げた俺はため息をついた。

 出会い系をやる度胸なんて俺にはない。知らない女性に会って、なにを話したものかわからないし、どんなところに連れていけば喜ぶのかわからない。

 ごめん、嘘。

 それ以前に会うところまで持っていくのがめんどくさい。ちまちまとしたメールのやり取りが俺には耐えられない。

 マメな男はモテるとよく言うが、俺にはそのマメさが欠けている。

 だからこそ俺は願ってやまない。あぁ、天空の城ラピュタみたいに空から女の子が俺の腕に落ちてこおへんやろか……。

 そんなことを妄想しているタイミングで携帯電話が鳴ったので俺はドキリとした。まるで悪いことをしているのを見つかった気分になってしまった。

 ふだんは鳴らない携帯電話が今夜にかぎってよく鳴るものだ。

 液晶を見ると登録していない番号だった。

 なんだろう、ドラマが始まる予感がするぜ。

 オンラインゲームのチャットなどではなく、生身の人間と声をかわしたい気分だ。できれば生身の女と、できれば生身の若い女と、できれば生身の美女と……。

 俺は喜び勇んで電話に出た。

「もしもし? 突然電話してごめんな、もしもし?」

 電話の声は女だった。ただ、誰が聞いてもその声はオバはんの声だった。


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