第16話 エピローグ

 お姉ちゃんは私が摩周に帰った時に城太郎さんが運転する車でわざわざ釧路駅まで迎えに来てくれた。その時の私の雰囲気と言葉尻から「彼氏が出来た」と直感したらしいが、あえてその時は言わなかったみたいだ。私は1週間のんびり摩周で過ごし、中学や高校の同級生と久しぶりに再会したり、お父さんやお母さんと一緒に温泉に行ったりして過ごした。

 1週間後、城太郎さんが運転する車で再びお姉ちゃんと三人で釧路駅に行き、そのまま特急に乗るための改札口に入ろうとした時、いきなりお姉ちゃんに「帰ったら彼氏さんによろしくね」と言われたから逆に返事に困ってしまった。しかも戸惑う私を見てお姉ちゃんは笑っているし・・・城太郎さんはその時は車に残っていたからこのセリフを聞いてなかったけど、どうせお姉ちゃんが後から城太郎さんに言うはずだからもうこの二人にはバレたも同然だなあ。

 私たちの交際は順調すぎるくらいに進んで、いつの間にか会うペースも早くなっていった。私が借りている部屋と宏さんが借りている部屋は徒歩で10分もかからない所にあったのだ。でも、私の通学ルートと宏さんの通勤ルートは全く逆方向になるので全然気付かなかったのも頷ける。私たちはお互いに「会いたい」と思った時に電話を掛け、お互いのバイトや仕事に支障がない時はどちらかの部屋、あるいは車で出掛けてデートしていたから、仲が進展するのが早かった。

 秋に行われた学祭で私は『ミス恵南キャンパス』に圧倒的多数の支持を得て選出された。短大の学生が選ばれるのは久しぶりの事で、しかも短大の1年生が選ばれたのは史上初の事だったらしい。その会場には宏さんが来ていたはずだけど、さすがにどこで見ていたかまでは分からなかった。

 ただ、私が『ミス恵南キャンパス』に選ばれた事で、以前にも増して合コンに連れ出される事になった。表向きは私は彼氏がいない事になっているから、全然関係ないサークルや、挙句の果てには忘年会や新年会、スキーなどにも引っ張りだこになってしまった。当然だが殆どは私狙いの男子が中心になって企画し、私に直接、もしくは私と仲がいい美奈子か今日子を経由してお誘いしてくるから、体がいくつあっても足りないくらいだった。

 そんな訳でバイトに行く回数を増やせず、かと言って出費も馬鹿にならないから、どうしても月末になると金欠を起こし、その度に宏さんの部屋に転がり込んで昼食や夕食を食べさせて貰った。

 え?何かおかしい?普通は「押しかけ女房」と言うのが正しいだろ?ハイハイ、表現としてはそれが正しいのですが私は料理が全然駄目で、しかもなかなか上達しないから、いつも宏さんの手料理を私が食べていたのね。だから押しかけて行ってもやるのは洗濯と軽い掃除、それとお皿を洗うだけで、それ以外は宏さんがやっていたのも事実よ。

 2年生になる前の春休みに、お姉ちゃんと城太郎さんが恵南に城太郎さんの車で遊びに来た。お姉ちゃんが来るのが分かっていたから最初から部屋に宏さんを呼んでおいて、二人が部屋に入った途端に「彼氏でーす」と紹介したからびっくりした。しかも、私の彼氏が「あの時に釧路駅まで送っていった東京の大学生」だとは夢にも思ってなかったらしく、その正体に気付いたら顎が外れるのではないかと思う位に口をあんぐりと開けていた。でも、この時点でも私はお父さんやお母さんにはまだ宏さんの存在を知らせてなかった。だからお姉ちゃんは摩周に帰った後に「洋子にもようやく彼氏ができた」と話して、お父さんは心底がっかりしたような顔になり、お母さんは逆に歓喜していたらしい。

