第100話 永遠を臨む旅人

「レヴォル…やったんだね」


「ああ、俺は…やり遂げたよ、見てくれ」


 レヴォルは今までのように詠唱する事無く、懐にしまったものを取り出すような自然な動作で想像剣イマジンソードを創出する。


「すごい……前とは比べ物にならない力だ、『箱庭の王国』に匹敵する程の物語が込められているのが分かる……本当にすごいよ」


「俺は一にして全の語り手、だから一人で全ての役割を担っている、その象徴であるこの剣には、無限の物語の力が込められているんだ」


「なるほど…、つまりその剣は、「全ての救われる可能性」の物語を収集したもの、それが君の救世主としての力という事なんだね、本当にすごい…」


 一にして全の語り手という事は、レヴォルにとっては倒されるべき「悪役」や「悲劇の主役」も自身であり、役割の為に犠牲になる人間を必要としないという事。


 そしてレヴォルが運命に縛られない「救う存在」である為に、並行世界のレヴォル全てを足し合わせれば、この世の全ての人間は、一度は救われた事になる。

 つまりその全てを救ったという可能性を収斂し、救いの概念を象徴した物こそが、今のレヴォルの想像剣なのである。


 当初の剣、『運命の救世主ディスティニー・セイバー』と性質が変わったのは、渡り鳥の想区を離れ、渡り鳥の持つ『ヴォーパルの剣』としてストーリーテラーから与えられた加護が無くなった為だ。

 本来「運命の書き換え」のような修正リライト

創造クリエイション』に類する改竄行為であり、世界の反発が働く。

 だからこそ、レヴォルの想像剣はカオス以外の存在には本来効果を成さない物であるが。

 レヴォルの創造主としての特性である「一にして全」の権能により、レヴォルの想像剣が白紙に書き換えた運命をレヴォルが背負う事で、世界の反発力を防ぎ、レヴォルは自身の改竄を行う事が出来る。

 だから当初の想像剣と性質は変わってしまったが、本質は何も変わらない、全ての救いという理想を具現化した、レヴォルの魂そのものが、今のレヴォルの想像剣なのである。



「これで布陣は整った、さぁ、災厄の棺を開けようか、レヴォル、君の想像剣で、僕を刺して」


「分かった」


 レヴォルは突き刺すのではなく刺し込むような静謐な動きで、エクスの胸に想像剣を突き入れた。


 同時にエクスは万象の栞を使って、捕食する為ににアルケテラーと接続する。


 それによってエクスが接続したアルケテラー、それにレヴォルの想像剣の力が流れ込み、アルケテラーへの干渉、書き換えが行われた。




「……愚かな、人間風情にこの世の全てを背負い切れる訳が無い、貴様らは『お月様』に取り込まれた者ではなく取り込んだ者、万能の全能者では無い人間風情に、この世の全てを飲み干せる訳が無い、全てが無に帰すぞ」


