2:ヘクターの悲劇

生者が「思い出」を語り継がなければ、死者の国で「最後の死」(日本語版:第2の死)を迎える。死者の国において最も重要な法則です。

名声を得て多くの人々の記憶に残る。死者の国で長生きする方法ですし、そうでなくても自分のことを覚えていてほしいというのは、誰もが願うことです。

しかし、人知れず道半ばで倒れるものも数多くいるのも事実。夢を追い成功した人がいるなら、それよりもはるかに多い「夢破れし者」がいるのです。ヘクターもその中の一人。夢をその手に掴めるのは才能のあるごく一部の人間、結局のところ、それが現実なのです。


デラクルスはヘクターの才能を奪い取り、殺してしまったわけですが、死者の国の法則に基づいてデラクルスの行いを考えると、命を奪った以上にその非道さが際立ちます。

デラクルスの生涯はミゲルもよく知るほどメキシコ中に知れ渡っているわけですが、そこからはヘクターの存在は一切消されているのです。本来ならば、デビュー前のデラクルスとデュオを組んでいた人物として発掘されていそうなもの。しかし、デラクルスはそのことを一切語らず、「リメンバー・ミー」の作曲者としても完全に抹消しています。(隠蔽工作をした、というのは深読みしすぎでしょうか)


もうひとつ、ヘクターと離別したイメルダが音楽を禁止したことで、ヘクターが最も聴かせたかったであろうココに、「リメンバー・ミー」が届くことはありませんでした。

自分の曲があちこちに響いているのに、ヘクター自身のことは誰も知らない。そして、最愛の娘に会うことなく、彼女の思い出ごと「最後の死」を迎える……あの一夜をヘクターはどんな思いで過ごしていたのだろうか。

想像すると、その悲しみはとても深いものです。

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