第12話「迷子のロンド」

    弐


 ミリオポリス第二十二区ドナウシュタット――都市最大の面積を誇り、中枢機能が集中する新市街。

 未来的高層建築/聖週間に入ったことで開店休業状態になるオフィス街――その中心にそびえる二十二階建てのハイテクビル=BVT支局ビル。

 通称〈コブラの巣コブラズ・ネスト〉――過去の治安機構再編のおりに、国家憲兵隊から改称された連邦警察ブンデス・ポリツァイ及びBVT直轄の実行部隊〈特殊憲兵部隊コブラ・ユニット〉の本部機能を擁する施設。

 十九階の大会議室――居並ぶ捜査官/特殊部隊員/いずれも険しい表情。

 大型モニタの映像――ドナウ島での事件を報じるニュース/暴徒と化した市民に罵声を浴びて走り去る漆黒の装甲車――会議室のあちこちでため息・冷笑。

「まさに

 壇上でかぶりを振る痩身の男――BVT情報捜査官、ヨルン・阿褄アズマ・シュレーガー。

 几帳面に整えられた髪/色白の細面ほそもて/眼鏡の位置を調整――白ヘビシュラーガ染みた陰険な目つき。

「各政党関係者が集まるイベントで、自爆テロを許したのみならず、特殊部隊が守るべき市民から……前代未聞だ」

 居心地悪そうに身を縮める特憲コブラの本部長――さながらヘビに睨まれたカエル。

 代わるように周囲の視線がMSEの一団――その中央に座る大男に集まる。

「民間人からの犠牲者は出ていない。また、怪我人の多くはパニックによる二次的被害が原因だと報告を受けている」

 平然と応じる壮年の男――MSE隊長ペーア・ガブリエル。

「不測の事態においても、我が隊は適切に対処した。被害を最小化できたのも、隊員たちが成すべき仕事をしたからに他ならん」批判を意に介さず――ただ事実のみを告げる。

 通称〝不動のガブリエル〟――まるで大岩が制服を着ているような、揺るがぬ佇まい。

 剛胆な隊長に倣い、不動の姿勢を貫く隊員たち――ふてぶてしいタフさ。

 周囲でささやき=その胆力への皮肉・野次・感嘆――露骨に顔をしかめるヨルン。

「確かに人的被害はありませんな」矛先を変更――獲物を値踏みするヘビの目が、大岩の隣を睨む。「しかし――そちらの特甲児童から、殉職者を出すところだったのでは?」

「うちのガキどもなら心配無用だ」

 憮然と応じる黒髪の男――MSE副長ヴィーラント・八雲ヤクモ・ヴォルフ。通称〝人狼〟ヴァラヴォルフ

 荒々しい黒髪/額に古傷/座上で腕組み――野生的な狼の目ウルフアイがギロリと壇上を睨み返す。

 ヨルン=負けじと。「内務調査課からは、MSEの特甲児童には命令無視の独走傾向が認められるとの報告も上がっている。部下想いも結構だが、教育不足ではないのか?」

 真っ向から張り合う。「うちの隊は精鋭揃い。なりは小さくても特甲児童もその一員だ。現場指揮官として、あいつらが間違った判断をしたとは思わねえ」

 MSEの狼とBVTの白ヘビ――その対決に白熱する会議室。

 余興を楽しむ特殊部隊員/肩をすくめる捜査陣――「こほん」と可愛らしい咳払い。

「ご忠告傷み入りますわ。シュレーガー捜査官殿」

 副長の隣で悠然と微笑む女性――補佐官のエリザベート・摩耶・ヘンケル。

 麗しき金髪/鮮やかな青い瞳アクアブルー/洒落た淡色系のスーツ姿/見る者を魅了する微笑み。

 通称〝魔女ヘクセ〟――その魔的な笑みに、無味乾燥なはずの室内が魔法のように華やぐ。

「――ですが、本題に入っていただかないと、聖月曜日ハイリヒ・モンタークなってしまいますわ」

 摩耶の発言――かつて職人たちが月曜に仕事を休む慣習を〝青い月曜日〟ブラウダー・モンタークと呼んでいたことを引っ掛けたジョーク――各所から漏れ聞こえる苦笑い/緊迫した空気がやわらぐ。

