第93話 魔女の夢見た結末
「……くっ、モリガン、これでいいだろ、決着だ、俺の試練は終わった、俺をアルケテラーの元へと連れて行ってくれ」
「お疲れ様、と言いたい所だけど、まだちゃんと決着は着いてないわ、あなたの想像剣、それでノインにちゃんとトドメを刺さないと、ノインの物語は「終わり」にならない、どうせ殺傷力の無い剣なのだから、トドメくらい刺せるでしょう?」
「……分かった、
レヴォルは後味の悪い勝利に更に泥を塗るようなその処刑を、粛々とした気持ちで執り行う。
一度決めた事は最期までやり通さなくてはならない。
中途半端で終われば、ノインが無駄死になるから、だからやるしか無いのである。
レヴォルは想像剣を逆手に構えてノインの胸に突き刺そうとする。
ノインは既に死にかけていて、命の火が消えるように、人形に戻っていくかのように無機質で、その様は直視出来ないほどに痛ましかったが、真っ黒な絶望に侵食されてる精神とは裏腹に、その光景はレヴォルの目に焼き付いて忘れることを許さない。
レヴォルが最期の役割を果たそうとするその瞬間。
「……っノイン!!、あなたが渡り鳥で、私を救うって言うのなら、こんな所で負けないでよ、こんな結末で満足しないでよ、渡り鳥なんでしょ、だったら、私を、私をちゃんと救ってよ!!!」
調律の巫女の役割がレヴォルの前に立ち塞がった。
それは彼女が、ノインに渡り鳥の素質を感じたから。
ノインに自分の渡り鳥になって欲しいという思いを抱いてしまったから。
だから少女は、ノインの敗北を認めない。
もう一度立ち上がって見せろと、叶わないと知る願いを叫ぶのである。
「あれ、ここは?」
ノインが死という結末を迎え、魂が在るべき「座」へと向かう途中の事。
世界から隔絶されたような真っ白な空間に一人、ノインはただずんでいた。
その道中にて、ノインは一人の青年と出会う。
「なんだ坊主、お前も死んじまったのか?」
「えっと、その、もしかしてアオさん?」
突如目の前に現れた青年とは初対面だったが、自分を坊主と呼ぶのはアオしかいないから、ノインは彼がアオだろうと思ったが。
「今はそんな事はどうでもいい、それよりお前にはまだやるべき事が残っている筈だろ」
「やるべき事……?、そんな筈はないよ、僕は自分の役割を精一杯果たして、その果てに辿り着いたんだ、だから僕にもうやるべき役割なんて無いよ」
そう言ったノインの胸の内は自分でも驚く程に晴れやかだった。
ノインが見た最期の光景。
それは自身の全力の一撃をレヴォルが上回って、その刹那、我を忘れる程に魅入られたレヴォルの全力の一撃。
英雄へと至った、その瞬間の光。
あの光景が胸に焼き付いている限り、自分はどんな地獄でも歩いて行けると自信を持てるほどに美しい光を抱いているから。
だからもう、ノインが残した未練は無かった。
だけどそれは違うと、青年の傍らにいる少女は否定する。
「だったら何故あなたは一人なんですか、あなたのお姫様はまだ、一人で泣いているというのに」
今度はアカとよく似た小柄な少女が、ノインにそう問い掛けてくる。
満足して死のうとしていた所に思わぬ形で引き止められた事にノインは混乱した。
「僕の、お姫様……?」
「たとえ記憶が無くても、役割が無くても、あなたの魂には刻みつけられている筈ですよ、そのお姫様を一人残して、あなたは一人旅立とうと言うのですか」
記憶が無いのに覚えてる名前、声、その眼差し。
それは確かに、ノインが決して忘れることの無い、魂に刻みつけられた縁だったが。
「……でも、彼女は渡り鳥のお姫様で、僕はただの代役、側に立つ資格なんて……っ」
ノインに与えられた人格はそもそも、渡り鳥の想像剣から分け与えられたもの。
だからノインの魂そのものが、渡り鳥を再現しただけの
この世界に無数に存在する、魂の複製品、それの粗悪品の様なもの。
コピーには、誰かの特別になる資格なんて無い。
