第17話「ウサギ穴へ落っこちた」

     漆


《こちらA班、大須。第三階層ドライ・ウンター・ゲショスで敵EI兵器と遭遇――現地点の座標は不明だっ》

《こちらB班、藤波。機体のナビゲーションが機能してねえ。これじゃ目隠しだぜっ》

《こちらC班、銀風ズィルバー。現在、武装集団八名と交戦中! もう、どうなってるのぉ? !》

 MSE指揮車内に満ちる悲鳴/混乱/鳴り止まない警告音アラート――その間にも戦術モニターから捜査隊の現在位置を示すマーカーが次々と消失――愕然とする車内。

「各班の座標をロスト!」「測位用周波数帯バンドを中心に情報汚染が広がっています!」「地下道内の軍用機体とのデータリンクに異常発生――いえ、……?」

 動揺する通信官+解析官の声――二号車から摩耶が叱咤。《転送経路を最優先で確保、レベルCまでに汚染を食い止めて!》通信モニターに向き直る。《敵の解析結果が出たわ。電子攻撃型EI兵器〈ハルピュイア〉――ギリシャ神話において盲目の預言者を苦しめたという怪鳥の名の通り、高度な電波妨害ジャミング機能によって厄介な相手よ》

「奴らはこちらの目と耳を奪うつもりか」ヴィーラント=モニターを射抜くように睨む/通信画面を振り向く。「……なぜ存在しないはずの方向から、敵が現れた?」

 痛恨の面持ち。《こちらの電子戦術を。電力消費をされたのよ》

と承知した上で、罠を仕掛けてきたのか?」わずかに瞠目――すぐに苛烈な戦意を燃やす。「急いで敵の侵入経路を調べろ。向こうがどんなでこちらの裏をかいたのか……それを見抜かない限り、地下の連中がまで見失うことになるぞっ」


 ――泣きたくなる――潤んだ瞳で後ろを振り返る。

 地下を走る軍用機体=荷台に鳴+藤波+グスタフ。

 その後ろ――どこまでも追ってくるお化け卵×四。

 闇の中で繰り広げられる悪夢の鬼ごっこ――まるきりホラー映画――

「クソッ……全然振り切れねえっ。おい、もっとスピード出ねーのかっ!?」

 藤波=悪態をつきながら小銃で牽制/弾丸を撃ち尽くすなり、予備の弾倉を叩き込む。

《地上からのサポートがナッシングぅ、なのでぇ。これが限界ですぅ》

 間延びした電子音声――グスタフが無言で端末を操作/〝ダメだこりゃ〟と首を振る。

「うっうっ……」鳴=必死に盾を構えながら嗚咽おえつを漏らす――さっきから無線通信で何度も仲間を呼び出してるのに。地上とも連絡が。地図も

 ないない尽くし――いきなり夜の海に海図やコンパスも持たず放り出された気分。

「大丈夫か、嬢ちゃん?」

 ふいに機甲ごしに頭を撫でられた――上目遣いに藤波を見る。

 こちらを見下ろす眼差し――〝やれやれ、この泣き虫お嬢ちゃんには困ったもんだ〟とでも言わんばかり――

「へ……平気だもんっ!」

 ぷいっと顔を背けて盾を構え直す――キリッと顔を引き締め、探査で敵の姿を捉えた。

 お化け卵の機銃掃射×四=まるで炎を噴く怪物の雄叫び――飛び交う火線を抗磁圧の壁で跳ね返す――その隙に軍用機体がギャギャギャッと鋭いドリフト走行で脇道へ逃げ込む――曲がりくねったトンネルの向こうに、敵の姿が見えなくなる。

「ナイスだぜ、嬢ちゃん」藤波=ニヤリとした笑みを浮かべたまま、目ざとく周囲を警戒。「……ほら、今のうちに出来るだけ引き離せっ!」急かすように機体を叩く。

《スズカBぃ、了解ぃ》アームをと掲げて速度を上げる二号機――敵の音が少し遠ざかる――だが/地下を反響する不気味なうめき声は、まだ途絶えてくれない。

「うっうっ……、なんで逃げられないの……?」

 さっきからこれの繰り返し――執拗に追いかけてくる敵――こっちは暗闇の迷路をジグザグに走っているのに、一旦引き離せても、すぐに追いつかれてしまう。

……」何気ない呟き。

 藤波が頷く。「きっと、ハイエナみたいに耳や鼻が利くんだろうな」冗談めかした口調/ふと首を傾げる。「待てよ……耳……?」真顔で鳴に向き直る。「おい。嬢ちゃんたちは確か、ってヤツで周りをてるんだよな?」