 ヨルン=ワザとらしく咳払い。「無論、事件はなおも進行中だ。混乱に乗じて逃亡した者を早急に確保せねばならない」一同を見渡す。「また、逮捕された数名を尋問した結果、きゃつらは〝フレーダーマオス〟なる人物から指示を受けていたことが判明している」

 ざわめく室内。「コウモリ野郎フレーダーマオスだと?」「ふざけおって」「挑発のつもりか?」

「我々BVT捜査部は先月のテロ事件以来、反体制テロ組織〈白き剣〉ヴァイスシュベルトとその背後関係を追っていた。フレーダーマオスは幹部クラスと目される人物の一人であり、仮想現実空間VRスペースを介して、ネットワーク上で複数のグループと連絡を取り合っていた形跡がある」

 ヴィーラント=因縁あるテログループの名に、目つきが変わる。「そのコウモリ野郎が過激派を扇動して、何も知らないガキに自爆テロを実行させたのか?」

「その可能性が高い。いずれにせよ、不穏分子を野放しにするなど断じて許されない」

 再びざわめき――戦意を燃やすMSE隊員たち/その様子を観察するような白ヘビ。

「報告によれば、〈ヴァイスシュベルト〉はすでに都市に持ち込んだ武器の多くを犯罪者どもに提供している。一刻も早くその拠点を発見し、秩序の鉄槌を下さねばならない」

「しかし……敵の拠点の目星は?」おずおずと訊ねる本部長。

「もちろん。我々BVTは無能ではない――」

 ヨルンの合図――脇に控えていた情報解析官が端末を操作=モニターに都市全域の地図。

「マスターサーバーによる追跡捜査で偽装された敵の兵器運搬ラインを再解析した結果、その拠点とみられる施設は地下に存在することが明らかになっている」

 画像が変化/地図に重なる赤い線――蜘蛛の巣のごとく四方へ伸びる都市の大地下道。

「知っての通りこの都市の地下は、再開発による度重なる拡張工事によって新旧の地下道が交錯する迷路と化している。コウモリが巣を作るには、まさにうってつけの環境だ」

 笑えないジョーク――方々で唸り声/都市の地下は繰り返される再開発で、もはや市の行政局ですら全貌を知り得ない、かつての香港の九龍城砦ガウロンセンジャイのごとき迷宮だともっぱらの噂。

「かねてよりBVTは、犯罪の温床でもある大地下道の浄化作戦を予定していた。本件はそれを実行に移す契機でもある。それに伴い、まずは聖週間中に地下道の再調査を行う。そのためのを、この場で募らせてもらいたい」

 困惑する捜査陣/特殊部隊員。「あの地下道を調べるのか?」「一体何日かかるか、見当もつかん」「うちの中隊では人手が足りんぞ」「我々も重要施設の警備で手一杯だ」

 互いに顔を見合わせる指揮官・隊長格のメンバーたち/おろおろと頭を抱える本部長。

 この特大のを誰が引かされるのか?――戦々恐々とする会議室。

 自然と一同の眼差しがMSEへと再び集まる――それを計ったかのようなヨルンの一声。

「いかがかですかな、ガブリエル隊長? 聞いたところでは、かつて地下道捜査において大層ご活躍されたそうだが――是非、その培った経験を存分に発揮されてみては?」

 慇懃無礼――思わずヴィーラントが腰を浮かしかける/それをガブリエルが制する。

「必要あれば、都市の何処いずこであろうとただちに出撃する。それが特殊部隊アインザッツ・コマンドの精神だ」

 宣誓するかのごときガブリエル――肩をすくめる副長/誇らしげな隊員/摩耶のため息。

 ヨルン=首肯。「危険な斥候を率先して務めていただけるとは、流石はMSEだ。その精鋭の名に恥じぬ使命感によって、任務を無事達成してくれることに期待しよう」

 してやったりと満足げな白ヘビの皮肉――低く唸るように壇上を睨む狼。

 剣呑な室内にまばらな拍手が起こった――〝厄介ごとを引き受けてくれた〟という感謝/危険を顧みない態度を〝無謀〟と評した非難/あるいは〝またポイントを稼がれる〟という不安と焦りからの嫉妬/多様な欺瞞と内心を押し隠した、まさに茶番としか言いようのないそれら全てを――古強者ガブリエルは物言わぬ岩と化して、ただ静かに見つめていた。


