第13話「ブレネンデリーベ亭より」
参
ミリオポリス
普段は自動車・バス・路面電車・観光用馬車が行き交う大通りを行進する装甲車両――
混雑する通りを迂回する黒い車――運転席にヴィーラント/助手席に摩耶。
「今年も憲兵は忙しそうだな」ハンドルを繰る/交通規制を避け〈リンク〉の外周を時計回りに走行――地区の西側、市庁舎の敷地内へ駐車=公務員の役得。
「独立州軍化していることに、批判が絶えないせいね。野党からすれば格好の的だもの」
助手席から降りる摩耶――市庁舎前を進むパレードを一瞥/相方を振り返る。
「この忙しいご時勢に、わざわざ旧市街まで足を運んだ理由を教えてもらえるかしら?」
「隊長から、復活祭の祝い酒を頼まれてな。近くに馴染みの店がある」
降車するなりさっさと歩き出す――眉をひそめて摩耶が続く。
大通りから裏路地へ/
カフェ兼ビールパブの店――表に看板=〈ブレネンデリーベ亭〉。
店内=奥のカウンター席に酔っ払い集団――新たに訪れた場違いな制服姿とスーツ姿の男女を気にも止めず、歌って踊って真っ昼間からビールを
ヴィーラント=慣れた様子で手前のテーブル席へ/麻耶も向かいの椅子に腰掛ける。
「いらっしゃい」店の奥から体格のいい男が出てくる――短い金髪/
「飛びっ切り美味い
注文を受けた男が陽気な足取りで奥の部屋へ引っ込む――再び眉をひそめる摩耶/小声で耳打ち。「……まさか、本気で飲むつもりじゃないでしょうね?」
「心配するな。俺の車はメンデル・デザインの復刻モデルだ。
問い詰める前に男が戻ってくる――右手に並々と注がれた二つのジョッキ+左手に
ジョッキを受け取るヴィーラント――続いてボトルを確認/何やら納得げに頷く。
男が親しげに自分用の酒を掲げる――二人でジョッキを合わせる。「
「あの……こちらの方は?」内心呆れながら摩耶が訊ねる。
「ご覧の通り、しがない飲み屋の店主さ」にこやか。
「そいつは副業だろ、
「なんですって!?」目を見張る摩耶――鷹揚に男がウィンク。
「自己紹介が遅れてすまない。私は
かつてはハプスブルグ家の夏の離宮だったバロック宮殿――美しい庭園/泉/植物園/世界最古の動物園が敷地内に点在するオーストリア屈指の観光名所。
庭園の先にある丘の上=グロリエッテのカフェで、鳴はため息をついていた。
約束通り一日で退院できた鳴――午前中は検査と義肢の調整/響&奏は訓練に費やす。
この国の特殊部隊員は
そのため休暇も不定期――それは公共機関が休みに入る聖週間中でも例外なし。
それでも午後からは準待機扱いに――隊規に従えば外出も許可される貴重な
同年代の子供たちが遊びにふける間も〝お仕事〟に励むのが当たり前/なら、その限られた時間を精一杯楽しんでやろう――と、気分転換をかねて街へ繰り出した三人。
旧市街はパレード目当ての客で一杯だったので、
「はふぅ」鳴=いつになくアンニュイモード――ぼんやりと行楽客で賑わう庭園を眺める/アイスカフェのバニラをスプーンで突っつく/仲間たちが心配そうに声をかけてくる。
「鳴、どうかしましたか?」「アイス溶けちゃうわよぉ?」
響=カーキ色のジャケット×ショートパンツ=ボーイッシュ・コーデ――グラスに満ちる
奏=ケーブル柄のニット×スキニーデニム=大人っぽいファッション――カップで湯気を立てる
それに比べて鳴――いつものウサ耳のリボン×お花模様のワンピース×黒のパンプス=いかにも子供っぽい私服――オデコに貼られた絆創膏が、さらに憂鬱な気分を刺激。
明日からのシフトは未定――噂ではまた上層部から厄介な任務を押し付けられたっぽい。
きっと、この準待機も摩耶の計らい/シフトが白紙になったことに対する埋め合わせ。
鳴の
「別に、鳴のせいじゃないですよ。……もともと、大した用事じゃありませんでしたし」
「よく考えたら、水曜の夜って
素っ気なく答える響と奏――その気遣いが自然と伝わってくる。
本当は響にはデートの約束があったし、奏がトークショーのチケットを落札していたのも知っているけど――それを言ったところで、二人は余計に暗い気持ちになっちゃう。
無意識にワンピースのお腹を撫でる――肩と脇腹の傷/
〝このくらいなら綺麗に消せるからね〟とは摩耶の言――でも、刻まれた劣等感や
後悔――刻まれる傷痕/消せない過去――時計の針は元には戻せない。
なら――鳴はそれから追いかけられるウサギのように、耳を塞いで逃げるしかない。
込み上げる無力感と罪悪感――それらをぐるぐるとかき混ぜて、アイスカフェと一緒に勢いよく飲み込んだ――冷たいアイス――キンッと頭が痛くなり、たちどころに悶える。
それを見た二人がプッと吹き出す/一緒になって鳴も笑う――いつの間にか、三人とも笑顔に――辛い気分も、悲しい気分も、こうして三人一緒にいる時は眠ってしまう。
それはきっと、とっても素敵なことに違いなかった。
ひとしきり三人で笑い合ったあと、席を立つ――そこにコール音=響の
怪訝な顔で通話。「もしもし……
ピシッと、不発弾処理に使われる液体窒素を頭からぶっかけられたかのように固まる響――引き攣った顔で店内を振り返る/一緒になって奏+鳴もそちらを見る。
みなの視線の先で手を振る少年と少女――ウェルナー兄妹の姿があった。
旧市街のビールパブ――一つのテーブルを囲む三人の男女。
「
声をひそめる――警戒するように店内を
「ご心配には及ばんよ」御影=親指で奥のカウンター席を指差す/唇の端だけ持ち上げる渋い笑み。「彼らは私の部下だ」
唖然とする摩耶――隣を見る/顔色一つ変えず酒をあおるヴィーラント/それで察する。
ここは公安が秘密捜査に使う拠点――
御影=大仰にジョッキを掲げる。「我々はたまたま相席しているだけさ」
ヴィーラント=仏頂面で答える。「ここじゃ何を話そうが、酔っ払いの
それがここでのルールらしい――組織を越えた〝非公式な捜査協力〟を成り立たせる、暗黙の
「私も何か注文するべきかしら?」話しを合わせる/魔女的な笑み。
「
奥で騒いでいた酔っ払いが競うようにバーカウンターへ突撃・乱闘・取っ組み合い。
ここぞとばかりに〝誰が美女にカクテルをご馳走するか〟で争う酔いどれ集団。
御影と男らを見比べる――完全にただの酔っ払いにしか見えない。
徹底された変装と演技――〝流石は公安の捜査官〟と賛嘆=摩耶の所感。
「――ではカクテルを待つ間、世間話しに興じるとしようか」ようやく本筋に/一転して表情を引き締める御影。「先週、我々がある企業の重役を確保したのは知っているな?」
「そっちで派手にやった事件だな」ヴィーラントの相槌/摩耶も首肯。
「その重役殿だが……奴は裏の取引相手を〝マオス〟と呼んでいた」
「
「そう、そのコウモリ野郎だ。重役殿を尋問したところ、その人物に命じられるままに、テロリストどもの違法ルート作りへ協力していたと白状した」
「本当かしら?」摩耶=半信半疑。「その重役は、なぜテロの手助けを?」
「どうやらテロリストに加担する以前から、何度も横領に手を染めていたようだな。その証拠をコウモリ野郎に握られ、大人しく従うしかなかったと証言している」
「救いようのない馬鹿野郎だな」ヴィーラントのぼやき。
「同感だが、問題は
摩耶=細い顎に手をあて、思案。「素直に考えれば、その男の近くにテロ組織と繋がりのある人物がいるのでしょうね」
御影=答える代わりにヴィーラントを見みて、ニヤリ。「八雲、そちらの補佐官は美人なだけでなく優秀だな。もし
「成人前の名で呼ぶな」飄々と受け流す。「旦那が公安を追い出された時は、うちの部隊で拾ってやるよ」その切り返しに御影が満足そうに頷く。
「優秀な部下も上司も大歓迎さ」豪快にジョッキを飲み干し、朗らかに笑う。
放っておくとさらに脱線しそうな予感/流れを戻す。「光栄ですわ、ブレネンデリーベ捜査官。できれば、もう少し詳しくご説明していただけると、なお嬉しいのですけど?」
「御影でいいよ。
ヴィーラントが目を光らせる。「だが、何か問題があったって顔だな?」
再び酒を一気にあおる御影――ジョッキを置く/真顔に。「相手はBVTの人間だ」
「なんですって?」驚く摩耶――危うく相方のジョッキに注いでいたビールを
「大声を出すな、エリザ」「おやおや、勿体ないぞ」
落ち着き払った二人――それで彼らがなぜ密談による情報交換を選んだのかを理解。
そこへようやくカクテルが到着――酔っ払いの殴り合いを制し、晴れてバーテンダー役に選ばれた男が、赤ら顔で恭しくグラスを差し出す。
器の中で輝く無色透明な液体=ジンベースのヴェスパー・マティーニ――某スパイ映画の恋人役から名付けられた人気のカクテル。「これを飲めば、私も共犯者って訳ね」
謹んでそれを受け取る麻耶――男たちに魔女的な微笑を浮かべ、優雅に口をつけた。
シェーンブルン宮殿――丘の上から庭園に通じる坂道を歩く少年少女たち。
「響ちゃんたちも
「ね~♪ たまたまお兄ちゃんと遊びに来たら、偶然みんなと会えるなんてね~♪」
爽やかな笑顔の兄/底抜けに明るい妹――微妙な表情でその後に付いて歩く響+奏+鳴。
兄=
妹=鈴鹿・ルイーゼ・ウェルナー。二つに結んだ栗毛/くりくりお目め/カチューシャ/ポップ調ブルゾン×デニムスカート=天真爛漫を絵に描いたようなお転婆ガール。
こう見えてMSEの
そんな少女の言う〝偶然〟――有名なアメリカのロズウェル事件並みに胡散臭い。
〝ひょっとして私たちのPDAにこっそり侵入して、居場所を特定したんじゃないの?〟喉まで出かかった言葉を飲み込む三人――笑顔で調子を合わせる。
「確かに奇遇ですね」「ま、世の中狭いっていうしねぇ」「会えてよかったよね、よね?」
「うん。僕もみんなに会えて嬉しいよ」静馬=単純にこの幸運に感謝/楽しそう。
「みんなで遊べばハッピー☆」鈴鹿=ハイテンション/問答無用のファイナルアンサー。
脳を酷使する接続官は一日九時間以上の睡眠が義務化/残業も多いため生活も夜型に。日頃の
響も渋々と同意――ツンッとしつつ少年の横顔をちらちら/本人はバレてないつもり。
ばっちり気づく――奏+鳴=後ろでその様子を観賞/にやにや+ほっこり。
〝せっかくだから〟と、丘のふもとにあるネプチューンの泉で記念写真を撮ることに。
自ら撮影役を買って出る静馬――PDAのカメラモードで撮影。「はい、
泉の噴水=ポセイドンに祈りを捧げる海の女神テティス像を背景に並ぶ四人の少女――はしゃぐ鈴鹿・ノリノリの奏・はにかむ鳴・ムスッとふくれっ
少年が端末を操作/撮ったばかりの写真を確認/しっかり最高画質でフォルダに保存・保護――心の中でガッツポーズしながら、無邪気に笑う。「後でみんなにも転送するね」
「よろしくね、お兄ちゃん♪」「別に……構いませんよ」
ピョンピョン跳ね回る鈴鹿/平静を装いながら物欲しそうな響――二人の少女に囲まれ苦笑する静馬――楽しげにそれらを見守る奏+鳴。
人通りの多い庭園を愉快に進む――巨大なタマゴの飾り付け/飲食やグッズを売る出店/アマチュア演奏家・大道芸人が行う見世物――それらに足を止めては、朗らかに談笑。
鈴鹿が子供向けの体験コーナーを発見――ウサギを
あっという間に時が過ぎ去る――気づけばもうすぐ閉園時間に。
「こうやって、いつもみんなで遊べたらいいのにね~♪」鈴鹿の何気ない一言。
「また一緒に遊べばいいさ。聖週間はまだまだ長いんだし――」静馬が口を詰まらせる/失言に気づく。「……ゴメン。みんなは、お仕事があるんだよね」
顔を曇らせる少年――慰めるように響が笑う。「その分、今日は楽しめましたよ」
「そうね、奏も久々に羽を伸ばせたわぁ。おもしろいものも見れたし」ニヤニヤと二人の姿を見比べる/同意を求め、仲間を振り返る。「あんたもそう思うわよね?」
鳴=にっこり。「うん。とっても楽しかったよ……楽しかったよ」
笑顔の仲間たちに囲まれて、心が温かくなる――例え大勢の人たちからすれば、取るに足らない日常の一幕であったとしても――だからこそ、掛け替えのないものに感じられた。
宮殿を後にしてもまだ日は明るい――地下鉄駅まで歩く間、帰りにみんなでディナーを食べていこうと相談――そこへふいに少女たちの脳裏に信号=指令/本部からの呼び出し。
「何よ、またなの?」うんざりするように奏が呟く/同じように残念そうな響。
静馬が察したように顔を伏せる。「ひょっとして……何かあったの?」
鳴=寂しげに、うるうる。「うっうっ……お仕事。すぐ現場に来なさいって……」
「ダイジョーブダイジョーブ♪ 第一区の方でちょっとした騒ぎが起こったみたいだから、きっと、それで呼ばれるだけだよ☆」
あっけらかんと鈴鹿が答える――ぽかんとする一同。
鈴鹿が乙女チックにデコられたPDAを掲げる/目にも止まらぬ速さで端末を操作――
『旧市街の地下鉄駅で爆弾騒動――憲兵隊のパレードを狙ったテロか!?』
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