おおよそ十五年ほど前のガソリンスタンドのバイト事情
雨天紅雨
ガソリンスタンドのバイトしてた当時の話
おおよそ、過去を遡ってしまえば、厳密な年代もわかるだろうけれど、あくまでもここでは、だいたい十五年ほど前、としておこう。仮に年代に当てがついたとしても、まあそんなもんかと、そのくらいでいて欲しい。
最初に。
まだ学生であった当時の私が、どうしてガソリンスタンド(以下、GS)のアルバイトを選択したのかというと、身近にいた親族の一人が、GSで働いていた経験があったからだ。
印象に残っていたのは、こんな話である。
その会社はそれなりに大きく、いろいろな分野に手を伸ばしており、その一つがGSであったのだが、基本的に新入社員の多くは、まず、GSに配属するそうだ。もちろん例外はあるだろうし、本当かどうか、確かめた話ではない。
ただ、その理由が、何にせよ仕事の基本が身につく、とのこと。
大げさに話を盛っていたとしても、なるほどなあと思ったのが当時の私であり、その話を覚えていたからこそ、GSのアルバイトを選択した。
私は学業もあったので、基本的には平日の終業後、記憶は曖昧だが三時間から四時間くらいだったろう。シフトは毎日ではなく、週三日ほどだった記憶がある。また、休日も出ていたような気がするので、定期的だったわけではなさそうだ。
こう言っては何だが。
当時の時給なんて750円くらいなものである。月額にして三万行くかいかないか、学生としてはそこそこの収入だったかもしれないが、今と比較してはいけない。
私がアルバイトに入って初日、まず言われたのが、声を出すことである。
仕事に入る際、どんな時間帯であっても挨拶は「おはようございます」であること。加えて「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」だ。
相当な大声を出していた。GS内に響き渡るくらいの声だ。それが良しとされていたのである。
仕事の流れとしては、基本的にこうだ。
客が来るまでは、外でずっと立っている。細かい仕事もあるにはあったが、それよりも目の前の道路から、GSに入ってくる客がいるかどうかを見ている時間の方が、よっぽど多い。
夏も冬も、外で立っている。もちろんポケットに手を入れたりしてはいけないし、手袋ができるような仕事でもなく、従業員同士での会話も、多少は許されていたが、仕事が優先だ。
客が来たら、窓を閉めている車の中にまで届くような声で「いらっしゃいませ」と言いながら、必ず走って駆け寄る。車の前に出て、誘導。
「オーライ、オーライ――はい、オーケーです!」
片手を上げて停車を促す。
停車を確認したら運転席側に走って移動、すぐにしゃがみ、帽子のつばを軽く上げるようにして、顔が見えるよう相手に見せる。
「いらっしゃいませ。レギュラー満タンでよろしいですか?」
この言い方は、相手にもよる。すぐ店舗用のカードを出してくる人もいれば、先に満タンで、と言ってくれる人もいる。
そして、オーダーを受け取ったら。
「レギュラー満タン入ります!」
ここも声出しだ。接客していない場合、この声に対しては「ありがとうございます」と返事をするのが、従業員の役目でもある。
機械の操作をして、車のキャップを外してノズルを入れてから、給油開始。
ちなみに、自動的に停止するため、開始してからはノズルから離れられる。タオルを片手に持ってすぐ、まず運転席へ行き、軽くしゃがむようにして。
「灰皿はよろしかったですか?」
いわゆるゴミ集めである。かつては、車内のごみをGSで引き受けていた。
あれば捨てて、灰皿は高圧の空気で洗い、返す。そしてすぐ、窓ふきだ。窓、ミラーと全体を拭いてから、ノズルの場所に戻る。
給油を完了したら、数値を見て。
「27.5リッター入りました! ありがとうございます!」
これにも、従業員はありがとうございますの復唱を入れる。
そして、ここが一番重要だったところ。
「キャップ、オーケー! ロック、オーケー!」
余裕があるなら、ゆびさし確認までして、料金の精算を行う。
そして、GSを出る際は、見送りをして、帽子を取って頭を下げる。
「ありがとうございました!」
――と。
ここまでが、一連の流れである。
■
忙しい時などは、見送りができず、声だけ上げるような状態になることも、しばしばあった。
さて。
当時を思い返すに、レギュラーガソリンの価格は、リッター95円前後であった。
95円! 軽油はもちろん、もっと安かった。
同じ時期に入ったバイトの同期とは、向こうの通りが94円だけど、実際に車持ってたらそっち行くよな、なんて笑ったものだ。
一番忙しかったのは、金曜日。
何故かというと、来客者に対して、粗品を配る日だったのだ。今ではちょっと考えられないのでは? とさえ、思う。
ともかく、集客をしなくてはならなかったのだろう。
ティッシュを配ったり、飲み物を配ったり、そういう追加要素で集客を狙っていたので、当然のように金曜日だけは忙しい。止まることがないくらいだ。
とはいえ、こっちは終業後なんだから、短い時間だっただろうけれど、仕事後の客がきやすい時間だったのも確かだ。
「こちら、粗品になります」
これで次も来てくれるような客を確保しようと、そういうことなんだろうが、当時は働くことがメインで、そんな考察はしていなかった。
基本的に、正社員が三名いて、あとはアルバイトの編成だった。ちょっと曖昧になっているので、違うかもしれないが。