「そうだよ……だよ?」真剣な眼差しにちょっと驚き――同時にハッと閃き。

 藤波=鳴の瞳に理解の色が浮ぶのを察する/不敵に微笑む。「! ひょっとして、奴らは?」

 勢い込む藤波――ちょっぴり気圧されながら、それでもわらにもすがる思いで相手に従う。「た、試してみる……」意を決して超音波探査を停止――途端に灰色の視界が一転=肉眼による真っ暗闇に。「た、探査は切ったよ……?」

「よし! おい、どこか適当に曲がってくれっ!」

 応じるように軍用機体が分岐路を左へ曲がる――そのまま斜面を滑るように下へ。

 細い下り坂――ガタガタ揺れる荷台――初めて味わう真の暗闇。

 何も見えない――頼りはヘッドライトの灯りだけで、周りの様子が全く分からない。

 逆光に二つの影――思わずヒヤッとする――すぐに藤波+グスタフだと気がつく。

 ――ドキドキ+うるうるしながら、祈るように闇の奥へ耳を澄ました。

 見えない闇の向こう――お化け卵の電動音が、徐々に遠ざかってゆくようだった。

「よっしゃあ、上手くいったぜ!」藤波=嬉しそうにガッツポーズ。「コウモリ探知機と同じ原理だぜ。電波妨害ジャミングのせいで奴らも通常の探査手法が使えねーのさ。だから代わりに、受動式パッシブセンサーで捉えた超音波を追っかけるよう、プログラムされてたんだろうな」

 鳴の頭をわしゃわしゃ撫でる――隣でグスタフ=むっつりとグッジョブサイン。

 先ほどからの扱いに不満を覚えるものの、鳴もひとまず安堵した――ふぅ~っと大きく息をついて、あらためて二人に訊ねる。「――でも、これからどうするの……するの?」

「何とか地上と連絡をつけるか、他の班と合流してーけどな……」藤波が言葉を濁す。

 通信機に耳を当てたグスタフ=無言で首を振る――敵から離れても通信は回復しない。きっと地下の広範囲が妨害されている/あるいは逃げるうちに、通信が支障をきたすほど深くへ潜ってしまったか――いずれにせよ、今いる場所が地下のどの辺りかも分からない。

 仲間たちが心配だった――響+奏――弱気な鳴をいつも励ましてくれる二人。

 ふいに湿った風が吹く――斜面を降りた軍用機体――やや速度を落とす/ヘッドライトの灯りに浮ぶ古い地下道――朽ちた外壁/よく分からないけど、かなり年季が入ってそう。

 知らない世界へ迷い混んでしまった気分――その時、ふいにが聞こえてきた。

 ――どこからともなく聞こえてくる

 雷に撃たれたように背筋がゾクッとした――動悸が高鳴る/耐えようのない息苦しさ/とてつもない嫌な予感に、顔を真っ青にして声を絞り出す。

「あ、……聞こえるよぉ……」かすれるように呟く――いつにも増しておかしな少女の様子に、何事かと二人が顔を見合わせる。

「落ち着けって、嬢ちゃん。もう敵は近くにいねーよ」幼い子供をあやすような声音――暗くて表情は見えないが、相手の戸惑う雰囲気が自然と伝わってきた。

「この先は……」込み上げる無力感――大人には分かってもらえない。

 でも仕方ない――時計ウサギクロックバニーは、鳴にしか聞こない。

(うん、そうだよ)だってウサギは。(アナタがを呼んでるの)あの日、間違いを犯した。(アナタが不幸を呼んでるんだよ?)

