第3話「少女と少年」

     参


「はい、脚を上げてー降ろしてー。息を吸ってー吐いてー。そのまま大きく深呼吸――」

 響=言われるままに大きく呼吸/椅子に掛けながら部屋を眺める。

 淡い天井照明シーリングライトに照らされた白く清潔な室内――〈憲法擁護テロ対策局BVT〉支局ビル、その十七階の医療フロア。

 響たち〈ラーゼン〉小隊の特甲児童には、出撃ごとに帰還後の身体検査が義務付けられている。

 その目的=戦闘によって負荷が掛かった義肢と生体部分との接合部クッションのケア/またそこから得られるデータをフィードバックすることで、特甲の性能をより引き出すため。

 特に特甲を用いた手足のにおける、接合部の不具合や義肢との連動誤差の確認は、重要事項だ。

 それは響ら特甲児童の性能を十全に引き出すだけでなく――万が一にも機械の四肢が動作不良を起こすようなことがあれば、日常生活においても命の危機に瀕する可能性があるからであり――機械化児童が生きていくためにはに他ならないからだ。

 よって響+奏+鳴――平時は姦しい三人娘も、こうした定期検査ばかりは素直に従う。

 なかでも戦闘によって特甲を損傷した響――生体部分はほぼ無傷であったものの、他の二人よりも入念に検査される/それに大人しく従う――借りてきた猫のような愁傷さ。

「はい、お疲れ様。どこにも異常はないわね、響ちゃん」

「ありがとうございます、エリザ先生センセー

「ふふ……摩耶センセーでしょ?」

 摩耶――にっこりと微笑む/響の体からデータ計測用のテスターをテキパキと外す。

 軍の兵器開発局からのこの部隊MSEへ転属してきた彼女――三人の特甲の開発設計士であり専属医師を担当/先月めでたく準成人を迎えた花の二十五歳=微妙なお年頃。

「え~……、。今日は、いつもより検査が長いんですね?」

「あなたたちが実践投入デビューしてから、特甲に大きな損傷を受けたのは今回が初めてですもの。接続部に負担が掛かっていないか心配したけど……問題ないみたいで安心したわ」摩耶=微笑/さも意味ありげ。

 三人の担当医の他に、特甲児童の調査を任された目付け役としての顔も併せ持つことを響は知らない――あえて摩耶も自分から正体を明かすような真似はせず――結果、彼女は謎めくお姉さんとして一目置かれる存在に。

 だから/ふと――響が唐突にそんな疑問をぶつけてしまったのも、摩耶センセーは〈子供工場キンダーヴェルク〉時代からの顔見知りであり、心の許せる大人だと思っているが故だった。

「摩耶センセーは、ファーストネームで呼ばれるのが嫌いなんですか?」

 検査キットを手際よく片付けていた摩耶=目をぱちくり。

 ど直球すぎた――あたふたと誤魔化すように続ける。「その……それまで呼ばれていた名前が、で呼ばれるようになるのは、やっぱり慣れないものかと思いまして」 

 ミリオポリスの政策の一つ=文化委託。その一例――日本の漢字名キャラクターを名乗れば毎月保全金と社会保障を受けることが出来る。

 文化委託局がランダムに決定する漢字名は、未成年時はファーストネームに/二十五歳の準成人時にはミドルネームとなる。今のミリオポリス市民は、そのほとんどがこれらの漢字名を名乗っている。

 ようするに、この都市ミリオポリスの人間は成長するに従って

 それはある種の通過儀礼イニシエーションとして、変化する自分/新たなる自己を行為であり――本人の意思に関わらずこの都市で生きていく限り、として受容しなければならない運命さだめとも言えるのだ。