 十七階の医療フロア。

 昨日の事件のあと、MSEの装甲車に担ぎ込まれほうほうのていで撤収した〈飍〉ラーゼン小隊。

 負傷した鳴は幸い大事には至らなかったものの、血相を変えた摩耶が念のため精密検査を行うと主張=すぐさま書類が整えられ、即座に入院決定。

 今朝は摩耶自ら機械化義肢の検査を実施――〝あなたたちは普通の子供よりもちょっと頑丈なだけで、アメリカンコミックのヒーローじゃないの。あまり無茶しちゃダメよ〟とたしなめられた上で、ベッドで一日安静にしていることを指切りゲンマンさせられた。

 会議のため摩耶が病室を去った後――入れ替わるように今度は響+奏がお見舞いに登場。

「元気そうでよかったです」「もう、心配したのよぉ」

「うん。全然ヘーキだよ……だよ?」

 鳴――清潔な患者服姿/頭に巻かれた包帯とガーゼ――ロボット義手ほか各全自動機能がテンコ盛りにされた特大の身障者用ベットで上体を起こし、うるうる。

 漂白剤の香りがするシーツ=下半身の先が――検査のため取り外された両脚=一人ではトイレにも行けない状況。こんな自分に仲間を付き合せてしまっていると思うと、なんだか申し訳ない気持ちに――二人の気遣いに嬉しさと、ちょっぴり罪悪感が沸く。

「うっうっ……ごめんね、響ちゃん、奏ちゃん。せっかくの聖週間なのに……」

「別にそんなことないですよ。私たち、仲間じゃないですか」

 響――準待機中の規程に従い制服姿/お見舞いの果物からブドウを手に取り、もぐもぐ。

「今日は特に予定もなかったしねぇ……と、これ一人一個でいいわよねぇ?」

 奏――制服の上着を脱いだラフな格好/リンゴを切り分け、小皿に並べては摘み食い。

「…………二人ともズルイ」

 物欲しげに果物をパクつく仲間を見つめる――慌てて二人が弁解。

「毒見です」と響。「果物って美容にいいのよねぇ」と奏。

 鳴=ますます羨ましげに――上目遣いに瞳を潤ませ、小動物的な無言アピール。

 今にもよだれを垂らしそうなその有様に、堪らず丁重に果物を進呈する二人。

「このブドウは安全なようです」「ほら、あ~んして。あ~ん♪」

「あ~ん♪」差し出されるままに果実をパクり――もっきゅ・もっきゅ/咀嚼ムシャムシャ嚥下ゴクンッ

 お医者様から〝今日一日は点滴と流動食にしなさい〟と言われていたのをコロッと忘れ、美味しそうに果物を頬張りご満悦――まるきり餌付けされる子ウサギ。

《……いいんですかね?》《まあ、この子なら大丈夫でしょ》声無きため息。

「どうしたの二人とも……?」心底不思議そうに小首を傾げる。

 そこにと扉を叩く音――思わず顔を見合わせる三人。

 響+奏=不審げ。「どなたでしょう?」「点滴の交換――じゃないわよね?」

 鳴=キョトンと。「お医者様からは聞いてないよ……ないよ?」

 ふいの来訪者を警戒する三人娘の即応――奏=果物ナイフを構え、扉の横に張り付く/響=制服の内ポケットから九ミリ拳銃グロック26を抜き、掩護に回れる位置へ/鳴=シーツと患者服の襟元を整え、扉の外へ声をかける。「は~い。開いてるよ……開いてるよ?」

