第18話「闇の中の突破口」

   捌


 揺れる――夢かうつつかも曖昧な微睡みの中で、浮んでくる光景。

 くるくる廻る回転灯/赤や青/大きなライト/たくさんのお車/人もいっぱい。

 バスの座席/大人/子供――揺れる影/幽霊みたいに蒼白い顔の男たち。

 リュックを背負わされる/パパから引き離される/――

「い……、ダ……メなの……っ」

 そこで鳴は目を覚ました――バクバクと高鳴る鼓動/深呼吸して心を落ち着かせる。

 ぼんやりと体を起こした――暗くて何も見えない/全身にぐっしょりと汗=気持ち悪い。

「起きたのか、嬢ちゃん?」ふいに闇の中から声――すぐに誰だか思い当たる。

「ふ、藤波さん……?」声の聞こえた方へ顔を向ける――カチッと音/暗闇に火が灯る。

 藤波=泥と痣だらけの顔/左手にライター――床に設置したロウソクへ火を移す/それから壁に寄りかかり、どっかと腰を下ろす。「安心したぜ。体の方はダイジョーブか?」

 言われて自分の姿を見る――汚れた小隊の制服/をほぐすように体を伸ばす。

 擦り傷だらけの手足=通常の機械化義肢――いつの間にか、転送が解除されている。

 それで自分の身に何が起こったか思い出す――敵のトラップ/地雷で崩落した地下道。

 でも――こうして鳴は生きている。「――藤波さんが助けてくれたの……くれたの?」

 肩をすくめる。「覚えてねーの? あんとき、嬢ちゃんが盾で守ってくれたんだぜ?」

「わ、私が……?」覚えていない――そんな気もするけど/前後の記憶が曖昧だった。

「無我夢中ってヤツだな。戦場じゃ、」ぼんやりした様子を見て、勝手に納得/それから親指で後ろを指す。「それに……こいつにも助けられたしな」

 ようやく背にした壁の正体に気づく――踏まれたパンケーキプファンクーヘンみたいにになった軍用機体が、半ば土砂に埋もれた格好で倒れ伏していた。「ううっ、スズカちゃん……」

 大破した二号機――もはやうんともすんとも言わず/無残さに胸が締め付けられる。

 藤波=労わるように装甲を叩く。「間一髪さ。こいつが支柱代わりになってくれたお陰で、生き埋めにならずにすんだんだ」急死に一生といえる状況にも平然とした態度。

 胸騒ぎを覚えながら、疑問を口にする。「グスタフさんは……他のみんなは……?」

 すがりつくような問いかけに、しかし――力なく首を振る藤波。「。グスタフの奴とははぐれちまったし、他の班とも連絡がつかねえ。……つまりオレと嬢ちゃんは、


「これ、持ってかないの……ないの?」

 鳴が差し出したミネラルウォーターのボトルを見て、藤波が片眉を上げる。

「そいつは置いてけ。かさ張るし、重いし、水はで十分だ」抗弾ベストのホルダーから水筒スキットルを取り出す。「それにいざとなったら、水はいくらでも確保できるしな」

 足元をちょろちょろと流れる――たまらず上目遣い。「お腹壊すよ?」

。携帯浄水器に滅菌剤もあるし、この辺は寄生虫もいないからさ」

 何事もなかったようにサバイバルキットを漁る藤波――これからピクニックにでも行くような飄々とした態度に、軽く眩暈。我慢して鳴も使えそうな物資をさぐる――軍用機体の収納ハッチから非常用のツールボックスを回収できたのはラッキーだった――今にも崩れそうな天井をおっかなビックリ眺めつつ、手分けして出発準備を整える。

 スプレー缶を取り出した藤波が、壁に蛍光塗料を吹き付ける――謎の儀式=街路に変なラクガキをするガラの悪いストリートギャングを連想。「……何してるの?」

「こうやって目印マーキングしとけば道に迷わないし、後から来た救助隊にもどっちに進んだか分かんだろ?」壁に白い塗料で描かれた『↓』と番号――なるほど、頭いい/ちょっと感心。

「さあ、嬢ちゃん。まずはもっと安全そうなトンネルに移動だ」

 分担して最低限の備品を身に付ける――ロウソクを吹き消し、藤波を先頭に歩き出した。

 暗い下水道をぐんぐん進む背中を追いかける――フラッシュライトの灯りだけなのに、やたらと歩みが早い――鳴もつまずいて転ばないよう気をつけながら後に続く。

 あらためて周りを眺める――薄明かりに浮かぶトンネル/ボロボロの壁/乾いた床の泥。

 ここは大昔に廃棄された旧下水道カナルらしい――そんなところに落ちるなんて、ツイてない。

 五十メートルほど歩いたところで、藤波が立ち止まる――ライトで壁の一角を照らす/壁一面に乾いたヘドロっぽい塊。「ここを壊せば、隣の穴へ抜けられるはずだ」

「なんでそんなこと分かるの?」疑念――藤波がコンパスとフィルムに包まれたを取り出す。「だ。副長が念のためオレたちに持たせてたのさ」

「……本当に役立つの?」半信半疑――普段は脳の視覚野で直接マップをれる立場故に、この手の古臭い物ローテクは理解不能/そもそも、この暗闇で地図を読めるのかな――すごく不安。

「見ろよ。この部分だけ、ちょいと色が違うだろう? 廃棄するとき後からふさいだんだ」こつこつ壁を叩く/思ったよりも軽い音/どうやら本当に、向こう側に空間があるっぽい。「――つーワケで、嬢ちゃんの出番だぜ?」

「え~?」なんで私が/不満を表わす――あっけらかんと藤波が答える。「ってヤツさ。特甲トッコーのパワーなら、壁一枚ぶっ壊すくらいなんてことないだろ?」

 嫌がらせでもないらしい――仕方なく機甲化――ちゃんと転送できたことに内心ホッとしつつ、ついでに通信できれば助けを呼べるのに――と、思わず無いものねだり。

 世の不条理さに暗澹あんたんたる思い――釈然としない気持ちで、壁に向き直る。「!」

 ローキック――踵から飛び出た杭が壁に突き刺さる/やり場のない不満をぶつけるように壁を蹴打キック蹴打キック蹴打キック!=削岩機の要領で掘削――程なく人が通れるサイズの穴が空いた。

「よしよし、エライぞ嬢ちゃん」満足げな藤波――自分はボ~ッと眺めてただけの癖に/むくれながら最低限の機甲を残して還送を実行――二人揃って穴をくぐる。

 隣のトンネル=パシャッと足元で水がねる――藤波がライトを動かす――先程よりも一回り大きな下水道/片端に作業通路/一段下がった水路によどんだ泥水が溜まっている/あまり深くはない/せいぜい靴底が濡れる程度で助かった。

「こりゃ雨水うすいだな。おおかた天井の亀裂から染み出してんだろう」藤波が頭上を照らす。

 一緒になって見上げた拍子、お腹にズキッと痛み――思わず顔をしかめた。「ううっ」

「嬢ちゃん、どうかしたのか?」藤波が心配そうに近寄ってくる。

「だ、大丈夫。何でもないよ……?」反射的に身を屈めた――だが、あっさり見抜かれる。「……ひょっとして、怪我してるのか?」

「平気だもん。それに痛みなんて、いくらでも……」悔し紛れの強がり。

「けどよ、それって怪我が治るワケじゃないんだろ?」構わずにスッと腰を屈め、少女と目線を合わせる。「まあ、見せてみろよ。応急処置くらいならオレにも出来るぜ?」

「平気なのに……」渋々と制服の上着を脱ぐ――通路に腰掛け、シャツの裾を持ち上げて白いお腹を相手にさらす――脇腹に巻かれた包帯=薄っすらと血がにじんでいた。

「包帯が緩んだせいで、縫合した傷口が開いちまったんだな」ひとしきり患部をた藤波――抗弾ベストから医療メディカルキットを取り出すと、慣れた手つきで包帯を取り替え始める。

