第12話 199X年夏~恵南短大1年生・萩野目洋子19歳④

 男が右手を差し出してきた。多分、お釣りを受け取るつもりで右手を差し出してきたのだろう。だから、私はその男の右手にお釣りとレシートを『バチン!』と勢いよく乗せ、その勢いのまま、あ、でも小声で

「摩周にも釧路にも電車は走ってないわよ。摩周も釧路も走ってるのは汽車!バスやトラックと同じで軽油を燃料にしてエンジンで走る列車だから、よーく覚えておきなさい」

 私は自分でも顔が真っ赤になっている事に気付いた。もしこの男がならこの言葉の意味を理解してくれるはずだ。だが、もし違っていたら・・・正解の確率は数千万分の一!まさに一世一代の大勝負だ!!

 だが・・・

 私の期待に反してこの男は目を丸くして私の顔を見ている。しかも「この子、一体何を言ったんだ?バカじゃあないのか?」と言わんばかりの表情をしている。

 うわーっ・・・顔から火が出る位に恥ずかしい!しかも、この反応から見てではない。別人だ・・・失敗した・・・。

 私は慌てて右手を引っ込めた。そして、顔を伏せてしまった・・・駄目だ、失敗した・・・私の一世一代の大勝負は失敗した・・・これじゃあ赤っ恥もいいところだ。

「・・・恵南の駅に止まるのは電車だ。汽車じゃあない。あ、でも、恵南には止まらないけど札幌から函館や帯広、釧路に向かう特急は汽車だ」

「!!!!!」

 私はこの声を聞いて顔を上げた!そうしたら、この男はクールな顔をしたまま私の方を見ていた。でも、心なしか笑いを堪えるのに必死のように思えてならない。

「・・・まさか君がここでバイトしてるとは夢にも思わなかったよ。元気にしてたか?」

 そうだ、やっぱりそうだ、この人は間違いなくだ・・・私の一世一代の大勝負は成功したんだ・・・に再会できたんだ!

 私は思わず涙をポロリと溢してしまった。だけどすぐに手で拭い、何事もなかったかのような態度を装ったがはそれに気付いたようで『くっ、くっ、くっ』とますます笑いを堪えるのに必死になっている。

 私はニコッとして、素早くレジの脇にあったメモ紙にボールペンで文字を書き込み、それをに見せた。


”今日の13時頃、このお店の駐車場に来てくれませんか?話したい事があります“


 これを見たは、私がレジカウンターの上に置いたボールペンを使って文字を書き込んだ。


“分かった。黒の軽自動車、アルコで行くけど、いいか?”


 私はそれを読んで小さく頷いた。もニコッとしてお釣りを財布に入れると、左手で缶コーヒーを持ち、右手を軽く上げて店を出て行った。

「・・・ありがとうございましたー」

 私は素早くメモ紙を引きはがすと、これでもかと言わんばかりにビリビリに破ってレジカウンター下のゴミ箱に入れた。

 その後は12時までバイトを続けた・・・と思うけど、どうも浮かれた状態で仕事をしていたようで、どんな仕事をしていたのか、ほとんど覚えてない。それにバイトの子や店長も「今日の萩野目さん、何か変だぞ?熱でもあるのかなあ・・・」と言ってたけど、私としては普段通りの仕事をこなしていた(筈です)。

 私はバイトを定時であがると、さっさと着替えて下宿先の部屋に戻った。戻る時にサコマの前を見たけど、まだ黒のアルコは止まってなかった。そして自分の最もお気に入りの服に着替え、大きな麦わら帽子をかぶり、眼鏡、まあ伊達眼鏡だけどそれを掛けて再びサコマに行った。

 その時、お店の前の駐車場には3台の車が止まっていたが、そのうちの1台が黒いアルコだった。しかも道外ナンバーだ。

 私は運転席で窓を開けながら本を読んでいる男性を外から見た。間違いない、だ!私は迷わず助手席のドアを開けた。

「お待たせしましたー」

 いきなりドアを開けて私が乗り込んできたから最初はもびっくりしたけど、気を取り直したのかエンジンを掛け、あいつが窓を閉めたから私も窓を閉めた。私は麦わら帽子と伊達眼鏡を取って膝の上に乗せた後、シートベルトを締めた。

「おーい、どうせならどこかで昼飯でも食べながら話さないか?リクエストがあれば言ってくれ」

「そうねえ・・・まあ、私もこっちに来て日が浅いから、そちらにお任せするわ。素敵な店にして欲しいな」

「ったくー、いきなりハードルを上げるなよ。俺だってこの春に配属されたばかりの北海道民1年生だぞ。しかも俺は君がWcDとかマイスドって言うと思ってたからさあ」

「あー、ひっどーい、私はこう見えても短大の1年生よ。中学生や高校生の時ならWcDやマイスドでもいいけど、短大生とデートするのにWcDはないでしょ!?」

「デートねえ・・・俺はまた君に説教されるのかと思うとヒヤヒヤしているよ」

「お望みなら説教しますよ」

「それは勘弁してほしいなあ。俺も貴重な休日を君の為に使うんだからさあ」

「じゃあ、素敵な場所をお願いね」

「はいはい」

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