「彼の側で見てきたんでしょう……?、それなのに貴方は、資格が無いと救っちゃいけないと、運命じゃなければ寄り添う事も許されないと、自らの責務から逃れるのですか」
「……向こうにはレヴォルがいる、レヴォルならきっと彼女の事も救える筈だ、それに僕はもう、死んでいるから」
「いいのか坊主、自分の大切な人を救う役割を他人任せにして、それでお前は本当に満足なのか」
「……だって仕方ないじゃないか、僕はもう死んだんだ、今更何ができるって言うんだ、目も見えず耳も聞こえず、体は細い糸で動かしてるように重たいし、それに最後の一撃で完全に体は使い切った、もう僕ができる事なんて何も無い、歩く事はおろか、喋る事も出来ないのに」
ノインだって彼女を救いたい気持ちが無い訳じゃない、だけど、もうどうしようも無いのだ。
寿命が尽きた自分の体がどんな状態か、ノインが一番分かっていた。
だからノインは自分の気持ちに蓋をしてでも、そう答えるしか無かった。
「ニシシ、そうだね、ノインは死んだ、もう蘇生する事は叶わない、でも、まだ渡り鳥の肉体が残っている」
太陽すらも無いような何も無い真っ白な空間に、春風が吹くような澄んだ声が響いた。
「……あなたは、ファムさん?、渡り鳥の肉体が残っているってどういう事?」
「簡単な話だよ、元々渡り鳥の想像剣の一部である君の魂を、渡り鳥の中に還すんだよ、想像剣は己の物語の具現化、つまり君の魂は元々渡り鳥の中にあった物だからね、だから君には渡り鳥の体に宿る資格がある」
「僕が、渡り鳥の体に、でもどうやって……?」
「私には渡り鳥の体を借用していた`縁´がある、その縁を利用して逆接続をすれば、君を渡り鳥の体に移す事は可能だ、だからノイン、一つだけ問おう、君は、君のお姫様を救う覚悟はあるかい?」
魔女は一つだけ問い掛けた。
本物か代役かなんて、見ている側には分からない事だ。
代役だって本物になれる。
だからその覚悟があるかどうかを、問いかけた。
「もしも二度目の生があるなら、その命は彼女の為に全部使う、三度目も四度目も全部、彼女の為に、だから僕は、生き続ける限り彼女を守り抜くと誓うよ」
エクスの想像剣、それは大切な人を守りたいという意志から生まれた物。
だからノインの原動力、その根幹、命の使い道は、一つしかない。
「たった一人を生涯、来世、
同じ代役だった者同士、ファムはノインを応援せずにはいられない。
だから自分に出来る精一杯でノインを激励する。
主役の重圧と責任は代役の比では無い。
渡り鳥の役割を担うという事は、世界を背負うにも等しい役割なのだから。
「……正直、自信は無い、僕に出来るのは剣を振ることだけで他にはなんの取り柄も無いから、でも、だからこそ一つだけ自信を持って言える、彼女の事だけは、僕の全てをかけて守り抜くって」
「ニシシ、それで十分だよ、私、いや、私達にとっては、世界の行く末なんかよりも、君達二人の「未来」の方がずっと大切だからね、だから君がお姫様を大事にしてくれるなら、それだけで十分だよ、行ってきて、エクス、宇宙最強で無敵の魔法をかけてあげるから」
「……行ってきます、ありがとう、優しい魔女さん」
ファムの魔法によりノイン改めエクスは再び舞台へと送られた。
「かーっ、まさかここであんたに出会うとはな、長生きはしてみるもんだぜ」
「いえ、我々はもうとっくに死んでるから、長生きしてる訳では無いのでは?」
「ニシシ、久しぶりだね、二人とも変わらなさそうで安心したよ」
「そういうあなたは随分変わったみたいですが、いいのですか、ここに来るということはもう還れなくなるという事ですよ、今までずっと舞台に立っていたのだって、何か未練や役割があったからなのではないのですか?」
「そうだね、ここは魂の終着点、英雄で無くなった者たち、忘れられた者たちの墓場、ヒーローのいるべき「座」とは違う、ここから先がどうなるか誰にも分からないし、ここに来た魂は膨大なミュトスの波へと帰還するんだろう、けどね」
魔女は心の底から嬉しそうに笑う。
