第13話 199X年夏~恵南短大1年生・萩野目洋子19歳⑤

 は車をバックギアに入れてサコマの駐車場から車を出した。

 そして、運転しながら私に再び話しかけてきた。

「じゃあ、行くぞ」

「あ、そうそう、分かってると思うけど学生に支払わせるつもり?」

「まあ、今日は俺が出すさ。次があればその時はその時に考える」

「次ねえ・・・次があれば私も考えるわ」

「ところで、どこの学校に行ってるんだ?」

「私は・・・」

 はどうやら郊外に向かっているようだが行先までは分からない。

 私は恵南短大を選んだ経緯だけでなく、あの後のコンサートの話から、お姉ちゃんたちの話、摩周の、いや、湯川温泉の町から出てきて恵南に来るまでの話を車に乗っている間はずっと喋っていた。も時々相槌を打ちながら私の話を聞いてたけど、お姉ちゃんと城太郎さんが結婚するという話を私がした時には「マジかよ!?」と驚いてたなあ。

 だけど『』と話していると、時間が経つのが早く感じる。どうしてこんなに時間の流れが速いのだろう。

 この軽自動車は元々はの母親が使っていた車らしいが、が北海道の工場に配属されたので、母親が使う車を新しく買って今まで使っていた車を譲り受けたと言っていた。でも、バッテリーだけは寒冷地用の大きな物に付け替えてあると言っていた。さすがに北海道では札幌の中心部のような場所を除けば必需品だからの母親も気遣ってくれたんだろうな。かくいう私はまだ運転免許を持ってない。一応、お父さんが自動車学校の費用は出してくれるとは言ってたけど、私は夏休み明けくらいから通うつもりだったのでまだ車を自分で運転できない。

 は私を郊外のカフェに連れて行ってくれた。その店の名前は『花菓茶』。まさにファームレストランのような雰囲気の店で、花畑の中にあるような錯覚を覚えた。たしか同じゼミの子が「物凄くお洒落なファームレストランがあるから、一度彼氏と行ってみたい」と言っていた店のはずだ。もこの店を知ってたんだ・・・結構やるわね。

「いらっしゃいませー」

 私たちは店内に入ったけど、今日は天気が良いこともありテラスの席を選んだ。私とはお互いに向い合せ、私は店内の方を向く側で座ったけど、あいつは外の花畑を向く側に座った。

 正直に言うけど、こういうシチュエーションは初めてだ。でも、自分から誘っておいて「実はデートした事がありません」とは口が裂けても言えない。だからあくまで尊大に振舞っている。

「うーん、私はパスタが食べたいなあ」

「・・・いいよ。じゃあ、俺もそれで」

「ねえ、ピザも頼もうよ。どうせなら一緒に食べない?」

「・・・いいよ。だけど、食べすぎにならないか?」

「じゃあ、パスタは一緒に食べましょうよ。その代わりピザはLサイズ」

「・・・分かった」

「私は紅茶だけど、あなたはどうするの?」

「・・・じゃあ、俺も紅茶」

「食後にスイーツを頼んでもいいかなあ」

「・・・いいよ」

「じゃあ、決まりね」

 そう言うと私は右手を上げながら店内に向かって声を掛けた。

「すみませーん、注文していいですかあ」

 あっちゃー、何となくだけど、どっちが年上なのか分かんないくらいになっている。本当はの方が4つ年上なのに、は何一つ文句も言わずに私に従っている。私が図々しいのか、それともの性格なのかなあ。

「・・・以上です。それと、あとでスイーツを追加しますので、また呼びますけどいいですか?」

「あー、はい、分かりましたよ」

 そう言うと店員さんは店内に入っていった。

 今日は夏休みとはいえ平日の昼過ぎなので客はまばらだ。小さな子供を連れた家族連れもいたが、テラスに座っているのは私たちだけだ。

「・・・それにしても、こんなお洒落な店をよく知ってたわね。逆に関心したわ」

「・・・俺は職場にいるパートのおばちゃんから教えてもらっただけだ。ここに来るのは初めてだぞ」

「へえ」

「去年出来た店って聞いたぞ。以前、子供を連れてここに来た事があったらしく、それで俺に『あんたも彼女を連れて行ってきなさいよ』とか茶化されたから覚えていただけだ」

「え?・・・あんた、彼女がいたの?」

「おいおい、俺に彼女がいるように見えるか?」

「うん」

 私は口では「うん」などと軽く言ったが、実際にはかなり落胆していた。一世一代の大勝負を掛けたにもかかわらず、その声を掛けた男には既に彼女がいたのなら何の為に言ったのかが分からない。さすがにの彼女を蹴落としてもまで私の物にしようとは思わないし、だいたい、そんな度胸は私にはない。その時には「お友達」リストに加えてもらうだけでもいいかな。

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