第8話 199X年冬~摩周高校3年生・萩野目洋子18歳⑧
だが、私はあいつに言いたい事が一つだけあった。でも、それを言うのを今まで我慢していたから言うとしたらここしかない。だが、それをここで言ってもいいのだろうか・・・。
私はあいつに手を振りつつずっと迷っていた。だけど、無意識のうちに私の顔に出ていたようで、それに気付いたお姉ちゃんが私に声を掛けてきた。
「あれ?洋子、何か言いたそうな顔をしてるけど、言いたい事があるなら、言っちゃいなさいよ」
「ん?洋子ちゃんはお兄さんに何か言いたいのか?言いたい時に言わないと後で後悔するぞ。今なら間に合うぞ」
「・・・じゃあ、一言だけ」
私はそう言うと、窓から身を乗り出した。
あいつは改札口に向かおうとしていたけど私が身を乗り出した事に気付いて立ち止まって振り向いた。だから私はあいつに向かって大声で叫んだ。
「ちょっと、あんたさあ、さっきから黙って聞いてたら『電車』『電車』って言ってたけど・・・摩周にも釧路にも電車は走ってないわよ!」
私がそう言った時、あいつは不思議そうな顔をした。お姉ちゃんは私の方を見て「あんたさあ、そんな事どうでもいいでしょ」と言いたげな顔をしていたが、あえて何も言わなかった。
やがて、あいつは納得したかのような顔になり少しだけニコッとして私に話しかけた。
「・・・たしかにそうだ、俺とした事が間違ってたな。スマン」
「電車ってのは電気を使ってモーターを回して走る列車の事よ!摩周も釧路も電車は走れないからあんたの言ってる事は間違ってるわよ!ここを走ってるのは汽車!バスやトラックと同じで軽油を燃料にしてエンジンで走る列車だから、よーく覚えておきなさい!!」
「ああ、忘れないよ。間違いを指摘してくれてありがとう」
「・・・分かればいいわ。それじゃあ、元気でね」
「・・・そちらこそ、元気でな」
私は乗り出していた体を引っ込めると、右手を振った。あいつもそれに答えるかのように右手を軽く上げた。
それを合図に城太郎さんは車を走らせた。私はロータリーから出るまで手を振っていたけど、やがてあいつの姿は見えなくなった・・・。
「ちょっと、洋子さあ、最後の最後に何を言い出すかと思えば、あーんな下らない事を喧嘩腰に言うなんて、あのお兄さんに失礼でしょ!」
「えー、だってさあ、私は我慢できなかったんだよー」
「まあまあ、いいじゃないか。それより、コンサートの開始時間はまだ大丈夫だろ?」
「あー、はい、大丈夫ですよ。余裕で間に合います」
「じゃあ、洋子ちゃんを降ろしたら、後は大人の時間だな」
「そうそう、お子ちゃまは黙ってコンサート会場よ。レッツゴー!」
「はー・・・ちゃんと避妊してよね」
「はいはい」
あーあ、とうとうあいつも東京へ帰っちゃったなあ。結構楽しい時間だったのに・・・あれ?そう言えば何か忘れているような・・・別にあいつが車内に忘れ物をした訳でもないけど、何か忘れているような気がする・・・
そういえば・・・たしかに忘れてた!
「あーーーーーー!!!!!」
「ちょ、ちょっと何よー。いきなり大声出してさあ」
「おい、まさかと思うがコンサートのチケットを忘れてきたとかじゃあないだろ?」
お姉ちゃんも城太郎さんも全然気付いてない!だけど、私はとんでもないミスを犯した事に気付いた!!失敗した・・・最後に言うのはこっちだった!!!
「あいつの名前を聞くのを忘れてたあ!」
「「あっ・・・」」
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