セクシーパブにハマった友人の目を覚まさせるための俺のクエスト

大和ヌレガミ

1章 母と息子のディスタンス

第1話 モブキャラの憂鬱

 そのとき俺は戦場の最前線に立っていた。

 いたるところに傷のついた中古の鎧を身にまとった俺は、天高く槍をかかげて怒声をあげていた。

 けして目立ちたいから大声を出していたわけじゃないよ。まわりがみんなそうしているから、右にならえ的な感覚で、ついついね。

 ざっとまわりを見たところ、軽く千人は越えているだろうか。通っていた高校の全校生徒をゆうに越えているだろう。

百メートルほど前には、これから攻略するべき砦がある。赤茶色の砦は血を吸った魔物のように禍々しくそびえたっていた。

「なんか俺、ウンコ行きたくなってきたわ。お前、大丈夫け?」

 俺は隣のやつに話しかけた。

「いける。いける。全然いけるし俺。昔からやればできる子やったもん」

 ガッツポーズとは裏腹に、隣のやつの唇はプールに長時間浸かっていたときのように薄紫色になっていた。

 後ろのやつから背中をおされ、俺たちはざっざっと音を立てて前進する。

 最前列というのはかっこいい。そう思っていた。

 なにより目立てるし、カメラがまわっていたならば顔がはっきりとうつるだろう。

 が、しょせんは将棋でいうところの歩や、チェスにおけるポーンだ。

 馬にまたがり「俺についてこい」といえる将軍ならばイケてるのだが、俺たちの自由意志は俺たちの胸にはない。後ろに控えているお偉い様の命令で歩かされているだけだ。

 そのストレスをごまかすために、みんな「うおー」とか「わー」とか意味なく叫んでいるのだろうな。

「声出そ! 君も声出してこ!」

 俺は隣の顔色の悪いやつの背中をたたいた。

 こんな戦場にいて、俺はバスケ部の補欠みたいなことを言っているな。なんだかおかしくなり、俺は笑った。隣のやつも俺にあわせて不器用に笑った。

 正直、不細工な笑顔だった。

 突如、砦の方から隕石が飛んできた。いや、隕石は言いすぎだ。紅蓮に燃えさかる巨岩が発射されてきたのだ。

 突如、おしくらまんじゅうが始まった。空中には静止画のように巨岩が三つ見えた。どちらに逃げるのが正解かわからない。転んだ兵士が逃げ惑う味方によって踏みにじられている。

 背後で轟音が聞こえた。巨岩が兵士の群れに命中したのだろう。肉の焦げる嫌な匂いが風にのってくる。

 突撃ぃぃぃ!

 と、叫ぶ声に、兵士たちはわれにかえり、砦に向かって鎧をガッシャンガッシャンと鳴らしながら猛ダッシュしていく。

 個人的には退却の気分だったが、規律違反は即処刑。国選弁護士なんて用意してくれない。

「う、うおりゃー! あほんだらー!」

 やけになり、俺も走った。兜の顎紐がこすれてヒリヒリして不快だ。

 すでに始まっている生死を賭けた戦いよりも、そのヒリヒリをなんとかして解消したかった。

 太鼓の音が聞こえた。と同時に城壁にはずらっと弓兵がならび、上空に向かって矢をつがえた。

 よく訓練されている。その一連の動きを見て、美しいと思ってしまった。

 シャワーのように降り注ぐ矢の雨嵐。

 た、盾。そんなんあらへん。なんで日本って盾ないの? 基本をまちがっていない?

 胸元をめがけて飛んでくる矢がスローモーションに見える。

 まるでマトリックスのアクションシーンのように矢の軌跡が目に映る。ここにきて俺は真の能力に覚醒したのか?

 俺の胸に刺さる前に、矢を握って止めてやろう。俺は手を動かす。三十センチ……二十センチ……十センチ……い、いけ……。

 ずす!

 矢は鎧ごと貫通し、乳首と乳首のあいだ、ちょうどど真ん中に刺さった。

 急所だよな? ここって。

 俺は膝をつき、前向きに倒れた。もうスローモーションではなかった。

 後ろ向きに倒れるならいざ知らず、前向きに倒れたら、より一層矢がめりこむんちゃうん? そんなことを気にしている俺は膝と顎に力を入れ、胸の矢に体重がかからないよう踏んばった。はたから見ると尻だけ上がってマヌケな姿勢に見えるんだろう。

 やがて支える力も失い、俺は横向けに倒れた。最初からこうすればよかったんだ。思ったより血は出ていないし、痛みもない。

 が、回路が遮断されているのか脳の信号を体がうけつけない。

 サングラスをかけているかのように視界が暗い。じょじょに暗さが増していき、やがて完全になにも見えなくなった。

 逆に聴覚はクリアになっていた。兵士たちの怒声、息づかい、太鼓の音、金属が肉に食い込む音、そしてやっぱり怒声、怒声がうるさい。必死なのは伝わるけど、ちょっとウザい。

 いつまで続くのだ、この騒音。あぁ、なんかもう、イヤホンしてくれへんかなぁ!


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る