「私はもう沢山救って貰ったからね、だから最期に一回、エクスくんを救って私の幕を引くのが一番綺麗かなって、思ったの、だから私の物語は、めでたしめでたしなんだよ」
「善き魔女は自分の魂と引き換えに大好きな王子様に魔法をかけて送り出しました、か、そんな形で愛を遂げるなんて、あなたは本当に悪い女ですねぇ、あの魔法は代役を主役に変えるものであり、結果を原因に返すという因果逆転の接続でもある、どういう原理かは知りませんが、創造に匹敵する力ですよ」
「対象を「一番にする」って属性と考えればフェアリゴッドマザーの魔法に近い物なのかもな」
「ニシシ、まぁ昔取った杵柄って奴だね、伊達に長生きはしてないのだよ」
ファムは誇るように笑った。
自分の王子さまとお姫さまを救う事、それは今の彼女の行動原理の全てであり、果たす事こそが全ての望みだったからだ。
「……こんな言い方はしたくないけど、複製品のお嬢に寄り添えるの複製品の坊主だけだ、だからきっと、あのお嬢を救うにはこの方法しか無かったって事か」
「自分もエクスが好きな癖に、こうして恩を押し売りするように二人を応援するんだから、本当に悪い女ですよあなたは、もっと要領よくすれば、あなたもきっと受け入れられたと思うのに」
「そうだよ、私は
エクスに優柔不断せずにたった一人を愛し抜けと言ったファムの言葉は、自分の願望その物だ。
愛されず、求められず、故に何も得ようとしなかった魔女が、最期に夢見た理想。
それは汚れた魔女が見るにはあまりにも美しい夢だったから。
だからファムは、エクスの為に、エクスを愛するに相応しい人間になる為に、善き魔女であり続けたのだから。
そこに「見返り」なんて——な下心は、最初から求めていないのである。
「それで、二人はどうしてここにいるの?」
「あなたと同じですよ、迷える魂を在るべき運命に導く事、それが私達の贖罪ですから」
「……そっか、君達も死後の役割を与えられていたんだね、それも当然か」
因果応報、他人の運命を変えた者には等しくその報いが与えられる。
世界の繰り返しの中で巫女と魔女を導いてきたファムのように。
同じく繰り返しの中でミュトスという、物語の力を収集する事になったモリガンのように。
それと似たような役割を、タオとシェインにも与えられていたのであった。
「ですがきっと、彼らの物語の終わりには本当の終わりが来て、私達はまた、皆で一緒になれる日が来るでしょう、そういう「未来」の為に、私達は永劫回帰の繰り返しに耐えて、役割に尽くしてきたのだから」
「そうだね、今度こそ、本当の終わりが来て欲しい、そしたら今度は皆一緒の学園に通って、私はそこでチョイ悪な幼なじみになって、ずっとエクスくんをからかっていたいなぁ」
「私は宝探しとかもっとわくわくする冒険がしたいですね、平穏も悪くありませんが、歴史のインテリジェンスに包まれた武器や骨董品が無いと、シェインは死んでしまうので」
「だったら学園バトルしかないな、学園の覇権や理事長の埋蔵金を巡って、魔術も超能力もなんでもありでバトルするしかねぇ」
「……そんな夢物語、流石にある筈ないでしょう」
「えぇ……それはちょっと突飛で奇抜過ぎるんじゃないの」
シェインとファムは流石にそれは無いと窘めるものの。
「でもまぁ、そんな未来でも、私達が望む物には違いありませんね、だからもしかしたら、はあるかもしれません」
「……そうだね、この世界は人の`想い´で作られている、だからそんな夢物語も、いつかは叶う日が来るのかもしれない」
魂が消えても、忘れ去られても、その想いや、願いは物語となって残り続ける。
だから叶わないと思った夢もいつかは、現実の方から近づいて来て手が届く日が来るのかもしれない。
物語は夢ではない、未来に、より良い希望を願う為にあるのだから。
だからきっと、人が夢見つ続ける限りは、世界はより良い未来を描けるに違いない。
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