 鳴=膝立ち/服を持ち上げた姿勢で石像のように硬直――藤波の手がお腹に触れる度にこそばゆい感覚――暗くてよかった/明るかったら

 響の好きな映画に出てくるシュゲンドーめいた境地に至りながら、決して身をよじらせた弾みにシャツから下着がはみ出たりしないよう、懸命に体勢を堅持。

「――ほら、終わったぜ」ポンッと肩を叩かれる=終了の合図。

 やっと解放された――脱力しかけた体に鞭打って、素早く相手に背を向ける――といった早さでシャツの裾を直す/ボタンを止める/上着をはおる。

 着替え終わった途端、腰が抜けそうになった――そのまま通路に座り込む/無意識に膝を抱える/ふいに鼻の奥がとした。「うっうっ……」

 なんでこんな目にうの――また惨めな気持ちが襲ってくる/心細さで押し潰されそう。

「おい、嬢ちゃん。今度はどうした……?」藤波が医療キットを片していた手を止める。「まだどっか痛むのか?」急に泣き崩れた少女を前に、動揺しているようだった。

 相手の鳴を気遣う気持ち――それが。だからこそ、いっそう罪悪感が込み上げる。抱えきれない感情の渦を、止めるすべとてない。「もう、いいの。。もう、……」

「いや……いやいやいやいやいやっ。そんなのできるワケねーだろっ?」

 戸惑う藤波に向かって、首を振る。「この先は……

 鳴は独りでは何もできない弱虫だ/それを勇気付けてくれる仲間とははぐれてしまった。足手まといな鳴を抱えるより、藤波だけの方が助かる可能性は大きいはずだった。

「私なんかと一緒にいると……藤波さんまで助からないよ?」上目遣いに相手を見る。

「今はお互い助け合わなきゃならねー時だろ」困ったように頬をかきながら、藤波が隣へ腰を下ろす/年の離れた妹を慰めるように、その背を擦る。「嬢ちゃんが何をそんな思いつめてんのか、オレはよく分かんねーけど……話を聞いてやるくらいならできるぜ?」

