第99話 通過儀礼

「これが僕の罪、分かっただろう、僕が目覚める事は、僕以外の全ての人間の救いを奪って、そして、大きな災いを生むんだ、それでも君は、僕と、同化するというのかい」


「…………」




 エンディミオンの物語を聞かされたレヴォルの双眸からは、自然と、必然と涙が溢れた。


 人魚姫お姉ちゃんを救う為に災厄となった事。

 きっとそれは自分が同じ立場だとしても間違いなく同じ選択をする行為だ。

 手段が間違っていたとは思わない、他にいい手段があったとも思えない、だからエンディミオンの選択は間違いなくレヴォルの選択だ。

 そもそも全ての人々を自身の『創造』した世界で救済する。

 それはレヴォルの現在の理想の『理想郷アヴァロン』に通ずる物であり、災厄であっても、エンディミオンはレヴォル以外の何者でも無いと再確認出来た。


 でも。


 だからこそ。


 一つだけ、気になった事があった。


 エンディミオンの理想は成し遂げられてないと確信に近い予感を感じたのだ。


 レヴォルはそれを言葉にした。





「俺は君の選択も、理想も、罪も否定しない、だけど一つだけ問いたい、お姉ちゃんは、君に救われて笑っていたか?」


「……泣いてたさ、当然だ、希望を託した弟が災厄になって、世界を滅ぼしたんだから、喜べるわけが無い、だがそれでも僕は、救う道に辿り着きたかった、放っておけなかったんだよ」







 結局。


 エンディミオンの救いは独善的なものに過ぎない。


 世の中には「救い」ではなく「罰」を求める人間がいて。


 「自分」よりも「他人」が救われる事を望む人間がいる。


 それを理解せずに、独善的なお節介に暴走して、結果、世界を滅ぼした。


 エンディミオンもそれに気付いていた、でも立ち止まれなかったからこそ、大罪を犯したのだ。


 だからエンディミオンの「救い」も「贖罪」もどちらも独善エゴに過ぎないものであり。


 エンディミオンが自己完結した存在だからこそ、どれだけ他者の事を想っても、他者と繋がる事を許されないのだ。





 レヴォルはエンディミオンに微笑みかけた。


 それはエンディミオンを背負う覚悟の表れだ。


 エンディミオンの背負う全てを共に背負い、そして、悲劇を悲劇のままで終わらせないという意思表示。


 それがレヴォルの選択だった。


「だったら、まだ終わりじゃない、最期はちゃんと笑って終わらせないと、だろ」


「……いいのか、僕を受け入れる事は、災厄の器になるということは、『世界の悪役』になる道だ、倒される以外の『相応しい結末』なんて無いんだぞ」


「大丈夫だ、俺はみんな、覚悟は出来ている、この先がどれだけ険しくて、果てしなくて、困難な道だとしても、俺はその先にある希望を目指すんだ」


 既にレヴォルが同化した多くのレヴォル達も、レヴォルと同じ結論に至った。

 だからレヴォルは恥じること無くその選択を決断できた。


「……なんとなく、君に呼ばれた時から、僕の運命はこうなるんじゃないかって予感があったよ、やっぱりどんなになってもはレヴォルだから、どんな者だって受け入れてしまうんだって」


「……俺はさ、思うんだ、何かに挑もうとした時、運命のような大きなものに挑もうとした時、そんな時、人は皆、道理を曲げて悪役になるんじゃないかって、だから地位、名声、財産、この世の全てが誰かの所有物だっていうのなら、それらを得ようとした時に、人は悪役になるんだよ」


 仮にそれらの目的が弱者を救済する再分配だったとしても。


 既に既得権益や宗教的な都合、思想や価値観の相違といった理由で、正しい行いも容易に悪となり得る。


 もしかしたら災厄は、そんな誰かがやらなければならない汚れ仕事を、火中の栗を拾うような大仕事を引き受けるのが役割なのかもしれないと、レヴォルは思った。


「……確かに、水も土地も生き物も、全て誰かの財産で名前のつけられたものだ、この世で誰のものでもないものなんて、空気ぐらいか、だから風の精霊になったお姉ちゃんを自分のものにしようとした事自体が、烏滸がましい事だったのかもしれない」


 風の精霊だからこそ、全ての人に分け隔てなく与えられる存在だった。

 エンディミオンは、自分が本当に目指すべきものは災厄では無く空気だったのかもしれない、と振り返る。


「だったら俺達は、「みんなのもの」になろう、そうすればきっと、全ての人を救えて、そして、独善では無い救いを与えられる筈だ」


「「みんなのもの」、か、なるほど、僕の物語を僕だけのものではなく、「みんなのもの」にする事で、僕達の決断も結末も、全てをみんなに委ねる、ははっ、それじゃあ無限に世界が分岐して、可能性で溢れかえるんじゃないか」