 響が元の手足を失って、今の機械の手足を受け入れなければならなかったように。

 そして――多くの人々がそうするように、それが生きていく上で必要な行為であるならば、やはり響も受容と諦観によってそれらを受け入れてゆくしかないのだろう。

 なぜなら――響にとって〝生きるレーベン〟とは〝諦めるアウフ・ゲーベン〟と同じことなのだから……。

 響の質問=様々な困難をなす術もなく受け入れるしかなかった少女の問いかけエクスキューズ――それに摩耶がやんわりと笑みを返す。

「ふふ、そうでもないわよ? 大人になれば名前が変わるといっても、元々ミドルネームとして使っていた名ですもの。そう、違和感があるものではないわ」

 響――重大な謎を確かめるように「では、なぜ漢字名にこだわるんですか?」

 対する摩耶――少し小首を傾げながら「だって、やっぱり若く見られたいじゃない♪」

 沈黙。

「……失礼ですが、摩耶センセーはまだ二十五歳ですよね?」

「ふふ……女はいつだって若く美しく思われたいものよ?」唇に細い指を当てながら、得意の魔女的な笑みを浮かべる。

 ……この人に聞かない方がよかったかな? ――脱力する響。

「認識の問題よ。二つの名前――過去の自分と今の自分――新しい」摩耶=ウィンク。「あなたも二十五歳になってミドルネームで呼ばれる頃には、きっと分かるわよ」

 響=はぐらかされたような気分――大人になった自分の姿など想像すらつかない/そもそも機械化児童こんな体の自分がちゃんと成長するんだろうか?/その疑問が口をついて出る直前――出し抜けに声。

「はぁ、もう退屈ぅ。検査っておもしろくな~い」「でも……ちゃんと検査しないと怒られちゃうよ?」勢いよく引かれる仕切りカーテンの向こうから、奏+鳴がバタバタ登場。

 二人=すでに検査+着替え完了――黒い上着に赤いラインが入った小隊の制服姿。

「で、どうなの響。どこか問題あるのぉ?」「響ちゃん……だ、大丈夫だったよね?」

「ご心配なく。どこも異常なしです」答えながら、響は椅子から立ち上がる/その肩にパサッと薄手の患者服がかけられる。

「ほら、早く着替えてしまいなさい」摩耶の意味ありげな微笑み/ポンッと肩を押される――何となく釈然としない気持ちのまま、仲間のもとへ。

「お待たせしました」

「別にいいわよぉ。そ・の・か・わ・り、今日の夕食はあんたが奢りなさいねぇ♪」

 にっこり笑う奏――言外に〝あんたがミスしたから検査が長引いたんでしょ? てゆーか、独断先行したバツね?〟といったニュアンス。

 響=たじたじ――さり気なく鳴に視線を向ける。

「えへっ、響ちゃん。

 はにかみながら笑う鳴――こちらも有無を言わさぬ雰囲気。

 響の理解――二人とも私を心配し、何よりも勝手な行動を取ったことに怒っている。

 反省と思案――正直痛いところを突かれた気分/ここは二人に逆らわない方が得策――可能な限りさっさとやることA.S.A.P.で、水に流してもらおう。

 気まずさを追い払うように、そそくさと着替えに取り掛かろうとしてと、肝心なところを忘れていたことに気づく/検査キットを片付ける摩耶を振り返る。

「……摩耶センセー。もう、?」

 手元のタブレット端末を操作しながら、摩耶が答える。「はいはい。今データを送信しますから、ちょっと待ってね」

「響ちゃん、手伝ってあげるね……ね?」鳴が肩を引っ張る。

「ほらほらぁ、急いで急いで。恥ずかしがらずにぃ~♪」奏が背後に張り付く。

「二人とも、やめて下さいっ」響が引っ付いてくる二人を振りほどこうと身動みじろぎする。

 三人でじゃれ合うように医療ルームの真ん中で暴れる/その時――唐突に入り口の扉が開いた。「…………へっ?」×三……+1ぷらすいち

 丁度二人を振りほどくことに成功した響――キョトン。

 響+奏+鳴=六つの瞳が見つめる先――開かれた入り口/その前に場違いな少年の姿=予期せぬ来訪者が一人、ポカンと突っ立っていた。

 少年――癖のない栗色の髪/爽やかな青葡萄色の目マスカットグリーン/精悍と呼ぶにはまだまだ線が細く、どちらかというと大人しめな印象――背格好からして響たちとほぼ同年代/つまりここの職員である可能性ゼロ。

「あっ、すみません。部屋を間違えちゃったみたいで……」

 少年=慌てて謝る/礼儀正しく頭を下げる/くるりと回れ右――の途中で、部屋の中にいる人物に気がつく/驚いたように目を丸くする。

「あれ、ひょっとして……?」少年が、嬉しそうに声を上げる。「まさか、こんなところで会えるなんて!」

 感嘆の声=まるで古くからの友人と再会したような/または離れて暮らす親戚と偶然街中で出くわしたような、何とも親しげな響き/明らかに響を反応――しかし/奏+鳴は少年に全く見覚えなし。しかも――=重要。

