エピローグ



















「むううううう」


 とある名家のお屋敷が立つ庭園にて、その家の令嬢でまだ初等学校に通い始めたばかりの、金髪に長い髪をした少女が、木陰で仰向けになりながら読んでいた本のその最後のページをめくり終えると、納得いかないと言った風にぱんと本を閉じて、勢いよく立ち上がった。


 そして近くの木陰に椅子と机を設けて紅茶を嗜んでいた姉の元へと駆け寄る。


「お姉様、何なのですかこの結末、こんなのどう考えても納得いきません、地球は汚染されてないし、滅んでもないし、そもそも私達はちゃんと生きてるのに、それなのにこのお話のオチはこの世界が現実じゃなくて仮想世界かもしれないだなんて、そんなオチは空想以外のなにものでもないし、渡り鳥と魔女のその後についても気になるし、どう考えても納得いかないわ!!」


「どうどう、落ち着いてアリス、あなたの言いたい疑問なんて昔の人が百年以上も前に議論した事よ、それでもその物語、『アルクノーツ』は聖書として広く親しく人類の歴史の黎明期から読まれてきた、それこそがその物語がただの夢物語では無く、一つの史実として認められている証なんだから」


「……でも、私達の御先祖様が第二の地球に辿りついてから約二千年、この物語が地球の物語だって言うのなら、なんで第二の地球に一億光年離れた地球の物語があるのか、どう考えてもおかしい!」


「まぁ有名な話だと「ワームホール説」や「アルケテラー方舟搭載説」、「地球三週目説」、「この世界が仮想現実説」なんかだけど、でもそんな事実をすっ飛ばして、その本は妄想と呼ぶには看過出来ない事実が多く述べられているからこそ、人々は神を作らず、しかし一つの思想に寄り添って今の社会を生み出した、この嘘偽りなく愛で満たされた平和な世界が実現したのは、間違いなく『アルクノーツ』のお陰なんだから、だからその内容に文句を付けるのはナンセンスな事だわ」


「むううううう」


 姉に窘められてもなお、少女は納得出来ないといった風に口を尖らせた。


 そこに一人の来客が訪れる。


「あらおじ様が来たわね、おじ様は聖書についてもたいへん造詣が深いお方、腑に落ちないなら、聞いてみたら?」


「……そうする」


「じゃあイーディスを呼んできて頂戴、三人でおじ様のお話を聞きましょう」


 そう言われて少女は、おじ様の話を聞く為に妹を呼びにぱたぱたと駆け出した。





「……なる程、『アルクノーツ』の結末が納得いかない、か、確かにこの物語が『渡り鳥』のお話だとういうのならば、お姫様と再会していないし、それに無理に現実とリンクさせようとして矛盾した結末にも見えるよね」


「そう!、結局渡り鳥と魔女のお姫様は再会してないから、約束を果たしていないし、この世界の生まれる前の話だとしてもなんで一億光年離れた地球の物語がこっちの地球にあるのか納得いかないわ!」


「ふふ、確かにその通り、このお話は見たまんまだけだとただの御伽噺になって、物語として完成しない、だけどね、ヒントはちゃんと示されているんだよ」


「じゃあおじ様なら、このお話がどういう物なのか、分かるんですか?」


 あくまで僕の考えだけどね、と前置きし、紳士風の青年であるおじ様は少女に語った。




「これは平行世界に、「あるかもしれない可能性のお話」なんだよ、そもそもそも『アルクノーツ』が何処から発掘されたのか定かでは無いからね、この星の先史文明が紡いだ物語かもしれないし、地球からワームホールを通る事でここに送られた物語かもしれない、とにかく、誰にも信じられないような奇跡を辿って、この物語は生まれたんだ」


「奇跡って、そんなの信じられないわ……」


「普通はね、でも平行世界の「あるかもしれない可能性のお話」という視点から物語を見る事で、全ての物語がただの空想では無く、世界の裏側や、平行世界であったかもしれない出来事として、作り話が現実に変わるんだ、そしてフィクションでありノンフィクションでもある物語、それが『アルクノーツ』だと、本の中でも語られているだろう」


「……こんなの、作り話に決まっている、だって有り得ないもん、世界が滅んでいたり、人間が機械の中で生かされていたり、一億光年先から物語だけが送られて来るなんて、全然信じられない、有り得ない事だわ」


「ははっ、そうだね、『アルクノーツ』の内容が全部事実だとしたら、奇跡に奇跡を重ね合わせた、億を何億乗と何度も掛け合わせるような途方もなく薄い確率の現象だ、だから『アルクノーツ』が現実である事は有り得ない、だけど、大事な事はそこじゃないんだ」


「大事な事?」


「『アルクノーツ』は物語だから、物語は人々に感動や、それ以上の物を与える物でなくてはならない、教訓だったり、知性だったり、読んだ人の人生が豊かになるような、……つまり、これを読んだ人が何を思うか、それが一番大事な事なんだ」


「何を思うか、……私は納得いかないから、結末だけは作り直して欲しいと思っているわ」


「ふふ、それも一つの感想として間違いは無い、『アルクノーツ』はこの星に住む全人類が必ず一度は読む聖書だ、だから君が自分の感想を持つ事で他者と意見を交換し、自分のアイデンティティを知る助けになるし、また書かれた内容を教訓として、自然を愛し世界を愛で満たす事を忘れなかったからこそ、この星は成立から二千年間の恒久的平和を実現出来たんだから」


「……中身を読んだだけだとそんな凄いお話だとは思えないんだけどなぁ」


「『アルクノーツ』が凄いのは内容じゃなくて、その成立した経緯が不明であるというその地位が偶然性の塊である点と今日こんにちまで人々がこの本を聖書として擁立して来たという点だからね、内容自体は古典と童話メルヒェンの中間にSFを散りばめただけの凡作に過ぎないものだよ、だけどそんな凡作が聖書として担ぎあげられている事、この事実もまた、世界が『アルクノーツ』から何かしらの影響を受けているかもしれないという、偶然の可能性を示唆しているんだ」


「……つまり、『アルクノーツ』が凡作であればある程に、それが聖書である事が有り得ない事だから、『アルクノーツ』が現実である可能性が高くなるって事か……、うーん、……結局納得出来ないけどもういいや、私、別に『アルクノーツ』が真実かどうかとか、自分が生きてるのが現実かどうかとか、そんなのあまり興味無いし、それより」


「僕としてはこの考察だけで一冊本が出せるくらいに語れるんだけどなぁ、……なんだい?」


 すっかり聖書の考察についての興味を無くしてしまった少女にぼやきつつ、青年は聞き返した。



「結局、渡り鳥と魔女のお姫様はどうなったの?」


「ああ、その事か、それは原典に示されてないから僕の想像でしか語れないけど、いいかな?」


 青年がそう言うと、今まで少女の話題を静観していた他の姉妹達も待っていたと言わんばかりに目を輝かせて傾聴する。


 少女達は皆、青年が空想で語る即興の物語を聞きにここに来ていたのであった。


 その様子を見て青年は説明口調では無く、物語調に自身の想像を語り聞かせた。






 それは黄金の風で紡がれた黄金のうた


 一人の旅人が見た、黄金の夢の続きの物語。


 誰の記憶にも残らなかったその夢が、喜劇だったのか悲劇だったのか、神さえも知らないものだが。


 その夢が美しかったという事だけは、皆が知っていた。


 だからその夢は、あなたの夢に続いている。


 永遠に続く物語。


 それこそが人々の夢なのだから。


 






























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