第15話「聖水曜日の朝」

   伍


 BVT支局ビル二階――職員用の共同食堂。

 午前七時――他の大人たちに遠慮して、広い食堂の隅っこでテーブルを囲む少女三人。

 今日は聖水曜日ハインリヒ・ミットヴォッホ/または香油の日――聖週間も半ばに入り、ほとんどの行政機関が一斉にお休みに。ここの職員も多数が非番か準待機――でも、どこかひそやかな雰囲気。

 寮のロビーで確認した本日の勤務予定は、三人とも〈DS〉=上番デインストザイン

 MSE隊員は午前八時半に地下格納庫ハンガーへ集合――奏の話では、どこかへ出動するらしい。

「それじゃあ、地下鉄はまだ封鎖されたままなんですか?」

 二つに切った丸パンゼンメルにバターを塗りながら、響が訊ねる。

「そ。ラートハオス駅は、しばらく立ち入り禁止ね」カロリーメイトの包みを開く奏――眠気を吹き飛ばすようにコーヒーと共に嚥下えんか。「おかげで旧市街周辺の運行表ダイヤが乱れて、鉄道会社は大忙しって話よぉ」

 鳴=齧りかけのゆで卵をと一気に飲み込む/仲間二人を上目遣い=うるうる。

「うっうっ……。やっぱり、なのかな……かな?」

 しばし沈黙。

 食堂に設置されたテレビの映像――ワールドワイドTVの女性レポーターのスマイル/地下鉄Uバーンの一部運休を軽く報じる/すぐに夜の停電タイムに伴う電力規制に関する話題へ。〝建設中の地下鉄線路から変死体が発見された〟なんて報道はなし――おそらく

 昨夜――爆弾騒動から一転――報告を受けたBVT捜査班が急行/ただちに現場を封鎖。

 発見者である鳴+藤波=捜査官から質問攻め――本部に帰還してからも、発見時の状況を根掘り葉掘り聞かれた。おっかない捜査官に身をすくめる鳴に代わって、同席した藤波がのらりくらりと受け答え――やっと解放された頃には、もう日付が変わっていた。

 その間――響+奏は七階のMSE本部でシャワーも浴びずに、鳴を待っていてくれた。仲間のさり気ない優しさが嬉しい――同時に、迷惑かけてばかりで後ろめたくも感じた。

「別に、鳴は悪くないですよ。むしろ、お手柄じゃないですか」

 ブドウジュースのストローを咥え、何でもない風に響が言う――それに奏も同意。

「そうね。それに現場を封鎖したのは多分、別の理由からよぉ」そこで一旦、間を置く。「噂では、殺されたのは治安組織の人間だったらしいわ」

「……なんですか、それ?」響=自然と小声に/鳴もおっかなビックリ耳を傾ける。

 奏。「昨日、隊長室の前で副長たちがBVTの捜査官と話してるのを聞いちゃったの。どうやら発見された遺体は、BVTの情報監督官のものだったそうよ」

 響。「? じゃあ犯人は、この国の治安組織に恨みを……?」

 鳴。「ねえねえ。それって、どーゆーことなの……なの? 」

 そこで周りの様子を覗う/粛々と朝食を摂る職員ら――三人で身を寄せ合い、ひそひそ。

「――つまり、あの遺体は犯人からのってこともあり得るワケ。現に発見された遺体の胸には、トランプのカードが釘で打ちつけてあったそうよぉ」

 奏=豊かに膨らんだ制服の胸元を指す――首を傾げる鳴/遺体の状態をそこまで詳しく見てなかった/捜査官たちも教えてくれなかった――何か事情わけがありそう。

 同じく疑問を抱いた響=眉をひそめる。「?」

「スペードのエースよ」

 真顔の奏/顔をしかめる響――二人とも食事を中断/そのまま押し黙る。

 不穏な気配――おずおずと鳴が質問。「ねえ、それって……なんなのかな、かな?」

スペードのAピーク・アスは、死と不幸の象徴です」

「大昔のベトナム戦争では、アメリカ兵が殺した敵の顔にそうよ。そうすれば、敵が逃げ出すと信じていたらしいわ。他にもイラク戦争の時には、有志連合軍に配られた〝イラクのお尋ね者トランプセット〟で、スペードのA役に選ばれたサダム・フセインが、その三年後に絞首刑にされたりもしてるわねぇ」

 鳴=ごくりと唾を飲み込む――空気がジットリと重みを増す気がした。

 信じられない――そんな出来事が過去にことも、今またこの都市でことも。呪わしい何かが突然、目の前に姿を現したかのように、言い知れない恐怖で震えが走った。

「うっうっ……。もう、ババ抜きオールドメイドはやらない……やらない」ふるふると耳を塞ぐ。

「私も……しばらくトランプには触りたくないですね」

 響=シュコーッと間抜けな音を立てるストローを、ジュースのパックごと握り潰す。

 まるでそうすることで、嫌な空気も纏めて消えてしまえばいい、と祈るような仕草。

「今度からカードで遊ぶ時は、日本の花札ハナフダにでもしときましょ」

 重たい空気をシッシッと追い払うように奏が手を払う――珍しく響も調子を合わせる。

「いいですね。でも、日本ヤパニッシュの遊びなら棒崩しミカドにしませんか?」

「あれって元はドイツ発祥じゃなかったかしらぁ?」「だって、とかとか、日本の言葉ですよ?」場を明るくしようと軽口を叩き合う二人/それに鳴も顔を上げる。

「あのあの……、私は食べられるポッキーミカドの方がいいなあ……いいなあ」

 瞳を潤ませ、はにかむ――それを聞いて響+奏=呆れるように嘆息。

「鳴って意外と大物ですよね」「確かに敵わないわぁ」「え、え? なんで……なんで?」

 誰となく笑い出す――不穏な話題はそれっきりに、いつも通りの愉快な朝食へ戻る。

 お流れになった聖週間の予定/不気味な事件/面倒なお仕事――嫌なものから目を背け、全力で逃げ出すように――三人とも、しいて明るい話題を振りまいた。

 何気なく窓の外へ目を向ける――抗弾仕様のガラスの向こう、そびえるビルの谷間からのぞく空には、どんよりとした雨曇が立ち込めていた。


 ビルの地下二階――車両区画。

 装甲車両や軍用機体が鎮座する車両基地――その一角に設けられた待機所。

 出動準備中のMSE装甲車両――忙しなく働く整備要員を尻目に、静かに佇む眼鏡男=BVTのヨルン捜査官。「変死体となって発見された本局の情報監督官だが、司法解剖の結果、その死因はであることが判明した。また肺に溜まっていた水からは、下水道に放流される生活排水と同濃度のが検出されている」

」端的に述べる男=MSE副長ヴィーラント。「コウモリ野郎フレーダーマオスは俺たちへメッセージを送っている。これは奴からの挑戦状だ」

 くいっと眼鏡の位置を直す。「この一件に〈ヴァイスシュベルト〉が関与しているかは、まだ調査中だ。任務に不確実な先入観を持ち込むな」不機嫌そうに釘を刺す。

「なぜこのタイミングで、?」

「何?」眉根に皺を寄せるヨルン/狼の目がギロリと相手を射抜く。「殺された監督官は、数週間前から行方不明になっていたそうだな。その間、?」

調。ヴォルフ、貴様が知る必要はないっ」有無を言わせぬ口調=鎌首をもたげる白ヘビの威圧。「お前たちの任務は地下道の先行調査だ。それ以外の案件は捜査部に任せ、MSEは与えられた職務を全うしろっ」捨て台詞と共に踵を返す。

 息を荒げて歩き去るヨルン――すれ違った摩耶=怪訝そうにヴィーラントへ歩み寄る。

「出撃前に油を売っていると思ったら、何を話し込んでいたの?」

「ただの世間話だ」平然と応じる――無言で停車中の指揮車両へ乗り込む間際、相手のみ伝わる低い声でささやく。

「BVTは何かを隠してやがる。今日中に、殺された監督官の情報を探るぞ」

 息を飲む摩耶。「まさか……その被害者が敵の内通者スパイ?」

「それを調べる。上層部は当てにするな」闇に潜む獲物を注意深く見定める、狼の眼差し。

「前回の件で解析課から睨まれてるのよ? ただでさえBVTのマスターサーバーはっていうのに、また無茶な注文ね」ジトッと半眼。

「だからこそだ。出撃中なら接続官コーラスを通して、本局のデータベースへアクセスできる」

「ええ……確かに同じなら、人間よりAIの方が、まだ与し易い相手でしょうね」〝目の前にいる、誰かさんみたいにね〟と、言外に相手をたしなめる。「あなたのギャンブル狂いは、もはや立派な病気よ。この先いくつ付き合わされる羽目になるのかしら?」