 返事の代わりに扉がスライド――二人組の若い男たちが姿を現す。

こんにちわグーテン・ターク、お嬢さん方。お邪魔してもよろしいかな?」

 巨漢のスキンヘッド――扉の上枠に頭をぶつけないよう、身を屈めながらの入室。

 続いてひょろりとした優男――ミュージシャン風の色眼鏡サングラスをずらし、へらへら。

「よう、嬢ちゃん。見舞いにきたぜ」

 病室とは場違いな巨漢と優男のコンビ――その取り合わせに拍子抜けする響+奏。

「……警戒して損しました」「もう! ビックリさせないでよねぇ」

 肩をすくめて拳銃とナイフを仕舞う二人――遠慮がちに鳴が訊ねる。

「えっと……えっと……。この人たち……誰だっけ?」

 ズコ――ッと、鳴を除く四人が脱力。「鳴……この人たちは、同じ部隊の仲間ですよ?」「いつも奏たちをサポートしてくれる、〈瑞雲〉ヴォルケン分隊の人たちじゃない」

 言われて気づく――巨漢と優男=二人ともMSEの制服姿/ただし、片方は丸太みたいな筋肉でピチピチだし、もう片方は制服を大胆に着崩していたので気づかなかった。

 その顔に見覚え――昨日の事件/自爆した青年を狙撃した人と取り押さえようとした人。

「えっと……あのあの、昨日の――」言葉に詰まる/この人たちの名前知らない(汗)。 

 その様子を見て、巨漢のスキンヘッドが苦笑しながら名乗り出る。

「自分は班長リーダーを務める大須オオス・アントン・フランケンだ。本日は急な来訪で、お嬢さん方を驚かせてしまい申し訳ない」一流のホテルマンみたいな丁寧なお辞儀。

 見上げるほどの巨躯――ごつい肉体に似合わず穏やかな物腰/温和な黒い目/いかにも特殊部隊員らしい日焼けした肌/縫い傷だらけの坊主頭に、なぜか防音ヘッドホンを着用。

 呆気にとられる三人娘――相方に代って優男が注釈。「ご覧の通り怪物フランクみたいな見かけによらず、本人はいたって温厚で気さくフランクなヤローだからさ。まあ、安心してくれ」続いて人懐っこい笑みを浮べ、自らの左手を差し出す。

「オレは藤波フジナミ・マックス・ブルーノ。隊の選抜射手マークスマンだ。仲間内では〝うるさいラオトブルーノ〟が通り名さ。この機会に、覚えといてもらえると嬉しいね」

 片目を瞑る藤波――イギリス系/細身の長身/にんじんカロッテ色の赤髪を纏めるヘアバンド/吸血鬼みたいにやたら白い肌/外した色眼鏡を気障ったらしく胸元に引っかけ、ニヤリ。

 黙っていれば一応ハンサムさんなのに、軽薄すぎる言動がなんだか残念な人=鳴の所感。

 その馴れ馴れしく差し出された左手を見つめる――握手するべきかどうか迷っていると、先に響が口を開いた。「お二人とも、ファーストネームが漢字名キャラクターなんですね?」

「そうそう。オレたち、まだ準成人前だからさ」

 市の政策である文化保全――様々な国の文化を管理。文化委託によるファーストネームの漢字名は、準成人時=二十五歳でミドルネームに。

 藤波=楽しそうに質問に答えながら、ひょいと左手を引っ込める――内心ホッとする鳴に気づいた様子もなく、部屋の隅から椅子を引っ張ってきて、勝手に腰を下ろす。

「オレもこいつも、嬢ちゃんたちの同類ってワケ」電柱のように立つ相棒を顎でしゃくる。

「……同類って?」オウム返しに聞き返す鳴――その疑問に大須が頷く。

「我々も君たちと同じく、〈子供工場キンダーヴェルク〉出身のということだよ」

「正確には〝元〟機械化児童だけどな」遠慮なく脚を組む藤波。「海外派兵中に就労期間を終えて、今は晴れて自由の身なのさ」

 驚く三人=思わずと二人の手足を見つめてしまう――視線に気づいた藤波が、おどけた調子で両手をグーパー・グーパー/閉じたり開いたりしてみせる。

「嬢ちゃんたちと同じ、」ニカッと白い歯を見せて笑う/イタズラな眼差し。

 鳴=気恥ずかしさで赤面――自分がされたら嫌なことを相手にしてしまったという思い/軽く自己嫌悪。その一方で興味津々な響+奏=ズケズケと質問。

「お二人は軍人だったんですか?」「もしかして、転送もできるのかしら?」

「当時、機械化児童は軍に所属するのが一般的だったからね。君たちのような特甲児童が治安組織へ配属されるようになったのは、自分たちの後の世代からだよ」と大須。

「あの頃はまだ転送技術も実験段階だったしな。オレらの手足は、まあ、そこいらの医療機関で流通してる一般用の機械化義手よりかは、高性能ってところさ」と藤波。

「なるほど」「世代の違いねぇ」「そうなんだ……なんだ」感慨深げに聞き入る。

 鳴たちが機械化された頃は、憲兵や公安を初めとした特甲児童の先輩たちがすでに活躍している時期だった――だが、それが当然ではない時代もあったのだ。

 特甲児童が誕生する以前から、この国は子供たちを機械化し、優れた労働力としてきた。

〝ミリオポリス産の機械化児童が世界の紛争地帯で活躍中〟という話は何度も聞いたことがあったし、今でも男子は軍所属とするのが慣例になっている――でも、実際に海外派兵された〝先輩〟とお話しするのは、これが初めて。

