第102話 改変後の世界

 エクステラーによって作り替えられた世界。


 そこは想区の間を隔絶する沈黙の霧という垣根を無くして人々が自由に行き交う事のできる世界だった。


 本来交わる事の無い物語達が交わる事で新たな可能性が生まれ、新たな派生の物語が生まれた。


 故に直前の課題であったミュトスの消失による世界の崩壊という問題は解消された。


 そして同時に、当初から懸念されていた人々の自由意志による自由な闘争、それによって世界は混迷と戦乱の時代へと突入した。


 人の、他者と自分を比較し、格付けして優位性を示さなければ済まない起源のナショナリズムによって、元々想区だったものは国となり、群雄割拠の戦国時代へと突入した。


 しかしレヴォルはそれを悲劇だと捉えない。


 それは世界が一つに纏まるために必要な事と達観し、割り切った。


 なぜなら名君とされたアレクサンドロス大王が、戦争で他国を侵略する事によって国家を纏め、文化を発展させた例からも分かるように、国境の遮断性が高い時代に於いては、戦争によって世界は大きく発展する。


 だからこれは、多種多様な思想が混在する想区という世界を統一させる為に必要な犠牲だと割り切ったのである。


 その戦国時代の副産物として、数多の英雄が新たな武勇伝を生み出す事により、ミュトスは満たされて、世界が滅びる可能性はほぼ無くなった。


 そしてレヴォルは、戦争が長期化しない為の施策として、二つの想区を作った。


 一つ目は闘技場の想区。


 人々の加熱した本能である闘争心を満たすために、古来の剣闘士に倣って戦いを見世物にする事で、戦争を競技にして、想区という国家間の争いを無くした。


 二つ目は理想郷の想区。


 そこは死者と生者が交わる事の出来る場所。

 戦争によって愛する者を奪われて復讐に取り憑かれた者達の怨恨を鎮めるために、理想郷の想区を各地に作り出して、理想郷に辿り着くためには国境を超える必要があるという事を意識させる事で、住人達の愛する者に会いたいという想いを刺激し、戦争を早期終結させた。


 こうしてレヴォルの望んだ自由で平和な世界は生まれた。


 だけど悲劇は無くならなかった。


 一度災害に見舞われれば人々は奪う為に隣人に襲いかかり。


 疫病が流行すれば想区ごと焼け野原に変えて。


 貧困が蔓延すれば、子供達は捨てられて、弱者は見捨てられた。




 それらは全て、おとぎ話という幻想を排した新しい世界の物語。


 人魚姫やマッチ売りの少女以上にどうしようも無い悲劇が、新しい世界の悲劇だったのである。




 これがレヴォルの望んだ世界かと問われれば、そんな筈が無いと否定する。


 それでもレヴォルにとっては、運命によって犠牲になる人間が定められるくらいなら、人々の自由意志で不幸や不条理に見舞われる人間が選ばれた方がマシだったから。


 だから世界でただ一人の創造主として、人々が手を取り合い困難を乗り越えようと努力するように、世界に問い掛けるように困難を与えた。


 敵が強大であればある程に程に、人は団結し、人類が絶滅するかもしれないという危機に直面すれば、そこには人種や国家という垣根は無く、一つの種として纏まる人類の姿があった。


 神などという不確かで曖昧な存在を戴く事こそが、火種になるのだと、レヴォルは悟った。


 だからレヴォルは人知れず、神への供物として生贄に選ばれた子供を神として救い、神に裁かれる事を望んだ狂信者を神として始末し、神に助けを乞う者の嘆きを聞いて、その全てにこう答えるのだ。




 「神は死んだ」と。




 こうしてレヴォルは人々の心の中から神の存在を消していった。

 これまで神が担ってきた理不尽、不条理、その他の非合理的な奇跡が全て否定されて、人々はようやく、自らの意思で世界に立ち向かう決意を持った。


 長らく人々の間に根付いていた、「魔法」や「妖精」と言った、御伽の神秘は、神の死と共にその姿を消していった。


 そこからは目まぐるしい速度で世界は発展していった。


 科学を手にし、文明を発展させ、人口に膾炙かいしゃする錬金術師達の名前が歴史の影に埋もれた頃に、人々はようやく辿り着いたのである。


 全ての人々が幸せになれる真の理想郷へと。


 それは空想的な魔法や神秘から最も遠い、魔女や魔法使いのいなくなった世界だった。


 人類は到達しうる叡智の限界に達し、科学と機械の力で全ての問題が解決し、その恩恵が全ての人類に与えられる、愛に溢れ、そして娯楽に溢れた時代へと辿り着いたのである。







「ようやく完成しました、貴方の悲願を、ここに達成出来た事を、私は誇りに思います」


「世界の全てを観測し、全ての事象を演算する事で、未来という不確定性の全てを明らかにする事が出来る装置、シンギュラリティの到達点、その名も量子演算型人工知能、アルケテラーシステム」


「これによって人々は全ての困難な問題に対する全ての答えを知る事で、災害や悲劇を未然に防ぐ事が出来る、人類はようやく…神から与えられた試練を乗り越えて、運命から解放されるのですね」