「全てを清算するまでだ。

 ヴィーラント=決然とした態度――言い終えるなり、先頭の車両へ入ってゆく。

 摩耶=物憂げなため息――車両区画の入口から流れ込む水滴/降り出した春雨/嫌でも重くなる気分を振り払うように、ハイヒールを鳴らして後続の車両へと乗り込んだ。


     ***


 ミリオポリス第一区――地区東部の市立公園シュタットパーク

 普段は市民の憩いの場として、散歩する人々や観光客で賑わう園内――今日はしとしと降る雨の影響か、午前中にも関らず人気ひとけのない敷地に停車する漆黒の装甲車×三。

 MSEの所有する指揮車両+通信解析車両+転送支援車両――前線基地でもあるそれらを取り囲む隊員+三人の少女――コンクリートで護岸されたウィーン川の河岸を、レインコート姿でうろつく/そびえる大洞穴を前に、ぽつねんと立ち尽くす。

 鳴=うるうる。「うっうっ……?」

 ポッカリ開いた大穴=地下下水道へ通じる暗渠あんきょの入口――まるで地獄に至る落とし穴か、巨大な怪物の胃袋といった暗闇に身を震わせる。穴の奥から漂う湿った空気/ドブっぽい臭気/じめじめと苔むした古いレンガ造のアーチ壁――嫌でも陰鬱な気持ちに。

「いいな……奏ちゃんは飛べて……」恨めしそうに飛べる仲間を見やる。

 特甲は複数のマスターサーバーによる合同設計――そのため装備も本人の資質によって千差万別/空中機動型と地上戦術型の違いも、先天的な素養による一種の不可抗力。

 奏=さばさば。「仕方ないでしょ。二人とも、落っこちないよう注意しなさいよぉ」

 響=こわごわ。「……深さはどの程度なんですか?」

 この都市の河川=ほぼ濁った排水――確かにあの中へ落っこちたら、シャワーを浴びてもしばらく臭いが取れなそう――嫌な想像に、揃ってゲンナリ。

「この辺りはそこまで深くないよ」野太い声に振り向く――大須と藤波のコンビ。

「この都市の下水道は、排水が複数の隧道ずいどうへ分散されるように出来ている。この程度の雨なら心配ない」大須=一人だけ傘/隊内一の巨漢ゆえ、サイズの合う雨具がないっぽい。

「ま、お互い頑張ろうぜ」藤波=こちらはレインコート/相変わらずへらへらした態度。

 ふいに鳴を見やる――〝昨日の夜は大変だったな、嬢ちゃん?〟という風に片目を瞑る。

 俯いてぬいぐるみをいじる/なんとなく気恥ずかしい――顔をそらした先、暗渠の上を走る幹線道路が視界に飛び込む。「な、……!」

 大須=楽しげに道路を指す。「どうやら、が到着したようだぞ」

「新兵科……?」首を傾げる響・奏・鳴。

 ゆっくりと姿を現す特大の輸送トレーラー――独特の重低音を上げ、車道の脇へ停車。

 恐る恐る輸送車へ歩み寄る――車輪の付いた白鯨モビィ・ディックといった迫力。降車したスタッフがきびきび作業/アウトリガー×六を展開/後部扉が上下に開かれる。

 颯爽と進み出る小型の軍用機体×三台――丸っこい暗色のボディ/正面に丸いライト/触覚のような二本の作業アーム/折り畳まれた四つの脚部――先端の装甲タイヤで移動。

 驚きをあらわにする少女たち――そこへMSEの車両内からコール。

 三人=顎骨がくこつの無線機による受信/隣で大須+藤波=頭に装着した通信機で会話を同期。

 摩耶。《ふふ、驚いた? 特憲コブラに配備されるAⅠ型多脚戦車ツェンタオアー。その市街戦対応モデルであるAⅡ型ケーフェルをベースに、初のとして開発された最新鋭の軍用機体。それがその子たち〝ケンタウロスCⅢ型ツェンタオアー・ツェードライ〟――通称〝テントウムシマリーエン・ケーフェル〟よ》

