第16話「地下道捜査」
陸
ウィーンの地下に広がる大下水道。
十九世紀初頭――
それから一世紀余り――複数の集合管を再整備/放水路がくもの巣のように連結される。
そして現在――各ライフラインの埋設配管・地下運河・調圧水槽・犯罪者や悪徳業者が勝手に加工した非公式な坑道が増設され、現代版の
「ここがメイン管ですか?」「意外とキレイじゃなぁい」「うっうっ……広いね、ね?」
おっかなビックリ、ライトに照らされた大きなチューブ状の空間を眺める響・奏・鳴。
三人ともすでに機甲化――暗渠から縦坑を通って一階層下へ移動ずみ――その後ろでは軍用機体が運搬してきた機材を前に、
フル装備姿の大須――
「コ、コレラ……?」鳴=唐突に飛び出した不穏な単語に、ふるふる。
なんだか嫌なカンジがする――地下道に入ってから動悸が高鳴る/でも、それをなんて表現していいのか分からないし、あの音も聞こえない――結果、オドオドした様子で瞳を潤ませ立ち尽くすものの、周りには〝いつも通りの姿〟としか映らず。
「心配すんな、嬢ちゃん。大昔の話だって」
急に声をかけられてビクッとする――肩に
「メイン管だけでも二千キロあるんでしょ? 全部合わせたらどんだけ広いのよぉ」
奏=さっきから神経質に羽を振るわせる/実はホラーとか苦手なのはナイショ。
「それを私たちだけで調べるんですか?」
響=もっともな意見/実は未知の空間にちょっとワクワク。
三人娘=脳内チップでデータを確認――脳の視覚野に
だが――地上より高らかに届く摩耶の声音。《公式・非公式合わせて全長七千キロね。〈
さらに副長。《
電波に変換された無常なる指令が、極めてクリアに三人の聴覚野を直撃――地下に設置された補助機材=複雑に反射・回折する通信電波を中継する伝送装置の賜物。
「了解です、副長」大須=太い首に装着した咽頭マイクを片手で操作/きびきびと応答。
「さて……それではお嬢さん方。これより地下の探検ツアーを開始しよう」
集合する隊員+三人の少女――駐機していた軍用機体の後部が展開・スライド・変形=立ち乗り式の兵員輸送カーゴが出現――テントウムシが機械仕掛けの
迅速に行動する隊員たち=軍用機体×三に分乗――響・奏・鳴もそれぞれ別の機体へと乗り込む――三班に分かれる地下捜査チーム。
「カールとフリードリヒは命令あるまでここで待機だ。我々が地下で迷子にならぬよう、しっかり機材を見張れ」大須が指示を飛ばす/自らも荷台に乗り込む。「では、出発だ」
《はぁ~い、それではぁ~出発進行ぉ~♪》
緊張感もへったくれもない音声がトンネル内に反響――装甲タイヤを唸らせ走り出した三台の軍用機体が、地下道をそれぞれ別の方角へ。
鳴=思ったより揺れの少ない荷台から仲間を見送る。超音波探査による灰色の視界の中で、その後ろ姿がどんどん小さくなり――やがて、闇に溶けるようにして見えなくなった。
排水がちょろちょろ流れるトンネル内を、飛沫を上げて突き進む軍用機体=
地上から隔絶された空間/ヘッドライトに照らし出される円筒形の道/このまま地の底まで続いてるんじゃないかと錯覚しそうになる。アリスのウサギ穴みたいに――
「どうした、嬢ちゃん?」
またもビクッとする――おずおずと相手を見上げる。
「まー、そう緊張すんなって。オレらの任務は偵察だからさ。
片目を瞑る藤波――荷台の手すりに寄りかかってリラックス/本人が一番お気楽な調子。
そんな風に〝
「…………」隣にヒゲもじゃ隊員の顔があった――一緒に捜査隊B班に編入されたお仲間。
むっつりと無言を貫くヒゲもじゃ――この人、さっきから一言も喋らない(汗)。