 エクスと接続したアルケテラーは、抵抗するでも無く諭す様に忠告だけ残して、そのままエクスに捕食された。


 アルケテラーの言った懸念は、エクスは百も承知の上だ。


 だからこそ、始めた責任を負って、立ち止まることは出来ない。


 やり遂げる以外に選択肢は無い、だから迷いはねじ伏せて、ただ進むしかないのである。





「これがっ、アルケテラーの観測している世界…っ」


 空の上から、全てを俯瞰する視点から、エクスは世界の全てを観測した。

 今ある全ての物語は、数多くの派生と並行世界の可能性から選りすぐられた傑作中の傑作揃い。

 全ての人間が相応しい物語を紡ぎ、悲劇も不条理も、人々を感動させてその先の物語に繋がる、一分の無駄も無いような構成。


 だからこそ、安易に手を加えれば、大きく歪み、世界が破綻する引き金になる。


 この完璧に調律された世界ですら、可能性の消失という矛盾によって滅びようとしている。


 それを自身の手で本当に救えるのか、その疑問は、ここに来ても尚、晴れる物では無い。


 莫大な情報量にエクスは押し潰されそうになるが、レヴォルの想像剣が沸騰石の役割を担っている為に、唐突にエクスの器が破裂する事は無い。


 ただ冷静に、冷静に、自分が成すべき事をなそうと、世界を飲み込んでゆくだけ。


 だが。


「くっ、やはり駄目なのか、僕じゃあ、この世界を背負うには、全然器が足りないッ」


 アルケテラーを吸収し切れなかったエクスの体から、溢れた命の源、ミュトスが飛沫のように零れる。

 飛び散ったそれらは、黒き獣、無数のヴィランとなってレヴォル達に襲いかかった。

 それらはレヴォルが自身の想像剣で切り払う事で消滅するが、器を溢れさせる程のミュトスの過剰な供給は、器となった人間を狂人に変えるほどの苦痛を与える。

 エクスは数多の経験により痛みに慣れていたがために発狂は免れたものの、想像を絶するようなストレスを与えられた為か、エクスはプロメテウスの頃のような白髪へと存在を上書きされた。


「……だったら、俺が背負う、俺はゆらぎがあって、規格外の器を持っているんだろう、だったら世界を飲み干すのは俺が適任なんじゃないのか」


 レヴォルの提案にエクスは首を横に振った。


「違うんだレヴォル……、『渡り鳥』は二人必要なんだ、だから君だけが器として完成しても駄目なんだよ……」


「どういう事だ、二人で分割して、折半するんじゃどうして駄目なんだ」


「考えてみてレヴォル、『災厄』と『渡り鳥』は表裏一体、片方が表で片方が裏になる、それなのに両方表、両方裏にしたら、二つ存在する事に意味があるのかな」


 エクスはその答えを今まで言わなかった事を詫びながらレヴォルに告げた。

 エクスのその態度だけで、レヴォルはエクスの成そうとしている事を正しく理解する。


「な!?、つまりエクスは、『渡り鳥』である俺に倒される為に、『災厄』として世界を飲み込もうとしているって事なのか」


「この世の矛盾、可能性の消失を防ぐために、世界を想像フィクションであり現実ノンフィクションとして観測する、その為に自らが読み手であり演者であり語り手であるエクステラーになる必要がある」


 自分の読んだ物を語り、自分の体験した物を語る、これによって想像と現実、両方の概念を両立した語り手となる事で、機械には理解出来ない不確定性を確立する事が出来る。


「だけどたった一人視点から語られた物語は、その人の持つ可能性しか語られず、そして、『渡り鳥』がいなければ、『災厄』は永遠に終わらない贖罪を続けなければならない、だから最終的に入れ替わる事で、シンプルなループ構造だけど、世界が単調な変化で終わらないようにしたいんだ」


「……それはつまり、エクスが創った世界を俺が見て引き継ぎ、今度は俺が創った世界をエクスが見て引き継ぐ、みたいな話か?」


「そう、一つの視点だけだとどうしても偏るし、どこで歪みが起こるか分からない、アルケテラーの言う通り人間は全能者じゃないし、世界を全て飲み込む事は出来ない、だから、二人で同時に背負うんじゃなくて、交互に背負う、片方が背負い切れなくなったタイミングでもう片方が引き継ぐようにすれば、編纂と推敲を繰り返すように、何かしらの不具合が起こっても対処できる」


「……確かに、アルケテラーが『空白の書』を作った理由が、世界という物語の感想を聞く為にあるのだとしたら、改変後の世界にはその役割を担えるのは俺達しかいない、か」


 この世の中でアルケテラーの事を認識しているのは一部の創造主だけであるが、自分達が成そうとしているのは運命を壊して『グリムノーツ』という物語を否定する事である。


 故に改変後の世界に於いては、エクスとレヴォルしかアルケテラーの存在を認知する者がいない。


 だからこそ、エクスとレヴォル以外の何者も『渡り鳥』にはなれないし、誰もその資格を持たないからこそ、二人同時に『災厄』の役割を負う事は出来ないのである。


「でも、だったらどうすれば、どうやって器の不足を補えばいいんだ」


「……僕の不足でこの道を選ぶのは心苦しい限りだけど、世界を圧縮するしかない、か」


「圧縮?」


「オルタナティブヒーローを使って一人二役、三役と登場人物を省略させたり、起承転結の承を省いて三部構成の物語に省略したり、とか」


「……だが、その方法だと、改変に取りこぼされる人達が生まれてしまう、そうなる位なら先ずは俺が器になった方が」


「駄目だ、改変後の世界は混乱し、多くの涙が流れるだろう、だから救いの象徴である君にしか救えない、僕には全ての人間を救う力が無いから、だから順序を逆にしたらきっと、改変に取りこぼされるのと同等以上の人間が悲しみを背負う事になる」


「だからと言って、省略して存在を消すなんて、そんなの、正しい筈がない……っ」


「……ここに来て万事休すか、最後の最後に、自分の至らなさで失う物を選ばないといけないなんて、情けないなぁ……レヴォルが二人なら、こんな選択しなくて済んだだろうに」


「馬鹿言うな、俺の物語には君が必要だし、君が居なければ、俺はここまで来れなかった、だから俺が二人だったらここまで至れないし、俺とエクスだったからここまで来れたんだ、その道筋を否定するなっ!」


「……そうだったね、ゴメン、でもじゃあ、僕はどうすれば」


「……なぁ、エクスの想像剣はどういう力を持っているだ、想像剣が鍵になるなら、何かしらの打開策になると思うんだが」


「僕の想像剣は「奇跡の象徴」、絶体絶命の逆境に立つもの、艱難辛苦に虐げられたものが運命に抗って下克上する、そんな千載一遇の奇跡を象徴したものだ、だけどそれは、敵となる対象がいて初めて発動する力、この場においては何の効果も為さない」


「「奇跡の象徴」か、なるほど、それがガラスの夢という概念という訳か、エクスに相応しい、とても美しい性質だ」


 先刻モリガンが述べていたガラスの夢と黄金の理想という二つの概念の対立。

 それは物語論ナラトロジーに於ける一つの命題、物語に於ける「人物」と「出来事」どちらが優先するべき本質かという答えを探る為に、二振りの想像剣による決闘を運命は強いた。

 結果として二人は想像剣を使わなかった為に、その答えは出ていないが。


 レヴォルはそのやり残しこそが、意味あるものだと考えた。


「なぁ、だったら俺の「救い」の想像剣と、エクスの「奇跡」の想像剣をぶつければ、「救われる奇跡」が起こるんじゃないのか」


「……正気の沙汰とは思えないよ、僕の想像剣は君のとは違う、「奇跡」を束ねた反逆の力、聖剣すら上回る破壊力を秘めているのに」


「命懸けだからこそ拾える命もある、だろ?、俺にとって危険は、やらない理由にはならない」


「……そうだね、君はそういう奴だ、突拍子も無い無茶な閃きだけど、それは無意味でも不可能でも無い死ぬ気で頑張れば何とかなるかもしれない事、死ぬ気でなくちゃ、火中の栗を全部拾えないんだろうね」




