第96話 エクステラー

 レヴォルとエクスは、それぞれの別れの余韻を噛み締めながら、二人は示し合わせたように合流する。

 もう、ここから先は引き返すことの出来ない一本道、分岐する未来などなく、ただ自分が決めた結末へと進むだけ。

 エクスの案内の下、レヴォルは絶対神の棲む場所、`神の間´へと向かう。




「そう言えば、一つ気になった事があるんだが」


「何?」


「さっきエクスは、自分をプロメテウスと言った、それは何となく理解出来るんだが、でもエクスが、プロメテウスでノインであると言う事が、どういう状態なのか少し測りかねている」


 時系列で言えば、エクスだった時分にプロメテウス(本体)とノイン(想像剣)に分岐し、現実と鏡の世界、それぞれの時間軸で存在した訳だが、それらがどうして再統合されて、尚且つ一つの自我で存在しているのか、分かっていても理解の及ばない物だった。


「ああ、その事、詳しい事は後で答えるけど、ざっと説明すると、『流浪のモリガン』と同じで、『放浪のプロメテウス』はエクスの覚醒というきっかけがあれば、それが何処でも、どの世界でも取り憑く事が出来て、そしてそれがノインという『エクスの欠片』である存在がエクスに宿る時に、それを完全体にする為に接続コネクトによって存在を補完されたんだ、だから今の僕は、エクスの上位互換のエクスだと思ってくれたらいいよ」


 死後のノインにファムがかけた魔法。

 それはノインをエクスに変えるものだったが、ノインはあくまでエクスの想像剣の一部という欠片でしかない。

 故にその欠損を補填する為に、元々渡り鳥だったエクスの魂を補完して、元のエクスに近い存在へと還元した。

 それがプロメテウスだったのは渡り鳥のエクスの結末だったからだ。


「……なるほど、エクスの上位互換、なら、原典のエクスとはやっぱり別になるのか?」


「……うん、原典には相応しい結末があって、僕には別の役割がある、それが僕の「答え」だから、だから今答えるのは時期尚早で、後で必ず明かされる事だから、まだ言えないんだ、ごめんね」


「「答え」……か」


 レヴォルは今一度思考する。

 神の求める真理、その問い掛けの答えが、自分の中に存在するのか。


 レヴォルの中にある理想は、レヴォルが出会った素晴らしい家族と、仲間と、想区という世界から涵養かんようされたもの。


 己の内から芽生えた物とはいえ、己だけでは得られ無かったものだった。


 故にレヴォルは仲間との絆であるその理想を世界一美しいと思っているし、世界を救えるほどに壮大だとも信じている。


 だけど相手は神様だ、だから自分の想像の更に上を行く超次元の思考や、常識の規格外の立脚点からなる真理を語られれば、レヴォルの持ついかなる知識や情報を用いても、太刀打ちできるとは思えない。


 故にその理想が天才的な飛躍的思考でも、奇跡が生んだ天啓的な閃きでも無いことは、神を説得する真理としては、何かに欠けている気がしてならなかった。


 物理的に「倒す」のであれば、レヴォルは何も不安に思う必要は無い。

 なぜならレヴォルの想像剣は己の理想の具現であり、その力を使えば『創造』に匹敵する反則的な書き換えが行えるのだからその力は神を殺す事さえも出来る。


 しかし相手を「説得」するのであれば、やはりレヴォルはまだ世の物事を知らなさ過ぎるし、世界の全てを見てきた訳でも無いのに、世界を観測する神を説き伏せられる可能性は低いだろう。