「ありがとう、…俺たちはようやくここに辿り着いた、あの日示された世界の滅び、「収束する結末」の本当の答えに」


「それではアルケテラーシステム、起動させます、起動シーケンス3...2...1.....」




「待つんだ!!」




「貴様、何者だ!、一体どうやってここに…」


「所長、防犯システムを作動させますか、これも実戦でテストする必要があるでしょう」


「いや、問題ない、彼は俺の友人だ、だから大丈夫だ、…それで、何の用だ、なんて聞かなくても分かるか」


、それはルール違反だよ、この世界の全ては僕が観測して物語っている、それなのにもう一人の観測者を作るなんて、それは根底を歪ませている、君は僕達の創った世界を否定するのかい」


「俺達の物語は、多くの涙と悲劇を乗り越えて、ようやく、皆が救われる世界へと至り、結実した、ここで結末になれば皆が救われる…、だけど、俺はまだ、あの終局世界の、あの景色の意味を知らない、だから、知る必要があるんだ」


「僕達のやって来た事は、この世界の「嘘」を剥ぎ取り、まやかしで出来た夢のような出来事を消して、真理に至る道筋、だけど、その最期の真実だけは、暴いちゃいけない、それを暴いたらこの世界は、


「やはり…、か、そう、…だったんだな、だから俺達は、何度生まれ変わっても、


「…気付いていて、それでも君は世界を暴こうとしているのか」


「考えてみれば簡単な事さ、滅びという結果には必ず原因がある、戦争、災害、寿命、何でもいい、何かしらの伏線があって然るべきものだ、しかしこの世界の滅びは伏線が無い、結果だけが先に決められていて、必ずそれに収束する、それが神の手による創造の為の破壊ならまだいいが、神は死んだ、それでも世界が滅びるとしたら、原因は一つしかないだろ」


「…そうだ、この世界は既に滅びている、現実は既に滅び空虚な世界となっていて、人類は絶滅して、星の命は途絶えている、それが真理だ、真相は語った、だからもう、その真相を暴く事は無い」


「いいや、まだ足りない、ならもう一つ聞こうか、世界が滅びているのだとしたら、俺達は何だ、生きているのか、それとも死んでいるのか、何故、俺達は、繰り返しの中で物語を紡いでいるんだ、答えてくれ」


「それは…」


「分からないよな、俺達は「曖昧なもの」だ、観測者の観測によって結果が変わり、その存在も書き換えられる、この世界が現実では無いのだとしたら、俺達は神の創造物という事になるが、だったら神は何処にいる、誰が俺達を観測しているんだ」


「…君は世界でただ一人、この世界の神でありながら、この世界を否定するというのか、折角、全てが上手く行って、みんなが幸せになれる世界になったというのに」


「……俺は、どこかで自分の物語に終わりが来る事を否定していた、…だから不老不死の神になって、世界を自分の思うがままに導いて来た、でもそれじゃあ終われない、都合のいい夢を見続けて、終わりを引き伸ばすような世界なんて、やっぱりまやかしだから、だから終わるなら自分の手で終わらせるのが責任だから、俺の手で、…終わらせなければならないんだ」


「…それでも、君の満足する世界なんて何処にも存在しない、至る結末は一つだけ、終末という結果だけが僕らに与えられたゴール、選択肢なんて、無いんだよ…」


「…だが、…俺は、俺達の命こそが、造りものではなく「可能性」だと思っている、滅びた世界の滅びなかった可能性、それを物語として語る事で、滅びた世界にある筈の無い物語が存在する事で、逆説的に世界は滅びていないという可能性を生み出す為の存在」


「…そんなの、机上論で何の根拠も無い空虚な妄想じゃないか、何処にも君の考えを裏付ける証拠は無い」


「だけど、世界が滅びている事が真実で、俺達が生きている事も真実だ、だったらきっと、「滅びた世界」が箱の中で観測されない事象として存在していて、そして箱の外の世界で俺達の物語は観測されて存在している、だから滅びはまだ確定してない事象だから、運命を変える事が出来る筈なんだ」


「……運命を変える、そうか、この世界が運命に縛られていた本当の意味、それは滅びという結末から人々を遠ざけるというその場しのぎの物ではなく、運命を変えるような本当の救世主を生み出す為の試練、だから、運命を変えられる人間にしかこの役割は担えないし気づけない、そこには確固とした役割が存在する、…でも本当に、それが果たせるのかい」


「出来ない事だから、叶わない事だからと諦めて、可能性を捨てる様な諦めの良さは、悪いが持ち合わせてないんでな、例え奇跡を掴むような無理難題だとしても、俺は奇跡を信じる」


「…そうだったね、よりよい未来とは、奇跡のような可能性の延長線上なんだ、何万分の一、何億分の一の奇跡を繰り返して、いまの世界は綴られている、もしかしたらこの滅びもきっと、それらの可能性の一つなのかもしれない」


「旅立つ日があるならば、旅の終わる日が無くてはならない、だったら俺はそれを、引き伸ばした先に迎える世界の滅びで終わらされるのでは無く、自分の手で幕を引きたいんだ、この世界の創造主かきてとして」


「君はこの世界の神として、終わる日の事まで考えていたのか、…やっぱり僕とは器が違うな」


「ふっ、またいつもの自虐ネタか、そんな事しても、エクスも自身の責任からは逃れられないんだからな」


「…分かってるよ、これは僕の責任やくわりでもある、この世界の語り手である以上、エピローグまで語り切る事が僕の役割だ」


「……それじゃあ、アルケテラーシステム、起動させてくれ」




「分かりました、3...2...1......アルケテラーシステム、起動!!」

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