 エクスは覚悟を決めた。


 この無茶な実験で消耗する事が正しいのかは分からない。


 だけど現実を受け入れられないなら、それでも何か足掻くしかない。


 悪足掻きにならない為に、その無茶な足掻きを全力でする。


 その過程こそが、何よりも輝いていると教えられたから。




「友を斬るのは一生に一度だと言っていたけど、君の想像剣に殺傷能力は無い、だから全力でねじ伏せて、じゃないと僕の想像剣の一撃は、君を殺してしまうかもしれない」


「分かった、お互いに手加減はナシだ、創造主として覚醒した力の全部を、ここで披露するつもりでやるよ」


「じゃあ、始めようか」




 エクスは自身の想像剣を取り出した。


 それは透き通るようなガラスで出来た、素朴でシンプルなロングソード。


 だがその剣は奇跡の象徴。


 対象が強大であればある程に光り輝き、大きな力を得る。




 同じくレヴォルも想像剣を構える。


 救いを象徴するその剣は、剣と言うよりは鍵やペンに近い、差し込む能力はあれど、斬る能力を持たない剣。


 対象の運命を解き放ち、救われない運命を破却する、救世主の役割を果たす為の剣だった。


 二人の想像剣はどちらも必勝にして不敗、ぶつかり合えば矛盾が生まれる代物。


 違う方向性ベクトルだからこそ、その矛盾によってことわりが完全に破綻する訳では無いが、それでもその衝突が生むゆらぎは測り知れないものだ。


 故にその矛盾の中に未知数の現象が実現するかもしれないと、エクスは不確定な希望に賭けたのだ。

 



 エクスとレヴォルはそれぞれ剣を上段に構えた。


 刀身は創造主の力によって天井を突き破る程に伸びていき、内包するミュトスの輝きによって発光する。


 創造主同士の圧倒的な力と力の衝突。


 この世界の果てである終局世界に於いては、それを見守る者はトーカーであるメタトロンしかいないが、だがこのような規格外な決戦など、今までに例の無い出来事には違い無かった。


「ふふ、創造主と創造主の果たし合いなんて、こんな未知数で心躍る物語は初めてだ、なるほどね、二人なら、どんな物語でも奏でられるという、二重奏デュオとしての君達の在り方、確かに認めずにはいられないようだ」


 メタトロンはこれを観測する事が自身の最後の役割になると予見し、そう言い残した。





「プリズムが光を通して虹色に輝くように、僕の想像剣もレヴォルの光に共鳴して強く輝いているッ!!、際限無き力だ、世界の創造すら成し得る程に強大なっ!!」


「俺の力は世界の可能性全て、全てのゆらぎの総計だ、それに対抗できるなんて、やっぱりエクスは凄いよ、俺に劣っている訳が無いッ!!」


 創造主という完成形に至った互いの姿を、二人は再び認め合った。


 もし世界に自分と並び立てる存在がいたとしたら、それは互い以外には有り得ないと、再確認した。


 だから全力のリミッターを外して、死ぬ気で全てをぶつける事が出来た。




 億千万のイマジン、その全てをただ一度きりの一撃の為の燃料に焚べる。


 今の彼らにとってそれは、不可能を、限界を超えようとする博打では無い。


 やるべき事を最大限の力で発揮する、創造主として円熟したが故の現実的な選択。


 失敗を恐れる事など無かった。


 誰かを傷つける事も、何かを代償として失う事も無かった。


 何も恐れずに戦える事。


 その自由の翼こそが、創造主である二人に最も大きな力を授ける。







「はああああああああああああああああああああ」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」







 『創造』に匹敵する想像力イマジネーションの爆発が起こる。


 その爆発によって周囲の全てがゼロに還元されて消失する。


 終局世界は真っ白な大地へと生まれ変わった。


 だがそれと同時に。





「「なっ!?」」





 鍔迫り合っていた筈の二人の剣は瞬きの瞬間コマを盗まれたかのようにすり抜けて、互いの体に到達しようとしていた。


 何故そうなったのかは分からない、剣同士が互いに矛盾した結果を生むものだった為に、この世界のことわりを司る神が、その賽の目が出る事を拒否した為だったのかもしれない。


 だがその結果は最悪だった。


 互いの想像剣は全力の全力、死ぬ気で放たれた一撃。


 それを食らえばエクスは運命を初期化されて創造主としての力を失う、レヴォルは聖剣を超えた破壊の暴力によって跡形もなく消える。


 二人の武器は所詮はつるぎ、身を守る力も、加護を与える力も無い。


 だからこれは最悪の結末だ。


 振り下ろされた腕はもう止められない。


 それを悟った時にエクスとレヴォルは、最悪の結末に導かれた事を呪うしか無かった。






















 


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