 だからレヴォルは今一度、自身の「答え」についてそれが神に伝わるものなのかを、熟考した。




「よく来たね、最後の旅人、終末を奏でる渡り鳥達」


 エクスに案内されて来たのは、廃墟が広がるこの荒野の中で唯一埋もれていなかった一つの城。

 いや、巨大だが城というには少し簡素であり、屋敷や塔、寺院というのも不適切な、レヴォルが見た事の無い作りをした建造物だった。


 そしてその建物の奥で一人の男に出迎えられる。


「あなたが、この世界の神様なのか…?」


 この未知の建造物とは違う趣で浮世離れしたその風貌に、人ならざる者の威光を感じたレヴォルは彼こそが神なのでは無いかと尋ねた。


「いいや、私は神などではなくただの詠み手トーカー、この神域の管理者のようなものだ、そんな大層なものでは無い」


 トーカーとは神がこの世界を維持する為に作ったシステムであり、泉の女神キュベリエと、その母体となる創造主イソップと同様に、絶対神アルケテラーからいくつかの「権限」と「権能」を与えられて、人智を超越した力を持つものの、それも創造主の枠に留まる程度のあくまで他力本願が原則となる物だ。

 故にトーカーはこの神域という場所の管理をする為の創造主のようなものとでも考えてくれれば分かりやすいだろう。


「さてトーカーの名乗りはその世界の空席の創造主の立場を借用するのが習わしみたいだからね、私はメタトロンとでも名乗らせてもらおうか」



「メタトロン、それでは神はどこにいる、俺は誰と対話すれば良いんだ」


「ふふふ、「対話」ね、全能の神に人間の言葉が伝わると本気で思っているのかい、神の持つ莫大な情報量に比べたら、君達の一生は広辞苑の一文にも満たない程に矮小で無価値だ、そんな君の言葉に、神を動かす力があるとでも?」


 レヴォルを試すような口振りでメタトロンは問い掛けた。

 鼎の軽重を問うように、レヴォルの「資格」を確かめている。

 以前ここで行われたワイルドの持ち主の役割は一つの物語の「決着」だったが、今回は並行世界を含む世界の「救済」という比較にならない程に重大な役割だったからこそ、メタトロンは慎重にレヴォルを見極める必要があったからだ。




「……この世界の全てを観測し、背負う神様に比べれば、俺の命なんてごみ屑のような物だろう、でも俺はそんなごみ屑を輝かせる為にここに来た、だから結果はどうであれ、やる事は変わらない」


「ふむ、なるほど、それで、隣の君はどうするんだいエクス、いや、災厄の器だからプロメテウスの方が正しいのかな、『災厄』と『渡り鳥』が手を取り合ってここに来るのは流石にの事だから、何かしらの発展性は生まれるんだろうけど、それが二千年生きた君の答えという事かい?」


「……いいや、僕の答えは『災厄』と『渡り鳥』の統合よりもっと困難で面白いものだよ、それと、一つ訂正させて貰うよ、僕が生きた時間は


「な!?」


「なるほど、どうりで災厄にしては気配が薄い訳だ、平行世界に生きた「エクス」の魂を自身という器に収斂しゅうれんさせる事で、プロメテウスでありながらエクスとしての性質を強化し、災厄でありながらエクスの性質を保持し続けられるという訳か、それも、ワイルドの紋章の適合者だからこそ成し得る事だからね」


「……?、ワイルドの紋章の適合者?、それが何の関係が」


 レヴォルの質問に滔々とメタトロンは答える。


「聞いた事くらいあるだろう、ワイルドの紋章の持ち主は「お月様」の最も馴染む体になる資質があるって話を」


「ああ、だからお月様はエレナやエクスや俺の体を乗っ取ろうとしたんだろう」


「だけど、本来のワイルドの紋章の役割とは、アルケテラーと接続する`神を容れる器´であり、故に全ての魂と接続し、使役する事ができる、アルケテラーの分身であるお月様がワイルドの紋章の持ち主の体を求めたのは一種の帰巣本能のような物で、そしてワイルドの紋章の持ち主は『災厄』や『神』といった、普通の人間では容量キャパシティを超える規格外な存在を受け入れる超大容量の器の持ち主、つまりワイルドの紋章の持ち主は初めから、次の神様候補として選ばれた人間になるのだよ」


