第4話「白き盾」
肆
BVT支局ビル十九階――大会議室。
「先日の戦闘においてMSEが遭遇した戦闘用義手を持つ男――通称〝ティーゲル男〟について、BVTの捜査により、その所属するグループが〈ヴァイスシュベルト〉と呼ばれる組織であることが判明しました」
情報解析官の発言――会議室のあちこちで小さなどよめき。
「
水を打ったように静まり返る室内――「こほん」と咳払い/静寂を破るように、眼鏡のBVT捜査官が壇上に立つ。
「我々の捜査によりこの〈ヴァイスシュベルト〉なるグループは、他の犯罪者を裏から操る指導的なテロ集団であると目されている。またこの組織はこれまでマスターサーバーにも存在が確認されなかったことから、最近になって結成された集団である可能性が高い」
BVT捜査官=眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせる。
「現在、BVTの情報解析班及び捜査官らが総力を挙げてその背景を洗っている。――が、現時点で一つ明らかなことがある。それはこの組織が、過去この都市に大きな爪痕を残した忌むべきテロ組織になぞらえた名を冠していることから理解できるように、この都市への敵意とブラックユーモアに長けた連中の集まりということだ」
後ろの席についている響たち――〝これってもしかして笑うところなの?〟と顔を見合わせるが、周りの大人たちの真剣な表情に思わず首を縮めてしまう。
「よって、このグループが極めて危険な反政府思想を有する集団であると判断し、一連の捜査は我々BVTが直接指揮を執る。今は電子的捜査によって、奴らの拠点となる施設及び兵器の入手ルートを追跡中だ。それらが判明したのち、各部署が連携してこれを叩く。無秩序な犯罪者どもに秩序の鉄槌を下すため、諸君らの尽力に期待する」
演説終了――捜査官が満足げに壇上から去ろうとする/その背中に投げられる鋭い声。
「
MSE副長ヴィーラント――腕を組んで座ったまま、ギロリと壇上を睨む。
BVT捜査官――舌打ち/忌まわしげに会議室の一角に陣取るMSEの一団を見やる。
「ティーゲル男及びその所属するテロ集団には、BVT直属の〈
「先の戦闘でうちの小隊員が負傷させられた。借りは自分たちで返す」
BVT捜査官=憮然と。「貴官がそこまで部下想いだとは知らなかった」
その光景に一部の隊員が〝またか〟といった顔で肩をすくめる――壇を挟んで睨み合う両者=MSE副長ヴィーラントと眼鏡のBVT捜査官――犬猿の仲として有名な二人。
「負傷した小隊員は軽傷だったと聞いている。それにテロリストに遅れを取るような未熟者がいるようでは、諸君らMSEには荷が重いのではないか?」
BVT捜査官――眼鏡をクイッと直しながら響たちを一瞥/皮肉げに笑う。
勘弁して下さい――その負傷した本人である響=思わず頭を抱える。
自分にも向けられる好奇の視線――いい晒し者/全く持ってはた迷惑。
助けを求めるように視線が彷徨う/無意識に仲間を見る――奏=そ知らぬ態度で隠れてネイルのお手入れ/鳴=ふるふると俯いて完全自閉モード――ダメだこの二人(汗)。
「部下を心配してくれてすまねえが、うちの連中は鉄板で殴っても死なない程度には
平然と返すヴィーラント――この人も大概だなあ=響の感想。
対するBVT捜査官=また眼鏡の位置を調整/額に青筋――あ、怒ってるっぽい。
「諸君らの仕事は与えられた任務を全うし、市民とその財産を守り――そして秩序の名のもと、この都市と国家に貢献することだ。秩序無き力は暴力と変わらない。よってMSEの独走は認められないっ」
尚も言い返そうとするヴィーラント――その肩を補佐官である摩耶が抑える。「ご高説もっともですわ、捜査官殿」壇上に向かい微笑む。
「今は同じ治安を守る者同士、いがみ合っている場合ではありませんもの。ただ、この都市を襲う脅威を前に、我々MSEも微力ながら貢献したいと考えているだけですわ」
摩耶=見る者を魅了する魔的な笑み――花が咲いたように室内の空気が和らぐ。
「……では、MSEは平時の任務を全うしたまえ。諸君らがその職務を果たし、他の偶発的な事件を担当してくれれば、BVT及び〈
その言わんとするところ=みんなのためになるんだから大人しく上層部に従え。
摩耶=それに積極的同意。「もちろんです。我々の武力はあくまでも都市と市民を守ることにありますわ。そのためならば、いかなる敵であろうとMSEは全力を尽くす覚悟を持って任務にあたっている――そう、うちの副長は申しあげているのです」
微笑みつつヴィーラントに流し目/言外に〝そういうことでいいわね?〟と言い聞かせるように。
黙り込んだまま静かに頷くヴィーラント――それを見たBVT捜査官=満足げに頷く。