右に藤波/左にヒゲもじゃ――へらへら/むっつり。
手すりをギュッと握り締めながら――鳴は早くも〝帰りたい〟と思い始めていた。
地下下水道を北東方面へ走行――捜査隊A班=
小柄な少女と巨漢の
《この先~五十メートル前方に~別れ道だよ~♪》一号機=カーナビみたいなアナウンス。
身を乗り出す響――進行方向に二つのトンネル=下の階層へ通じる傾斜路を視認。
「さて、
響=ジッと観察/逆U字型の旧下水道=どちらもほぼ同じ大きさ。「……
「なぜそちらを?」興味深そうに大男が訊ねる。
流れる排水を指差す。「水の流れです。どちらも一本道のはずなのに、右側だけ水量が少ないのは不自然です。データ上にないトンネルが存在する可能性があります」
「なるほど。では一つ、それを確かめるとしよう」
ヘッドホンを取り外す大須――耳の無い側頭部に移植された半球形の機具=映画に出てくるフランケンシュタインの電極ボルトそっくりな機械化
唖然――機械化された耳/それがもたらす能力――どっちも驚き。「フランケン班長、そんなことまで分かるんですか?」
「大須でいいよ、
平然とした大男――機械化された身体を受け入れた者たち/相手もその同胞であると実感/急に親近感と共感が湧いてくる。「じゃあ――私も響でいいです、大須班長」
「これからはそう呼ばせてもらうよ、響隊員。――それでは、先を急ごう」
《下へ~参りま~す♪》二人を乗せた軍用機体が、意気揚々と傾斜を降りていった。
地下道を西方面へ進む銀色の輝き――捜査隊C班。
「前方三キロ四方を見てきたけど、進路上にトラップは存在しないわね」
奏=背の羽の特性を活かし、先行して周辺地形を探査――戻るなり軍用機体の上に着地。
「驚いたな、もう調べちまったのかい?」と兄ダニエル。
「大丈夫かい、見落としたら大事だぜ?」と弟エミル。
「ふふん、奏を甘く見ないで。このくらいラクショーよぉ」軍用機体をお立ち台代わりに、胸を張って誇らしげなポーズ/探査能力に優れた
「うんうん、確かに大したもんだ」ダニエル=少女の豊かな胸の膨らみを見て納得。
「こいつはお子様扱いできねえな」エミル=ぷりんと揺れるお尻に鼻の下を伸ばす。
「分かればいいの。さっき二キロ先に横穴を見つけたから、そっちを調べましょ」乗馬を操るように機体の装甲をぺしぺし叩く「さあ、行くわよスズカ!」
《スズカC、ラジャーです☆》ぶるんと機体を震わせ走り出す三号機――車上にどっかりと横座りする少女+従者のように付き従う男どもを乗せた機体が、細い脇道へと入る。
「
仰天する双子。「おいおい、いま通ってきた方向だぞ?」「なんでそっちから敵が?」
「他の枝道から回り込まれたのよ。やってくれるじゃない」悔しげに機甲化した爪を噛む。「ルート変更、引き返すわよっ!」
言うが早いか機上から飛び立つ――
入口から北へ四キロ進んだ地点――捜査隊B班=暗い地下道をノロノロと進む
藤波=口笛。「雰囲気あるよな。けどこの手の地下トンネルって、映画だとよくゾンビとかお化けとかが出て来んだよな~。いわゆる〝お約束〟ってヤツ?」
「…………」笑えない冗談――誰も返事をしないため無神経な笑いのみが地下に木霊する。
その手のパターンで真っ先にやられるのは、この優男みたいなヘタレっぽいキャラからだったはずだが……勝手に不穏なフラグを立てるお調子者の相手をするつもりはさらさらなく――ただ宙の一点をジーッと眺め、だんまりを決め込む。
隣ではさっきからヒゲもじゃ隊員(仮)が端末と睨めっこ=黙々と作業/地図と現況の誤差を測定――軍用機体のデータリンクに連動させて、情報を地上へと送信中。