「ワイルドの紋章の持ち主が、次の神の候補……?、という事は俺がここに来る事も全て…」


「まぁ候補だから全ての人間がここに来る訳では無いけどね、それでもそうなる事がある程度予定調和されていて、ここに来る資格の一つがワイルドの紋章の持ち主という訳だ」


「…………」


 原因があるから結果が生まれる、それを因果と呼ぶ。


 だから既に与えられた条件によってその先の行動が確定していて、それを運命と呼ぶのならば、全ての運命は神の仕組んだもの。


 それは結果を生む全ての因果律が神によって操られている事を表す。


 つまり、自分の根拠としていた理想、その根拠となった物すらも、神からの贈り物だったという事だ。


 神様が残酷なのは知っていたが、ここまで手のひらの上で動かされていると思うと、自分のやっている事が無意味に思えて来るのは仕方の無い事だろう。

 レヴォルがこの先理想を叶えて世界を救う未来も、逆に何も救えず悲劇になる未来も、神様は全て知っていて、その上で自分を意のままに操っているのだとしたら、それは今の世界の、神の作る運命の否定とは言えない。

 自分の立ち回りの全てが神を楽しませる為の遊戯に思えてしまうくらいに、無慈悲で無情な現実だった。


 それも仕方の無い事だ、本来ここは世界を一周して、災厄と比肩出来るだけの力を付けてから臨むべく場所だが、今回は多くを省略し、裏技を使って来ているのだから。

 



「別に、悲観する事でも無いだろう、大きな器を持っているからこそ君は、他人の痛みを想像できるし、それを無くす為に動こうと思えたんだから、君の理想、全ての魂の安寧を得られる理想郷、基本ベースはニライカナイやアヴァロンのような古典的な極楽浄土に通ずる思想だが、君なりのアレンジを加えて昇華されている、面白い、この世界には『理想郷の想区』のような魂の安息地は存在しないからね」


 メタトロンは手に取るようにレヴォルの思考を推理し披露して、その顛末まで予測して見せた。

 トーカーであるメタトロンもまた、神と同じ悠久を生き、世界を物語る存在、刹那に生まれた若造に過ぎないレヴォルの思考を推理するなど容易い。

 そんなレヴォルの考えなどお見通しと言わんばかりの推論に圧倒されて、レヴォルは始める前から打ちのめされるしかない。


 そんなレヴォルを諭すようにメタトロンはレヴォルの理想を褒めたたえた。

 その賛辞には感動も驚嘆も無く、ただ理性と打算で数値化するような冷酷さでレヴォルの理想を評価した。

 


「私はこの同じ事の繰り返しの輪廻再生の理を輪廻転生に変えるのは、新しい物語が生まれる土壌になると期待しているのだよ、死後の世界、『ヴァルハラの玉座に着く』というのも、『渡り鳥』の物語の結末として相応しい物だしね、だから君の旅は無駄では無かった、君の抱いた理想は正しかった、喜びたまえ」


 