 ――人工心肺が早鐘のような音を刻む――鳴は潤んだ瞳で、何もかも諦めたように呟いた。「ウサギにうと……いつも――」

「……あん? 嬢ちゃん、それってどういう意味――」

 刹那――軍用機体の下方で、目も眩む閃光が起こった。

 天地がひっくり返るような凄まじい衝撃――何が起きたのか分からないうちに、爆風に吹き飛ばされた鳴の体が――そのままもんどり打って地下道の隅っこへ倒れ込む。

 頭がガンガンする――ぐわんぐわん耳鳴り/ゲホゲホ咳き込む/鼻の奥がツンッとした。

 涙に視界がかすむ――這いつくばったまま両目を開いた先に、その光景が飛び込んだ。

 ゆらゆら揺れる炎――大きく陥没した床/至るところにひび割れ――トンネルの中央で、脚部を破壊された二号機がガックリと倒れ伏している――信じられない思いで見つめる。

 ――地下道の床に――全て計算づくの罠――最初からこっちの目と耳を奪った上で、ここへおびき出すのが敵の目的だったんだ。

 歯を食いしばって立ち上がる――後悔と惨めな気持ちを味わいながら、二人を探した。

「――藤波さぁぁぁんっ、グスタフさぁぁぁんっ」

 擱坐かくざした軍用機体/離れた位置に倒れた――走り寄る/膝枕するように抱き起こす。

 気を失った藤波――息をしていることに心底ホッとした。挫けそうな心を奮い立たせ、さらにグスタフを探そうとしたところで――あの唸るような電動音を聴覚が捉えた。 

 振り返った先――炎が照らし出す地下道/斜面を降りて来る、お化け卵の巨大な影絵。

 もう、止めて――鼻をすすりながら、藤波を抱えて走ろうとした矢先――――地下道全体に地割れのような亀裂が走る――、と思った時にはすでに遅かった――まるで地獄の釜の底が抜けるように、老朽化していた地下道の一部が音を立てて崩壊――――言葉にならない悲鳴を残して、なすすべもなく暗黒の穴底へと飲み込まれた――荒れ狂う土砂に揉みくちゃにされ、ふっと意識が遠のく。

 ――気を失う寸前、そんな風に思った。

 だが――――すぐに何もかも分からなくなり――やがて、全てが暗転した。


     ***


 地下道の傾斜を走る複数の人影――矢のように飛び回る銀光。

「しつこいわねぇ……よってたかって女の子を追っかけ回すなんて、最低よぉ」

 奏――暗視装備を付けた武装集団を引き連れ、トンネル内を飛翔/分岐点を右に左に/出し抜けに広い空間=複数のトンネルが連結する集合管に辿り着く。「――今よっ!!」

 ぎょっとする敵集団――三方向からダニエル・エミル・軍用機体が敵を包囲・銃撃――逆に追い込まれたと悟った武装集団が、慌てて来た道を退き返す――すぐに地下道のいたる所へ突き刺さった無数のニードルに気づく。「はぁい、残念賞ぉ~♪」

 奏の絶唱――遠隔起動した超伝導テーザーが、電撃の檻と化して敵集団を閉じ込める。

 感電ビリビリ=敵が黒こげに/暴発パンパン=炸裂した弾丸を浴びてズタズタに/狙撃ダダダッ=辛くも逃げ出した生き残りを、双子と軍用機体の放った銃弾が容赦なく撃ち倒した。

「どう? 一丁上がりよぉ」

 軍用機体へ華麗に着地――双子のダニエル+エミル=感心。「すげえ。もぐら叩きみたいに倒せちまった」「まるで相手の動きが分かるみたいだぜ」

 奏=ふふんっと得意気。「みたいじゃなくて、分かるの。超音波探査を使わなくたって、奏にはゼ~ンブお見通しよぉ♪」パリコレモデル張りの優雅さで一回転――背で輝く羽=あらゆる電磁波と音響を解析できる優れもの/装甲の上で妖艶に足を組む。

 頷く双子=また胸とお尻を見やる。「流石だぜ、姉御」「ホントに大したもんだ」

 気づかない奏。「さっ。早いとこ仲間と合流して、こんな地下からおさらばしましょ」


 闇――星々の光すら届かぬ領域において、ソレはただ機械的に、ソレに与えられた使命を果たしていた。ソコに意思と呼べるものはなく――極めて無機的に標的ターゲットを追い続ける。

