第7話 199X年冬~摩周高校3年生・萩野目洋子18歳⑦

 そう言うとは話し出した。は東京での暮らしぶりや大学での話を面白可笑しく教えてくれた。しかも見た目や態度と違って話し出したら結構面白い奴だという事に気付いて、私も思わず身を乗り出してしまった。

 大学ではクイズ研究会と鉄道研究会の2つのサークルに所属しているらしいが殆ど幽霊部員に等しく、気が向いた時にだけ顔を出す程度の付き合いだとも言っていた。私がびっくりしたのは、あの『北米横断ウルトラクイズ』に1回だけ出場した事があると言っていた事だ。でも1問目で間違えたのでさっさと帰ってきたとサバサバした表情で話していたのが印象的だった。

 は、東京は便利だが逆にその事で人として大切な物を失っているような気がする、欲しい物があるのが当たり前で24時間365日いつでも手に入れられるから有難みを知らない人が多すぎるのが嫌になった、だから高校生の時までは東京に憧れていたけど、実際に住んでみて幻滅したと淡々と語っていた。

 この部分に関しては私も共感できる。私の家は湯川温泉の町の中でも端に位置しているから、ただでさえ不便な田舎なのにもっと手に入らないし、特に冬は買い物にも苦労するときがある。学校へ通うのにもスクールバスや汽車が無いといけないし、吹雪の為にバスが動かず学校を休んだ事もある。道路の除雪が入らないとお父さんやお母さんも仕事に行けないし、お店に買い物にも行けなくなる。アイドルを目指していた頃は、摩周=田舎=不便、だから東京に行きたい、という短絡的な考えを持っていたのも事実だけど、それは視野があまりにも狭すぎたと我ながら反省している。摩周にもいいところは沢山あるけど、それに私自身が気付かなかった、いや、目を背けていたんだという事が分かってからは東京にこだわらなくなった。

 お姉ちゃんも城太郎さんもと同じ大学4年生だから、この三人は同い年という事になる。通っている大学は三人とも違うし、ましてやは出身地も高校も全然違うけど、やはり同じ世代という事もあり、時代時代のタイムリーな事では話が合うから初対面とは思えないくらいの盛り上がりで、小学生の頃の出来事からつい最近の出来事まで、あるいはお互いの生まれた町の地元ネタなど、話題は尽きなかった。

 ちょっとだけ気になった事があり、あいつの話の中で『あれ』が何度か出て来たけど、そのたびにツッコミを入れたくなった。でも、お姉ちゃんも城太郎さんも話に夢中になっているから話の腰を折るのは良くないと思い、私は自重している。これがちょっとだけストレスかなあ。

 ただ、何となくだが、の事が気になる・・・は北海道出身ではないから道産子弁は使わない。城太郎さん程ではないが背は高い。おそらく180センチくらいではないかと思うし、ルックスも悪くない。東京の有名大学に一浪もせずに入っている事から私とは比較にならない位に頭も良さそうだ。東京で一人暮らしをしているし、毎日外食する訳でもないから、料理、洗濯は自分でやると言っていた。しかも話の内容を聞いてると、何かのグルメ番組で言っていたような料理まで自分で作れると言ってお姉ちゃんが絶句していたくらいだから相当の腕の持ち主ようだ。それに、私の嫌いな煙草のにおいがしない。まさに私の条件にピッタリ合うような奴だ。しかも嘘か本当かどうかは分からないが、彼女はいないと言っている。2歳上の兄は地元の市役所に勤める公務員だとも言っていたから、弟のあいつは別に地元にこだわる必要もないようだ。

 でも・・・は間もなく東京に帰る。そんな奴の事を気にしていても仕方ない。私が東京に行くなら考えてもいいけど、もう東京には行かないと決めたのだから。私は札幌かその周辺の短大に進学する。そこでいい男を見つければ済む事だ。どうせ半年もすれば「あー、そういえばあの時にこんな事があったなあ」程度にしか覚えていない事になる筈の出来事で精々2時間くらい一緒にいた男がどんな奴だったかを覚えているとは思えない。一時の楽しい思い出として心の片隅に留めておくことにしよう。

「おーい、もうすぐ釧路駅だぞー」

「あーあ、もう着いちゃったのかあ。なーんか、あっという間だったような気がするわね」

「仕方ないさ、時間は止まってくれない。なるようにしかならないって」

「まあ、それもそうだな。誰かさんのようにわがままばかり言ってるような女は1日が48時間くらいあっても足りないかもしれないぞ」

「あー、それはちょっと言いすぎよー。城太郎は1日が12時間くらいあれば十分な位に淡泊なんだからさあ、ちょっとはお兄さんを見習いなさいよお」

「ちょっと、お姉ちゃんも城太郎さんも、もう駅についたんだからさあ、笑顔で見送ってやろうよ」

「あ、そう言えばそうだったわね」

「あ、いや、俺は逆に君たちが羨ましいぞ。一人暮らしというのはある意味気楽だが結構寂しいからな。東京の大学へ行けば彼女なんて簡単に見付かると思ってたけど、実際にはぜーんぜん駄目で俺の周りには野郎しかいなくて、しかも俺の部屋は半分ゲーセンだ。テレビコンピューター、スーパーテレコン、ゲームキッズとかが散らかってるから毎日のように押し寄せてくるからなあ」

「あー、おれの大学の寮も喫煙者お断りの半分雀荘で半分ゲーセンだぞ」

「それって私の部屋が寝る場所だって言ってるのと同じだと思うけど」

「実際にはそうだろ?慶子だって雀荘で寝る位なら自分の部屋の方がマシだって言ってるんだからさあ」

「あーあ、こんなところでラブラブな事を言わないで欲しいな。私までゲッソリしちゃうからさあ」

「あー、スマンスマン」

 ここで城太郎さんが釧路駅のロータリーに車を止め、エンジンも切った。あいつは一度車から降りた後、後部座席の後ろのスペースに置いた鞄を取り出し、それを肩に担いだ。

「おーい、忘れ物はないよなあ」

「ああ、間違いなくこれで全部だぞ」

 そう言うとは車のドアを閉めた。私とお姉ちゃんは車の窓を開けると

「楽しかったよー。また機会があれば会いましょうね」

「うん、ありがとう」

 がそれを言ったのを合図に城太郎さんはエンジンを掛けた。

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