 ボディ各所に赤い斑点のような光学探査装置×五――確かにテントウムシっぽい外見。

 大須=機体の周囲をのしのし歩いて観察。「従来機に比べ、かなり小型だな」

《無人化によるものよ。操縦席を丸ごと廃したことで、軽自動車並みの小型軽量化を実現。兵器開発局の先輩たちが腕によりをかけた自信作よ。今回のような限定空間における作戦行動には、まさに最適の機体ね》

 藤波=こんこん装甲を叩く。「でも、無人っつーことは、外部からの遠隔操作だろ? 誰が動かすの、これ?」

♪》出し抜けに機体が跳ねるように立ち上がった。

「うおっ!?」仰け反る藤波――みなが唖然とする中、音を立て動き出す軍用機体×三。

 駐機状態から自律起動/脚部をと展開/四本脚でと起立――愉快に足踏み・くるくる回転・とアームを持ち上げる。《一号機~、起動したよ~♪》《二号機ぃ、問題ナッシングぅ》《三号機、オッケーです。キャハッ☆》

 独りでに挙手+点呼――小学校のお遊戯で歌いながら踊る子供みたいな、変に幼い仕草。スピーカーより発せられる間延びした電子音声――その聞き覚えのある小悪魔ボイスに、ぴくりと肩を震わせる響=額に汗。「その声……鹿?」

《はぁ~い、その通りぃで~すっ♪》×三。

 鈴鹿=優秀な接続官たる少女――接続時に意識を失う無意識型/故に任務中は電子的に構築した擬似人格AIが対応――あまり賢くなさそうな代理AI、とは口にしないのがお約束。

 摩耶。《どう? かつて憲兵の接続官コーラスが編み出したAIによる機体の遠隔操作戦術――通称〝フブキ方式スタイル〟と呼ばれるその戦術を前提に、ハード・ソフトウェア設計を行ったのがその子たちよ。こちらの車両と共にあなた方をサポートする、頼もしい味方でしょ?》

《そ~なのだ~♪》《かいこまりぃ》《ラジャーです☆》嬉しそうにくるくる回る三台。

 三人の少女=〝ホントに?〟と顔を見合わせる。

 脳裏を過る疑念――電子の小悪魔がコピー&ペーストで増殖した/頼もしさに比して、トラブルの種も〝倍率どん、さらに三倍(当社比)〟になる予感=戦々恐々。

「あはは、おもしれーなこいつら」藤波=一緒にげらげら/細かいことは気にしない性分。

「みな同型機では呼び名に困る。何かコードネームが必要だな」大須=大真面目に思案。

《わたしは~、スズカだよ~♪》《スズカって呼んでねぇ》《スズカです、キャハッ☆》

 しゅぴっと順にアームを動かす自称スズカ×三――三つ子みたいに見分けがつかず。

「あ~もう、ややこしい! こんなのこうすればいいのよぉっ!」

 イラッときた奏――制服のポケットから薄紅色のリップクリームを取り出す/キャップを抜いて、ちょこまか動く機体に飛びかかる。《あはっ、奏ちゃん。くすぐったいよ~》

「こらっ、ジッとしなさい!」残光を残し煌めくリップ――装甲表面に鮮やかなる筆記体で書かれるアルファベット/三台の側面にそれぞれマーキング=『アー』『ベー』『ツェー』。

「これで見分けがつくでしょ。分かった、一号機スズカA二号機スズカB三号機スズカC?」

 軍用機体――各部に備わる探査装置+MSE車両とのデータ共有でマーキングを確認/何やら小躍り/しゅたっと挙手。《わ~い、スズカAだよ~♪》《決定ぇ、スズカBぃ》《スズカC、ラジャーです☆》どうやら気に入ったらしい。