 それに促されるように――鳴ははなをすすりながら、やがてぽつぽつと語り始めた。

 それは仲間にも話したことのない過去――幼い少女が出遭であった、とある事件の記憶。


〝ここでは誰もが狂っている〟――幼い鳴にパパが語った言葉。

 六年前――鳴はパパに連れられてこの都市から離れようとしていた。

 鳴のパパは優しい分だけ、気の弱い人でもあった。

 ビル建設で働く作業員だったパパ――真面目で、お人好しで、つねに謝ってばかりいた。

 暮らしが貧しいのも、ママが出て行ってしまったのも、娘に女の子らしい可愛いお洋服を買ってあげられないのも、全て自分が悪いのだと――毎日のように嘆いていた。

 そんなパパの思いを敏感に察して、鳴は良い子でいることを心がけた。

〝これから遠くへ出かけるから、支度をしなさい〟――そう言われた時も素直に従った。

 男の子のように動きやすいズボンを履いて、ぬいぐるみを抱き締め、絵本を手に取る。

不思議の国のアリスアリス・イン・ワンダーランド』――ママが誕生日にくれた宝物――それらを抱いて家を出た。

 どこか騒がしい夜の街――いつになく怯えた様子のパパ/遠くに聞こえるサイレン。

 幼い鳴には知りようのない大騒動――=未曾有の大事件。

 三月ウサギマーチ・ヘアのごとき狂騒をみせる街から、パパは娘を連れて逃げ出そうとしていた。

 そして――親子はその事件に遭ってしまった。

 ――乗客に紛れたテロリスト三名が国境横断バスを占拠。

 狂った街から逃げようとした親子は、不幸にも、

 蒼白い顔をした犯人――男たちの話す訳の分からない言葉が、さらに幼い恐怖心をかき立てた。この人たちこそと、そう思った。

 そして変転/あるいは運命の別れ道――犯人が人質のうち子供たちを一ヶ所へ集める。

 鳴もパパから引き離された――無理矢理リュックを背負わされ、他の子供たちと一緒に降りるよう命令された。逆らうすべは無かった。涙目になりながら、大人しく従った。

 乗車口から降りた先――そこに広がっていたのは、鳴が見たこともない光景だった。

 バスを取り巻く喧騒――ヘッドライトの作る光の輪/たくさんのお車/人もいっぱい。

 生まれ育った街が、まるでどこか知らない世界に見えた。

 ――不安・猜疑さいぎ・心細さ――それらは幼い少女の精神を挫かせるには十分過ぎる重みをもって、鳴のちっぽけな心を

 そして鳴は――バスを

 投光器の照らし出す先に――バスの窓際に立たされるパパの顔が見えた。パパが何かを祈るようにぬいぐるみを抱く姿が見えた。その肩が震えているのが――

 大好きなパパ――鳴はあろうことかバスに向かって駆け出した――泣きながら走った。

 沸き起こる怒号・悲鳴・叫び――だが、それらの声が少女の耳に届くことはなかった。――鳴には確かに聞こえていたのだ/――時を刻む秒針の音/心を急き立てるウサギの声が。

 一緒に駆け出した子供たちが、急に倒れる。鳴は何が起きているのか分からず、それでも必死に走った――! 言葉にならぬ声を上げて、ドアに手を伸ばした

 全てが一瞬で消し飛んだ。

 木っ端微塵に吹き飛んだバス――テロリストが=狂った凶行。

 生存者は事前に解放された五人の子供だけだった――都市の片隅で起きた悲劇の事件。

 爆風に吹き飛ばされた鳴の体は、木の葉のように宙を舞い、手足の骨が粉々に砕かれた。

 しかし――幸運か、それとも不幸か――少女は間一髪で救助され、九死に一生を得る。

 そして児童福祉局に保護され〈子供工場キンダーヴェルク〉で四肢を機械化――労働児童育成コースへ。

 だが――事件は少女に決して消えることのない傷痕を残した――体のみならず

 それ以来、鳴は――自分の考えや行動に自信が持てず、訓練や日常生活においても、いつも何かを怖れ、後ろ向きネガティヴに考えるようになった。

 そんな鳴はどこに行っても――自らの運命を嘆く姿は、パパと同じだった。

 あるのは無力感と罪悪感――自分は何のため生き残ったのか。それすらもう分からない。

 分からないまま戦う度に新しい傷が増えた――傷を負った分だけ、心の痛みも増してゆく気がした。そしてある時――鳴は、心に空いた穴の奥にそれがいることに気がついた。

 時計ウサギクロックバニー――それはいつも迷ってばかりで、何も選び取れない鳴への戒めだ。

 ウサギにう度に、――まるで絵本の中でウサギ穴に落ちた少女がおかしな世界でたいへんな目に遭うように――ウサギはいつも赤い眼で鳴を覗いている。  

 まるで中途半端に生き延びた愚かな少女へ、判決を下す機会を探っているように――


 パパは言った――

 きっとこの都市も、そこに住む人々も、みんな

 時計の針が、本当に正しい方向を指しているのかも分からずに、てんでデタラメな道を進んでいる。そして、それは鳴も同じだ。「――きっと私も、どこかおかしいんだよ」

 暗い地下道が、シンッと静まり返る。

 気がつけば、胸の奥に仕舞い込んでいた想いをすっかり吐露していた。変なの、こんなこと摩耶センセーにしか話したことないのに――不思議な気分で顔を上げる。

 静かに話を聞いていた藤波が、やがてぽつりと呟いた。「そうか……嬢ちゃんも、またを背負っちまってるんだな」

 しみじみと告げるその声に、鳴は驚きに目を見開いた。「?」

「別におかしいとは思わないぜ。この世の中、誰も彼も。そんでそれを背負いきれなくなった奴らが、何かの弾みで銃をぶっ放してみたり、腹に爆弾巻いて吹っ飛ぼうとしやがる。道を見失っちまった奴ほど、始末におけねーもんはないぜ。それに比べりゃ、嬢ちゃんは

