第3話 邂逅
「ここにいても仕方ない。……そうだ、交番に行ってみよう。」
しばらくの間、しゃがみ込んでいたが、夜になるまでこうしている訳にもいかない。
暫定名コウモリに突かれていたときも、周囲の人々は、全く反応しなかった。都心の世知辛さが身に染みる。
こうなれば、自分でなんとかするしかないだろう。そういえば、交番では、財布を無くした人に電車代を貸してくれると聞いたことがある。
優しい警察官に当たれば、靴代も貸してもらえるかもしれない。
あれ? これ、すごくいいアイディアじゃない? そう思ったら、なんだか元気が出てきた。
さっそく地図アプリで最寄りの交番を検索し、裸足のまま、よろよろと交番に向かった。
しばらく歩くと、渋谷駅前の交番が見えてきた。これで助かる。ホッとしながら、中に入る。
「あの、すみません!」
-ビーッ! ビーッ! ビーッ!
足を踏み入れて声をかけた途端、大音量の警報が響き渡る。思わず、身を竦ませていると、2人の警察官が、紗子を無視して、バタバタとなにかの準備を始めた。
警察官は、小さな黒いボックスを出してきて、電源を入れた。よくわからないが、とりあえず、落ち着いて話ができるまで、大人しく待つことにする。
しばらく大人しく待っていると、黒いボックスの上に、なにか生き物らしい像が投影された。
パステルブルーの長いタレ耳を持ったウサギだ。ウサギにしては、ずっと直立した状態なのが不思議だが、まあ、そういうキャラクターなのだろう。
「ここは、……渋谷駅前交番ですね。警察官の方々、サイバーセキュリティ危機への対応、ありがとうございます。この通信が切れ次第、通常業務に戻ってください。」
暫定名ウサギは、辺りを見回すと、警察官の2人に向かってぺこりと頭を下げた。
喋った! しかし、よくできてるCGだ。言葉と口の動きもちゃんとリンクしてるし、なにより動きがスムーズだ。
感心しながら眺めていると、ウサギは、今度はじっと私を見つめてきた。目が覚めてからずっと、誰からも無視されている状態に慣れてきていたので、思わずドキッとして、姿勢を正す。
「高梨紗子さん。サイバー世界ネオニティにようこそ。歓迎します。」
すると、ウサギは、今度は私に向かって頭を下げた。
見ず知らずのウサギから、名前を呼ばれた衝撃で、しばらく固まる。
「……え? なんで、私の名前? どういうプログラムなの? そもそも、あなたは何?」
ようやく再起動した私は、溢れる疑問をウサギにぶつけた。
「……少々、お待ちください。そちらに移動しますので。」
ウサギは、混乱する私に構わずそう言うと、投影された機械から姿を消した。ウサギとはいえ、初めて意思の疎通ができた生き物との繋がりが無くなり、少し寂しい気持ちになる。
すると、突然、目の前の空間に光が集まり出した。身を引きながら注視していると、光の粒子がどんどんと集まって、ギュッと圧縮したかと思うと、ボフンと、先程のウサギが出現した。空中に現れたので、落下するかと思って、慌てて抱きとめる。
なにこれ可愛い。思わず抱きしめてしまったが、ふわふわで極上の触り心地に、今まで不安で荒んでいた気持ちが、少し落ち着いた。
心の安定のため、更にギュッと強く抱きしめる。
「改めまして、高梨紗子さん。サイバー世界ネオニティにようこそ。貴方が来てくれる日を、一同ずっとお待ちしておりました。」
ウサギは、苦しがる様子もなく、抱きしめられたまま私を見上げて、そう言った。
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