ふと、相手がこっちを向いた――無言で何やら身振り手振り=謎のパントマイム。
「うっうっ……何?」全く意味不明――どうやらこっちと意思疎通を試みているらしい。この人も訳が分からない――地下の奥底で、謎の地底人に遭遇したような錯覚に陥る。
その様子に藤波が気づく。「ああ、グスタフな。そいつ、ワケありで喋れないんだよ」
思わず「えっ」と声を上げそうになった――神妙な顔でヒゲもじゃ改めグスタフを見る。
少女の視線にグスタフ=己の左足を指す――藤波が通訳。「こいつさ、前に地雷で左の義足を吹っ飛ばされちまったんだよ。んで、それ以来この通りなワケ。
全然面白くない――障害とか失語症とか、もっとシリアスな理由を想像して損した。
したり顔の藤波。「オレらの分隊は全員〈
藤波のウィンク――げんなり=そっぽを向いて
……返事がない/二人とも任務に集中してるっぽい――なんだろう、この不安定な気分。
胸中に
「うっうっ……どうしたの?」危うく手すりに鼻をぶつけるところだった――もう、止まるなら先にそう言ってよ――抗議の意思を含んだ上目遣いで、藤波を見上げる。
「いや、こいつが勝手に止まったんだ。なんだって急に……」首を傾げながら装甲をこんこん叩いていた藤波が、言葉を飲み込んだ。「――嬢ちゃん、伏せろっ!!」
次の瞬間――地下道に耳を
鳴=いきなり頭を押さえ付けられて目を白黒――その頭上/一瞬前まで頭があった空間を
とっさに抗磁圧のヘルメットを展開――衝撃で荷台から振り落とされる/受け身を取って態勢を立て直す。耳鳴り/頭がぐらぐら――地下道の床に伏せたまま、辺りを覗う。
眼前にたたらを踏む軍用機体=装甲のあちこちに弾痕/火花/その先――片側が壊れたヘッドライトの灯りに照らされるトンネルの向こうから、のっそりとソレが姿を現す。
丸い甲殻/
「ヤロー……
「さ……させないもん!」すかさず鳴が飛び出す――二人の前に出て盾を構える/不可視の
「助かったぜ、嬢ちゃん!」藤波=機体を盾にして小銃を構える/
間髪いれずグスタフが追撃=小銃のバレル下部に装着した
ぐらつく敵機――出し抜けに二号機が再起動=猛然と突進・体当たり――ずしん!
地鳴り・震動――壁にめり込んだお化け卵が、そのまま煙を噴いて動かなくなった。
「なんだってんだ、一体……?」冷や汗を拭う藤波――珍しく緊張を張りつけた顔つきで、警戒するように軍用機体へ近づく/無言でグスタフも追随。
よっこらしょっと壁からボディを引っこ抜く二号機――パラパラと天井から零れる砂/おずおずと鳴が声をかけた。「――スズカちゃん、大丈夫なの……なの?」
《はぁい、スズカBぃ。問題が発生したのでぇ、
軍用機体――瞬きするように各部の探査装置を明滅させながら、犬のようにお座り。
「なんだって?」訝しげに機体を覗く藤波――隣で首を振るグスタフ=〝分からん〟。
「こいつ、どっか調子悪いのか?」顎に手を当て考え込む――ふと、顔を上げる。
耳を澄ます――どこからか聞こえる、低く唸るような電動音――まるで怪物のうめき声。
「おいおい、お次はなんだ?」映画のやられ役さながらに間抜けな台詞。
藤波とグスタフが銃を構え直す――ジリジリ後退しつつ、暗視照準器で周囲を警戒。
次第に音が大きくなる――近づいてくる――ごくりと唾を飲み込み、後ろを振り返る。
通ったばかりの地下道――その闇の向こうから現れる、新たな四台のお化け卵。
たいへん、たいへんだ――嫌な予感が的中/見事なお決まりのパターンに、眩暈がした。
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