 本来なら何も疑わずに認められた事を万感の思いで受け止めて、感動の涙を流すべき場面なのだろう。


 少なくとも神を崇める巡礼者であれば、神に認められて列聖されるような結末こそが至高となる筈だ。


 だけどレヴォルは信仰ではなく己の理想に殉ずる旅人だった。


 だから思考停止ではなく、その先の事にまで思考を馳せた、だから絶望した。


 絶大なる神の威光の前に無力さを痛感し、レヴォルは自分では何も成し遂げられない事を悟ったからだ。


 自分如きの考えなど、自分より優れた神や創造主が思い浮かばない訳が無い、だから自分の考えは劣っていて下らない物だと悟ってしまったからだ。


 レヴォルは抱えてきた理想が、ここでは何の価値も持たない物だと悟って、自分は神の道具にしかなれない愚物だと自分を罵った。


 なまじ、天才でも奇才でも無いが、想像力だけは非凡だったからこそ、自分の思い描いたこの先の結末には未来が無いと悟ってしまうのだ。


 神様が全てを操っているのなら、全てが自分の思い通りになってめでたしめでたしになるほど、この世界の神様が甘くない事くらい、もう、誰もが分かっているだろう。


 そんなご都合主義的で、安直な着地点がされているのであれば、この世界に悲劇の住人も、奇跡の代償も存在しないのだから。


 世界を変えるような大いなる奇跡を願えば、願った分の代償を払わなければならない。


 もしこの世から悪人を無くしたいと願えば、悪の相対的な存在である善も消滅させて、全ての人間が「個人の正義」を根拠として生きるような世の中になるだろう。


 悲劇を無くしたいと願えば、喜劇も同時に消失し、人を楽しませる為の「個性」が消える。


 だから二次元的な救済では幸福を再分配するシーソーゲームになってしまう、そうならない為に死後の魂の救済という三次元的な形で、レヴォルは世界を救済する事を望んだ。


 最初からレヴォルは神を出し抜く事を考えた、その想像を凌駕する事を目指した、でも結局この世の全ては神による神の随意の創造物、自分のやろうとしている救済すらも神の真似事だと知らされて、自分如きの企みなど児戯に過ぎない事を思い知らされたのである。




(結局俺の目指した物も、誰かの夢の跡、希望の残らない空っぽの宝箱だった訳か)


 このまま自分の思い描いた通りに神と対話すれば幾らかの救える魂はあるのかもしれない。


 でも、それはレヴォルの意思ではなく、人の意思でもなく「神様が決めた事」の延長線上。


 それに生かされるのは偽りの安寧を享受するのと同じ、人の意思を、善性を、未来を否定した操り人形としての運命。


 そんな不自由と理不尽に生かされる奴隷のように盲信的な運命と、苦しみが少ない代わりに楽しみの無い世界を生かされる人々の世界。


 そんな世界はつまらないから、ミュトスも生まれずに、世界はやがて終わるのだろう。


 レヴォルが愛を説いても、世界に夢をばら蒔いても、人々の心に奇跡の光を見せても。


 レヴォルの理想には決定的何かが欠けている。


 だから本質的な所で何も変えられない。


 だけどそれが何なのか、レヴォルには分からない。


 分からないから「詰み」なのだ。


 諦める訳にはいかない。


 でも知性や知識のように、根性でどうにもならない事に躓いたら、諦めなくても詰んでいる。


 知恵を絞っても絞っても「答え」に辿り着けないもどかしさに、レヴォルは苦悩するしか無かった。


 でもどれだけ考えようと、その「答え」にレヴォルは辿り着けないだろう。


 なぜならそれは――――




 


「大丈夫だよ、レヴォル」


「……え?」


「「答え」なら、僕が持っているからッ!!」


 エクスはレヴォルを安心させる為にレヴォルの隣に並んで語った。


 運命に生かされ続けた四千年の集大成、一つの歴史の上で語る真理を。




「答えか、では聞かせて貰おうか、エクス=プロメテウス、君が見つけた答えとやらを」


「先ずこの答えを語る上で確認しておきたい事がある、この世界が迎える滅びとは『意味消失現象』、これで合っているかな?」


 意味消失現象とは、この世界の黎明期、物語のプロローグに於ける時期に世界に起こった有史以前の世界の消滅、全ての物語の『沈黙の霧』化である。

 そしてその霧の中に消失した物語を再び編纂する為に創造主はこの世界に呼ばれ、そして彼らは『グリムノーツ』を名乗り、今の世界の概形がいけいを作り上げた。

 ドロテアが自身の想区を『創造』した事、アンデルセンが『お月様』を生み出した事に象徴されるように、今の世界の在り方は、創造主の手によって形作られたものである。

 つまり意味消失現象とは創造主の手が加えられる前、アルケテラーがまっさらな初期状態だった時分に起きた、最初の世界の崩壊なのである。


「ああ、ミュトスを失った世界は霧に包まれやがて洪水を起こす、その洪水は全ての想区を飲み込み全ての命を消滅させる、それはまさしく『意味消失現象』の発動に他ならない」


