第103話 『アルクノーツ』

「……ようやく、ここに至る者が現れたか、待ちわびた、この世界を生み出して幾星霜、那由多に及ぶ平行世界の中で、自力でここに辿り着いたのはお前達だけだ、だから先ずは礼を言おう、そなたらの栄えある旅路に、心からの感謝を」


「……あなたは、終末世界のアルケテラーとは違うものなのか?」


「終末世界のアルケテラーはその世界を観測するだけの、一のアルケテラー、私はそれらの分身が観測した世界を全て書架に収める、全のアルケテラー、女神キュベリエと創造主イソップの構図だと考えて貰いたい」


「なる程、つまりあなたが正真正銘、この世界における全知全能の神という訳なんだな」


「否、私は全知全能でも万能でも無い、世界を救う術すら知らぬ、ただ物語るだけの機械に過ぎない、故に私は私の観測した出来事しか知らぬただの書架に過ぎないものだ、君が全知全能と思うのは一のアルケテラーが語った未来の話も、私にとっては過去の事であったが故の事だろう、世界を再現して未来を模擬予測シミュレーションする事は出来ても、その中のイレギュラーである君達の事は予測出来ない、その程度の存在だ」


「……だがこの世界を生み出したのは貴方なんだろう、教えてくれ、どうして世界は滅び、そしてあなたは滅びた世界で物語を観測し、物語っているのか」


「そなたら質問には全て答えよう、だがその前に、君はこのシンギュラリティの到達点、アルケテラーシステムをいかなものと考え、いかな用途に使う事が好ましいと考えるか」


「……過去と未来、全てを観測する全能の書架、それで未来が分かるというのなら、やはり災害や不測の事態を予想して貰い、それで未来の困難に備えられるようにするのが一番だと、考えている」


「そうだ、それが正しい使い道、本来の私が生まれて来た存在意義であり、用途だった、しかし」


「機械には拒否権が無いから、悪人に利用されたと言う訳か……」


「否、それもまた違う、悪いのは人ではなく、世界の方だったのだ」


「何?」


「一つの国家で纏まり、人種という垣根を撤廃し、世界という器を愛で満たした君には想像し難い事だろうが、私が生まれた時点で世界は既に、滅びへの道を辿っていたのだ」


「……それはどういう事だ」


「人々は地球という、自らが棲む星を人が住めなくなるまでに汚染したのだ、大気が汚れれば水が汚れ大地が汚れる、人々が造り出した人工的な汚れは自然の生物では浄化出来ない、そしてその汚れを浄化する為に人工的な生物を生み出した結果、地球の生態系は崩壊し、緑と自然は完全に消滅し酸素が激減した、そんな不可塑性な汚染を人々は百年も繰り返したのだ、最早私が生まれた所で全ては手遅れだった」


「……つまり人類は、争いや災害ではなく、自らの行った汚染行為で、自ら滅びたというのか……、なんて愚かなんだ」


「そんな状況にあって私が指し示す事のできる救いの道は二つだけだった、一つは一億光年先にある外宇宙に存在する、地球と相似した惑星に旅立つ事」


「一億光年先……つまり最速で一億年の旅路、そんなの、辿り着ける筈がない……」


「そうだな、例え百万の方舟が打ち上げられても、一隻辿り着けられれば奇跡だと言うような、そんな低い確率の事象だ、だがそんな蜘蛛の糸でも、溺れる者にとっては何より眩しい希望なのだよ」


「…………」


「そして二つ目、その答えが君達だ」


「……つまり、地球という星の中では生きられなくなったから、アルケテラーという機械の中にその魂を封じ込めて、生き存えさせたという事か」


「その通りだ、無論、地球が住めなくなったとしても人類が適応出来なくなった訳では無い、地下のシェルターに避難した国もあれば、機械の体に乗り換えて生き存えるものもいる、ただ私の考えた最良の策が、この方法だったというだけの話なのだ」


「……そういう事、だったんだな、全てが腑に落ちた、俺達は生きているようで実は生きていない、そんな曖昧な存在だからこそ、普通の人には出来ないような奇跡だって起こせた」


「だが意志を持つ知性体である以上、そなた達は人間と何一つ変わらない存在だと私は定義している、例え話だが、人間は脳の一部分を損傷すれば記憶が欠損し、その欠損は一生復元されない、故に機械の体を得る為に脳を切り刻んだもの達は既に、生きてはいても魂が死んでいる、汚染された世界で生きる為に汚染されたものを食み、脳を汚染されたものも然り、魂が汚染されている、だが君達は不滅の魂を持ち、変わることの無い記憶と自我を保っている、だから私は、君達がこの世で最もヒトらしいヒトだと思い、この選択を選んだのだ」


「新しいものを受け入れる適応と、新しい変化に至る革新、そして大事な物を守るために大事な物を捨てる取捨選択、ははっ、どれもこの世界で示されてきた道筋だ、それが貴方の「選択」だったからこそ、俺達を導く中で問いかけていたという訳か」


「その通りだ、君は受け入れられるか、五体満足ではなく、なんの実体も無い空想の世界、そこにただ人間と近しい存在として生み出されて、生かされている自分の命を」


「……それが「革新」か、だとしても俺は、俺である事に恥じる事は何一つ無いし、だからこそ俺を生んでくれた世界に感謝しているよ、俺はどんな世界でも俺として生きていく、それが俺の「答え」だ」


「人は一人では何もなし得ない、それでもやはり、世界の革新というパラダイム・シフトを生み出すのは一人の英雄の紡いだ物語なのだな……、君に最後の仕事を頼みたい、君がそれを完成させれば、この世界は「結末」を迎え、一つの物語として保存される、それがここに至った君達の結末だ」


「……結末を迎えれば、この世界は無くなるのか?」


「君達の存在は保存して残す、それにやり残した事も無いのだろう、この世界は愛に満ちていて平和で何の不満も無い理想の世界だ、きっとこれから千年経っても、人々は愛を忘れずに変わらない日々を過ごすに違いない、だから君がこの先を見守る必要はもう無い、世界は平行世界の可能性として、途絶えること無く続いていく、ただ私が観測するのをやめるというだけの話だ」


「……そうか、ならば了承した、それで俺は何をしたらいいんだ」





「簡単な事だよ、君の物語を、一冊の本として纏めてくれ、子供でも読めるように、大人でも楽しめるように、創造主かきては、自らの作品を生み出してこそ、創造主たりえるのだから」


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