 特甲トッコー――最新鋭の装備を与えられても、鳴はいまだに戦うのが

 でも/特甲児童じゃなくても――例えばうちの副長とか――みんな立派に戦ってる。

 そう考えると、臆病な方がおかしいのかも――鳴からすれば、大抵の人間は自分よりも強く賢く勇気があって、それだけで尊敬に値する存在だった。

 だから――続く二人の言葉は、鳴にとって晴天の霹靂へきれきと呼べる事態だった。

 大須――真剣に話を聞く後輩たちに、大真面目で語る。

「君たちは我々の頼もしい仲間であり真の精鋭だ」拳を握りながら力説。「特に先の事件における、ローゼンライエ隊員のには驚かされた。深く感銘を受けたよ」

〝ふえ?〟と鳴が声を出す間もなく――後を引き取る藤波。

「オレらからすれば、嬢ちゃんたち特甲児童は大切な〝後輩〟になるワケよ。だから仲間を代表して、激励のエールってヤツを贈りたくなったのさ」照れ隠しに微笑――おもむろに立ち上がったかと思うと、その伸ばされた手が、鳴の頭をと叩いた。

 まるで〝よしよし〟と大人が子供を褒めるような仕草――あまりに予想外の出来事に、顔が真っ赤になったまま硬直=完全に思考停止。

 チッチッチッチッ――どこからか時計の音/頭を撫でる手が、別の誰かのものに変わる。

 大きくて温かい手――――私が無力なばっかりに――

「――鳴?」「どうしたのよ。急に黙り込んで?」 

 ハッと、夢の国へ旅立とうとしていた意識が舞い戻る。

 不思議そうな顔の二人――心配してくれる仲間の存在/安心と共に感じる

「ううん。なんでもないよ……ないよ?」誤魔化すように笑う/納得いかない様子の二人に、慌てて付け加える。「でも、少しお昼寝したい気分かも……かも?」

 ふわぁ、とワザとらしく欠伸あくび――それを見た響+奏=互いに目配せ。

「そうですね。その方がいいかも知れません」いそいそと動き出す。

「ほぉら、さっさと行きましょう♪」男二人を扉へ押しやる。

 面食らいつつ、押されるままに退散する大須と藤波――去り際に頭を下げる。

「お騒がせしてすまなかったね」「嬢ちゃん、また今度な~」

《ゆっくり休んでくださいね》《何かあったら、すぐ呼びなさいよぉ》部屋を出る間際に無線通信――微笑む響/ウィンクする奏。

 仲間の姿が、閉ざされた扉の向こうへと消えた。

 独り残された病室――足音が遠のくのを待って、鳴はベッドの脇に置いていたウサギのぬいぐるみをぎゅぅぅぅっと抱き締めると、そのままシーツに突っ伏した。

 ――静かな室内/壁に掛けられた時計の音だけが聞こえる。

〝勇気と信念〟――かつては鳴もそれを持っていた気がする/治安組織の道を選んだ動機。

 でも/いつの間にか分からなくなってしまった――ウサギ穴に落ちた少女が、何もかもおかしな世界に迷い込み、自分が誰なのかすら分からなくなってしまったみたいに。

 今のに自信が持てない鳴は、不思議の国に迷い混んだ少女と同じだ/そんな弱いを自覚することで落ち込む無限ループ――どこまで続くウサギ穴/どこまで深いウサギ穴/落っこちた先でまた落ちる――輪になってぐるぐる踊る思考の輪舞曲ロンド

 チッチッチッチッ――シーツに顔をうずめて、そのまましばらく、しくしくと泣いた。

 それから小一時間――ようやく気分が落ち着いてくる/顔を上げる/涙に濡れたシーツ。

 腫れぼったい目を擦る――それから、こんな時でもお構いなしに訪れるを処理しようと、ベッドから這い出そうとして――そのための脚がことに、遅れて気づいた。

 ――きっと、それは何よりも鳴の在り様を物語っている。

 堂々巡り――答えのでない問い――どうしていいか分からない/無力感を噛み締める。

 それでも時間は待ってくれない――だから鳴は、せめてシーツを涙以外のもので濡らすのだけは避けようと、泣ける思いでナースコールへと手を伸ばすのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る