大きなシフトとして、正社員は一名、朝から十六時くらいまで。もう一人が十四時くらいから閉店まで。つまり、正社員が二人一緒に働いている、という光景はあまり見かけなかった。
追加でアルバイト二名、または三名といった感じで回していた。
大きなトラック一台、乗用車四台がせいぜいの規模だったので、そのくらいで合っているはずだ。
■
GSの場合、必ず一名は危険物の取り扱い関連の資格を有する人がいなくては、いけないらしい。それが正社員になるが、アルバイトで入っていた人が同じ学生で、既に資格を持っているらしく、三十分ほど一人だけで回していた、なんて話もしていた。自動車系の学校へ行っていたらしい。
大きなトラックは、軽油だった。
これがチャンスである。
実は内部項目として、個人の(アルバイトの)給油量によって、給料にボーナスがついた。
一般車だと、大きめの車で40リッター。軽自動車だと20リッター。しかし、大きなトラックだと100くらいは入っていた。
大型トラック専用の場所に、屋根がついてなかった記憶もあるが、早い者勝ちなので、基本的にはダッシュ。それほど意識してないなら、行くからいいよ、なんて声をかけて先に走った。窓ふきは大変だが。
屋根がないのは、トラック用の軽油と、灯油の場所だった。
雨の日と冬の雪の日は、とにかく嫌だった。
灯油なんて、タンク四つを、片手に二つずつ持って移動して、ともかく屋根のある場所へ急いだ覚えもある。
当時の私は、車に詳しくなかったので、整備はノータッチ。ウォッシャー液を補充してくれ、なんて言われても、一体何のことか、わからなかったくらいだ。
やっていたのは通常の業務と、洗車の項目にあった車内清掃と、言われた時にやる空気圧のチェックくらいか。ああ、洗車時の水のふき取りなんかも、やっていたような気がする。
思えば、トラブルと呼ばれるようなことは、なかった気がする。同期のアルバイトがキャップの閉め忘れをやった時、二人一組でやっていたので私も一因にはなったが、トラブルというよりミスだろう。最初の頃の話だ。
ああ、何度かあったのは。
こちらも流れ作業でやっているので、確認忘れをしたのもあるが。
満タンを入れたら、二千円分だと言っただろう、と客に言われたことがある。間違いなく、満タンでよろしかったですかと、確認はしているはずだったのだが、返事を貰ったどうか、私には覚えがなく……GS側がそのぶんは負担することになった。
さて、GSの利益はどこにある?
これ、給油そのものは、薄利多売である。
ガソリンそのものの値段は流動的であるし、先にも述べたよう、やはり1円でも安い方へ流れがちだ。
となると、利益を上げたいのならば、洗車を多く取らなくてはならない。
当時やっていたキャンペーンは、洗車十回分の値段で、十一回のチケットを出す、というものだ。これで増益になるのだから、やる価値は確かにあったろう。
もちろん、今のGSも、同じだ。
セルフスタンドが増えたのは、まず人件費を削った結果であるし、洗車の方が儲けが出るのも同じだろう。
今はもう、かつて働いていたGSは、なくなっている。
■
総じて、アルバイトをしていた私は、楽しかったと思っていたようだ。
ただ、どうしても人の顔を覚えるのが苦手だったので、常連客を覚えられなかった。せいぜい一人か二人、か。
しかし、ハイオク車というのは珍しく、大半はスポーツカーだ。
記憶にある限りだと、マツダのロードスターとRX-7で、後者の車は本当に好きだった。今でもあのフォルムは好きだ。RX-8が出て、とても残念に思ったくらい、FD3Sが好きだった。ちなみに、今もまだ、乗ったことはない。
ブルーメタリックのRX-7に乗った客が来た時は、内心でテンションMAXだった。若かったなあ……。
結構長い間、働いていたように思う。といっても当時の感覚なので、一年と少しくらいかもしれないが。
愛想笑いも、接客も得意だったので、それはそれで社会勉強としては良かっただろう。
まあ。
次にやった書店のアルバイトで、私は基本的に、接客は得意で平然とやれるけれど、だからといって接客が好きとは限らないんだなあと、そう思うことにもなったわけだが。
とにかく接客業は、トラブルが嫌だ。こっちが正社員や責任者なら、トラブルを起こす客なんて出禁にしてしまえばいいが、アルバイトだとそうもいかないし、働いている人間の総数が多ければ、それだけ内側のトラブルもある。
まあそこはそれ、今はそういう仕事を選ばずやっているので、いいのだけれど。
今はセルフも増えて、アルバイトで入れる場所じゃないんだろうなあと、思う。個人的には、そんなに悪いバイトじゃないと感じた。
まあ、女性は特にそうかもしれないが。
ガソリンなんかで肌荒れとか、ちょっと気を遣います。
いや待てと。
というか、そもそもオイル交換用の場所にあった洗面台、その隣にあったのあれ、洗剤だろう。それに手を突っ込んで、油を落とすようにして洗っていた覚えがある。凄いな、今考えると。ハンドソープってなに? みたいな。
長くやってると、指紋の間に入った黒色のオイル汚れが落ちないらしいし。
さて、これが十五年ほど前の事情である。
振り返ってみれば。
「95円か……」
なんて、遠い目をしたくもなった。
おおよそ十五年ほど前のガソリンスタンドのバイト事情 雨天紅雨 @utenkoh_601
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます