第2話 実家暮らしのニート
イヤホンしてくれへんかなぁ!
自分自身の寝言で俺は目を覚ました。寝汗で敷き布団とお腹にかけていたバスタオルがぐっしょりと濡れているし、本当に死後硬直をおこしていたかのように体中の筋肉がこわばっていた。
戦場の音は窓の外で鳴いている蝉の音に変わっている。八月半ばの夏真っ盛り。蝉の鳴き声はけたたましくて、やかましかった。
窓を閉めた俺はエアコンをつけた。さっきの悪夢は一夏で死んでしまう蝉たちが俺に見せたものかもしれないな。そんなバカなことを思う。
なぜだかわからないけど、ここ数年、戦国時代が流行っている気がする。史跡巡りをする若い女性が増えていて歴女と呼ばれていたり、かの秋葉原には戦国メイドカフェなるコンセプトがよくわからない店があるらしい。
戦国時代にあこがれるのと戦国武将に憧れるのはまるで別物だと思う。その時代に生まれたからとて、誰しもが武将や姫になれるわけではなく、大半は雑魚兵士や貧しい百姓にわりあてられる。雑魚はみじめだ。自由意志で動くことさえできなかった。あの中で『歩』から『と金』になれたやつは何パーセントくらいいるだろう? 隣にいた顔色の悪かったやつはたぶん死んでいるんだろうな。
時計を見ると昼の二時だった。
昨夜は明け方の六時までオンラインゲームにあけくれていた。戦場でアサルトライフルを撃ち合う類いのゲームだ。俺はランカー入りするような凄腕ではなく、ごくごく普通のプレイヤーだ。平均より少し上手いくらいの自信はあるけども。
俺は台所にあったクリームパンを平らげ、外に出た。
車の免許は持っているが、あえて俺は自転車にまたがり、激しい日差しの中を漕いでいく。夏という季節は運動不足になりやすく、そのくせ『熱中症になったらしゃれにならん』とジュースをがぶ飲みし、アイスをドカ食いするので二キロほど太ってしまった。
ちなみに俺は働いてはいない。雑魚兵士ですらないただの無職だ。
一年前の四月に派遣切りにあって以来、働かないでズルズルときている。このままではいけないことは理解してはいるが、頑張る気にはならないのだ。
特に、体温を上回るような、こんなくそ暑い日には。
ことあるごとに俺は国道沿いのブックオフに来てしまう。冷房は効いているし、漫画喫茶と違いチャージ料金をとられることもない。なにより俺と同じような人間が多くて安心できる。平日の昼間だというのに大の男が長い時間立ち読みをしているのだ。仕事をしているわけがない。
たまたま休みである可能性を除外し、俺は乱暴にそう決めつけてやる。
人が少ない百円コーナーに移動した俺は、二十年ほど前の漫画を手に取った。予備校生が恋に悩んだりする内容のものだったが、ちゃんと真面目に勉強したら? 駄目だねー、この主人公は……といつのまにやら俺が高みに立っているミラクルが起きた。
ブックオフを出た俺は近くのレンタルビデオショップに入り、パッケージの内容紹介で見たような気分になり、二時間近く店にいながら一本もビデオを借りないで家に帰った。
半日、外にいて、今日の出費はブックオフの自販機で買った百五十円のアクエリアス一本。たいした消費をするわけでもない俺は、つくづく経済活動に関与していないなと思う。
わが、小日向家の夕食はきっちり七時に始まる。
父は市の職員をやっていたが、定年をむかえ、今は近くのコミュニティセンターでバイトをしている。
そして母親は川の向こうの団子屋でアルバイトをしている。そこは母の友人が嫁いだ店で、そのつてで雇ってもらったのだ。たまにそこの茶団子を持って帰ってくるが、香りがよくて本当に美味しい。
食事にそろうのは父、母、俺の三人だけだ。
俺の上には七つ年上の姉と四つ年上の姉がいるが、二人とも結婚と同時に家を出ていってしまった。
二人の姉が無事に結婚をして、孫を作ったことで、親としての責任をはたした気になっているのか、息子である俺にはあまり口やかましく干渉はしてこない。
「あんた、今日はなにしてたん?」
そんな母の質問にも
「ん、別に。あ、そや、道路で亀が干涸びかけてたから、田んぼにもどしたげたわ」
言葉の裏を読むこともなく、ナチュラルに答える。
「やさしーな、あんた。しかし亀ってアホやな」
「そら、亀やしね。アホやろ」
こんな親子の会話にも父親は参加してこない。
もともと口数の少ない父親だったが、姉二人が出てから、ほとんどしゃべらなくなった。
母とも必要最低限の会話しかないが、けして仲が悪いわけではない。たがいのベストな距離感を追求した結果、あまりしゃべらなくなったように思える。
見合い結婚で六十才を過ぎると、これが当たり前なんかもね。
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