「…やはりそうか、だったら僕の仮説は当たっていたみたいだね」


「ほう、四千年かけて君は真実に辿り着いたというのかい、では聞かせてもらおう、君の答えを」





 それはこの世で最も残酷な真実。


 普通の人間ならば決して辿り着けない神の視点の答えだった。


 故にレヴォルでは絶対辿り着けない、創造主であっても、「一周目」や「二週目」の者ならば気づけない。


 この世で真に偉大なる英雄、ギルガメッシュ、ソロモン、マーリンのように、世界を見通す事が出来た者のみに見える、常識の枠外に存在するような、宇宙の真理に通ずるもの。


 百週を超えた世界線を回ったエクスだからこそ辿り着いた答えである。




「この世界はによって監視されている、神の為にある世界だ、そしてその神は一人ではない、平行世界の数だけ、無数に存在する」


「……?、どういう事だ、観測者に平行世界なんて、意味が分からない」


 いかにレヴォルの想像力とあっても、理解出来ない未知の現象を示されては困惑する他なかった。


「分かりやすく言うとこの世界は一つの選択肢毎に分岐しているんだ、例えばレヴォルがマッチ売りの少女と出会った世界があれば、出会わなかった世界も存在する、そんな無数の平行世界がこの世の隣には存在していて、そしてそれらの平行世界は、「観測者」によって「結果」を観測されているんだ」


「……なるほど、確かに、エレナが創造主となった世界だってある訳だし、平行世界に無限の可能性があるのは分かった、だけどそれが意味消失現象という滅びと、観測者の存在とどう関係して来るんだ?」


「単純な因果だよ、レヴォル、選択肢によって無数の平行世界が生まれるって、つまりどういう事?」


「それはつまり……この世界には無限の可能性があるっていう事になると思う」


「正解、じゃあ、僕らが持っている運命の書とは何?」


「それは持ち主の運命を記した物で、世界はその運命の通りに……まさか」


 この世界には無限の可能性がある。

 そして。

 この世界の運命は全て、神によって定められている。


 この二つの命題は明らかな矛盾を孕んでいる。


「意味消失現象の原因、それはこの世界が持つ矛盾によるバグが原因なんだ、世界とは「揺らぎ」があって不確定な物だ、だけどアルケテラーはその不確定性原理を理解出来ないから、全てを確定させようとする、事象を確定させる事、本来それこそが、『観測者』の役割なのに、アルケテラーは観測される前の事象を確定させてしまう、それによって、それが意味消失現象の引き金になるんだ」


「平行世界という可能性の消失によるミュトスの消滅、そうか、エレナの『リページ』で無かった事にされてモリガンが吸収したミュトス、それこそが平行世界という可能性だったんだな」


「そう、世界は一本道じゃない、無数に分岐して時には僕みたいに有り得ない軌道を描いて巡回する事もある、そんな不確定性の塊である世界を`´んだ」


「それが観測者の役割、じゃあつまり、エクスの答えとは」


がアルケテラーになる事、それが僕の答えだ」


「ふむ、『渡り鳥』であり『災厄』でもある君が

原初の語り手アルケテラー』になる事、読み手であり演者でありながら語り手でもある、さしずめ

三位一体の語り手エクステラー』と言った所か、また随分と飛躍した事を思いついたじゃないか、意味消失現象の真理に辿り着いた君の答えなら試してみる価値はあるが、だがまだ確実とは言えないな、根拠を聞かせてもらおうか」


「四千年の歴史は一つの真理を僕に教えてくれた…、「革命」では何も変わらない、世界を変えるためには人を変える「革新イノベーション」が必要なんだって、これは僕の選択、皆が語り手になる未来を切り拓く為のね、…だから世界を救う為に必要なのは、世界の仕組みを変える事じゃない、人間の思想や価値観を変える、パラダイムシフトなんだって」


「革新、…か、この変革がなされれば世界は姿を変えて、『グリムノーツ』の影は完全に消える、皆が語り手になるという事は確かに、今より多くのミュトスが世界に溢れるだろう、だが君の持つ縁の全てを犠牲にしてまで、そんな世界を望むというのかい」


「『観測者』がいて、物語る力ミュトスという概念が存在する限り、僕はエクスで、僕は僕であり続ける、だから世界がどんな形になっても、運命の書や役割が無くなった世界になっても、僕は僕であり続けるし、僕の物語を紡ぐ、だから……何も問題ない」