 徐々に雨足が強まり出した天気を余所に、能天気に踊り続ける三台の軍用機体。

「ホ、ホントに鈴鹿ちゃんが三人いるみたいだね……だね?」

 おずおずと述べる鳴――それにこくりと頷く響。

「別の意味で不安になってきました……」


 河岸に停車中のMSE二号車――通信解析設備を備えた最新式の電子戦車両内。

 モニターに展開される複数のファイル/ウィンドウに表示される三号車の接続室=接続官=車両電子装置ヴェトロニクス=軍用機体との戦術データリンクをモニタリング/横に外部カメラ映像。 

 画面に映る待機中の隊員たち/三人娘/新型機――真新しい装甲に鮮やかなマーキング。

 端末を操作する解析官から笑みが零れる――摩耶=タブレットを片手に微笑。

「遠隔操作は問題ないようね」くすくす。「登録コードも変更しましょうか、副長?」

「好きにしろ。地下に向かわせる部隊を三班に分割する。各機体を呼称に合わせたチームに編入させておけ」ヴィーラント=ポーカーフェイス/にこりともせず情報を閲覧。

 つれない相方に、肩を寄せる。「それにしても、よくやるわね。まさか斥候役を買って出る代わりに、新兵科の導入を上層部に認めさせるなんて」

「ガブリエル隊長が手を回してくれたお陰だ」

「……本来なら臨検を終えた段階で、とうに納入されていたはずの機体ですものね」

 様々な兵科の試験運用はMSEに課せられた命題の一つ――なのだが、往々にして肝心の実戦配備が後ろ倒しにされる。上層部にMSEをと思う輩がいる証拠。

 ヴィーラント=〝つまらんことは気にするな〟と片眉を上げる。「それより、地下道の構造解析は順調か?」

 摩耶=タブレットを操作。「鈴鹿がBVTのマスターサーバー〈キョウ〉を介して解析中よ。確認された敵の暗号化データを元に、解析プログラムによって兵器の運搬・組立てラインを二十三通りに推定。さらに都市内の電力消費データの推移と、新旧地下道の構造データとを照合――これで敵が潜伏する地点を、ある程度の範囲まで絞り込めるはずよ」

 モニター=市内全域の地図/地下道の立体地図/敵の存在する予測地点を次々と表示。

 頷くヴィーラント。「情報を本部と各機体のデータベースにもアップロードしておけ。捜査の進展に合わせて順次データを更新。これより三十分後、一○三○時ハルプ・エルフより作戦を開始する。地下に送り出す連中を、俺たちでバックアップするぞ」

「了解です」解析官たちのいらえ――ヴィーラント=摩耶に目配せ/二人で奥の待機室へ。

 カーテンを閉じるなり、話を切り出す。「が役に立ったみたいだな」

「早速、上層部から問い合わせが来ていることを除けばね」半ば呆れ顔で声をひそめる。「――それも再開発以前のデータなんて、?」

 無言で懐から小さな板を取り出す。「御影の旦那からの貰いもんだ」

 黒い手袋をした左手/手の平に載る青い――目を丸くする摩耶。

「いつの間にそんなもの……」受け取っていたの――と続けようとして、ふいに合点。

 昨日の酒場での一幕――御影に渡された/意味深な遣り取り。

 、と得心――それに頷くヴィーラント=不敵な笑み。

「目の前ばかり見てる奴は、周りが見えなくなる。BVTも同じだ。奴らはこいつの出所が気になって、足元に目が向いてねえ。その隙に、本局が何を隠しているのか探れ」

 呆れを通り越し、しばし絶句。「……あなたとはカジノに行かないよう気をつけるわ。の悪さで摘み出されても、弁解不能だもの」〝処置なし〟と、諦めたように首を振る。

 何食わぬ顔のヴィーラント――その左手からは、もうすでにカードが消失。

「俺は指揮車両へ戻る。そっちは、気をつけろ」後部扉へ手をかける――それから心外だといった様子で、去り際に注釈。「……あとな。俺は監視カメラに気づかれるような、下手なはやらねえよ」

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