 想像以上にシニカルな答え――相手の真に迫った言葉に、惹き込まれかける。

「なんで……どうして、そんなことが分かるの?」ふるふると首を振る。「藤波さんは、私のことなんて何も知らない癖にっ」かんしゃくを起こしたように、感情を吐き出す。

「……分かるさ」真摯しんしな眼差しで見つめられた。「本当にぶっ壊れちまった奴らを、戦場で嫌になるほど見てきたからな。。これからいくらでも自分のってヤツを探すことができるってことに、まだ気づいてないだけさ」

 進むべき道――その言葉を口にした時、藤波の顔がわずかに歪んだ――まるで見えない傷みに堪えるように――そのことになぜか鳴は、自分の胸まで締め付けられる思いがした。

「藤波さんは、どうなの……なの」上目遣いにジッと見返す。「見つけられたの?」

「オレか? オレはもうとっくに――」意表をつかれた顔――何かを言いかけて、そしてかぶりを振る。「いや……オレも同じさ。そいつを探してる途中だ。だから、どっちが先に見つけられるか競争しようぜ? 童話のみてーにな」

「…………何、それ」はぐらかされた気分――同時に、いつもと変わらない相手の流儀に感心した。この状況でどうしてそんな風に笑えるんだろう? 能天気を通り越したひたすら前向きポジティヴな姿勢に、ホンのちょっぴりにも似た想いを抱きかけている自分に気づいて――違うもん。そんなんじゃないもん/今の無し――誤魔化すように言い返す。

「ううっ……それってどっちがウサギカニーンヒェンで、どっちがカメシルトクレーテなの?」

「そりゃあ、やっぱり嬢ちゃんが子ウサギちゃんヒースヒェンだろ」しげしげと〈飾り耳ウサミミ〉を見やる。

「それじゃ負けちゃうもん……」やっぱりそれが自分にはお似合いなのかと考えてへこむ――すると藤波が意外そうな顔をした。

「あれ、嬢ちゃん知らねーの? ウサギとカメの話って、?」

「……えっ?」またビックリして顔を上げる――まるで少年のように微笑む藤波の顔。

 本心からの問い。「そんなの聞いたことないよ……ないよ?」

「まあ、ウサギが負けた話ばっかり有名で、の方はあまり知られてねーからな~」ズボンのお尻を払い立ち上がる。「じゃあ、こうしよーぜ。ってのはどうだ?」ニヤリとしながら、左手を差し出す。

 戸惑うようにその手を見つめる――迷った末に、観念して手を伸ばした。

 何となく悔しくて、拗ねるように口を尖らせる。「……いま教えてくれないの?」

「そいつが気になるんだったら、まずは先に進まなきゃな」

 まんまと口車に乗せられた気がする――釈然としない気持ちで立ち上がると、急に藤波の手が伸びてきて、左の頬っぺたにペタリとを貼られた。

「なんなの、これ?」頬に触れる――安っぽい手触り/絆創膏ばんそうこう=かすかにイチゴの香り。

、勇気と幸運を授けてくれるさ。効き目は確かだぜ。なんせ、オレはこいつのお陰で何度も命を救われてるからな」イタズラげに片目を瞑る。

 相変わらずのおどけた態度――どこまで本気なのか分からない。どうもさっきから相手のペースに飲まれっ放しな気がする――何となくおもしろくないカンジ。

 ふくれる鳴を余所に、藤波が再びフラッシュライトを取り出す――トンネルの先を照らしながら、素っ頓狂な声を上げる。「んっ? ――?」

「……どうしたの?」今度は何だろう――警戒しながら振り向く。光の輪に浮ぶ古びた壁/石造りの表面に、さっきまで無かったはずのが浮かび上がっていた。

『WS』――現れた謎の文字――藤波と顔を見合わせる。「これって――」

「どうやら、特定の光に反応する塗料で書かれてるらしいな。地底人の標識にしちゃあ、なかなかハイテクな代物だ」不敵な笑み。「さあ嬢ちゃん。重要なのは、こっからだぜ。?」

 言われてピンとくる――『WS』=!?