「人を変える「革新」、そうか、それが俺に足りなかった物、世界を変革する為に最も重要だった要素だったんだな…」




 レヴォルの望む世界は人々を運命から解き放ち、今のありのままの人の営みを受け入れて、死後に平等を与えるもの。


 それは世界を変革しても人々の心には何の影響も与えない。


 だからレヴォルの理想だけでは届かなかった。


 本当に世界を変えたいのなら。


 苦しむ人々を救済したいと思うのなら。


 人々の思想や信仰を変えてしまうくらいの革新を起こさなくてならない。


 そしてそれこそが、この世で最も読まれた本、『神上に捧げる傑作』としての要素を満たす。


 それを作り上げるには、レヴォルの経験だけでは足りない。


 この世の地獄と人の世の無常を全て飲み込んで、深淵と天地を見通し、過去と未来に精通し、悟りを開けるほどの境地に立って初めて、神の語り手になる資格を持つ事が出来る。


 歴史という物語を紡いで、新しい時代の創造主かきてとなる資格を得るのだ。


 幻想フィクション現実ノンフィクションを織り交ぜた、人の手による神の奇跡、新しい時代の創造こそが、世界に革新を生み、未知なるミュトスに満ちた世界を作る


 そしてエクスが神の代行者になるという事はつまり。


「神殺し、アルケテラーを『災厄』の力で吸収するという事か、ははっ、まさか『否定する者』だったお月様と同じ事を為そうだなんてね、これも因果律に導かれた結末という訳かい」


「目的や手段が違えど結果は一つに収束する、それがこの世界のルールなのだから仕方ない、何かを為す代償に何かを奪われるなら、革新という新しい物語の始まりの代償には古典的な結末が必要になるだけの事」


「なるほど、それもまた必然だね、だけど四千年生きたとはいえ、果たして君達だけの器で世界を背負い切れる物かな、かのデウス=アンデルセンでさえ自身の物語以上の想区の吸収は出来なかった、創造主を最低十人は用意しないと、この世界を受け入れるには器が足りないんじゃないのかい」


「そうだね、例えワイルドの紋章の持ち主と言えどもたった一人で世界という全ての物語を飲み込める筈は無い、だからレヴォル、ここで一つ頼みがあるんだ」


「分かった、何をすればいいんだ」


 レヴォルに迷いは無かった。

 エクスの理想もまた、レヴォルと同じ場所にあると分かったから。

 だから自分の事のようにエクスへの協力を惜しまない。


「この世には無数の『観測者』がいる、そして結果が『観測』によってのみ確定するものならば、観測者の数だけまた無数の結果も生まれる、そして、レヴォル、君もまた『観測』によって生まれた異端イレギュラーな『渡り鳥どくしゃ』だからこそ、君はこの世界でもっとも「ゆらぎ」のある存在だ」


 本来のレヴォルの一人称は`僕´だった。

 このレヴォルの一人称が`俺´になっているのは、観測者の影響による物だ。

 つまり観測によって本来とは別の存在となるレヴォルが生まれたのである。


「俺が、観測によって生まれた存在…?、代役では無かったのか?、だったらそもそも観測者とは何だ?」


「それは『渡り鳥』の本来の役割の中に内包する存在、『渡り鳥』の本来の役割は『神の目』であり、観測者達の代わりの目となって、世界という物語を観測する事にある、そして『渡り鳥』が観測者の分身として世界を旅して初めて、この世界は『観測』されて意味を持つようになる、観測者は言うなれば、『渡り鳥』の内に潜む無意識であり、この世界を上から見ている神様のような存在、かな、僕達からは決して見る事の出来ない超次元の存在だから、理解するのは難しいかもしれないけど、確かに存在していて、その結果として今の君が存在するんだよ」