 ちょっとちょっと/これはどういうことか――と、当の本人たる響を問い詰めようとした二人が、ギョッとした表情で動きを止めた。

 少年もそれに気づく――親しげな笑顔がたちまち、瞬間冷凍されたウィーン風カツレツヴィーナー・シュニッツェルみたいに凍りつく。

 パサリッと音を立て床に落ちる布――響が肩にかけていた患者服。

 たった今まで検査を受けていた響――その下には何も着ておらず/身に着けているのは可愛らしい――つまり/

 慌てる――とっさに両手で胸を隠そうとする/ハッとそれが出来ないことを思い出す。細く引き締まった自分の体――やわらかな胸の膨らみ/その上にある華奢な鎖骨/そこから続くなだらかな両肩のライン/その先が――

 ピンク色の丸みを帯びた接続部クッション――その先に本来あるべき精巧な機械化義手は、検査のために取り外されている。胸を隠そうにも/両手どころか――今の響には

「―――――ッ!!」見られた――よりにもよって/この少年に――姿

 ガツンッと頭を殴られたような感覚/激しい動揺――思わず俯きそうになる/火が出そうなくらい体中の血液が沸騰――動揺を隠すように/すぐさま相手をキッと睨みつける。

「……どうしました、静馬シズマさん? あなたのお探しの相手なら、ここにはいませんよ?」

 静馬と呼ばれた少年――頬を染めつつ慌てて弁解。「ごめんっ、違うんだ! その……僕はただ、迷ってここに来ちゃって……」

 ――パニック状態の相手に苛立つ/さらにグッと身を乗り出して続ける。

「弁解も結構ですが、ご覧のように私は今から着替えるところなのです。それとも、あなたはこのまま一緒にワルツでも踊って欲しいんですかっ?」

 響の暴走――やけっぱち/羞恥のあまり自分でももう訳がわからないスイッチが入る。まるで存在しない腕を差し伸べるように/隠すどころか逆にツンッと見せつけるように胸を反らす――詰問しつつ、相手に詰め寄る。

 奏+鳴=さらにギョッとする/静馬=響の思わぬ行動に唖然。

 それらを見守る摩耶――あえて静観/うんうん、青春してるわね♪=大人の余裕。

 余裕なんてすでに宇宙の果てのブラックホールに捨ててきたかのような響=止まらず/止まれず――自分でも有り得ないと思う行動を取りながら――しかし/もはやブレーキの壊れた車のごとく制御がきかず。

 裸身を見られた恥ずかしさ/それを上回る、両腕がないという体のを見られてしまったショック――それを隠さねばならない/そのことに、決してこの少年に悟らせてはならない――そんな意地と強迫観念に似た境地。

 その結果、逃げるどころかさらに相手ににじり寄ることに――目をそらすことも出来ず。

 響=もはや暴挙ともいえる自爆的行動/静馬=茹でられたロブスターのように真っ赤に。「……ご、ごめんっ!」言うが早いか一目散に走り去る。

 閉ざされる扉――その向こう側から響く、何かを盛大に引っ掛けて転ぶ音+少年の悲鳴。

 嵐のような闖入者が過ぎ去った室内に満ちる、重い沈黙。

 響はふうっと大きなため息をつくと、そのままくたくたと床に座り込むのだった。


     ***


 ミリオポリス第二十二区ドナウシュタット――国連都市〈UNO-CITYウノ・シティ〉を擁する広大な面積を誇る地区。

 ドナウ川/新ドナウ川/高速道アオトバーンの向うに広がる新開発地区、近未来的な街並み。

 その一角にそびえる大きなハイテクビル=BVT支局ビル。

 通称〈コブラの巣コブラズ・ネスト〉――主に国家憲兵隊から改称された連邦警察ブンデス・ポリツァイ及び〈特殊憲兵部隊コブラ・ユニット〉がその本部として使用――名目上はBVT特殊部隊=〈特憲コブラ〉の末端組織であるMSE本部も七階に存在。

 噂=かつてこのビルの七階で銃撃戦が繰り広げられ、血の海となった建物からテナントが逃げ出し閑古鳥が鳴いていたところを、政府が安く買い取った――まさにいわく付き。

 午後六時、ビル二階――職員用の共同食堂。

 検査を終えた響たち三人=少し早めの夕食タイム。

「――で、さっきのこと説明してくれるぅ?」  

 テーブルに置かれた真っ黒な液体=湯気を立てるブラックコーヒーモカ/その周りに並べられたカロリーメイト/各種サプリメント/美容タブレット――それらを順次摂取しながら、上品にモカを啜る奏=ニヤニヤ。