 ――残された痕跡マーク/道順を標した目印/正しいを教えるための。

「まさか……この先に敵の拠点アジトがあるの、あるの?」

 パチンッと藤波が指を鳴らす=肯定の意。「それだぜ。確かめてみる価値はありそうだ。怪我の功名ラッキーブレイクってヤツさ。それが、この真っ暗闇から抜け出す突破口ブレイクスルーになるかもな」

 まるでアクション映画の主人公みたいに決まった台詞――期待と興奮に目を輝かせながら、鳴はこくりと頷いた。


     ***


 地上――ウィーン川岸のMSE一号車。

《一体、貴様らは何をやっているっ!!》車内に響くキンキンに割れた怒鳴り声。

 通信官らが揃って耳を押さえる/眉をしかめたヴィーラント――通信マイクを握り直す。

「そんなに怒鳴ると喉が枯れるぞ、殿?」

 スピーカーから盛大な舌打ち――その間に通信官らが端末を操作/クリアになった回線を通して苦々しい声が降ってくる。《――それはすまなかったな。この通信が確認でき、まずはひと安心だ》苛立ちを抑えた皮肉――すぐにまた爆発。《本部との回線を一方的に遮断した挙げ句、。さらにまで使用するなど……貴様らは都市のど真ん中で電子テロでも起こす気かっ!?》

「BVTの電子戦術プロトコルが」激昂する相手を意に介さず、平然と返す。「敵はこちらのスペクトラム拡散を読んだ上で、軍用機体のシムテムに干渉してきた」

 鼻で笑う白ヘビ。《馬鹿を言うな。BVTの誇る〈キョウ〉が管理する機密情報だぞ》

「確かにこの都市においてマスターサーバーの力は強大だが、絶対じゃねえ。敵は間違いなく〈キョウ〉から情報を掠め取っている」

《くだらん妄想は止めろ。例え世界中のハッカーが侵入を試みても、マスターサーバーの統合管理防壁UMPを破ることは不可能だ》

「だが、そのセキュリティに最初から〝穴〟が空いているとしたらどうだ?」

《――なに?》虚をつかれ言葉を詰まらせる――やにわに通信対象を変更/守秘回線に。《…………。マスターサーバーの防衛システムは包括的国防体制の要であり、最重要機密だぞ。その中枢に未確認の脆弱性セキュリティホールが存在するなど――》

 相手の言葉を遮る。「例の情報監督官は、以前から調

《ヴォルフ、貴様がなぜそれを……》息を飲む気配――構うことなく端末を操作/手元のモニターに表示された情報が、相手にも送信されたのを確認してから、内容を読み上げる。

「殺された男はマスターサーバー〈キョウ〉の、先月行われた内部監査において、こいつの管轄した情報領域から、複数の。重大な情報漏洩の疑いがあるとして、内務調査課が極秘裏に調査していた――」

 言葉が弾丸となり相手を穿つのに十分な間を置いてから、さらに斬り込むヴィーラント。

「こいつが敵の内通者スパイで、管理者権限を利用し、あらかじめ裏口バックドアを仕込んでいたとすれば――こうも易々と敵に裏を突かれたことにも、説明がつくな」押し黙る通信相手――ダメ押しとばかりに、狼の目が相手を射抜く。「スパイ野郎が殺された理由。コウモリ野郎の正体。この件でBVTが、――今度はそちらに白状うたってもらうぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る