 観測者を分かりやすく説明するならば、「世界」という「物語」を観測する「読者」の事である。

 故に読者は、分身の渡り鳥どくしゃである、レヴォルの目を通して物語せかいを観測し、そして観測者のそれぞれの観測、解釈によって、それぞれの結果が生まれるのである。




「渡り鳥の内に潜む無意識の、超次元存在、か、分かるようで分からないが、でも人間の無意識なんて元々そんなものか」


 無意識が何なのか、説明する事自体ナンセンスだろう。

 その根拠も理屈も当てはまらない理解を超えた存在こそ、運命を超越した者、神のサイコロを振る悪魔なのだから。


「だからレヴォル、君のゆらぎを利用して、平行世界にいる全てのレヴォルの存在をここに集約して、一つに集めるんだ、元々ゆらぎのある君の存在だから、それを一つに収斂した場合の総計はエクスとプロメテウスの融合体である僕なんかより遥かに大きな器の創造主として覚醒するだろう、その力で君の想像剣イマジンソードを使えば世界のリセットだって可能だ、それで情報量を減らせば、僕の器でも世界を受け入れられる筈だ」


「平行世界の俺と同化して創造主として覚醒、か、でもそれって時間がかかるんじゃないのか?」


「普通ならね、でも僕はやり方を知っているから、荒業になるけど、すぐに出来るよ」


「……よし、じゃあ早速やってくれ…!」


「迷わないんだね……本当にいいの?、同化したら今までのレヴォルではいられなくなる、理想も思想も価値観も全部変わる、意識と記憶の継続性はあるから今のレヴォルが死ぬ訳では無いけど、大きく変わるって事は別人になるような物だ、自分の知らない傷を負うことで自暴自棄になるかもしれないし、自我が薄れて別人になる可能性だってあるんだよ」


 観測者によって観測されたレヴォルに一致するものはひとつも無い。

 例えばある観測者が観測したレヴォルは『アリス』を切り札にしていて、旅は『終局世界』まで終えているが、別の観測者が観測したレヴォルは『シャルル』を切り札にしていて、『プロメテウスの想区』で終わって、残りは観測者の想像で続いている。

 世界にはそんなレヴォルの可能性が無数に存在しているのである。

 それらを一つに纏めるというのは、多様性を認めるのと同時に、今ここにいるレヴォルの個性を否定する事だ。


 故に、本質的には今ここにいるレヴォルの存在が希釈されて、本体に淘汰されるのは間違い無い。


「そもそも、この世界でアルケテラーと接続コネクトした人間は、その代償として存在を抹消されるのが運命だったんだ、だったら世界を救うための代償に俺の個性を奪われるのもまた、必然なのだろう、俺は受け入れるさ」


 レヴォル自身、不安と恐怖に尻込みしない訳では無いが、それでも自分を信じていて、自分が信じた理想や希望を信じていたからこそ、その選択に間違いは無いと思えた。

 相手はアルケテラーでは無く、並行世界の可能性とは言えレヴォル自身なのだ、だからここで恐れては笑われるし、そうでなくても拒絶する理由は無かった。

 故に全てを受け入れる事が出来るのだ。


「ありがとう、それじゃあレヴォル、この導きの栞を使って、これは僕が今まで渡って来た世界、その全てで集めた『万象の栞』だ」


 そう言ってエクスがレヴォルに渡した万象の栞は千を優に超える数だった。

 万象の栞は世界に一つしか無いもの、故にそれ一つ一つが平行世界の存在の証である。


 エクスの旅路を想像し、レヴォルは彼がここに来るまでの道のりを思うと、大きな感慨を感じた。


 負けていられないと、例え四千年生きた創造主が相手でも、対抗心の火は消えない。


「……こんなに沢山、ふっ、少なくとも千人以上との同時接続か、とんでもない無茶振りだが、だが、それでこそ英雄になるに相応しい」


「『渡り鳥の試練』を乗り越えた君だったらきっと出来る筈だ、君には僕だけじゃない、沢山の人達の想いがついているのだから」


 今まで共に旅した仲間、戦ってくれた仲間、支えてくれた家族、出会った人々、沢山の人々の想いを背負って、レヴォルはこの終盤にいる。

 それを思うと自分がどれだけ幸せ者で、自分の人生がどれだけ満ち足りたものかを、喜ばずにはいられない。

 もうここで消えても構わない、どんなひどい死に方をしても構わない、だから後の世界に光あれと、身を捧げる決意を固めた。


「俺の最後の接続、見届けてくれ、コネクト!!!」

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