「元よりミュトスが不足して崩壊を迎えている世界なんだ、だからその責任も、俺達だけで背負うより、みんなを巻き込んだ方が自然だ」


「それもそうか、……ありがとう」


「……何がだ?」


「一人で成し遂げた救済なんて、どれだけ頑張ってもちっぽけで、虚しい物にしかならない、だから誰かと繋がる可能性を、みんなと成し遂げられる可能性をくれた君こそが、僕にとっての救いなんだ」


「よしてくれ、俺は君で、君は俺なんだ、自分から礼を言われるのは、ちょっと変な気持ちだ」


「確かにな、自分を救う役割すら自分でやるっていうのも、大した皮肉だと思うよ、だからこれが結末っていうのも悪くない」


 救いたがりの世界一お節介でお人好しな王子様。


 レヴォルはそんな王子様が世界に一人くらいいてもいいと思った。


 救いの無い世界だからこそ、自ら救いの手を差し伸べようとした。


 その結末がこれだというのならば、皮肉でしかないが、それでも自分を認められた。


 この手は誰にでも届くと、信じられたから。


 エンディミオンが差し出した手をレヴォルは掴んだ。


「……何か、言い残す事は無いか」


「僕は…、いや、やめておこう、自分の最期を言葉で飾るのは、今の僕には野暮な事だ、だから意思は全部、の行動で示すよ」





 世界を飲み込んだ器であるエンディミオンと同化する事は、それだけで幾千の英雄と接続するのと同等の情報量が、津波の如くレヴォルという自我を飲み込もうとする。

 本来ならばエンディミオンと接続する事で、レヴォルという人格は霧散するように消えるだろう。

 しかし今回はエンディミオンだけでなく、平行世界の千のレヴォルとの同時接続である。

 エンディミオンの情報量と釣り合うだけのレヴォルの上書きで、レヴォルという人格を残したままで、エンディミオンの『創造主』という性質を獲得する。


 そして、創造主となった可能性はエンディミオンしかいなかったが。

 英雄として昇華された可能性は、百を超えて存在した。

 英雄となったレヴォルの魂は、高純度の物語の結晶であり、それはレヴォルの想像剣の強化、レヴォルの人格の補強をして、エンディミオンという全の物語の具現という存在と混ざりあっても、レヴォルの存在を確固たる物とする。


 その変革に痛みなどは無い。


 ただ自分が変わっていくという取り返しのつかない喪失感だけが、レヴォルに同化の代償を感じさせた。


 思考は津波に押し流されるように変わっていく、とても悲しい出来事も、受け入れ難い真実も、莫大な経験の波の中で、全てがちっぽけになる。


 今まで抱えてきた葛藤が、悔恨が、無力の蒙昧さが切り捨てにされるかのような感覚に、これは通過儀礼イニシエーションであり、蛹が蝶になるような非可逆な成長だと感じた。


 それでも乾いた心はやがて涙を流した。


 これはレヴォルが流した涙だ。


 同化する事で、エンディミオンの物語に感動し、レヴォル達の物語に感動し、レヴォル達の物語に感動したレヴォル達全員の総意で流した涙だった。




 勝てない敵に挑んだレヴォルがいた。


 前人未踏の秘境を踏破したレヴォルがいた。


 誰にも思いつかない物語を書いたレヴォルがいた。


 誰かを救う為に自分の命を犠牲にしたレヴォルがいた。


 愛する者と死別して、その理想だけ背負って生き続けたレヴォルがいた。



 この世で最も心を震わせる物語。



 それが、自身の経験、体験以上に心を震わせる物があるだろうか。


 自身の描いた夢以上に自身が焦がれる物がこの世に存在するだろうか。


 英雄を目指した少年が英雄になる物語に憧れたように。


 「ほんとうの救い」を求めた青年には「救いのある現実ノンフィクションの物語」以上に焦がれる物はないだろう。


 だから、自分が一番求めていた物、見たかったもの、心震わせられる物語を見せられては、エンディミオンもレヴォルも、ただ圧倒させられて、感動させられて、レヴォルの読者になるしか無かった。


 それが今までのレヴォルとの決別だ。


 世界最高の物語を見て、世界最悪の絶望を飲み込んだレヴォルはもう、今までの無力で無知で浅学な運命の奉仕者たる渡り鳥では無い。


 自ら世界の運命を紡ぐ創造主として、一つの集大成としてのレヴォルへと昇華されたのだ。


 神が相手でも、アンデルセンが相手でも負けはしない、一人の創造主として、己の理想を叶えるだけだ。


 それが世界を見通したレヴォルの、揺るがない決意である。

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