「あの男の子は一体誰なのかしら? どこであんな、ちょ~っとかわいい男の子と仲良くなったのか。奏、すご~く興味があるわぁ♪」

 まるで〝完全犯罪のトリックを解き明かすことこそ我が使命〟という、どこかの名探偵のような目つき――つまり百パーセント好奇心。

 響=それに面食らいつつ、おずおずと。「かわいいって……あれでも彼は私たちよりも年上なんですよ?」

「へえ、?」奏=キラキラと輝きを増す瞳――やぶ蛇。 

 できることなら今すぐこの場から逃げ出したい/しかし食事中に席を立つ訳にもいかず――結果として、右手に居座る奏との空間を少しでも拡大しようと、ススーッと席の左側に体重移動シフトウェート

 静かに、そしてさり気無く――対人地雷S・ミイネの仕掛けられた茂みブッシュ匍匐ほふくする兵士のような慎重さで作戦を実行――トンッ=左肩がぶつかる。「と、年上のボーイフレンドなんて……大人だね、響ちゃん♡」

 左手=鳴――チーズゆでパスタケーセシュペッツレをフォークでぐるぐる巻きながら、何かを期待するような熱い眼差し/思わぬ挟撃――逃げ場のない状況。 

 響=冷や汗――二人の顔と食べかけのクレープ入りコンソメスープフリターテンズッペを見比べる/今すぐ食事を放棄してこの場を離脱するべきか、真剣に悩む。

 徐々に悲壮な決意を帯び始める響の思考――さ迷う視線がある一点でピタリと止まる/思わず目を見開く。

 奏+鳴がその変化に気づく/同じ方向を見る――食堂入り口/こちらへ歩いてくる少女+少年の姿。

 少女――二つに結んだ栗色の髪/くりりとした青葡萄色の目マスカットグリーン/チャームポイントの黒いカチューシャ――MSEの接続官コーラス鈴鹿スズカ・ルイーゼ・ウェルナー。

 響たちと同じ特甲児童であり、都市のマスターサーバーと脳機能を接続し〈ラーゼン〉小隊に特甲を転送する転送要員/優秀で信頼できる仲間チームメイト

 そしてもう一人の少年=なんと先ほど医療ルームに現れた/つい今まで奏+鳴があれこれ聞き出そうとしていた話題の人物――鈴鹿と連れ立って歩きながら、響たちの姿を見とめる/穏やかに二人がこちらへとやって来る。

 奏=口をあんぐりして仰天/鳴=ポカンと目を丸くする/響=ジトッと少年を睨む。

 少年=気まずい空気を誤魔化すように頬をかきながら挨拶。「こんばんわグーテン・アーベント、みなさん」

 三者三様ならぬ四者四様の微妙な空気――ただ一人事情を知らぬ鈴鹿=天真爛漫な笑顔。

「みんなに紹介するね♪ この人は私のお兄ちゃん、名前は静馬っていうの♪」

 静馬=あらためて丁寧に会釈。「静馬・クリストフ・ウェルナーです。みなさんには、妹がいつもお世話になっています」


「なるほど、鈴鹿のお兄さんだったのねぇ~」「お兄さんだから年上なんだね……だね」少年の正体に納得する奏+鳴。

 響=むすっとそっぽを向く――その対面に座るウェルナー兄妹=静馬+鈴鹿。

 三人娘が早めの夕食中なのを見てとった妹=鈴鹿――当然のように同席を希望/その提案に兄=静馬が同意/奏+鳴が面白そうに快諾――響が異論を挟む余地=なし。

 かくして三人から五人へと増えた一同――和やかな夕食/賑やかな雰囲気――むくれる響を他所よそにして、当然のごとく話題は静馬へと集中。

 奏=響と少年の関係に探りを入れる。「それじゃあ、お兄さんは〈子供工場キンダーヴェルク〉時代から響と知り合いだったのね?」まずは軽いジャブ。

「うん。家族に代わって面会に行った時に、鈴鹿から友達だって紹介されたんだ」すらすらと答える静馬=質問の裏に潜む意図など全く気づいていない天然っぷり。

「きょ、今日はひょっとして……響ちゃんに会いに来たの、来たの?」

 いきなり鳴が

 危険球まがいの核心をついた質問/危うく飲みかけのグレープジューストラオベン・ザーフトを噴き出しそうになる/〝ちょっ、何言ってるの!?〟と声にならぬ叫びを上げる響。

「? いや、今日は妹に会いに来たんだけど……」正直に答える静馬=困惑/質問の意味を図りかねている顔――というかゼッタイ気づいてない/純朴という名の完全回避スルー

 いっそ張り倒したくなるほど鈍感/不思議そうな様子の静馬――なんだかドッと疲れ。自分に向けられる、奏+鳴の同情的な視線――やめて下さい。

 やたらと恥ずかしくなる/全てと言わんばかりに静馬を睨む=ジト目。「あ~、そうですか。そうですよね。それでシスコンの静馬さんは鈴鹿に何の用事があって、わざわざ治安施設のど真ん中で覗きをしてたんですか?」