「無論だ。任務中に遭遇しうるあらゆる脅威から都市と市民を守り抜くことこそ、全ての治安組織に共通する使命と言えるだろう。諸君らMSEの信念は我々もよく理解している。そうであるからこそ、君たちは上層部から与えられた役目に忠実でありたまえ」
「ええ、承知しております。この都市を守るためならば、我々は例え虎であろうとドナウのワニであろうと、何とでも戦ってみせますわ」
その発言を聞いた一同から、僅かな失笑と共にどこか弛緩した空気が流れる。もちろんドナウ川にワニなどいない――かつて消防隊が野生化したペットのワニを捕獲したという珍事をネタにしたジョーク/みなの緊張を解こうとする、摩耶の茶目っ気。
BVT捜査官=咳払い。「では、以上をもって解散としてよろしいかな。MSE副長殿?」あくまでも生真面目に確認。
「はっ。では我々MSEは、本来の職務にあたります」
ヴィーラント=直立&敬礼/それっきり不満を億尾も出さず踵を返す――摩耶=微笑みを振り撒きながら後に続く。
それを合図に、次々と席を立つMSE隊員たち/退出する副長&補佐官に続く――響たち〈
MSEの一団が去った後――それを追いかけるように室内から聞こえる笑い声=嘲笑。
「連中は本当にワニでも捕まえてればいいんじゃないか?」「その皮で鞄でもこさえりゃ、いい見世物になるな」「
聞えよがしに囁かれる、自分たちへの嘲り。
組織内でのMSEの評判――特甲児童を配置するためだけの
本来、特甲児童の全州配備計画を念頭において設立されたはずのMSEと〈
マスターサーバーの預言とBVTの匙加減によって事件が割り振られ、御呼びとあれば管轄区域も関係なくミリオポリス中のどこへでも
さして大きな手柄を立てることもなく――しかし、周りの悪評だけは立っていく。
そうした評価を覆すことも出来ず、それどころか今まさに響の仕出かした失敗のせいで笑い者になっている。
継ぎ接ぎ――自分たちに向けられる揶揄と侮蔑/その裏に潜んだ好奇と哀れみ。
かわいそうに――機械混じりの継ぎ接ぎの体で生きながらえた子供たち/心さえ継ぎ接ぎにして必死に繋ぎ止めている/そんな子らを戦わせているという、この都市の欺瞞。
なんでお前たちはここにいる?/なんで存在している?/そうやって、都市という巨人の腹の中に飲み込まれながら、なんで生きているんだ?
闇の奥から忍び寄る虚無――無数の視線/胸の裡に響く――凍てついた声・声・声。
心がどこまでも深い闇に沈んでいきそうになったとき――ふいに、肩を引っ張られた。
現実に引き戻される――我に返ると、奏と鳴がそれぞれ響の肩に手を触れ、心配するようにこちらを覗き込んでいた。
《あんな奴ら好きに言わせておけばいいのよぉ》《別に気にすることないよ、ないよ?》奏&鳴の無線通信=三人だけに通じる電子の
どうしようもない人生の中で巡り逢った、大切な仲間たち。
《別に……なんともありませんよ》だから響も、いつものようにささやき返す。我ながらつくづく愛想がないな、と思いつつ――でも/それが私であり、ここにはそんな自分を認めてくれる仲間がいるのだ――という、心強さを噛み締めながら。
くすりと笑う――静かに廊下を歩く大人たちの後ろで、少女たちが肩を叩いて笑い合う。
すれ違った大人たちの浮かべる〝のん気な子たちね〟という感じの呆れ顔。
はたから見れば、三人の少女がただ戯れ合っているようにしか見えず――だがそれは、自分たちにとって絆の証であり/大切な儀式――運命を共にする者同士の
これが私たちだ/私たちのルールなんだ――組織の都合とか/腹の探りあいとか――そんなウザったい大人たちのルールなんて知るもんか。
「さ~て、でもこれで良かったかも知れないわね」奏=無線から地声に戻り、しみじみと。
「私もホッとしてるかな」鳴=おどおど。「これで怖い目に遭わなくてすむもんね?」
「まあ、そうかも知れませんね」響=苦笑。
「もう、そうじゃないでしょぉ?」奏が呆れたように振り返る。「これで予定通り休暇が取れるじゃない。良かったわねぇ、響♪ ちゃんとお兄さんとデェートできるわよぉ?」
ニヤニヤと笑う奏/期待に目を輝かす鳴――楽しげに歩いてゆく二人。
響は一人動揺に打ちのめされ、立ち尽くす。
―――忘れてた(汗)。
廊下を進む集団の先頭――ヴィーラントに摩耶がささやく。
「あれでよかったかしら?」
「頭でっかちの連中に何を言っても無駄だからな。それに言質は取っただろう?」
「……あれを言質と呼ぶならね」摩耶=呆れるように隣を歩く男の顔を見つめる。
「筋さえ通せば問題ねえさ」ヴィーラント=対照的に鋭さを増すおもて/獲物を狙う眼つき。
「やる気なのね」摩耶が諦めたように呟く――それに応えるようにヴィーラントが告げる。
「――ああ、
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