 私は恵南短大を卒業した後は、恵南市立図書館の図書館司書として働き始めた。でも働き始めると同時に宏さんと同棲を始めた。これは二人で話し合って決めたのだが、お互いに別々の部屋を借りているよりは少し大きな部屋で二人で住んだ方が結果的に安上がりだから、それならこれを機に一緒に住もうという事になった。

 当然だけど、プロポーズの言葉は『ひ・み・つ』よ。絶対に教えてあげないからね。

 お互いの両親には同棲を始めてから直ぐに連絡し、ゴールデンウィークに篠原家へ、6月に萩野目家へ挨拶に行ったが、親同士が会って顔合わせをしたのはその年の夏、8月になってからだ。遠距離という事と、お互いの父親の仕事の都合もあり、どうしても纏まった休暇が取れなかったというのが理由だ。

 篠原家は私を歓迎してくれたけど、萩野目家は結構ヒヤヒヤ物だった。お父さんとお母さんに結婚するという報告を電話でした時に、先に電話に出たお母さんは大喜びだったけど、お父さんは電話口で「親に相談もなく娘と同棲するような奴から父親呼ばわりされる覚えはない!」と怒鳴っていたからだ。が、実際には宏さんに会った時からニコニコ顔で「早く孫の顔が見たいなあ」などと言って、私も宏さんも唖然としてしまった。後日、お姉ちゃんがこっそり教えてくれたけど、お母さんとお姉ちゃんが二人でお父さんに説教した事で考えを改めたらしい。

 萩野目家に行った後は坪井家、つまりお姉ちゃんの嫁ぎ先にも顔を出したが、まさか坪井牧場で元・湯川温泉駅の駅長の源さんに会うとは思ってなくて、こっちが驚いたくらいだ。城太郎さんが「合わせたい人がいる」と言って連れてきた人が仕事中の源さんで、思わぬ形で再開する事になって源さんも「いやー、あの時にはわしも君たちが結婚する事になるとは夢にも思わなかったよ」と話していた。でも、源さんもそれから5年後に亡くなった。

 私と宏さんが実際に入籍したのはその翌年の初夏だ。私の誕生日に合わせて入籍し「萩野目洋子」から「篠原洋子」になった。でも派手は披露宴などはやらず、秋に札幌市内の小さなレストランを借り切ったミニパーティをやっただけだ。その2年後に長男の一樹を出産し、私はママになった。


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 あの日のこの場所は雪に覆われていたけど、今は夏。周りは緑に覆われている。

 高校を卒業してからはこの駅に来たことが無かった・・・あの時「あの人」とお喋りした場所はお洒落な喫茶店に変わってしまい、雰囲気は変わってしまった。

 でも、この駅舎は当時のまま残っていて、あの頃にあった柱の傷もいまだに残っている。汽車の運転本数も、乗り降りする人の数も減ってしまったけど、ここは私が6年間学校に通うために使った駅だ。そして、私の人生を左右する出来事があった駅だ。だから、いつまでも残っていて欲しい。

 あそこにはだるまストーブが置いてあった・・・あそこにはいつも事務机が並んでいた・・・あそこにはいつも駅長さんと駅員さんの帽子とコートが掛けてあった・・・私だけが知っている28年前の風景は、二度と再現できない・・・私の記憶の中には永遠に残っているのに・・・。

 来年には「あの人」と結婚して25年になるのね。時間の流れが速すぎるように感じるのは私だけかな?でも、「あの人」は今でも私の唱えた『魔法の呪文』に縛られている・・・いや、呪文を唱えた私自身が縛られているのかもしれない。

 それにしても・・・まさかこの年で娘が一人増える事になるとは思ってもみなかったなあ。お姉さんよりも早くお婆ちゃんになるかもしれないっていうのに、呑気に昔の思い出に浸っていてもいいのだろうか?

 いや、たまにはいいだろう。二度と戻らない過去を懐かしむのは大人の特権だ。


 私の中の湯川温泉駅は、高校3年生の1月のまま、永遠に残り続ける・・・。

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魔法の呪文~外伝・僕は普通の高校生活を送りたかったのにMIKIが引っ掻き回して困っています 黒猫ポチ @kuroneko-pochi

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