 響の爆弾発言――ギョッとする三人/兄に疑いの眼差しを向ける鈴鹿。「……覗き? お兄ちゃん、?」

「ち、違うんだ! あれは事故でっ――」「、すみませんね」静馬=必死の弁明/響=さらなる自爆的発言。

「被害者は響ちゃんなの!?」鈴鹿=兄を見る目がどんどん軽蔑的なものに。

 二人の少女に詰め寄られ、哀れなほどうろたえる静馬。

 少年が半分涙目になりながら妹とその友人に誠心誠意で謝罪する光景を、奏+鳴の第三者コンビが同じく半分涙目になりながら笑いを堪えて鑑賞すること数分――なんとか鈴鹿の誤解を解き、響の機嫌を取ることに成功した静馬が、心底ほっとした表情でカラカラになった喉をコーヒーで潤していた。

 奏+鳴――喜劇の一部始終を見届けた者たちの感想。《見た目はそこそこイケてるのに……残念ねぇ》《黙ってればカッコいいのに……残念だね》しみじみと。《あんたも案外、物好きよねぇ》《残念でもきっといいところもあるんだよね……ね?》再び同情的な視線。

 知るか――というか、ワザワザ私にだけ聞こえるように小隊限定コードで無線通信かざぶえしないでよ――とは思いつつ/という意地でなんとかポーカーフェイスを維持――ひとまず話題を元に戻す。

「それで結局、あなたはここへ何をしに来たんですか?」

「実は……次の休みに鈴鹿をどこか遊びに連れて行ってやろうと思って。今日はその相談に来たんだ」

「なるほど、それは妹想いですね」このシスコンめ――とは鈴鹿の手前、口にせず。

 ニコニコと兄の腕に抱きつく鈴鹿の姿に、何だかもうどうでもいい気分になってくる。〝いい加減さっさと部屋に戻ってベットに逃げ込もうかなあ〟と思い始めたところへ――突然、奏がと手を叩いて立ち上がった。

「まあ、素晴らしいわ。実は奏たちも、今度の休暇オフはどこか遊びに行こうって相談してたところなのよぉ。すっごい偶然ね♪」

 驚くウェルナー兄妹/驚く響――相談どころか、今初めて聞かされた自分の休暇予定。

 すかさず鳴が追随。「どうせならみんなで遊んだ方が楽しいんじゃないかな、かな?」

「そうしよう! みんな一緒でハッピー♪」意気揚々と鈴鹿があっさり同意=問答無用のファイナルアンサー。

 あまりの急展開に思考停止状態に陥る響――その目が正面に座る静馬を捉える。

「響ちゃんたちがそれでいいなら、問題ないよ」静馬=にっこり/〝いえ、こっちは問題大有りですよ?〟とは言い出せず――逃げ場のない状況第二弾。

 あ~……もう、どうにでもなれ。


     ***


 BVT支局ビル七階=MSE本部――隊長室。

 壁を埋める何台ものモニター=その一つに映像。

 昼間の戦闘――地下の監視カメラが偶然捉えた画像=画面に大きく映し出される虎男/その鋼鉄の腕/刻まれた文字――『WS』。

 ヴィーラント=鋭さを増す瞳/獲物を見据える狼の眼差し。

 摩耶=つねの微笑みを消した仮面のような表情。

「都市が生み出した闇だな」そこに重々しく告げられる言葉。

 デスクに座る男=壮年/ごつい体に刻まれた年輪のような傷跡/まさに古強者タフガイと呼ぶに相応しい風情の大男――MSE隊長ペーア・ガブリエル。

 過去にこの都市で起こった幾多の戦場を駆け抜け〝闘争の獣〟とも呼ばれた男――今はその静かな佇まいから、さしずめ〝森の聖人ゴリラ〟/その男が厳かに続ける。「この都市が内包する闇は深い。しかし、闇に手を浸さぬ限り、その奥に潜む亡霊を葬ることは叶わん」

「その業を、あの子たちに背負わせるつもりなのですか?」摩耶=懺悔するかのように。

「それを代わりに背負うのがの役目だ」ヴィーラント=決意を表わすかのように。

「誰かがその役目を背負わねばならんのだ。それが闇に抗う唯一のすべである限りな」

 ガブリエル=今この時もその業を自ら背負い続けているのだ、と宣言するかのように。

 三人の大人たちがそれぞれの想いを胸に秘め、夜の闇は更けてゆく。

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