第6話 199X年冬~摩周高校3年生・萩野目洋子18歳⑥

 ・・・さっき、お姉ちゃんが言った「あるといえばあるけど、ないといえばない」の意味は何なの?車があるけど送ってくれないという意味がよく分からんし、お姉ちゃんの私以上にいい加減な性格を信じてもいいのだろうか?でも、今は頼れるのはお姉ちゃんしかいない。お姉ちゃんの言葉を信じてここで待つことにしよう。

 私はテレカを取り出すと電話ボックスから出て駅舎に入った。駅長さんとは「騒いでも仕方ないからじっくり待つしかない」と言わんばかりに無言で緑茶を飲んでいて、まるで緊急事態だとは思えないような雰囲気になっている。むしろ騒いでるのは私だけだ。だから私も二人と同じく緑茶を飲み始めた。今は気持ちを落ち着かせる事に専念し、邪念を捨てるんだ。お姉ちゃんを信じて待つ事にしよう。

 そのまま20分くらい待ってたけど、汽車が動き出したという連絡もなければお姉ちゃんが来た訳でもない。うーん、やっぱりお姉ちゃんの言う事を信じたらいけないのかなあ。

 その時、湯川温泉駅の前に一台の車が止まった。年季の入った赤いシビットだけど、どこかで見たような気がする・・・あれ?助手席の窓が開いたぞ・・・嘘でしょ!?お姉ちゃんがこっちを見て手を振ってる!!という事は、あれはお姉ちゃんの彼氏の坪井城太郎さんの車だ。たしか城太郎さんのお父さんが新しい車を買ったのでタダで譲り受けた15年くらい前の相当に年季の入った車だけど、こんなオンボロなシビットが輝いて見える!

 私はすぐに車の所へ走っていった。

「おーい、お姉ちゃん」

「ようこー、迎えにきたわよー」

「お姉ちゃん、どうして城太郎さんの車で来たの?」

「うーん、あんたから電話がある10分くらいまえにフラッと来たのよ。日帰り温泉に行った帰りに立ち寄って、そのまま喋っていた所だったから釧路まで送っていけって頼み込んだのよ」

「城太郎さん、ありがとうざいます!と言いたいけど、湯川温泉の日帰り温泉の時間にはまだ早過ぎませんかあ。もしかして萩野目温泉じゃあないですかあ!?」

「さ、さあ。洋子ちゃん、何の事か分かんないなあ・・・」

「それにさあ、お姉ちゃん、かすかに石鹸のにおいがするよー」

「ぎくっ!き、きっと気のせいよ、アハ、アハ、アハハハ」

「ったくー。ラブラブなのはいいけど、避妊はちゃんとしてたよね」

「あー、大丈夫、今日はまだやってないから」

「はあ?じゃあ、まさかとは思うけど・・・二人で風呂に入ってる時に電話をかけちゃったの?」

「まあ、ぶっちゃけそういう事よ。だから続きは釧路でね」

「はー・・・避妊だけはしてよね」

「あいよー」

「おーい、慶子、あまり長々話していると車内が冷えるぞー。洋子ちゃんも早く乗れ!さっさと行くぞ!」

「あー、ありがとうございます・・・」

 私は城太郎さんの車の後ろのドアを開けた。

 でも、ここで思い出した。今、湯川温泉駅には汽車を待っている人がもう一人いたんだ。しかも、その人はどうしても釧路に行かなければ、いや、東京へ帰らなければならない用事があったんだ。

「お姉ちゃん、城太郎さん、お願いがあるんだけど」

「ん?何かな?」

「実は・・・釧路駅まで一緒に乗せて行ってほしい人がいるんだけど、いいですか?」

「あれー、お友達が一緒にいたの?洋子は一人でコンサートに行くんじゃあなかったの?」

「ううん、違う。旅の貧乏大学生。その人、あの汽車で釧路にいかないと東京へ帰れなくなっちゃうんだけど、このままだと可哀そうだよ、見捨てていけないよ。だからお願い!」

「うーん、わたしはいいけど、城太郎は?」

「おれは別に構わんぞ。どうせあと一人乗せる事は出来るからな」

「あー、ありがとうございます。じゃあ、ちょっと待っててね」

 私は直ぐに駅に戻り、駅長さんとに事情を話した。駅長さんも「今から車で行けば『おおぞら』に乗れるから、折角だから一緒に乗って行け」と勧めたから、も「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」と言って、その場で荷物をまとめ、私と一緒に城太郎さんの車に乗る事になった。

 先に釧路駅に行く事になるから、降りるのはが先だ。だから車に乗るのは私が先で、は後から乗った。荷物は後部座席の後ろのスペースに置いたが、さすがに大きい鞄なのでカメラセットとリュックは収まりきらず、の膝の上に置く形になった。でも、にとっては「渡りに船」といった所だから、文句も言わずに黙って乗った。

「よーし、じゃあ釧路駅に向かって出発よ!」

 お姉ちゃんが気合を入れて叫んだけど、あいつは「じゃあ、お願いします」とボソッと言っただけだったし、顔もさっきまでと変わらず、相変わらずクールな表情を見せたままだ。

「あんたさあ、折角盛り上げようとしているのに、ボソッと言ってたら雰囲気ぶち壊しだべやあー。もっと大きな声だせないのー?」

「そうそう、お姉ちゃんの言うとおりだと思うよー」

「そ、そうかなあ。俺としては出してたつもりだったけど・・・」

「おい慶子、あちらさんも恐縮してるから、それ位にしておけ。お前たちのテンションが高すぎるんだ。おれも本音ではあいつと同じ位の喋り方をしたいんだぞ」

「へえ、知らなかったなあ。じゃあ、わたしに合わせていただけなの?摩周高校ではアイスホッケー部のキャプテンで練習も試合も感情むき出しでやってたのに、あれは何だったの?」

「慶子、その逆だ。あんな調子で24時間365日やってたら体がもたないぞ。だから普段はボソッとしか喋らなかったんだ。慶子と一緒にいる時はお前に合わせて、ちょっとだけテンションを上げているに過ぎない。それは畜大4年の今でも変わらないぞ」

「まあいいわ。ところでお兄さん、東京へ帰るって聞いたけど東京のどこに住んでるの?わたしも昔は東京に憧れてたから東京の話を聞かせてほしいな。それに同じ大学生として興味があるから、そっちの大学の話も聞かせてほしいなあ」

「あ、それ、おれも思ってた。教えてくれないかなあ」

「あー、いいですよー」

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