 その空間においてその標的は、暗黒の海に浮ぶ篝火かがりびだった――ある種の蛾が捕食者への対抗進化として自らを捉えるを探知するすべを会得したように、ソレは内包された精密機器によって、獲物の発するを正確に精密に追尾していた――逃げ場を失った標的は、今や袋小路となる一本道をただ破滅へと突き進む、無力でちっぽけな存在に過ぎない。

 そして、とうとう終着となる行き止まりに突き当たる――憐れに立ち尽くす標的に対し、ソレは一切の慈悲もなく、ただ終わりをもたらすために、甲殻の顎門あぎとを開き――


! いいぞ、響隊員!」

 装甲を開いたEI兵器×三台の後方――壁の一角であったものが、激烈な火を噴いた。

 トンネル内を加工し息を潜めていた一号機スズカA――前脚に搭載された機銃×二を一斉掃射ダダダダダダダッ

 降り注ぐ弾丸=お化け卵の甲殻を抉る・削る――一台が機能停止/反撃に転ずる二台。そこに影が降ってくる――大須=機械仕掛けので天井に張り付き、頭上より強襲。

 甲殻の隙間に軍用ナイフ×二を叩き込む――右/左/重量挙げみたいに敵を持ち上げる。

「ぬぅんっ!」桁違いの――砲丸投げよろしく宙を舞う敵が壁にぶち当たる=白煙。

 さらに残りの一台――果敢に突撃する小柄な蒼い影=響。「これはですよっ」

 渾身の電撃拳スタンナックル――探査によって捉えた弱点=機体下部の探査装置を破壊。

 目を奪われ立ち尽くす敵兵器――追い討ちで両腕の超伝導レール式マシンガンを零距離接射。

 磁化された弾丸が集中豪ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ雨と化して吹き荒れるダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!――敵の甲殻を穿ち、内部機構を蹂躙。内側から火を噴くお化け卵――脚部が力を失い、ひれ伏すように擱座かくざ=動作を停止した。

「やりましたね、大須班長」響=銃口を下げ安堵の吐息。

「お礼を言うよ、響隊員。君が囮役ラビットになってくれたことで、上手く敵を誘導できた」

 大須=倒れたEI兵器から刃毀れしたナイフを回収しつつ、穏やかに応じる。

〝敵は特甲児童を狙っている〟――それに気がついたことで、相手の特性を逆手に取った反撃に転ずることができた――敏捷な攻撃手フォワード&敏感な聴音手ソナーのコンビネーション。

 咽頭マイクに手をやる大須。「こちらA班、敵性兵器の無力化に成功しました」

 ノイズが走ったあと、応答あり――汚染をばら撒く敵を排除したことで、地上との交信が復旧。《――了解した。そちらの状況を報告しろ》

「機体に損傷を受けたものの、走行には支障なし。引き続き任務を遂行可能です」

 少し間が空く――いつも以上に抑揚を抑えた副長。《こちらで情報汚染は食い止めたが、位置座標ナビの再計算には少し時間が必要だ。……現状で、他班と合流することは可能か?》

「うちの連中に、生まれ育った街を案内ナビに頼らねば歩けぬ者はおりません。例え地の底であろうと同じことです」大須=平然と応じつつも手早く装備を確認/合流ルートを思案。

 その間に響も無線通信かざぶえ――仲間の安否を確かめる。《奏、鳴。大丈夫ですか――?》

 しばしの空白――背中にとした感覚が襲ってきたところに応答=奏。

《――こっちも今、敵を撃退したところよ。……?》

 いつになくひっ迫した口調――嫌な予感が再燃。《……何かあったんですか?》

《鳴と連絡が取れないわ。あの子のことだから、うっかり無線を閉じたまま、忘れてるって可能性もあるけどね》茶化すような言葉の裏に焦り――考えるより先に叫んでいた。

――!!》全チャンネルオープン設定――だが/反応がない。

 その時――出し抜けに震動。

 思わず身構える――パラパラと零れ落ちる砂粒=地下道全体が微かに揺れていた。

「これは――」この国ではめったに起こらない――到底、自然現象とは思えない。

「……微かだが、遠くからが聞こえた。どうやら、

「ひょっとして、鳴たちに何かが――?」息を飲む響――静かに大須が頷く。「急ごう。例えこれが敵の罠だとしても、仲間を見捨てることはできないからね」

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